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星の見守り人 過去の章  作者: 井伊 澄洲
徳川家康 編
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第08話 ジパング市場

 両替屋の前にある最初の大きな通りの四つ角には、両替所以外にジパングの役所の出張所兼案内所、警察、消防署があった。


「この両替所の隣が売り所だ。

自分が持ってきた物を売って「財」に換える事が出来る」

「そこは何でも買ってくれるのか?」

「いや、わしの知っている限りでは食べ物や動物は買わないな。

最も食べ物は買わないと言っても、米や麦などの穀物は買ってくれるはずだ。

主な買い物は金や銀を初めとした金物類、それに草鞋や蓑、細工物、翡翠や水晶、宝石類、本なども買ってくれる」

「なるほど、大抵の物は買ってもらえるようだな」

「要は腐ったり、世話をしなければならない物以外は買ってもらえるという事かな?」

「概ねその通りでござる。

ただし、大抵の物はかなりの安値で買われる事になる」

「それはなぜじゃ?」

「それはジパングの品物が品質が良い上に安いからでござる。

こちらから売りに来る物はおよそジパングの物より品質は劣る。

したがってどうしてもジパングの物よりも値が下がってしまうのでござる。

おそらく江戸で売る値の十分の一以下の値になってしまうであろうな」

「なるほどな」


一同が正信の説明に納得すると、今度は勝成が四つ角の反対側にある建物を指差す。


「あちら側にも大きな建物があるが、あれは何かな?」

「あれは「警察」と言ってな、まあ奉行所のようなものじゃ。

この辺で悪さや揉め事があると、「警官」がすぐにかけつけて取りしまるのでござる」

「ケイカン?」

「ああ、同心や与力、昔の京で言えば検非違使のような者だ。

何しろこの辺は江戸や京と勝手が違うのでな、

それゆえに、しょっぴかれる者が多いようなので、建物も大きくしたそうじゃ」

「うむ、それは我らも気をつけねばならんのう」

「全くじゃ、物見に来て敵に捕まるは間抜けも良い所じゃ」

「然り」

「もっとも最近はあまりに捕まる者が多くて、ジパングの者たちも、頭を抱えておるそうじゃがな」

「そんなに罪人が多いのか?」

「ああ、わざと捕まる者も沢山いるようじゃ」


その正信の言葉に一同が驚く。


「わざと?なぜだ?」

「うむ、これは人から聞いた話なので、わしも確かな事はわからんのだが、どうやらジパングの牢獄は相当快適だそうでな、飯はちゃんと出るし、着物や布団もある。

外に出る自由こそはないが、食うや食わずの農民からすれば逆に天国のような所らしくてな。

それで働いて喰えぬ者は、わざと盗人や食い逃げなどの軽い罪を犯して捕まる場合もあると聞く」

「なるほど、それは確かに大変じゃのう」

「それで例えば昔は一週間だった牢に入れる日数が、最近では三日になったそうじゃ。

つまり罪が軽くなった訳だが、飯狙いの囚人達にはむしろ、不満だそうな。

何しろ飯を食える日数が減った訳だからな」


正信の説明に勝重もあきれ返ったように話す。


「おやおや、それはジパングも大変だな」


勝重の言葉に対して正成も自分の予想を述べる。


「しかし、それでもそういう輩は何回でも同じ事を繰り返すであろう?」


「然り、それで最近は軽い罪でも三回同じ罪で捕まった者は、即座にジパング所払い、つまり三回目には投獄されず、ジパングから追い出される。

大川か検見川の外に強制的に連れて行かれ、そこで放り出されるのじゃ。

そうすれば、そういう者どもは渡し賃をもっていないので、そうおいそれとは川を渡ってジパングの中に戻れないからな。

だから大川の向こう側にはそういう食い詰め物たちが沢山いるのでござる」

「なるほど、朝方に正信が大川を渡る前に我々に注意をしたのはそういう事か」

「うむ、そしてそれでもどうにかしてジパングに戻って来た挙句、四回目の罪を重ねた者は強制的にどこかへ流されると聞いた」

「流される・・・どこへだ?」

「それはわしにもわからぬ。

ただ、そこから帰って来たという者の話は聞いた事がないので、よほど遠くに流されるのではないか?」

「ううむ・・・」


その正信の話に一同は改めてジパングの不気味さ、恐ろしさを感じ取るのだった。


「しかし、少しでも真っ当な者ならば、ジパングの外でも生きていこうとするならば、実はちゃんとできるのだがな」


正信の説明に一同が首を傾げる。


「どういう事じゃ?」

「こちらへ来る時には寄らなかったが、実は大川のあちら側で、少々離れた場所に「救い小屋すくいごや」がある」

「ほう、そんな物が?」


救い小屋すくいごやと言えば、貧窮する者に対して、誰かが食べ物や生活品をただで施してくれる場所だ。

もちろん、そのような奇特な人間は珍しいので、滅多にある物ではない。


「ああ、建前は江戸の有志が立てて営んでいる事になっているが、実際にはジパングが運営している。

そこではただで食べ物を恵んでいるので、そこに行けば食いはぐれる事はない」

「しかし、そんな物があるのなら、なぜ大川の袂にはあれほどの食い詰め者がおるのだ?」

「それは色々理由はあるが、大方は救い小屋の存在を知らない者や、行いが悪く、救い小屋からも放逐された者、後は救い小屋へ行く判断力もない者たちじゃな」

「なるほどのう」

「ジパングの不文律のような物で「自らを救う者が救われる」という言葉がある。

自ら考えて行動しない者は決して救われないという意味じゃ」

「ふむ、確かにのう」

「その救い小屋は食べ物を恵んでくれるだけでなく、ジパングの地蔵医者がいて、簡単な治療もしてくれるのじゃ。

だからそこで病気や怪我を治して働き出す者も多い」

「地蔵医者というと、噂に聞くあれか?

あの諸国を回って、安く治療して回っているという連中か?」

「然り」

「むむむ、そこまでジパングはするのか・・・」


正信の説明に一同はさらにジパングの行動に感心するのだった。

そこまで話すと正信はチラリと大通りにあった時計を見ると、一同に食事を促す。


「さて、そろそろ昼時だ。

 金子も財に換えた事だし、どこかで昼飯にするか」

「おお、確かに腹が減ったわい」

「どこかすすめの所はあるのか?」

「そうさな、ジパングでは直営の店ならばまず、まずい飯屋はないが、昼時でもあるし、蕎麦でもどうじゃ」

「うむ、わしはそれでかまわぬ」

「わしもじゃ」


一同が正信の案内で、近くにあった蕎麦屋へと入る。


「ほほう、確かにここは変わっておるの」

「うむ、床机しょうぎもないし、椅子と高机がおいてある。

 あそこに腰掛けるのか?」


この頃の江戸の食べ物屋と言えば、立ち食いか、床机しょうぎと言って、縁台のような台に座り、そこにおいた物を食べるのが普通だった。


「そうじゃ。

 ジパングではあのような高机に料理を置いて、椅子に座って食べるのが普通じゃ。

 この先のジパングの店ではまず大体がこの形になる」

「なるほどのう」


一同は4人席に座ると、再び話し始める。


「なるほど、これなら四人で話すのも楽じゃのう」

「ここは「金珠庵きんじゅあん」といってジパングの直営店じゃ」

「直営店ということは、ジパングが直接運営しているという事か?」

「そうじゃ」

「では、そうでない店もあるのか?」

「うむ、直営店では店の者たちに店の教育をしておっての、

それこそ、皿洗いから始まって、飯の炊き方から、接客の仕方、帳簿の計算、果ては狼藉者の追い払い方まで教え込むそうじゃ。

そうして全てを覚えた者は他の直営店の店長、つまりは番頭ばんとう店頭みせがしらだな、それになれる。

もしくは独立して自分の店を持つ事が許される」

「つまりは暖簾分けか?」

「さよう、その暖簾分けした店を「銀石庵ぎんせきあん」といって、その主が生きている間は材料の仕入れ値などを、直営店と同じような扱いをしてもらえるのじゃ」

「主が亡くなればだめなのか?」

「ああ、直営店で修行した者が跡継ぎでおれば別だが、そうでなければ名前も変えなければならぬ」

「ふむ、それは中々厳しいのう」

「途中で直営店の修行をやめたら自分の店を持てぬのか?」

「いや、もちろん途中で店をやめても、店を始めるだけの金さえあれば店を開く事は出来る。

ただし、その時は「金珠庵」「銀石庵」の名は名乗れぬし、材料などの仕入れなども優遇はされぬ」

「なるほどのう」

「ここは蕎麦屋だが、一般的な飯屋、こちらでは「定食屋」と言うが、それにもやはりジパングの直営店と暖簾分けした店があって、それはそれぞれ「金珠亭きんじゅてい」「銀石亭ぎんせきてい」という」

「ほほう?」

「ところが、最近は金珠亭きんじゅてい金珠庵きんじゅあん銀石亭ぎんせきてい銀石庵ぎんせきあんの名前が評判になってきたので、勝手に名前を真似する店が増えてきての」

「それはそうだろうな」

「しかし、そういった店は名前ばかりで、実際の内容が伴わない場合も多い」

「それは当然だな、いくらあやかって名前だけ同じにしてものう・・・」

「まあ、その話は後でするとして、まずは注文をするか」

「そうじゃな」

「とりあえず全員“かけ”でよいな?」

「うむ」

「それで構わぬ」

「かけ蕎麦を4つ頼む」

「かしこまりました。かけ4丁!」


蕎麦を注文し終わった正信に勝重が尋ねる。


「ところで、ここに入る前にお主は何かを見ていたようじゃったが、あれは何じゃ?」

「ああ、あれは時計だ。

 そろそろ昼時じゃったのでな。

ジパングでは結構細かく時間が刻まれておるのじゃ。

ここでは何を行動するにも時間通りにした方が良いのじゃ」

「何?あれが時計じゃったのか?

ずいぶんと大きかったが・・・」

「そうじゃ。

遠くからでも見えるように大きく作られておる」

「あのようにチラリと見ただけで時刻がわかるのか?」

「もちろんじゃ」


そう言うと正信は懐から何やら鎖のついた丸い金属のような物を出し、その丸い物の裏側でキリキリと螺子を回し始める。

それを不思議そうに見ていた勝成が正信に質問をする。


「なんじゃ?それは?」

「これが時計でござる」


正信がそれをみんなに見せるよう差し出すと、それを見た正成が感心したように、声をかける。


「お、それはもしや「懐中時計」か?」

「さよう、今話したとおり、ジパングではかなり時間が細かくなっていて、それに沿って動く事が多いのでな。

一応ここの入り口やあちこちに時計はあるのだが、自分で持っている方が便利なのじゃ。

それで以前、思い切って買ってみたという訳でござる」


正信の説明に正成が尋ねる。


「高かったであろう?」

「然り、かなり良い物を求めたので、十五両もかかってしまった」

「いや、十五両なら安い買い物であろうよ。

わしは尾張で、それよりも、もっと飾り気のない物を五十両で売っているのを見た事がある」

「ああ、こういった複雑なからくり細工はジパングを離れた途端から大幅に値を上げるからな。

たしかに尾張辺りで、これと同じ物を求めれば、百両は超えるであろう」


しみじみと自分の懐中時計を眺めながら正信が説明をする。

それを見て正成が尋ねる。


「うむ、実はわしも良い物があれば以前から買いたいと思っておったのじゃが、

それはどうじゃ?」

「そうじゃな、これを買ってからすでに十年以上も経つが、こうして発条ぜんまいさえ巻いておれば、いまだにしっかりと時を刻むし、警鐘音や時報音も正確だ。

錆びてもいない。

高くはあったが、良い買い物をしたと思っている」

「ほほう、それは警鐘や時報の音も出る型なのか、それは良いのう」


正信の説明を聞いて正成が羨ましそうに感心する。


「ああ、ジパングにいる時に限らず、色々な時に重宝しておるよ」

「ふ~む、わしなんぞは寺の鐘の音で十分だと思うがのう」


勝成の言葉に正信が説明する。


「まあ、江戸ではそれで十分だろうが、ジパングではお主も、もう少し時間には気をつけた方が良いぞ」

「そんなものかのう」

「その表面に書かれている物がジパングの文字か?」

「うむ、お主たちも知っておるとおり、ジパングでは基本的に日本語が通じるが、日本にはない言葉や文字もあっての、特に数は数字といって計算するための文字が発達しておる。

時計には漢字で書かれている場合もあるが、たいていはこうしてジパングの文字、数字で書かれている場合が多いな」

「なぜわざわざ数の文字などを作るのじゃ?」

「それは何と言っても計算のためじゃな。

漢字では計算をしにくいが、ジパングの数、数字だと覚えれば計算が非常に楽になる。漢字ではそうはいかん」

「ほほう?そんなにか?」

「ああ、他はともかく、これだけは覚えておいた方が良いので、後で数字と時間の事はお主たちにも教えよう」

「ふむ」


正信が一通り数字の説明をしていると蕎麦が来る。


「どれ、蕎麦もきた。食べるか」

「うむ」


一同が蕎麦を手繰り始めるとそのうまさに驚く。


「ほほう・・・これは中々にうまいのう」

「確かにな」



全員がそばを食べ終わると、勘定を払い、店の外に出てくると正信が全員に感想を聞く。


「お主ら、どうじゃ、ここでのそばはうまかったであろう?」

「うむ、まことに」

「では、他の場所で同じ名前の店があったら?」

「まあ、確かに旅の途中などで、そのような物を見つければ、まずそこに入るな」

「しかし、そこがただ名前だけのどうしようもない店だったら?」

「確かに怒るかも知れぬな」

「そうであろう?だからジパングは屋号にこだわるのじゃ」


正信に言われて、一同がジパングの条件にあった、ジパングの屋号を勝手に使用した者は取り締まるべしという項目を思い出していた。


「むむむ・・・確かに言われてみれば・・・」

「あの条件は一体どういう意味かと考えてもいなかったが」

「言われてみればその通りかも知れぬ」

「・・・しかし、これだけ有名になっていれば、そこここに偽物の店があると思うが、全く見当たらないのはどういう訳じゃ?」

「確かに江戸でも、この市場でも、それらしい名前は見かけないの」

「おお、確かにな、江戸にはすでに「伊勢屋」などは結構な数があるというのにな」


この頃はまだそうでもないが、元禄を過ぎる頃になると、江戸では「伊勢屋に稲荷と犬の糞」と言われるようになり、江戸に多い物の三大名詞になるほど伊勢屋という名の店は多くなっていく。

金珠亭や銀石亭などの名前の店が溢れるほどあっても不思議はない。

しかし実際にはそのような店の名前は、江戸で誰も見た事がないので、逆に不思議がっていたのだった。

その三人の疑問に正信が答える。


「それはジパングの者たちの地道な努力の結果なのじゃ」

「どういうことじゃ?」

「まずジパング内ではもちろん、この市場でも店にそのような名前をつける事は論外じゃ。

 正式に罪にもなるからな。

 そしてジパングは全国に常に密偵を放っておってな。

まあ、そこまではどこの国でもやっておるが、他の国の密偵と違う所はジパングで使っている屋号と同じ店をみつけると、そこと交渉をするのでござる」

「交渉?」

「うむ、つまり名前を変えてくれとな。

もちろん店の改装金などはジパングが出すのじゃ」

「なるほど、しかし相手が応じない場合もあろう?」


正成の言うとおり、確かに名前にあやかろうとする者、単純にひねた者、ごねて改名料を吊り上げようとする者等は素直にジパングの言う事を聞くとは思えなかった。


「その場合はジパングはあくまで合法的に、しかし容赦のない方法に出る」

「合法だが容赦のない?どういう方法だ?」

「その店の近く、大抵はまん前に相手と同じ店を出すのでござる」


その思い切った方法に驚いた一同が思わず息を飲む。


「うお、それは・・・」

「確かに相手はたまらないのう・・・」

「そう、この方法は非常に効果的でな、今まで失敗した事はないそうじゃ。

何しろジパングの食べ物は安くてうまい。

まず、その同じ名前で出ている店より劣るという事はありえないので、必ずその相手の店は潰れるそうじゃ」


その方法に一同は納得しながらも驚く。


「考え方によってはえげつないのう・・・」

「しかし、これも幕府が「ジパングの屋号を真似るべからず」という触れを出せば

しなくてすむ事なのじゃ。

そうすれば罪に問えるからの」

「なるほどのう・・・」

「そうなれば我々も旅先でジパングの名前の店ならば安心して利用が出来る。

我々にとっても助かる事なのじゃ」

「確かにのう・・・」


正信に説明を聞くと、ジパングの出した条件も、なるほどと理に適っている部分もあると納得する一同だった。


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