第21話 熊五郎の説明
籐吉郎が大川の袂まで戻ってきて、しょんぼりと座っていると、声をかけてくる者があった。
「よう、どうしたい?」
「熊五郎か・・・」
この男とは一度しか話していないし、別れてからまだ数日しか経っていないはずだが、籐吉郎には数年ぶりにあった友の様な感じがした。
「ジパングの壁の中までいってきたのかい?」
その問いに藤吉郎は弱弱しく首を横に振って答える。
「いや・・・」
「まあ、そうだろうな」
籐吉郎の答えに熊五郎もいかにもといった感じでうなずいて答える。
「熊五郎、聞きたい事がある」
その籐吉郎の言葉を聞くと、熊五郎はニヤッとして答える。
「飯をおごってくれるならな」
「そうだな」
昨日から何も食べず、自分自身も腹が減っていた籐吉郎は、熊五郎と一緒に店に入って、中定食を食べながら相手に話しかける。
「なあ、熊五郎、そういえば、ここにいる連中はどうやって暮らしているのじゃ?」
それは籐吉郎がジパングに行ってから不思議に思っていた事だった。
なるほど確かにジパングは凄い。
市場は活気があるし、結局は入れなかったが、ジパングの中はさぞかし素晴らしい所なのだろうと・・・しかし大川の橋を渡ったこちら側では、明らかにろくにその日を暮らしていけない連中が多い。
この連中が毎日の糧をどうしているのか籐吉郎にはわからなかった。
犯罪を犯して警察に連れて行かれる連中ももちろん多いだろうが、明らかにここにはそれ以上の人間がいるし、改めてみてみると、どこか雑然とした中に一連の規律か、統一性のような物があるようにも見える。
籐吉郎の質問に熊五郎はニヤリと笑って答えた。
「鋭いな、実はここでも最低限でまじめに暮らすつもりがあるなら、それなりに暮らせる方法がある」
「どういう事だ?」
「あそこにある米問屋、わかるな」
「ああ」
熊五郎が指差した先、大川の江戸岸側、そこにはこのような京から遠く離れた田舎には不似合いなまでの大きな建造物が立っていた。
それは建物自体が大きいだけでなく、その周囲を堀と塀で囲み、まるで城のような堅固さも持つ建物で、米屋とは思えないほどだった。
そこではジパング近郊の人間が米を買い付けに来ていて毎日にぎわっているのだった。
「あれはジパングの国自体が運営している米問屋なんだが、あそこがちっとばかし遠い所で、救い小屋を建てている。
まあ、実際にはジパングがやっているんだがな」
「救い小屋を?」
救い小屋というのは、誰かが無料で貧困な物たちに粥や食べ物を配っている場所だ。
しかし、実際にはこの戦国のご時勢にそのような奇特な人間は少ない。
皆無と言っても良いだろう。
しかしどうやらジパングは国としてそれを運営しているらしい。
「ああ、そこに行けば食べ物、まあ粥の一杯位だが、それを配っているし、体の具合の悪い者も診てもらえる」
「そんな場所が?」
「ああ、ご覧の通り、ここは食い詰め者が一杯だ。
そういう奴らを放っておくと、ロクな事にならねぇ。
例えそれがそいつら自身のせいだったとしてもな」
「・・・・」
「だからジパングはそいつらに飯を食わせる。
もちろん最低限だがな。そうすれば大抵の反動は抑えられる。
人間基本食い物があれば文句は少ないからな。
逆に腹が減った人間はろくな事をしねぇ」
「なるほど」
確かに人間の生きる基本は食べ物だ。
それをただでくれるという相手に対して文句を言う者は少ないだろう。
「だが、それでも暴れる奴は暴れるし、碌な事をしない奴も多い、ごく少数だがな。
そういった奴らを容赦なく捕まえるためでもある。
つまり、食べ物まで貰っているくせに恩知らずだとしてな」
「なぜ、恩知らずになるのだ?」
食べ物を恵んでもらった上に、暴れたりする者は確かに迷惑だろうが、ここ大川から西はジパングではない。
しかも救い小屋は建前はジパングが運営している訳ではないという。
そのジパングでもない場所で暴れたからと言って、恩知らずとまで謗られるほどではないのではないかと思った籐吉郎が尋ねる。
「そういった輩がする事は大抵ジパングの迷惑になる事だからさ。
盗み、物乞い、脅迫、そういった事は全て相手が金持ちだから出きる事だ。
そしてここで金持ちはジパング関係者や、それと取引している連中しかいねぇ。
つまりはジパングの迷惑になる。
なんせそのジパングから食べ物を恵んでもらっているんだからな、すなわち恩知らずになる訳だ」
言われてみればその通りだった。
「なるほど、確かにのう」
「そこがジパングの賢い所さ。
これが単に金を搾り取っているだけなら他の連中も一緒になって暴れるかも知れなかったろう。
人間追い詰められると何をするかわからないからな。
しかしここでうろついている奴らは大抵ジパングの救い小屋でただで食わせてもらっている恩はあるし、下手に騒ぎゃそいつらだって、容赦なく御縄だ。
そうしたら今までもらえていた食べ物だってもらえなくなるかも知れない。
それにジパングの警察は厳しいし、すご腕だ。
まず間違いなく捕まるし、仮にその時に捕まらなかったとしても、この界隈にいる限りは、いつ捕まるかとビクビクしていなくちゃなんねぇ・・・
誰だってそんな目にはあいたくねぇだろ?
それなら黙って暴れる奴が勝手に暴れて、ジパングにとっ捕まるのをただ眺めているだけさ。
中には逆に捕まえるのを手伝って、ジパングに恩を売っておこうと考える奴だっている」
「なるほどのう・・」
確かにそれは籐吉郎にも理にかなっているように思えた。
全くジパングという所は全てにおいてそつがないという事を籐吉郎はあらためて知ったのだった。
感心している籐吉郎に熊五郎が話しかけてくる。
「救い小屋へ行ってみるかい?」
「うむ、見てみたくなった」
「じゃあ、ついてきな」
熊五郎にそういわれて、藤吉郎は救い小屋に行ってみることにした。




