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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

裏庭少女

作者: 東雲 葉月


 その少女はうつら、うつらと微睡んでいました。


 それは、夕焼け空が遠く向こうにある小山にすっかり吸い込まれて、藍色の夜が辺りを満たした頃のことです。


「ああ、お姉様。一体どこにいらっしゃるのかしら」


 彼女は暗闇の下、大きな樹に寄り添いながら、ぼんやりと空を眺めていました。

 見上げた空には、滴り落ちてしまうくらいに夜が満ちていて、そこかしこにお星様が浮かんでいました。

 月の光と冷涼な夜のにおいが辺りを満たして、ひしひしと何かが迫ってくるよう。

 少女の呼吸以外には物音一つ聞こえないくらい、辺りは静かでした。


「ねえ、お姉様がどこにいらっしゃるのか、知らない?」


 ぽつりと、少女は言いました。

 すると、夜空にぷかぷかと浮かぶ星々が、それに答えるようにして、みるみる変わっていきました。

 少し膨らんだと思ったら、次の瞬間には消えてしまって、少し萎んだと思ったら、次の瞬間には見開いて!

 その様子は、まるで線香花火がぱちぱちと煌めくようでした。

 そんなめぐりめく世界の中でも、お月様はより一層煌めいています。海に映ったかのように、しっとり濡れながら、ゆらゆらと。

 少女は、その様子に言葉もなく、ときめいていました。

 とくん、とくん、と夜の海に波打つ彼女の鼓動が聞こえるようです。


「ああ、私。このお月様がほしい」


 少女がお月様に手を伸ばすと、さらりとした雲が手のひらに走りました。

 さらりとして、ふにふにしていて、なんだかあったかい。

 思っていた雲の感触とは違っていたので、不思議そうに撫でまわしていると、その先に、デコボコとしたお月様がありました。

 少女がうんと指を伸ばせば、粘土を押しつぶしたかのようにぐにゅりとしました。

 

「お月様って意外と柔らかいのね」

 

 少女はそれをつまみ取るようにして、その身に引き寄せました。


 瞬間。

 上に、下に、右に、左に。


 大きな破裂音と共に、堰き止められていた闇が、辺りに散らばったのです。

 それは、まるで打ち上げ花火のようで、封を切った水風船のようで、形容しがたい力の本流!

 次々と散りゆく火花が雨となって降りそそぐと、一面に花々が咲きほこりました。

 花が受け取った月明かりは、そこここに乱反射して、辺りは眩しいほどでした。

 そうすると花々はさらに大きく成長し、もうこれ以上ないくらいに膨らんで、わっ! と、破裂するかのように花びらが舞いました。

 そしてガラスのように透明で無機質な塊へと変わっていきました。

 光の粒子が束となって一筋の光線を描き、それが星々に絡みとられるようにして、大きな大きな繭のような球体を形づくりました。


「まるで生命の誕生ね!」


 身体にほとばしる熱に浮かされた少女は、思わず身悶えました。

 すると、少女は空に大きなお月様がもう一つあることに気づきました。

 それも欲しい。少女は当然のように思いました。


「でも、真っ暗になってしまうから、それは可哀想ね、もうひとつは残しておきましょう」


 ぼんやりと空に浮かぶ、ふわふわとした塊。

 今も脈打っているかのように、拍動していました。心なしか、さきほどよりも、激しく。高く。

 少女は自分の手のひらを見据えました。


「とっても美味しそう」


 ふるふると揺らめいていたそれは、手のひらで転がしているうちに、もとからそこにあったかのように動かなくなりました。

 それを透かして、少女は微笑みました。

 空に浮かぶあの大きなものよりは、少しだけ小さいけれど、少女にとってはとても大切なものだったのです。


「あのお月様には届かないけど、ね」


 口に含むと、少しねっとりとしていて、濃厚な甘みが少女の口に広がりました。

 一回二回噛み締めれば、ぷつりと弾けて、お餅のなかに餡蜜が入っているように、甘い蜜が出てきました。

 

 少女は顔をほころばせました。


 雲は、わたあめのように柔らかくって、撫でれば、あたりにとてもいい匂いをさせました。


「こんなはしたない食べ方。お姉様に怒られてしまうかしら」


 少女は、その昔、お姉様に怒られたことを思い出していました。心に浮かぶのは、懐かしさと、少しの寂しさ。

 ぽっかりと穴が空いてしまったようでした。……

 先ほどまで月があったところには、さあさあと雨が降り溜まって、大きな湖ができていました。それを覗き込めば、吸い込まれそうな朱の中に少女が映っていました。


「ねえ、私の大切なお姉様はどこ?」


 少女は、問いかけます。

 途端、あたりは静まりかえりました。

 少女は、不思議そうに辺りを見渡しました。

 弾けるような火花の音楽も、キラキラと舞った花びらの金切声も、都会の喧騒の中、チェンバロの基音がびぃいいいんと鳴り響いているように、吸い込まれてしまいましたから、急に静寂が満ちたような感覚になったのでしょう。

 それは、静謐な眠りの中にある、耳鳴りのような不快さでした。


「どうか、お姉様が見つかりますように」


 少女は、それを打ち消すために、ひたすら祈りを捧げていました。

 その祈りだけが、少女にささやかな微睡みを与えるのです。

 そうして、辺りが少女の祈りだけで満たされた時、少女は立ち上がって、お姉様を探しに行くのでした。

お読みくださり、ありがとうございます

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