第二章 瓦解の残響(6)
スナック菓子というのは、何とか棒とか、何とかチップスとか、まぁ、そういう奴だ。種類はある。どれが良いという縛りはないが、一包装あたりの量が多い程、より感謝が大きいとされている。
この国にはお金がない。紙幣も貨幣もない。対価というにはアバウトだが、スナック菓子が支給される。業種、支出等に応じて毎月スナック菓子が支給されるらしい。
だが、スナック菓子がお金の代わりという訳ではない。この国では、施しを受けた感謝の意を示すため、自主的にスナック菓子を渡すものらしい。物が余ったら余った分だけあげる。必要になったら必要な分だけもらう。そして
——施しを受けたら、スナック菓子をあげる。
「昔は自分達で焼いたパイとか、クッキーとか、スナックとか……そういうのをお礼代わりに渡す程度で、村でのマナーみたいなものだったそうですよ。でも、ある日突然、そういったあれこれの""契約""がスナック菓子で済むようになりました。お礼の証から""契約""に必要な物となりました。理由は分かりませんが、国からスナック菓子が支給されるようになり、国から支給されるスナック菓子にのみ""契約""を結ぶ力が付与されるため、世代が代わり契約(お礼)に使用するスナック菓子は国から支給されるスナック菓子のみに代わっていきました。これは、ルァゴル国民なら子守唄と共に語られる昔話ですよ」
宿屋のお姉さんはそう語ってくれた。
母親が我が子にそうするように、ルァゴルの歴史を語ってくれた。
「ありがとう……ございます。ビアンカさん」
何とか落ち着いた俺はお姉さん——ビアンカさんにお礼を言った。取り乱した後だから、少々気恥ずかしい。
あぁ、今俺は知識を教えてもらうといった施しを受けた。それ即ち、対価が必要だ。
「さぁ、あなたのスナック菓子(棒状)を出してみて」
言われた通り、俺はスナック菓子(棒状)を出した。日本から持ってきた筈のスナック菓子は何故か""契約""の対価として使用出来るらしく仄かな燐光を放っていた。ビアンカさんの手に渡す。豆電球が弾けたような光が発生し、一切の光は消え去った。""契約""が成立した証らしい。先ほど宿泊の""契約""を結んだ時も同様だった。
「不思議ですよね」
「えぇ、不思議です。正直驚いてます」
「外国から来た人の中には、びっくりするあまり壁に頭をぶつけて失神する人もいるんですよ?」
そうだろう。本当、どういう理論が成り立っているのか知りたいものだ。
「さぁ、長旅で疲れているでしょうからお部屋でお休みください。食事をされたい場合は一食、スナック菓子(棒状)一本で""契約""いたします」
「ありがとうございます。今晩の食事をお願いします」
懐からスナック菓子(棒状)を出し、ビアンカさんに渡した。ビアンカさんがそれを握った途端、光が弾けた。
「はい、""契約""成立です」
豊かな笑顔だ。
見た者を幸せにする笑顔。
ビアンカさんと別れ自分の部屋へ入った。二階の角部屋だ。木製の建物なので部屋も木製。古びた感じ。だが、水道もあるし、シャワーもあるらしい。古い建物に似つかわしくない近代的な設備は、きっとスナック菓子の力で増設されたのだろう。
部屋に入るなり、上着を脱ぎ捨てベッドに沈む。
「はぁ」
何だかぐっと疲れが込み上げてきた。
お腹も空いたし、慣れない土地、環境、街、人と接し疲弊していた。だが、一番疲れたのは先程のビアンカさんとの会話だ。
「はぁ」と、もう一度深いため息を吐く。これから呪詛を吐く準備だ。
「色々あった……」
これは独白だ。それくらい、させてほしい。そうして良いほどには酷い目に……あっている筈だ。
「謎の少女が不法侵入していたと思ったら気を失って、かと思ったら拉致されて見知らぬ国に捨てられて、しかも謎の言語に対応するようになってて……しかも、スナック菓子で契約されたりスナック菓子が光ったり……」
色んな事が起こった。
それは良い。
そうなんだ、くらいで終わる。そういうものだと思えば気にならない。
でも、でもぉ……!!
「スナック菓子(棒状)って何だよ!? やめてよ!?」
「スナック菓子(棒状)って、もう棒だよ!? 何なの!?」
行き場のない感情に、何とも御し難い状況に思わずツッコミを入れてしまった。
だが、そのツッコミも微かに、空虚に響くのみですぐに無音にとなった。
何かすみません。