駄菓子屋チャレンジ
ガラガラ、と引き戸を開けると、ドアのところに取り付けられているベルも一緒にカラン、と鳴った。
「はーい」
店の奥から、ここの店主のおばあさんの声が聞こえてくる。ぼくたちはぎゅうぎゅう詰めになりながら、店内に入った。今日は五人だがら、さすがに狭い。
ここはぼくたち行きつけの駄菓子屋、ヨシカワショップ。ヨシカワさんがやっているお店なのかどうかは定かではないが、とにかく、ぼくたちはいつもここを利用している。駄菓子屋は他にもいくつかあるけれど、公園のすぐ傍というその立地が気に入っているからだ。
「さあ、今日は何にしようかなー」
そう言って新史は、全員に木でできた籠を配ってくれる。今日のメンバーは、同じ町に住む面々だ。板橋新史、佐倉琥太郎、鈴木愛哉、金子登夢、そしてぼく。新史と愛哉は五年三組だし、琥太郎と登夢は五年一組。みんなぼくとはクラスが違うけれど、家が近所ということもあってとても仲が良かった。学校から帰るときも、このメンバーで帰ることが結構ある。
目の前に広がる駄菓子類を見回して、どれを買おうか考え始める。ぼくたちは駄菓子代として百円、ジュース代として百五十円を親から渡されてきている。けっして多い金額ではないため、十分に吟味して買う必要がある。
「あれ? これ、新しいやつ?」
登夢が、店の奥を指差した。ぼくたちの視線も、そっちへと移動する。壁に、たくさんのポケットがついた袋が提げられていた。中には、小さなおもちゃが入っている。
「そう、くじ引きだよ。一回百円」
おばあさんはそう言って、くじが入っているであろう箱を持ってきてくれる。
「へぇー、でも、百円かあ……」
琥太郎はそう言って、うーん、と考え始める。駄菓子屋で百円というのは、かなり高い。この店の商品は、一個十円から三十円のものがほとんどだ。三十円のものを一個買っただけでも、周りからは「思い切ったねー」と歓声があがる世界だ。百円というのはぼくたちにとって、かなり手が出しづらい金額だ。くじを引いてしまったら、もう駄菓子は買えない。ジュースを我慢するという方法もあるけれど、ぼくたちはこの後公園で遊ぶ予定なので喉が渇くことは必須だ。最近は熱中症なんかも怖いし、飲み物は外せないだろう。
「うーん。景品、よく見せてもらってもいいですか?」
愛哉がそう尋ねると、おばあさんは快く景品を壁から外してくれた。ぼくたちは集まって、景品を隅から隅まで眺め回す。いわゆる『当たり』だと思われる景品は、カメラ、エアガン、手品セット、手裏剣、煙玉、プラモデル……百円にしては豪華なものが並んでいる。
「当たりは、かなりいいものだと思うよ」
愛哉が、かけている眼鏡をくいっと人差し指で持ち上げる。そう、『当たり』は文句ない品揃えだ。問題は、『はずれ』の景品だ。『はずれ』の品は、大きさからして『当たり』のものよりもはるかに小さい。鉛筆キャップ、クリップ、ホイッスル、車の形をした消しゴム、小さいコマ……正直、がらくたばかりだ。
「当たればいいけど、はずれたらすごく微妙だね」
琥太郎の感想は、とても的を射ている。はずれるリスクを背負って、百円をつぎこむべきか否か。ぼくたちは、真剣に考え始める。
「うし、決めた。俺はやるぜ!」
最初にくじ引き参加へと名乗りを上げたのは、新史だった。おおー、とみんなから尊敬の眼差しが集まる。
「まあ、はずれたら、結衣か健吾にやればいいし」
そう言って新史は、おばあさんに百円玉を渡した。結衣ちゃんと健吾くんは、新史の妹と弟だ。結衣ちゃんは五歳で、健吾くんは一歳とか二歳だった気がする。ぼくたちにとってはがらくたでも、その年齢ならきっと喜ぶだろう。新史は、時間をかけて一枚のくじを選び取った。ぺりっ、と赤い三角形のくじを開く。
「えーっと、56番」
「はーい、56番は、レターセットね」
新史の手に、ファンシーな柄のレターセットが載せられる。
「これは……結衣へのおみやげだな……」
新史は、苦い顔をする。そう簡単に、大物が当たるわけはないってことだろう。
「うーん、じゃあ次、僕やってみるよ」
次は、琥太郎が挑戦するようだ。百円をおばあさんに渡し、運命を決める箱の中へ手を突っ込む。
「……72番。うわ、はずれかなあ……」
「はい72番、金魚ちゃんねー」
おばあさんが渡したのは、小さい金魚のおもちゃだった。
「これ、どうやって遊ぶんだろう……」
「……お風呂に浮かべるとか?」
落ち込む琥太郎を、登夢がドンマイ、と言って慰めていた。これでぼくたちは、二戦二敗だ。さあ、次の挑戦者は誰だろう?
「僕は、やめておくよ。なんか、当たりそうにないし」
しかしこれまでの様子を見て、愛哉が不参加を表明する。賢明な判断にも思えるが、見てるこっちとしてはちょっとおもしろくない。
「ボクもやめようかな。やっぱり、お菓子がないのはキツイよ」
登夢もそう言って、くじ引きを断念してしまう。
「……イオは、どうする?」
残るは、ぼくだけだ。どうしよう。くじを引かなければ、確実に百円分駄菓子が買える。はずれの景品はがらくたばかりだし、そうなると百円をどぶに捨てたも同然だ。だけど、もし当たったら。ぼくはもう一度、当たりの景品をじっと見つめる。どれもこれも、魅力的なものばかりだ。ぼくとしては手裏剣か、煙玉が一番欲しい。それを使って忍者ごっこをしたら、きっとすごく楽しいだろう。
「決めた。やる!」
ぼくがそう宣言すると、みんなから、がんばれー! と声が飛んだ。貴重な百円玉を、財布から取り出す。箱の中のくじから、これだ! と思うものを引っ張り出した。
「49番! かあ……」
もうそろそろ数字が小さいものが当たりだということはわかってきていたので、ぼくは肩を落とした。
「49番、起き上がりこぼしだね」
おばあさんが持ってきてくれたのは、たぬきの起き上がりこぼしだった。いらねー。
「新史、もしよかったら、これ、健吾くんに……」
ぼくはもらったばかりの景品を、新史へと差し出す。
「おー。いいのか? きっと健吾喜ぶぜ」
かくして今日の戦いは、敗北に終わった。ぼくと新史と琥太郎は、おやつなしで過ごさなければならないのだった。
「こんにちはー」
「はい、いらっしゃい」
ぼくたちはまた、ヨシカワショップへとやって来た。壁に掛かっているくじ引きの景品を見ると、前に来たときよりも数が減っていた。
「わ、景品減ってる。みんなやってるんだね」
「おかげさまで、大好評なんだよ」
登夢の呟きに、おばあさんはにっこりと微笑む。
「今まで、当たった人っていますか?」
愛哉が尋ねると、おばあさんは景品の入った袋を持ち上げた。
「水彩色鉛筆のセットが当たった子が、ひとりいたねえ。お前さん方みたいな男の子が喜ぶようなものは、まだ当たってないねえ」
おばあさんが言う通り、当たりの景品はほとんどがまだ袋に入ったままだった。
「もしかしたら今日、当たりが出るかもしれないねえ」
そう言っておばあさんが、にやぁ、と笑う。商売上手だ。
「だけど俺、今日はやんなーい」
そう発言したのは、新史だった。
「結局この前は、お菓子食べられなかったし。今日はお菓子デーでいくぜ」
そう言って新史は、鼻歌を歌いながら駄菓子の選別にかかる。この間もくじをひかなかった愛哉と登夢も同じ考えのようで、籠の中に次々と駄菓子を入れていく。
「うーん、僕も、今日はやめておこうかな……。結局この前、三人やっても当たらなかったし、無駄になる気がする」
琥太郎もその場の空気に流されるようにして、籠を手にとった。
……え、みんな、やらないの?
ぼくは、今日もくじ引きをするつもりで来ていた。前回のリベンジである。はずれたままじゃ、なんか悔しいし。だけどぼく以外の全員が不参加となると、くじ引きに百円をかけるということがひどく愚かな選択に思えてくる。
ぼくは店内に所狭しと並べられた色とりどりの駄菓子と、壁に掛かったくじ引きの景品とを見比べる。相変わらず袋の中に収まっている、手裏剣や、煙玉……。
ぼくは財布の中から、百円玉を取り出した。今日は、当たるかもしれない。いや、当てるのだ。
「おっ。イオは、くじ引くのか? がんばれー」
みんなも、ぼくのことを応援してくれる。ぼくは気合いを入れて、箱の中に手を突っ込んだ。
「そりゃあっ!」
「ぎゃー、冷てーっ」
登夢が投げた水風船が新史の背中に当たって、水を撒き散らす。
「これで、もう最後かな?」
「うん。そうだね」
登夢の問いかけに、辺りを見渡しつつぼくは答える。ぼくたちの周りには、使用済みの水風船が散乱していた。
「よーし、じゃ、片づけるか! イオのおかげで、今日は楽しかったなー!」
新史のその言葉に、ぼくはちょっとくすぐったくなる。あれからぼくたちは、公園へと移動してきていた。くじ引きの結果、ぼくは水風船を当てたのだ。
といっても、これは大当たりという結果でもない。この前のはずれの景品よりは幾分かましになったから、中当たりといったところだろうか。みんなで水風船で遊ぶのはすごく楽しかったけれど、まだぼくの心は満たされていない。やっぱり、大当たりを引きたいのだ。
その後もぼくは、駄菓子屋に行くたびにくじを引いていた。しかし結果は、ことごとくはずれ。ビー玉やら、うちわやら、そんながらくたばかりが溜まっていく。もう、新史たちはくじを引くこともなく、挑戦しているのはぼくだけだった。一枚、また一枚と百円玉が無駄になっていく。だけどもうここまできたら、当てるまで引き下がれなかった。一発当てさえすれば、今までのはずれはすべて帳消しになる。今日こそは、と思いながらぼくは百円玉を握りしめる。
「イオ、今日もやるのかー?」
新史に少し心配そうに覗き込まれるけれど、ぼくは強く頷くだけだ。
「出た、えーと、37番」
しかしまたしても、期待のできなさそうな数字。ぼくは、がっくりと肩を落とした。本当に、当たり入っているのかなあ……。そんなふうに考えてしまうぼくに、おばあさんが景品を渡してくれる。
「はい、37番ー。ガイコツキーホルダー」
「げ……」
ぼくはそれを見て、思わずそんな声をあげてしまった。
「うわ、何だそれ」
みんなも、いつもと違う景品の様子にわらわらと集まってきた。ぼくの手の中にあるのはその名の通り、ガイコツのキーホルダー。十字架が描かれている黒い棺の中に、ガイコツが収まっているデザインだ。しかしこのキーホルダー、安物だからなのか棺に埃がかぶっていて、ただでさえ不気味なのにますますその怖さを増長させている。
「げー、キモー」
新史がガイコツを見て、そんな感想を述べる。ぼくも同感だ。こんなもの、いらない。気味が悪いし、持っているだけで呪われそうだ。
「誰か……いらない?」
ぼくはそう尋ねるが、みんな首を横に振る。
ぼくはガイコツを握ったまま、途方に暮れる。どうしよう。公園のごみ箱にでも捨てちゃおうか? いや、ダメだ。そんなことをしたら、ますます呪われそうだ。たしか人形とかって、捨てるときには神社とかでちゃんと供養してもらわないとだめだったはずだ。だけどそれって、毎日やっているんだっけ? 年に何回か、だった気がする。そうでなくても、こんな手のひらに収まる大きさのキーホルダー一つのために、お母さんが神社に連れて行ってくれるとも思えない。たしか、お金もかかるはずだし。じゃあ、どうすればいい? ガイコツと一緒に暮らす? そんなの、絶対に嫌だよ!
「うーし、じゃあ、公園行こうぜー」
ぼくたちは駄菓子屋を後にすると、いつも通り公園へと向かう。ぼくはガイコツの存在が重荷になり、のろのろと自転車を漕いでいた。今から向かうのは、西城公園。学区内では一番大きな公園で、遊具もたくさんある。バスケットコートもあるし、公園の隣には野球場も併設されている。そんなわけで西城公園に来ると、必ずといっていいほど知り合いに遭遇する。みんな、ここぐらいしか行くところがないのだ。小学生ともなると、行動範囲も限られてくるし。
案の定公園内には、見知った顔がたくさんいた。ぼくに気付くと、「おー、イオー」と声をかけてくれる。ぼくは友達に会うたびにガイコツのキーホルダーを見せて、「いらない?」と聞いて回った。だが、みんなの返事は同じだった。ぼくは必死になって、友達の友達の友達まで手を伸ばしてガイコツのセールスを行ったけれど、結果は同じだった。
そりゃあそうだ。こんな不気味なもの、いらないよなあ……。
ぼくはみんながラジコンヘリを飛ばして遊んでいる中、公園のベンチに腰を下ろす。もう、日も暮れてきた。オレンジ色の夕日が、眩しいほどにぼくを照らしている。ぼくは、手の中のガイコツをじっと見つめる。このままだと、一緒に帰宅コースだ。それで、一緒にお泊まり……。だめだ怖すぎる。金縛りに遭ったら、どうしよう。ぼくは頭を抱える。なんだよ。こんなものが当たるなら、くじなんて引かなきゃよかった。みんなみたいに、早々に切り上げるべきだったんだ……。
今更そんなことを言っても、どうしようもないことはわかっている。だってぼくの手の中には、しっかりとガイコツがいるのだ。消えてなくなることは、ない。
「あれー? 同じクラスの人だー」
頭上から降ってきた声に、ぼくは顔を上げた。すらりと背の高い女の子が、ぼくを覗き込んでいた。知っている。同じクラスの子だ。名前は、小林風船。
「こんなところで座っちゃってー、何してるのー?」
「ああ、えっと。ちょっと休憩……かな」
風船とは、今までほとんど喋ったことがない。相手が女子ということもあって、少し緊張しつつぼくは答えた。
「あー、なあに、それ?」
風船は、ぼくの持っているガイコツのキーホルダーに目を落とした。
「ああ、これ? さっき、駄菓子屋のくじ引きで当たったんだ」
そう言ってぼくは、風船の目の前にガイコツをぶら下げた。
「見せてー」
風船はぼくからガイコツを受け取ると、興味津々といった様子でまじまじと見つめていた。
「すげー。かっけー」
風船の台詞に、ぼくはちょっと驚く。今まで聞いたみんなの反応は、気味悪がるものが多かったからだ。
「よかったら……あげようか? ぼく、いらないし」
ガイコツを手放すチャンスとばかりにぼくがそう言うと、風船は目をぱあっと輝かせた。
「いいの?」
「うん、いいよ」
すると風船はぼくの手を両手でぎゅっと握り、上下にぶんぶんと振った。嬉しくてたまらない、といった風に。
「ありがとー!!」
はじけるような笑顔でそう言うと、風船は去っていった。
……と思ったら、あれ? また戻ってきた。
「名前、なんだっけ」
風船は、きょとん、とした顔でそう尋ねる。ああ。今まで全然話したことがなかったから、ぼくの名前を知らなくても無理はない。
「伊織だよ。小日向、伊織」
ぼくが自分の名前を告げると、風船は笑顔になって頷いた。
「おーけー。イオリちゃんねー」
「えっ」
伊織、ちゃん? ぼくはその呼び方に、激しい違和感を覚える。けれど風船はそんなぼくなんてお構いなしに、すたこらさっさと走って去っていった。
「……」
まさか、女だと思われたんじゃないんだろうな……? 『伊織』って、名前の響きは女の子っぽいし。ぼくは複雑な気持ちで、今日の自分の服装を見下ろす。水色のTシャツに、黒のベスト、カーキ色のカーゴパンツ。大丈夫だ。ちゃんとボーイッシュだろう。……そう、信じたい。
何はともあれぼくのガイコツ問題は、風船という救世主の登場によって解決したのだった。そしてぼくは、新たな教訓を得た。それは、『はずれの景品もきちんと見たうえで、くじを引くかどうか決める』ということである。