最終話 ジパングの謎
ジパングに着いて、懐かしい自分の住みか、三等市民区域に戻ったえりかは思わずつぶやいた。
「無事に帰って来れたんだ・・・」
この二ヶ月間、驚くほど様々な事があった。
江戸でのこと、島田宿でのこと、草津・京都のこと、そして帰りの道中でのあの事件のこと・・・様々な思い出がよみがえってくる。
いつ大怪我はおろか、死んでも不思議がない位の旅だった。
修学旅行は様々な体験をする機会だとは聞いていたが、自分ほど様々な経験をした生徒も珍しいのではないだろうか?とえりかは思った。
(父さんや母さんの言う通り、確かに行って良かったな)
一時は命さえも危ぶまれた旅行ではあったが、今は実感できる。修学旅行に行って良かったとえりかは心底思った。
みゆきやよしのもえりかと同様の様子だった。
彦一など侍を気取っていた男子の何人かは、ジパングに戻って来て刀を外すと嘆いていた。
「腰に刀を差している状態にすっかりなれた。
体の一部のようになっていて、抜く時はスッと自然に抜いていた。
刀が腰に無いと、まるで丸裸になったようで落ち着かない。
たった2ヶ月でこんな気持ちになるのなら、生まれた時から腰に日本刀を差している本物の武士なら刀を差さずに歩くのが、いかに違和感を覚えるのかがよくわかる」
としみじみ話していた。
中にはいずれ江戸に出て名のある剣士になる!と息巻いている者もいるくらいだ。
行きの江戸で「格好良いのはいいんだが、どうもガチャガチャとして歩きにくくて仕方がない」と言っていた時とはえらい差だ。
しかも彦一などは伝説の刀とも言えるアレナック刀を手に入れて、人生この上ない旅になったと感激しているほどだ。
他の皆も道中や京都での生活を色々と感慨深く話していた。
この2ヶ月の修学旅行はそれぞれに様々な思いを残したらしい。
ジパングに帰って来たえりかが、もっとも驚いた事はあの綾瀬川桜子の処分だった。
何と、彼女は強制退学になったのだった。
えりかはあのような不正行為を企んでいた彼女が、留年か単位再取得になるのではないだろうか?と思っていたが、まさか強制退学になるとは考えてもいなかった。
中学校を強制退学・・・
それはジパングでは単なる退学ではなく、正規市民への道を絶たれるという事だった。
ジパングで留年はよく聞くが、退学は滅多に聞いた事がなかった。
なぜならば、それは取りも直さず、正規市民権を剥奪されるのと同義だし、何よりも、生涯犯罪者のレッテルを貼られるのと同じだったからだ。
ジパングには公立中学しかなく、そこを退学になれば、他の学校に転校すれば良いという訳でもない・・・と、言うよりも、学校そのものがないので、どこへも転校などできないのだ。
つまり中学を退学になるという事は自動的に小学校卒の資格しかない事になる。
だから学校としても生徒の将来を考えて、よほどの事がない限り、退学処分というのはないし、事実過去に強制退学になった例としては殺人や、あまりにも陰湿ないじめ行為、反ジパング活動くらいだった。
えりかが聞いた所によると話はこうだった。
病気と称して江戸で遊んでいた桜子とその取巻きは、修学旅行の一行が江戸まで戻って来た時に、一緒にジパングまで帰っていった。
しかし、その後で問題が持ち上がったのだった。
彼女たちは途中で修学旅行を放棄したのだから、当然、単位は取れず、選択としては単位再取得、つまり来年の修学旅行に加わるか、留年するしかないはずだった。
しかしそこで彼女が言った通り、理事である父親が娘を庇い、彼女に単位を取らせようとしたのだった。
もちろん、学校側は反対し、彼女を単位再取得にしようとした。
そこで彼女の父親は理事たる権力と、そのコネクションを存分に利用し、自分の娘とその取巻き連のために、強引に単位取得をさせようとした。
しかもあろうことか、もっとも強硬に単位取得に反対した担任の津吹先生を解雇し、呆れた事に最優秀成績である「5」を取らせようとしたのだ。
そしてそれが致命的となった。
あまりにも強引に事を運ぼうとしたがために、それはジパングの上層部の知る所となり、よりによって中央監査部が動く事となった。
中央監査部とはジパングの本国から来ている本国政府直属部隊で、その正体は総督ですら杳として知れず、それでいてジパングの各地に不穏な動きがあれば、即座に対応する部署だ。
どうやらあの天ノ川たちが相当裏で動いた様子だ。
ジパングでは汚職や権力の不当行使は殺人や技術漏洩、反ジパング行為と並び、五大大罪として、もっとも大きな罪の一つとされている。
結果、父親は理事の解雇どころか「等級落ち」という厳しい処分を受け、その娘である桜子も未成年ではあるが、あまりにも身勝手で極めて悪質な行為として退学、すなわち実質的な「等級落ち」を受ける次第となったのだった。
ちなみに彼女の取り巻きたちは全員留年で済んだらしい。
彼女はこれで一生「準市民」の資格しかないが、それは成績も良く、プライドの高い彼女にとって、もっとも屈辱的な事であろう。
下手をすれば「等級無し」になってしまうかもしれない。
しかし、もちろんこれは準市民区にいる準市民が全て犯罪者であるという訳ではない。
かれらは少々学力が低かったというだけで、ジパングの構成するれっきとした国民だし、何も恥じる事はない。
同様の事はその他の市民にも言える。
三等市民だからと言って、二等市民ではないからと恥じる事はない。
それは単純に高等学校に行く学力がなかっただけなのだから。
問題は「等級落ち」して来たという部分にあるのだった。
「等級落ち」はもっとも蔑まされる刑罰の一つなのだ。
それは大抵の場合、ジパングのモラルに悖る行為が主なので軽蔑されるのだ。
「退学」して準市民になるのは「等級落ち」と同じ事なので、それが周囲に知れる事となれば、今後彼女は苦労する事だろうとえりかは思った。
しかも等級落ちした物はさらに落ちて「等級無し」になる可能性も高い。
「等級無し」というのは等級落ちした人間がさらに等級落ちするような行為をした場合にされる刑罰で、大抵は永久流罪である。
太平洋上にジパング流罪専用の男女別の島があり、そこで一生を過ごす事となるのだ。
その一方で、えりかはと言えば最高点である「5」を取れたので、えりか自身も驚いていた。
島田宿の件はどう考えても良い印象はなかっただろうし、良くてもギリギリで「3」、下手をすれば「2」で再履修になる事も覚悟していたのだ。
しかし桜子の誘いをキッパリと断った事、他の部分ではキチンと道中の課題もこなした事が幸いした。
問題の一件も、少々逸脱した行為だったとはいえ、個々の状況は全て心情的には理解できるという判断になったために情状酌量で問題なしという事になったらしい。
そして草津での献身的な行動、また、あの地蔵の吉衛門先生の口ぞえもあったらしく、えりかはいつか恩返しをしたいと心で感謝した。
そして約束通りあの大騒動は天ノ川のその人が無かった事にしてくれたらしい。
おかげで無事に高校にも進学が出来て、来年からは高校生になれるだろう。
父の話によれば、高校でもまた似たような修学旅行があると聞いて、今度はわくわくする自分がいるのがわかる。
もし、自分が将来結婚して娘が出来たなら、修学旅行の時に母の手甲と、父に譲ってもらった懐剣を渡して娘に話そうとえりかは思う。
これがお母さんの命を護ってくれたのよ、と・・・・。
理玖姫とはあれから仲良くしている。
お互いに姉妹などいなかったので、理玖ちゃん、えりか姉様と呼び合って、時々江戸の町などでみゆきやよしのと一緒に遊んでいる。
おかげでえりかたちは福岡藩の江戸下屋敷にも出入りするようになり、すっかり福岡藩の人たちと顔なじみになってしまった。
福岡藩主である大名の黒田長溥も、初めて見たえりかを驚いて「まるで娘が二人になったようだ」と嬉しそうにし、彼にとっても姪なので、いつでも藩邸に遊びに来るようにとのお墨付きをもらった。
えりかを姐さん呼ばわりしていた吉衛門も無事ジパングにつき、まじめに修行に励んでいるようだ。
いつかは戦乙女を倒してみせると志しは高い。
そして無事に修学旅行も終わり、普通の日常が戻ってきたある日、えりかとみゆきとよしのは彦一たちに誘われていた。
「よう!ちょっと町の料亭で食べていかないか?」
「料亭?何でわざわざ?」
「なんやの?」
「いいからさ、何だったら俺たちがおごってやるからさ」
「そうそう」
「面白いですよ」
小太郎と雅楽衛門も楽しそうに誘う。
奢ってやるとまで言われれば、えりかたちも興味を持ってついていく。
料亭に入った彦一がメニューを見て料理を頼む。
「これとこれをください」
「かしこまりました」
「ねえ、どうしたの?」
「まあ、待ってなって」
しばらくすると頼んだ料理が運ばれてくる。
その料理を見たえりかがビックリする。
「ちょっとこれって!」
「そうさ、ローストビーフとエビチリだよ」
「あの人・・・約束を守ってくれたんだ・・・」
「ああ食べてみな」
「うん」
その味はあの修学旅行で食べた味と同じだった。
エビチリとローストビーフを食べ終わったえりかたちがしみじみと話す。
「あの人、何だったんだろうね・・・」
「ああ、本当に本物の天ノ川未来だったんじゃないかな」
「うん、私もそんな気がしてきた」
「私も」
「僕もですよ」
六人はそんな会話をしながら、あの人物の事は一生理解できないだろうと考えていた。
そしてえりかとその友人たちは、やがてジパングと日本が激震する時代、明治維新へと向かうのだった。
思いのほか時間がかかりましたが、曲がりなりにも「修学旅行編」を終わらせる事が出来ました!
明日の元旦からは、いよいよ「星の見守り人」本編が始まりますので、宜しくお願いいたします。




