最終話 ジパングの力
そう言うと、秀吉たちが乗っている船がふわりと浮かび、空に飛んでいるのが秀吉にもわかった。
「な、これは?」
「実はこの船は宇宙船と言いましてね。
ま、空飛ぶ船だと考えていただければ結構です」
「空飛ぶ船じゃと?」
それは船は水の上を往く物としか考えられなかった秀吉には到底理解できなかった。
ましてや船に限らず、空を飛ぶ乗り物があるなどという事は、即座に受け入れる事が出来なかった。
「ええ、さあ、窓から外を御覧下さい」
そう言われて秀吉が外を見ると、ゆっくりと自分が上昇していくのがわかる。
「おお、船が・・・船が空に浮かんでいる・・!」
ゆっくりと上昇する船から熊五郎が周囲の説明をする。
「あれが荒川、あれが現在徳川殿がいる江戸城、まあ、大坂城に比べると、まだ兎小屋ですな。
そしてあれがあなたの本陣、お解りになるでしょう?」
熊五郎の解説に驚きながらもその光景に見入る秀吉だった。
「むむむ・・・」
「さあ、もっと上昇して行きますよ。
そら、関東一円が見えてきたでしょう?
あちらに見えるのが伊豆半島、ほら、今日は天気が良いので、富士山もよく見えるでしょう?」
「おおお・・・」
言われたとおりに富士の山が見えて、その神々しいまでの美しさに思わず秀吉も声を上げる。
「まだまだ上昇しますよ。
今度は日本全土が見えてきたでしょう?
そうそう特別に大坂城も見せてさしあげましょう」
そう言うと映像盤が西の方を拡大し、そこには大坂城が見えてくる。
「ああ、大坂城が見えて来ましたね。
ま、残念ながら現在大手門は我々の攻撃であのとおりですが・・・」
熊五郎に言われた通り、大坂城の大手門は先ほど見た攻撃で瓦解していた。
見る影もない大手門を見て秀吉は涙を流した。
「おおう・・・わしの大坂城が・・・」
その秀吉の嘆きも関係なく、宇宙船はどんどん上昇していた。
「さあ、どんどん上昇して地球全体が見えてきますよ、
段々丸みを帯びてきているのがわかるでしょう?」
どんどん日本が小さくなり、やがて地球の輪郭が見えてくる。
それはついに青い球体となって秀吉の目に映る。
「こ、これは・・」
青い部分に所々、茶色や白い物が見える球体を見て秀吉は愕然となる。
「いかがですか?秀吉様?
これがあなたの住んでいる世界、「地球」ですよ?」
「な、なんという事だ・・・」
すでにその映像は秀吉の理解を超えていた。
「これがわしの住んでいる世界だと・・・いうのか?」
「はい、そうですよ。青い部分は海、白い部分は雲ですね」
愕然として言葉もなく、青い玉を見つめる秀吉に熊五郎がさらに話を続ける。
「では最後に大サービス、大盤振る舞いです。
ちょっとした宇宙旅行に御連れしましょう」
「ウチュー旅行?」
「ええ、また外を見ていてください」
そういわれて秀吉が外を見ていると、方向がクルリと変わり、そこにはちょうど満月が美しく光っていた。
「満月・・・」
「ええ、お月様ですよ」
熊五郎の言葉と共にグングンと月が近づいてくる。
1分ほどで、それは秀吉の見ている窓全体を覆うほどの大きさになり、手が届くほどになった。
秀吉はその光景に驚く。
そこは黄色く美しく光る球体ではなく、明るくはあるが、土気色に光り、穴だらけの不気味な世界だった。
「これが・・・月・・・?」
弱々しい秀吉の言葉にうなづくように熊五郎が答える。
「残念ながら兎はおりませんがね。
いかがですか?月を間近で見た御感想は?」
「信じられぬ・・・」
「まあ、そうでしょうな。さて、では地球に帰りましょう」
そう言うと、映像がくるりと回り、再び地球を映し出す。
それはさきほど見た時よりも、はるかに小さくなった青い玉だった。
「あれがわしのいた世界・・・チキュウ・・」
「そうです。小さいでしょう?
本当は地球の直径は三千里ほどあるのですが、何しろ地球から月までの距離は、ざっと9万5千里はありますからな、
小さく見えるのも仕方がありません」
「九万・・・五千里、じゃと?」
その距離はこれもまた秀吉の理解を超えていた。
「ええ、ちなみに地球から太陽、つまりお天道様までの距離はざっと3750万里ですよ」
まさに中国の万里の長城もかくやという数字だった。
その数を聞いて秀吉は気が狂いそうになってきた。
「も、もうやめてくれ!
わしを元の世界に戻してくれ!」
秀吉はかつて若かりし頃、ジパング商人の小山田に表裏のない帯を教わった時の事を思い出していた。
あの時はたんなる一枚の細い紙だったが、今度は世界丸ごとなのだ。
秀吉はそれこそ吐き気をもよおし、頭がクラクラとして、その場に倒れそうになった。
そんな秀吉を熊五郎が笑い飛ばす。
「はっはっは、宇宙旅行はあまり秀吉様の御気に召しませんでしたかな?」
そう笑いながら熊五郎が説明している間にも地球が近づいてきて、日本の形が見えてくると、秀吉はホッと一安心する。
ようやく地上に戻ってきた秀吉に対して熊五郎が話しかける。
「では、そろそろ時間です。
あなたを元の場所にお戻ししましょう。
そして先ほどあなたに見せた大坂城攻撃の映像、あれだけは実は三日前の映像なのです。
ですからおそらくあなたが今から本陣に戻った直後に大坂からの知らせが到着する頃合です。
その報告を聞いてこれからの事をお考えなさい。
ここ数日間の事をあなたがどう解釈するもよし、そしてまた我々と戦うもよしです。
どちらでも、いえ、どのようにでも御好きになさい。
ただしこれ以上戦を続ける気ならば、我々ジパングはもはや容赦しないとだけは言っておきましょう。
そうなれば大坂城は完全に柱一本残らぬ廃墟となり、あなたは確実に死を迎えるでしょう。
その時はもちろん淀君と秀頼様も一緒です。
もしあなたが淀君や秀頼様と一緒に滅びたいのならば、このままジパングと戦い続けるのも良いでしょう。
そしてあなたでもあなたの配下でも、今後ジパングを攻める者は必ず滅びます。
これはジパングからあなたへの最後の警告です」
「・・・」
その熊五郎の言葉に秀吉は呆然として何も答えられないでいた。
・・・が、ようやく口を開いて話し出す。
「ジパングの事をわしに始めて話したと言ったな?
この事をわしが他の者に話したら何とする?」
「別に何とも思いませんよ。
それにあなたは話さないでしょうから」
「なぜじゃ?」
「分かりきった事です。
この世界が丸い事、自分が空飛ぶ船で月まで行ってきた事、このような事を周りに話せば、あなたの周りの者はみなあなたの気が触れたと思うでしょう。
それでなくともあなたは元々いたずら好きの大法螺吹きで有名です。
ですからこのような事を話しても誰もがあなたの法螺話としてしか聞かないでしょうし、しつこく話をすれば、正気を疑われるだけです。
だから我々はあなたには正直に本当の事を話したのですよ。
その方があなたのような方には「効く」と判断しましたからね。
かつて私があなたに口先三寸で相手を巻こうとするのはやめた方が良いと忠告したでしょう?
しかしあなたはその忠告を聞かなかった。
まさに身から出た錆び、自業自得とはこの事ですね」
まさにその通りだった。
「さあ、私からの話はこれで終わりです。
そろそろ時間ですから、あなたの本陣へ御帰りなさい」
熊五郎に促され、よろよろと夢遊病患者のように宇宙船から出てくると、そこにはあの戦乙女ほのかが待っていた。
「いかがでしたか?秀吉様?それではそろそろ時間ですので、お送りいたしましょう」
「あ、ああ・・・」
ほのかの言葉に力なく答える秀吉。
こうして秀吉がジパングに来てから1週間後の朝、秀吉は再びほのかに連れられて、空を飛んで本陣に戻ると、いなくなった時と同じように、突然部下の前で姿を現した。
「殿!」
「太閤様!」
「よくぞご無事で!」
一同が喜んで秀吉を迎える中、秀吉は一人、ボーッとなり、何事かをブツブツと呟いていた。
「ジパング・・・チキュー・・・ツキ・・・ウチュー」
その秀吉の呟きは周囲の者が聞いても、もちろん意味がわからなかった。
久しぶりに自分の本陣に戻った秀吉は、部下達に支えられ、茶を飲んで一服し、ようやく落ち着いてきた。
まるで何年も遠くへ行っていたような気がするし、ほんの一瞬でしかなかったような気もする。
ジパングで経験したこの世の出来事とは思えない数々の経験の記憶が脳裏を駆け巡る。
「殿!これよりどうされますか?」
「殿が戻ってこられた以上、直ちにジパングへ攻め込みましょうぞ!」
口々にジパング攻撃を進言する部下達だったが、ある事を思い出した秀吉は、逸る部下達を制した。
「待て!しばらく待て!」
「どういたしました?殿?」
「攻めるのはいつでも出来る。
・・・その前に・・・おそらく今日当たり、大坂から知らせが届くはずじゃ。
まずはそれを待て!」
「知らせ?」
「大坂から?」
周囲の者がいぶかっているまさにその時に「御注進!御注進!太閤様はいずこに?」と叫ぶ声が聞こえてくる。
その声を聞くやいなや、間髪を入れずに跳ね上がるように立ち上がると秀吉が叫ぶ。
「あの者を直ちにここへ連れてまいれ!」
「ははっ!」
秀吉の前に連れてこられた伝令が息も絶え絶えに報告をする。
「太閤様、大坂よりの知らせでございます」
「うむ、報告せよ」
「現在、大坂城は謎の攻撃を受け、大手門は崩壊!
本丸もいつ攻撃をされるかわかりません!」
「秀頼は?秀頼と淀はどうした?」
「はっ、若様と淀君は本丸にて御無事です!」
「どのように攻撃されたのじゃ?」
秀吉のその質問に伝令は首を横に振って答える。
「残念ながらそれはわかりませぬ。
突然、空から大砲のような物で攻撃を受けて、どこから誰が仕掛けて来たのかもわからぬ状態です」
「ぬう・・・」
「その後、攻撃の手は止みましたが、いつどうなるかもわからない状態です!」
報告を聞いてその場にどっかりと座り込んだ秀吉だったが、やがてそばにいた石田三成にポツリと指示を出す。
「三成・・・」
「はっ」
「全軍に伝えよ、「退け」とな」
秀吉の言葉に三成が驚いて確認をする。
「退くの・・ですか?」
「そうじゃ、退くのじゃ、総撤退じゃ!
良いか?一兵たりともここに残してはならんぞ!
兵を残した者は打ち首じゃ!
全軍にそうきつく言い渡せ!」
これまで見た事もない激しい剣幕の秀吉に、一同は不思議がりながらも命令を聞く。
「ははっ!」
こうして秀吉によって行われた、空前の大軍によるジパング攻めは突然中止された。
しかしその撤退の理由は世間には知らされず、秀吉以外には誰にもわからなかった。
そして秀吉も例え誰かに聞かれても、その理由を決して説明しなかった。
しかし秀吉は、この後、決してジパングを攻める事はなく、配下の諸将たちにも「決してジパングには手を出すな!」と真顔で語っていたという・・・。
豊臣秀吉編はこれで終わりです。
ご愛読ありがとうございました。
感想などがあれば、お聞かせください。
次は来週辺りから「ジパング修学旅行編」をはじめようと思います。
今度は初めてジパングの平凡な少女が主人公となります。




