第05話 戦評定
そして今やあいらがいなくなった江戸城では家康の重臣たちが騒然としていたのだった。
それはまさに蜂の巣を突く様な騒ぎで、江戸城始まって以来の事となった。
家臣たちはジパングをよく知る者、ほとんど知らない者の真っ二つに分かれたが、家臣のほとんどはジパングの事は全くと言ってもよいほどに知らなかったので、圧倒的少数の親ジパング派は苦労をした。
会議はあまりにも紛糾して、もはや誰が誰を相手に、何を話しているのかも、わからないほどだった。
「戦じゃ!戦しかない!」
「今すぐジパングの奴どもを血祭りにしてくれようぞ!」
「一体どうやって?そもそも我々は敵の本丸の位置も知らんのじゃぞ?」
「さしあたっては大川(隅田川)の向こうにある、あの街を攻めればよかろう!」
「さよう!あの街を占拠すれば、きゃつらめに大きな被害を与えようぞ」
「しかし、あの街はジパングの出城でしかないぞ?
本拠地はどこだかわからぬが、別の場所にあると聞いた事がある」
「出城と言っても、あれほど巨大な物、それが無くなれば痛かろう」
「それにあの町の城主だか何だか分からんが、とにかく一番上の者をあいらと共に締め上げれば、おのずと大元の根拠地も判明するであろう」
「本拠地がどこにあるが知らないが、要はあの街を落とせば、さしあたって、日本からジパングはなくなる。それで良いではないか?」
「だが、あれをどうやって落とす?あの三里四方もある巨大な街を?」
「数じゃ、数で攻めればどうという事はない」
「さよう、徳川が天下を取った今ならば、全ての国から兵を集めれば三十万以上になる。
その数で持って攻めれば容易い事よ」
「それであの街が落とせると思うてか?」
「何、あの難攻不落と言われた小田原城とて、サルごときに落とされたのじゃ。
まして我が殿の前に落ちぬ城などないわ」
「それに我等には、つい先頃大坂城を攻めた時に、あの淀君すら腰を抜かして、
和議に持ち込ませた、最新式の大砲もある。例え城攻めとて問題ないわ!」
「そのサル・・・あの太閤殿ですら小田原攻めの後、ジパングは落とせなかったのだぞ!」
「そうじゃのう、確かにあの時も攻め手は二十万以上いたはずじゃったが・・・」
「あれは単に朝鮮を先に攻めたかったので、時間がかかるから諦めただけであろう?」
「いや、わしは太閤殿がジパングだけには何があっても手を出すなと言ったのを聞いた事があるぞ」
「うむ、それはわしも直接聞いた事がある」
「わしもじゃ、あの太閤殿が珍しく真顔で熱心に話すので、驚いた覚えがある。
しかも勝手にジパングを攻めた者は、厳罰に処すとも言っていた」
「何、あんなサルと我が殿を比べるべくもない、サルに出来なかったというて、
なぜ我が殿にまで出来ないと思うのじゃ」
「だが、現実を見よ!かの地の戦乙女は一人で百人を倒すぞ?」
「そんな物は単なる噂じゃろう」
「貴殿は見てないからそんな事を言えるのだ!わしは実際に関ヶ原で見た。
あれは場合によっては百人どころか、千人でも倒すぞ!」
「確かにな。わしもあれには肝を潰したわい。
たった数十名の戦乙女が三成の数万の軍勢を物ともせず、まるで鉈で豆腐でも切るかのように敵軍を割いていったわ」
「仮に千人倒すとしてもきゃつらは百人といまい。
また仮に百人いたとしても、それで倒せる数は十万人、三十万人もの兵がおれば釣りがくるわ」
「戦の数とはそんな単純な算法ではない!」
「ならばどうする?」
「そうじゃのう・・・」
「う~む」
一同が無言になり、ようやく落ち着いてきた所で、この会議中に初めて家康が声を出す。
「・・・いずれにせよ、それほど大規模な戦の準備をするのには一月近くはかかろう。
その間に正信に現地を案内してもらえ。そして探ってこい」
その家康の言葉にその場に居た者たちがうなずき、賛同する。
「確かに殿のおっしゃる通りじゃ」
「うむ、戦をはじめるには、まずは敵を知ることじゃ」
「そうじゃ、かの地の兵力、そしてその戦乙女とやらの人数と真の力、大砲・鉄砲の数、兵糧の状況、街の弱点、攻め所、全て調べ上げるのじゃ」
「それはもっともじゃ」
その言葉にうなずく一同。
「では誰が行く?」
「間諜にそんなに大人数で行っても意味がないからのう、三・四人というところか?」
「正信を案内として、勝重と勝成、それに正成の四人でどうじゃ?」
家康が人選の候補を挙げる。
本多正信、板倉勝重、水野勝成、成瀬正成の四人は幕府の重臣である。
それぞれ政治、軍事、経済等に明るく、妥当な人選といえた。
「うむ、そうじゃな」
「確かにそれがよかろう」
「では明日にでも出発せい。良いな?正信」
「心得たました」
間諜の旅が決まった正信に家康が何事かを任せるように言葉をかける。
「正信、わかっておるな?頼んだぞ」
「はっ、大御所様、お任せください」
家康と正信は徳川家中でジパングを最も知る者二人だった。
その二人の御互いの目は、ある事を無言で語っていた。