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星の見守り人 過去の章  作者: 井伊 澄洲
徳川家康 編
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第06話 徳川の間諜と両国の渡し

 翌日、朝早くから江戸城を後に、徳川の偵察隊がジパングへと向かうために集まる。

旅姿になった本多正信は同行する板倉勝重、水野勝成、成瀬正成に声をかける。


「それではこれよりジパングに向かう」

「おう」

「腕が鳴るわい!」

「おいおい、まだ戦を仕掛ける訳ではないのだぞ?」

「わかっておるわい!」


早くもジパングに攻撃をかける気満々の一行に、正信が釘を刺す。


「・・・意気盛んな所、申し訳ないが、最初に一言、言っておく」

「なんじゃ?」

「ジパングには決して勝てぬ、この一言をよく覚えておくが良い。

 そしてそれは大御所様も十分御承知の上じゃ。

 しかしこれから行うこの間諜は、お主達にとっては決して無駄ではない。

有意義な旅になる事だけは請合おう」


その正信の言葉に三人が唖然として驚く。

これから戦争をしかける相手の様子を調べに行くというのに、それが全く無意味であるような結論、しかしそれは無駄ではないという物のいい様は三人には全く意味がわからなかった。


「なんじゃ?それは?」

「どういうつもりだ?正信?」

「言葉の通りだ、我々は決してジパングに勝てぬ。

しかしこの旅は、わしにとってもお主等にとっても決して無駄にはならぬ」

「はっ!最初から負け犬根性か?それでは勝てる戦も勝てぬわ!」


元々武闘派である勝成は、慎重で思慮深い正信の事を快く思ってはいない。

正信をバカにするような勝成を勝重がなだめる。


「まあまあ、思慮深い正信の事じゃ、今の言葉も何か意味があるのじゃろう。

な、正信?」

「・・・・では、参るとするか」


その勝重の質問には答えず、正信が歩き出すと、一行もジパングに向けて歩き出していた。



江戸城近辺からジパングへの道はさほど遠くはない。

大人の足で半刻(1時間)もあるけば、国境である大川(隅田川)に到着する。

一行が大川の船着場に近づくと、正信が三人に注意を促す。


「そろそろ大川の近辺につくが各々方、気をつけられよ」

「どういう事じゃ?」

「この辺にはスリ、かっぱらい、物乞い等が沢山いるからじゃ。

特に物乞いが多い」

「そんなにいるのか?」

「そうじゃ、油断していると、すぐに何かを取られてしまうぞ。

一応治安を維持する自警団という物はあるが、用心に越した事はない」


言われて一行が周囲を見てみれば、なるほど目つきの悪そうなのやら、物欲しそうな連中がそこここにいるのがわかる。

一行が歩いていると、その連中が声をかけてくる。


「だんなぁ御恵みを~」

「どうか御慈悲を・・・」


さすがに武士四人に対して強引に物を奪おうとまでする連中はいないが、それでも鬱陶しい事、この上なかった。

正信たちははそうした連中をあしらいながら船着場へと向かう。



一同が大川に辿り着くと、そこには石造りの巨大な建物があった。


「あの大川の岸辺にある、大きな石造りの物は何じゃ?」

「あれは大川を渡る為の船を管理するための建物じゃ」


勝重の質問に正信が答える。


「なんと?渡し舟の船着場か!」

「さよう」

「たかが川の船着場にあのような巨大な建物とは・・・」


驚きを隠せない勝重に対して勝成が強がりを言ってみせる。


「何の!今も築城中の江戸城に比べればあのような物、どうという事はないわ」

「それはそうだが・・・」


あきらかに規模や方式が違うのをあえて無視しようとする勝成にため息をつく正成。


「彼らの土木工事はそのような物ではないぞ、荒川まで行けばわかる。

どちらにしてもここには橋がかかってないので渡し舟で渡る」

「うむ」



船着場の中に到着すると、再び正信が説明を始める。


「では渡ろう、ここからの支払いは、かの国の金子、「財」により払う事になる。

あとで、貴殿らも両替する事になるだろうが、ここはひとまずわしが払おう。

ここの渡し賃は一人“百財”じゃ」

「百財というと、いかほどかな?」

「さよう、ざっと四十文(約千円)という所かの」

「ふむ、少々高い気もするが、他国への船の渡し賃としてはまあ、妥当なところかの」


正成が考え考え答えると、正信がさらに説明を続ける。


「もっとも子供は一人一万財(約十万円)じゃ」

「なに!」


さらりと言った正信だったが、その言葉に一同は驚かざるを得なかった。


「一万財じゃと?わしらの百倍ではないか!なぜそのように高いのじゃ?」

「百倍ということは四千文、つまりは一両、小判一枚じゃぞ!それは高い!」

「一両もあれば、庶民ならば数ヶ月も暮らせるではないか!」


一同の驚きに対して正信がうなずいて話し続ける。


「そうさな、昔はここの渡り舟は大人も子供も只だったそうじゃ」


その正信の言葉に一層疑問がます勝重。


「それがなぜそんな事になったのじゃ?」

「うむ、それは船に乗りながらゆっくりと話そう」


そういうと正信は四人分の船代を払い、三人はその後について船に乗る。

全長十六間(約30m)はあろうかという、この時代にしては大き目の屋形船に少々驚きを感じながら中に入って内装を見る。

そこは家の中のように畳が敷いてあり、また船の後部の方には厠や売店までしつらえてあるので、さらに驚く。


「これはまたずいぶんと大きな船だな」

「うむ、確かに大川は大きな川ではあるが、これほど大きな船でなくとも、渡しには十分だと思うがな」

「しかも船の中に厠まであるとは・・・たかが川を渡る間に、そのような物まで必要があるとは思えないが・・・」


勝成の疑問に正信が答える。


「ああ、それはこの船は単なる川の渡し舟ではなく、これでこの場所からジパングまで行く場合もあるからだ」

「ほう?ジパングまで?」

「うむ、このまま大川を下ってな、江戸湾に出て、荒川を遡上し、ジパングの横につけるのじゃ。

時間は二刻(約4時間)ほどかかるがな。

だから厠や売店も必要になってくるのじゃ。

それだと楽にジパングまで行けるので、慣れた者や、荷物の多い者などはその船で行く者も多い。

しかし我らは物見だからな、ジパングに行く途中を見なければ意味がない。

だからそちらのジパング行きの船には乗らぬのだ」

「なるほどな」


勝成が納得すると、今度は勝重が質問をしてくる。


「しかし、これほど大きな船なのに帆もないな。

これほど大きな船を漕いでおるのか?」

「このような大きさの船を漕いで動かせるものかのう」


正成も不思議がると、正信がそれに答える。


「ああ、この船は漕いではいるが、櫂や櫓ではなく、外輪を使って漕いで進んでおる」

「ガイリン?」


初めて聞くその単語に勝重が疑問を口にする。


「この船の後ろのほうにある歯車のような物だ」

「ああ、あの水車小屋の水車のような物か?

何で船にあんな物が付いているのかと思うたが、あれで進むと?」

「さよう、水車小屋は川の流れで水車を動かして米などをつくが、この船はその逆で、中で人が水車、すなわち外輪を数人で漕いで動かして、それで水を掻いて進むという訳じゃ」

「ほほう、なるほどのう」


正信の説明を聞いて納得すると、適当な場所で一同も腰を下ろす。

座った正信が話を続ける。


「さて、子供の渡し賃の話じゃったな」

「そうじゃ、なぜ子供の渡し賃がそんなに高いのだ?」

「うむ、なんでもわしの聞いた話によると、ジパングには国で子供を引き取る場所があってのう、戦や病気で親を亡くした子供を引き取るのじゃ。

そしてそこで大人になるまで育てるのじゃ。食事をさせて、物事の道理を教え、一人でも生きて行けるようにな」

「ほう、それは感心な事じゃな」


その勝重の言葉に一同もうなずく。

いかなる時代でも人間一人を育てるのは大変な事だ。

それを戦や疫病で親を亡くした子供たちを全て引き取って、衣食住の世話をしながら育てるなど並大抵の事ではない。


「だがその話がこの近隣に広まるとな、農民どもがこぞって子供をジパングに連れてきて、そのまま置いていくようになった。

何しろその頃は渡し賃も只で、門の入口に関所もなかったらしいからな。

いくらでもジパングの中に入れたらしい」


その正信の言った意味が、正成にはすぐにわかった。


「なるほどな、口減らしか・・・」


先ごろ江戸幕府がひらかれたとは言え、戦国時代の名残が残るこの時代には、まだまだ貧農が多く、子供が生まれても育てられない農家も多かった。

それ以前ならば、なおさらであっただろう。

その者たちがジパングの噂を聞いて子供を捨てに来たのだった。

正信がうなずきながら話を続ける。


「最初はその子供たちを全て引き受けていたジパングだったが、さすがにあまりにも多くなってくると、引き取り切れなくなってきたのじゃ」

「それは当然、そうなるな」


ジパング近隣の子供の数と言えば数百、場合によっては数千にもなるだろう。

いくらなんでも、その子供たちを全て引き取って育てられる訳が無い。


「それで、それまで無料だった、ここの渡し賃を大人は百財、子供は1万財取るようになったのじゃ。

そうすれば、そうそう簡単に子供を捨てには行けぬからな」

「なるほどのう・・・」

「確かに子供を捨てに行くような輩に、そのような渡り賃は払えないな」

「それ以降はジパングに子供を捨てに行こうという者はほとんどいなくなったそうじゃ」


1万財と言えば、ほぼ小判一枚、すなわち1両に匹敵する。

子供を捨てに行くような輩が、そのような金銭を持っている訳もなかった。


「しかしそのような輩はどうにかしてジパングに入ろうとするのではないか?」

「そうじゃな、ここの渡し賃がそんなに高ければ、この場所以外から子供を連れて入ろうとするのではないかな?」


その勝重と正成の質問に正信がうなずきながら答える。


「もっともな考えだが、ジパングに入る方法は3つしかない。

一つ目はここから渡る。

二つ目はここから入るのと反対側にある検見川、江戸川の渡し場から入る。

そして三つめは船でジパングの港か、船着場に入る。

この三つしかないのじゃ。

見ての通りジパングの川沿いは高さ三十尺(約9m)もある壁に阻まれておるので、とても子供連れでは越えられないし、例え越えたとしても子連れで川を泳げるはずもなかろう?」

「港からはどうなのじゃ?」

「港には外洋の船でなければ入れぬ。当然船代は高い。

そんな金子を払える訳もなかろう?」


正信の説明に納得する一同。


「うむ・・・なるほど・・・」

「それに仮に川を泳ぎ、船などを密航して、どうにかしてあちら側へ渡ったとしても、後でわかるが昔と違い、今はジパングの中に入るのには極めて堅牢な関所がある。

とてもその中へ入ることなど出来ぬ」

その正信の言葉に再びうなずく一同。


「しかし、それではジパングにいる子供は外に出て行くたびに金子がかかるのう」


ふと思いついたように質問する正成に対して正信が首を横に振って答える。


「いや、彼らの子供たちはジパングの民である事を証明する専用の手形のような者を持っていて、それを持っている者は、この船はただで乗れるので問題はない。

それにジパングの子供たちは基本的にジパングの外には出てこない」

「出てこない?何故だ?」

「ジパングの外は子供たちには危険だからだ」

「危険?」


不思議そうに聞く勝重に正信が説明を続ける。


「話によると、ジパングの中は、それこそ極楽のように平和な所らしい。

そんな場所で、のほほんと育った子供がジパングの外に出てきたら、あっという間に何かしらの事故にあってしまうからだそうじゃ」

「なるほど、それほどまでにジパングの子供は箱入り育ちなのか。

しかしそれではジパングで育った者は一生ジパングの外に出てこれまいに?

それでは困らないか?」


もっともな勝重の質問に、残りの二人もうなずいて同意する。

不思議そうに質問する勝重に正信が再び首を横にふって答える。


「いや、そこはうまくできておるようじゃ。

年を重ねる毎にしっかり外に出ても平気なように物事の道理や武術を徹底的に教えてだな、元服する年令になる頃には外に出てきても大丈夫なようにはしているようだ」

「なるほどのう、よく出来ている物じゃ・・・」

「実際わしもジパングにいる時に子供にも知り合いが何人か出来たが、小さい子供はともかく、14・5歳になると、大した見識を持っておる。

こちらの二十を越えたものなんぞよりもよほどしっかりしておる。

極楽のような所と言われながらも、子供にはよほど良い教育をしているようじゃの」


その感心したように話す正信に対して勝成が疑問をぶつける。


「ちょっと待て、正信、先ほどもお主はジパングの中は極楽のように平和らしいと言ったが・・・」

「ああ、言った」

「なぜ、聞き伝えなのじゃ?

お主もジパングの中に入った事があるのじゃろう?

お主が見てどうだったのじゃ?」

「それはの、一口にジパングと言っても、それなりに広くてな。

わしらのような余所者が入れる場所と、ジパングの民しか生活していない場所があるのじゃ。

そのジパングの民しか入れない場所で生まれ育ったジパングの子供が、お主の言う「箱入り」なのだ。

わしがいたのは当然余所者でも入れる場所でな。

もっともそこでさえ、我らの国に比べれば平和その物な場所だがのう。

わしらが今回探るのも、その場所という訳じゃ」

「なるほど、そういう事か」


正信の説明に勝成が納得するが、今度は勝重が質問する。


「そのジパングの民の生活している場所とやらには我らは入れぬのか?」

「ああ、我らは決して入れぬ。

そこの入口には、また別の関所のような物があって、ジパングの民でない者は通さないのじゃ」


その正信の説明を聞いた勝重が困ったように話す。


「しかし、それでは今回の間諜の目的が達成できないのではないか?」


勝重の当然の疑問に正成も眉をひそめる。

「そうじゃのう、

重要な秘密となれば、当然余所者が入れぬ所にあるに決まっているがのう・・・

そこに行けぬとあれば・・・」

「うむ、間諜の意味を成さぬかも知れぬ」


その正成たちの言葉に、正信がいとも軽快に説明をする。


「いや、その心配はない」

「心配ない?なぜじゃ?」


あまりにも軽く話をする正信に、勝重が驚いて問いかける。


「今は説明出来ぬ。

しかしジパングの中に入って数日もすれば、わしの言った意味がわかるだろう」

「ふーむ?」


正信の言葉に3人は首を傾げるが、それ以上正信も説明をしないので、黙っているしかなかった。

一行がそうこう話しているうちに渡し舟は反対岸に辿り着く。


「では降りるぞ、おのおの方」

「うむ」


一行が降りた船着場は江戸側のそれよりも遥かに大きく清潔感があった。

天井は高く半球型で、高さは10mほどもあり、明り取りの窓は広く、そのおかげで、大きな部屋全体が明るかった。

そしてその巨大で天井が半球型の建物の中には、商店のような小さな建物がたくさん建っているのだ。

その初めて見る、不思議な建物の二重構造に一同は驚いた。


「これは・・・」

「まさに異国に来たようじゃのう・・・」

「建物の中に建物があるぞ?あの小屋はなんじゃ?」

「まあ、ジパングから外に出る者にとっては、ここがジパングと分かれる最後の場所じゃからな。色々とそろっておる」


正信に言われて一同が周りを見回すと、なるほど、そこここに様々な店舗が並んでいるのが見える。

その一つを指差して勝重が質問をする。

そこには他の店よりも大きく、特にたくさんの人がいて、賑わっているために目を引いたからだ。


「あれは何じゃ?」

「あれはジパング直営の売店じゃ。

買い忘れた土産やジパングの日用品を、ここで買う事が出来る。

何しろここを過ぎたら、もうジパングの店はないからな」

「では、あれは?」


正成が別の店を指差して質問する。

そこには商品を置いてある様子はないが、人が何人か集まっている。


「あれは案内所じゃ。

初めてジパングに来てわしのように案内する人間がいない者に対して、色々とジパングの事を説明してくれるし、簡単にジパングを説明した冊子などもただでもらえる。

どれ、わしらも一部もらって行くとするか」


そう言いながら正信が案内所に近づく。


「すまんがジパングの案内書を四つばかりいただきたい」

「はい、どうぞ」


案内の女性が微笑みながら案内書を渡す。


「うむ、かたじけない」


案内書を手渡された正信が3人に配る。


「うん、ジーエフ暦2615年版か・・・

ちょうど今年(元和元年・西暦1615年)作られた新しい物でござる」


その墨一色で描かれた内容を見た3人が感心する。

そこには簡単なジパングの説明を初めとして、注意事項、買い物の仕方や、宿の探し方などが書いてある。


「ほう、これは実にわかりやすく説明されておるのう」

「うむ、全くだ」

「確かにこれがあれば、初めての場所でも楽に旅ができるのう」


一通り3人が読むのを待つと正信が促す。


「では行くぞ」


正信の言葉に三人がうなずき建物を出る。


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