第17話 勝負の行方
そのえりかに吉衛門は感心したように話しかける。
「ほう・・・やるか?
中々性根の座った娘だな。
御互いの力量の差がわからないでもあるまいに・・・それでもやるとはな」
「やってみなければわからない!」
自分に気合を入れるようにえりかが叫ぶと、吉衛門はニヤリと笑って答える。
「気に入った!いくぞ!」
先ほどの片手間のような剣ではなく、今度は気合の入った剣がえりかに襲い掛かる。
その剣先をえりかはギリギリで避けるか、旋棍で受け止める。
だが相手の斬撃に次第に頼みの旋棍も凹み、削れてきて、もはやあと一撃で折れるというところまで来る。
吉衛門もそれはわかっていて剣を一旦止める。
「ここまでだな・・・次の一撃で終わらせるぞ」
そう言った吉衛門が最後の一撃を振るう。
(だめ!)
覚悟を決めたえりかが削れきった旋棍でその剣を受ける。
カイーン!と少々妙な音がして、えりかの旋棍が砕け散った。
しかし砕け散ったのはそれだけではなかった。
吉衛門の刀もまた、根元から折れて砕けていた。
「え?」
「何っ!」
驚いたのは二人同時だったが、その事態に反応したのはえりかの方が早かった。
猛然と吉衛門に向かうと、酔っていたせいか、まだ呆然として折れた刀を見ている吉衛門の右腕を取り、関節を極める。
「ごめんねっ!おじさんっ!」
えりかはそう叫ぶと躊躇なく、そのまま腕をバキッ!と思いっきり折る。
何しろこの機会を逃したらえりかに勝ち目はないのだ。
自分の命がかかっている状態で、遠慮や手加減などしていられなかった。
「がっ!」
そのままもう一本の腕も取ろうとしたえりかだったが、さすがにそこまでは相手もさせてはくれなかった。
片方の手でえりかを引き剥がすと、数歩下がって身構える。
「やってくれたな・・・小娘・・・だが・・・」
そう言って吉衛門が残った左手で脇差を抜く。
「次はこうはいかんぞ」
全くその通りだった。
えりかの起死回生の技で片手を失ったとは言え、まだ、なお吉衛門の方が、えりかより強いだろう。
「しかし、その前に聞きたい事がある」
「何?」
「今の技はなんだ?」
吉衛門の問いに少しでも時間稼ぎがしたいえりかがゆっくりと答える。
「・・・ジパング流、護武術、腕ひしぎよ」
えりかの答えに吉衛門は顔に不敵な笑いを浮かべ語りだす。
「ふっふっふ・・・まさか貴様のような小娘が無手の技まで使えるとはな、恐れ入った。
いや、実に恐れ入った!ははははは!」
自分の腕が折られたというのに痛がる風でもなく、むしろ機嫌が良くなったようにすら見える相手に、えりかも驚くが、特に何も言わない。
「・・・」
「しかも貴様、何か腕に仕込んでいたな?
最後まで切り札を見せず、二つも残していたとは大した奴だ・・・」
もちろんそんな余裕などえりかにはなかった。
今まで護武術を使わなかったのは旋棍を持っていたからだし、手甲はしていた事自体を忘れていただけの事だった。
吉衛門に言われてえりかは自分の手甲を見た。
この手甲は親子二代を護った事になる。
「ありがとう・・・母さん」
思わずつぶやいたが、この次が問題だった。
「だがさすがに、もう奇策や技は残っていまい、行くぞ!」
その通りだった。
もはやえりかにも何も考えが思いつかなかった。
しかも早く勝負をつけなければ、ゆきの命が危ないかも知れないのだ。
ただ身構えて、相手の動きを見る。
たとえ格上であっても、まだ何かできるかも知れない・・・そう思って身構えるえりかに流石に吉衛門も今度は用心深く、すぐには切り込んでこない。
(そうだ!まだあれがあった)
あまりにも唐突な戦闘展開に、つい肝心な物を忘れていたえりかが懐に手を入れると、中から懐剣を取り出す。
父から譲り受けたあの伝説の武器級のアレナック刀だ。
(父さん、使うよ)
えりかが鞘を抜くと、そのアレナック特有の水晶のような透明な刀身が日の光を浴びてキラキラと宝石のように輝く。
その剣を身構えたえりかを見て吉衛門が驚きの声を上げる。
「ほう?まだそんな物があったとは・・・しかもそれはまさか・・・
噂に聞くアレナック刀か?」
まさかこのような浪人呈の侍がアレナックまで知っているとは驚きだったが、むしろその方が都合が良いと考えたえりかは正直に答えた。
アレナックを知っているなら、その驚くべき性能と強さも知っていて警戒するはずだ。
そう簡単にはかかってこないだろう
「そうよ、驚いたかしら?」
わざと得意げに言ってみせるえりかに吉衛門も感心して答える。
「ああ、驚いた、確かに驚いたよ。
昔、俺の師匠に聞いた事がある。
確か『その刀身、水晶より透けて周囲に輝き、触れれば鋼さえも紙と化して切れる』・・・だったかな?
ただの伝説だと思っていたが、まさか実在するとはな、しかし本物なのか?」
吉衛門の問いにえりかは無言で近くにあった木の枝をスッと切ってみせる。
その枝はえりかの腕よりも太い位だったが、女子中学生のえりかでもさほど力をいれなくとも、スッと音もなく切れ、大ぶりな枝が地面に落ちて、始めてザンッ!と大きな音を立てる。
「なるほど、本物という訳か・・・
しかし、それはジパングですらそうは簡単に手に入らない貴重な品物のはず。
なぜ単なる女学生であるお前がそんな物を持っているのかわからないが、そんな大それた物を持っているからには貴様、短刀もそこそこ使えるな?
一体ジパングの女は何種類の武術を習っているのだ?・・・
しかし、そんな代物が相手では一回でも受けられればこの程度の刀では持たないだろうな、これは確かにまだ油断できん・・・」
吉衛門はそう言って再び様子を探る。
「先生、何やっているんですかい?早くしてくだせぇ」
せかす男に吉衛門が諭すように叫ぶ。
「馬鹿者!この娘の持っている剣はアレナック刀と言って、およそこの世に切れない物がないという恐ろしい剣だ。
そんな物は噂だけで実在などしないと思っていたが、どうやら噂は本当だったらしい。
鋼をも切り裂くあの剣にかかれば、どんな名刀でも逆にあっさりと切られてしまうぞ!
うかつにはかかれん」
吉衛門の説明にえりかも同調する。
「そうよ、たとえあなたの剣であってもね」
「ぬう・・・」
わざわざ相手が説明をしてくれたお陰で、えりかは落ち着いてきた。
しかも相手はすでに大刀はなく脇差だった。
当然の事ながら長さは短く、えりかの懐剣の長さの不利も先ほどよりもましにはなった。
そして何と言ってもその材質でえりかは大きく有利に立っていた。
そう、このアレナック刀ならば、一度でも相手の刃を受ければ相手の刀を切れるはずだ。
ただ一回受ければ良い・・・それならばえりかにも勝機はある。
酔って片腕相手の人間ならば、例え相手が達人であってもこのアレナック刀があれば、何とかできるかもしれない・・・そう考えたえりかも改めて身構える。
相手もその事がわかっており、二人の間にこれまでにない緊張感が走る。
そして二人の間の緊張感が最高に達した時だった。
突然、二人に声をかける者があった。




