第03話 徳川とジパング
竹千代とあいらがしばしの別れを告げてから数年が経った。
その間、永禄三年の五月には桶狭間の戦いにおいて今川は織田に破れ、三河の国にとっては今川から離れる、またとない好機となった。
そして翌、永禄四年(西暦1561年)ついに今川の下から独立した十九歳の竹千代改め松平元康の居城に、あいらは堂々と二人の部下を連れて正面からやって来た。
「開門!開門!」
「何者じゃ?」
怪しげな女の三人組に門番が問いただす。
「ジパング国主にして、松平元康様の友、明月院あいらが参ったとお伝えください」
「ジパング?」
門番は訝りがりながらも、どこかの国の国主と聞いて、失礼があってはならぬと元康に話を通すと、元康は飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「あいらがきたと?すぐにここへ通せ!丁重にな」
約束どおり、「あの」あいらが自分に会いに来てくれた!
それも今まで自分にだけこっそりと会っていたあいらが堂々と正面からやってきた。
これには何か訳があるに違いない。
そう考えた元康が、待ち遠しく待っていると、そこへあいらが配下の者を二人連れてやってくる。
「元康様、お久しぶりでございます。
御壮健そうで何よりでございます」
「うむ、あいらも相変わらずじゃのう」
数年前に別れた時と全く変わらぬ姿で来たあいらにも驚いたが、何よりも元康はあいらと再会できた事が嬉しかった。
「今川より離れての独立おめでとうございます。
これを機会に、本日より、われらがジパングの戦乙女が護衛につかせていただきたく、参上させていただきました」
「いくさおとめ・・?そう言えば以前にも聞いた事があったような・・・」
元康が子供の頃に何回か聞いて、おぼろげに覚えていた記憶を手繰り寄せる。
「はい、戦乙女とはジパング精鋭の戦闘部隊で、一人で百人の兵を倒します」
「なんと?一人で百人の兵を?」
初めてその正体を知る元康が驚きの声を上げる。
「そして私はその戦乙女の一人でもあり、それを統べる者「統・戦乙女」でございます」
「とう・いくさおとめ?」
「はっ、戦乙女はその数は少のうございますが、ジパングの精鋭部隊。元康様の護衛には最適と考え、勝手ながら私の部下を連れて参った次第でございます」
「そうであったか・・・」
元康は幼い頃から見ていたあいらの超人的な力や体術を不思議に思っていた。
それが戦乙女とやらの力と知って、少しは謎が解けた気がした。
「元康様の身辺の護衛は、今後、私とこちらのルリとハリが交代でさせていただきます」
あいらに紹介されると後ろにいた二人が自己紹介をする。
「初めてお目見えいたします。私「将・戦乙女」の龍ヶ崎ルリと申します」
「同じく「将・戦乙女」の龍ヶ崎ハリと申します」
「しょう・いくさおとめとな?」
聞きなれない言葉を聞き返す元康にあいらが答える。
「はっ、実は戦乙女には強さの階梯、すなわち段階のような物がございまして、いずれお分かりになるかと存じますが、この二人、将・戦乙女は上から2番目の者たちでございます」
「なるほど」
ルリと自己紹介された方は、見た目の年齢が18歳ほどの少女で、髪の色は藍色、その髪は長く左右に振り分けていた。
ハリの方も髪型は同じだったが、髪の色は銀色で、二人とも髪の色以外は、顔と背格好共に区別のつかないほど似ている美少女だった。
双方共にニコリともしないが、かと言って、能面のように冷たい表情という訳でもなかった。
改めて元康が二人を見つめると、やがて二人に挨拶をする。
「うむ、今後よろしく頼む」
元康は機嫌よくその二人を迎えたが、そばにいた元康の部下の一人が口を出してきた。
「突然やってきて、いきなり何を抜かすか!
何が護衛だ!そのような事、すでにわしらで十分勤めておるわ!」
その部下に元康が一喝をする。
「控えろ!このあいらはわしの長年の友なのじゃ!
それが自分の配下を連れてこうしてわざわざやってきてくれた。
しかもあいらは護衛に十分なほどの武力を持っておる。
わしはそれをよく知っておる。
それがわしの護衛をしてくれるというのじゃ。
むしろこちらから頼みたいぐらいじゃ」
元康に叱責されてひるむが、その部下も簡単には引き下がらない。
「殿の友?しかし、そのような者がいきなり現れて、殿の護衛をすると言っても、果たして信用がおけるかどうか・・・」
「くどいっ!わしが許可すると言っておるのじゃ!
よいか?他の者もよく聞け。
今日からわしの護衛はこのあいらたちじゃ!」
再度の元康の叱責に、さすがに部下も控える。
「ははっ、失礼いたしました」
この時より、あいら、ルリ、ハリの3人は常に誰かが元康の護衛となり、後に徳川軍で家康の護衛三強と言われるようになる。
元康の言葉により、下がった部下を見て取ると、あいらが話を続ける。
「そして本日より、わがジパングは元康様と正式に盟友として御付き合いしたいと思います。
残念ながらジパングは直接戦に出兵する事はできませぬが、金銀・兵糧の融通、各地の間諜などは御手伝いできまする」
そのあいらの突然の申し出に元康が驚く。
「盟友?この八方が敵の時期にそれはありがたいし、構わないのじゃが、それに対してわしは何をすれば良いのじゃ?」
「元康様は、いつぞや申し上げた通り、私と友であって、ジパングを対等の盟友として扱っていただけるなら他には何も入りませぬ」
「何?本当にそれで良いのか?」
「はい」
そのあいらの言葉に元康は驚いた。
信じられない話だった。
この戦国の世の中にそのようなうまい話があるとも思えないが、あいらは今まで元康に嘘を言った事はなかった。
そして元康としては今川に逆らって小さいながら独立した以上、どこかの国と同盟をしておきたいというのも切実な願いであったので、正直相手を疑っている余裕などなかった。例え表面上だけでも同盟を出来るのならばしておきたかった。
「よかろう、では証書にしたためるとするか」
「そのような物も必要ありませぬ」
「必要ない?」
「はい、ただ元康様の御言葉だけで十分です」
「しかし、わしがそちらを裏切った時には何とする?」
「それはその時の事、その場合はこのあいらの目が曇っていたと思って、あきらめるまででございます」
これもまた驚きの事だった。この裏切り、裏切られる戦国の世で、親子すら信用できないと言われているにもかかわらず、この娘は国と国との重要な約束事を、証文も取らず、たった一人の男の言葉だけで信用するという。そのような事がありうるだろうか?
「ふむう、ではわしが同盟を認めればそれで良いと?」
「その通りでございます。国主である私が認めます」
「国主?ではそなたはジパングの国主だったのか?」
「はい、その通りでございます」
あいらの言葉に元康が考え込む。
この場合、逆にジパングが盟約を破り、元康を裏切るという考えはない。
そのような事をしてもまったく意味がないからだ。
独立したばかりのこのような小さな国を騙すために、わざわざそんな事をしていたら手間暇の無駄である。
そもそもそのような事をするために、幼少の頃から自分に会っていたというのは全く間尺に合わない。
また、仮に裏切られたとしても、周囲が全て敵の現状が特に変化するわけではない。
どちらにしても今川と敵対している今、それを挟む形で、どこかの国に同盟を組んでもらえるのはありがたい。今の所、あいらとジパングが一体何を考えているのか、全くわからないが、将来の事は将来考えればよい。
そう考えた元康は、あいらにうなずいて答える。
「あいわかった、よろしく頼む」
「はい」
こうして徳川軍とジパングは盟友として肩を並べて戦国の世を進んでいく事となった。
あいらからの申し出により、一応あいらとジパングが徳川家と家康に仕えている形をとってはいたが、あくまで付き合いは対等と言う事で関係を保っていた。
そしてそれからのジパングの活躍は目覚しいものだった。
徳川陣中で兵糧が不足していれば兵糧を、軍資金が足りなければ軍資金をと、明らかに単なる同盟ではすまないほどの尽くし方だった。
特に天下分け目の関ヶ原の時などは、ジパングの節を曲げて、精鋭たる戦乙女を一個大隊(約八十人)も援軍として出してくれたほどだった。
その援軍のおかげで、圧倒的に不利だった状況を勝てたと言っても過言ではないほどだった。
しかしながら関ヶ原以外の場合は、その行動のほとんどが人目に触れず、内密に行われた事が多かったので、徳川陣営の者ですら、ジパングとあいらたちの活躍を知る者はわずかでしかなく、それを知っている者は十指にもならないほどだった。