果たされた使命
倉本は、千歳一隅のチャンスというものを、ものにできたためしがありません。その瞬間にそれであると分からないことが多いのです。後になって、あのときがそうであったのかな・・・?と、思うことは、まま、あるのですが、結局、重要な分岐点で決断できない人生をこれまで送ってきたのだと思います。しかし、実行しないでよかった・・・とあとで冷や汗をかくことが多いのも事実です。倉本はいまのこの境遇に十分満足しています。っちゅうわけで、三島由紀夫云々、倉本保志の新作短編小説、ここに投稿です。
果たされた使命
「ではお聞きしますが、あなたは、本当に戦争というものが、この世からなくなればいいと・・・そう、思っておられるというわけですね」
「・・・・ああ、おそらく君は、なんとも青臭い理想論だと、そう、言うかも知れないがね」
「わしの本音はそうだ」
「どうだろう・・・首領のわしの命と引き換えに、わしの故郷を救ってはくれまいか、戦争を起こさずに、どうか、事を収めてほしいのだ」
・・・・・・・
「ふむ、あなたの命と・・・引き換えにね」
「さすが、小国といえども、首領をなさっておられる方だ」
「ええと、メルチェデスさんでしたか・・?」
「わがローマ軍に、たった一人で出向いてくるなんぞ、その度胸、勇気には、先鋒隊、指揮官である私、オド二ウス、心より感服いたします」
・・・・・・・
「どうです、まあ、一杯… これは、地中海のイバニカ、隷属国でとれた、優れもののワインです。」
「このような、うまい酒がここで飲めるのも、やはり、わが大ローマの勝利がもたらす戦利品だからですよ・・・この酒が・・・」
「向こうが、進んでこれらを進呈する、なんてことは、たとえ、こちらが大国であったとしても、そうやすやすとはないものなんです。実際の話・・はははは」
「・・・・・・・」
わしは、この若輩者の指揮官を睨みつけていた。
「あ、失礼・・・ 話を元に戻しましょうか・・」
「では、あなたにもう一つ質問をさせてください。あなたの、住む国では、すでに存在しないのでしょうか・・・?」
「戦争というもの・・いえ、殺し合い…すべてが」
「・・・・・・・・・」
「いや・・・それはない。諍いは多い、それは私の住む国でも、残念ながら・・・」
「ふん、だとしたら、まったく、論外ですね・・・」
「その程度、大きさは、どうあれ、諍い、戦争というものは必要、しかも不可欠なものだということです。 事実はそれを証明しているのです」
「おそらく、世界中のどこを探しても、あなたのおっしゃるような、理想郷、つまり戦争のない世界というのは、存在しないということです。」
「オド二ウス指揮官」
「なんでしょう・・?」
「ひとつ、君に訊きたいのだが・・?」
「なんなりと・・・」
「君は、戦争が好きかね・・?」
「んんっ・・・?」
わしは、彼、オド二ウス指揮官が、目を丸くして、こちらを見た時、彼が、なんとも、幼い子供のような顔になったのを、はっきりと覚えている。
「あはははは、・・・これはいい・・・はは・・・」
・・・・・・・・・
「っくく・・いやいや、何をお聞きになるのかと思いきや、なんとも、そんな戯言を・・」
「で、どういう答えをお望みなんでしょうか?まさか、はい、私は戦争が大好きで、仕方がありませんと、お答えすれば、それで満足なので・・?」
・・・・・・・・・
「おい、はぐらかすのは、やめてくれ」
「わしは、君に、真剣に訊いておるのだ、ひとりの人間として、戦争をどう思っているのかを」
気がつくと、わしは大きな声で叫んでいた。(しまった。何という不覚・・・)
「・・・・・・・・」
「ふうん、これは、失礼 」
以外にも謝ったのは、大ローマ帝国の指揮官である彼だった。
「わたくしは、戦争を好き嫌いで、考えるべきものだとは思っておりません。」
「たとえ嫌いなものでも、栄養価のある野菜は食べなくては病気になってしまいます。子供でもわかる理屈なのです。」
・・・・・・・・・・
「多くの人間が、失意と悲しみに永劫、明け暮れることになってしまうのだ。」
「たとえそれが、どんな小さな戦争であったとしても」
「おっしゃる通り・・・」
「・・・ですが、それは、・・・やはり、いた仕方のないことなのか、とも・・」
「いた仕方のないこと・・・」
「オド二ウス指揮官、君は、君の、その家族が、そして自らが、失意と悲しみの日々を送ることになっても、別にかまわないと言うわけだね。」
「・・・・・・・・・」
「どうかね・・?」
「やはり、それも・・・」
「それも、・・・なんだ? 」
「もしそうなってしまうのだとしたら・・」「それも・・・私の、運命であるかと・・・」
「運命か・・・」
「ふん、至極都合のいい言葉だ。運命という言葉は・・」
「・・・・・・・」
「そうでしょうか・・・?」
「私はそうは思いません。」
彼の目が、大ローマ帝国の軍人の鋭いまなざしにすでに戻っていた。
「運命という言葉には、確かに、なにをも知らぬ、愚者が空想の中で、実情を弄ぶのに都合のいい言葉でもあります。」
「しかし、すべてを知り、それをわが身に、受け入れると決心した軍人が、煩悶、苦渋の選択の後に、発することもできるのです。」
「私の言葉は、敢えて言うなら、その後者の方なのだと、僭越ながら自負いたしておりますが・・・」
「なるほど、それはかえって失礼をした。」
「・・・・・・・」
「いえ、謝っていただかなくても結構です・・・」
・・・・・・・・
「よしませんか・・・? このような、言葉遊び、これこそが、空論 正に、現実への冒涜だとも、私には思えてくるのですが」
彼は、屈託のない顔で、老齢のわしを、なだめすかすように言った。
「うん、君の言うとおりかもしれないな・・」
・・・・・・・・・・・
「どうです、別のを、もう一杯いかかですか?」
「ビンテージものです。指揮官をしている私でさえも、手に入れるのに苦労しましたよ、なにせ戦利品は貴重ですからね、ふふふ」
「うん、せっかくだが、ラチが明かないというのであれば、そろそろ、わしも帰らないといけないのでね・・・」
「それを頂いたら、わが意を果たせずに、ここから帰りそびれてしまいそうだ。」
・・・・・・・・・・
「いえいえ、そのような卑怯なこと・・・」
「この、オド二ウス、大ローマの名に懸けて、絶対にいたしませぬ、ご安心を」
「そうか・・・」
「いや、やはり遠慮しておこう」
「・・・・・そうですか、ならば、仕方ありません。交渉決裂ということで」
「城門までは、しっかりお送りしますよ、でもその先は保証いたしかねますが・・・」
「ありがとう・・・・充分だ」
彼はすっかり酔っていた。そして、まるで、親友を送り出すかのように、無防備にわしのすぐ脇にきて、肩をぽんと叩いた。わしの脳裏に閃光がはしり、わしは、それが神の啓示であると信じた。
「あ、そうだ、」
「はい、・・?なんでしょうか・・?」
「君の、その・・・、間違い、ないんだろうね・・・?」
「はい・・・? 何がです。・・・?」
「それ、さっきの言葉・・・」
「はい・・・?」
次の瞬間、わしは、すっかり油断している、彼のみぞおち付近に、短剣をぐいとねじ込んだ。
彼の顔から血の気がすうと引いていくのが、見てとれた、彼は小刻みに震えながら、静かに、すとんと抜け落ちるかのように膝をつき、前のめりにゆっくりと床に倒れていった。
血の海になった床に映されたその横顔は、目を大きく見開き、静かに涙があふれ、やがて関切れるようにその頬をツーと流れ出た。
「その涙の訳は、一体 なにかな・・・? オド二ウス君」
「くっ・・・くく・・」
オド二ウスは、必死で何か話そうとしていたが、彼の口からは、言葉は漏れてこなかった。
「わしは、君の言葉に、報いるために、ワザと急所を外した。」
「だが、おそらく君は助からん、静かに、ゆっくりと、わが身の運命を、味わいながら死んでくれたまえ・・・」
そう言い残すと、わしはゆっくりとした足取りで、彼の部屋を出た。
城門までには、ずらりと大ローマの軍兵が、規律正しく整列している。
(助かる見込みなんぞは、絶無といっていい・・)
わしは、大勢のローマ軍のまえで、ありったけの力を振り絞って大声をあげた。
「よく聞け、ローマの兵隊どもっ・・・」
「貴様らの、指揮官は、わしがたった今、ここに打ち取った。
わしは逃げも隠れもせん、好きなだけ矢を射るがよい。」
ヒュンヒュン
言い終わらぬうちに、数百もの矢がわしを襲った。
仁王立ちのまま、わしは、いつの間にか、事切れていたが、それでも、決して倒れることはなかった。
・・・・・・・・・・・
天は、私に味方したようである。この事件、二人の英雄の、壮絶な死が、ローマ皇帝の耳に入り、皇帝は、いたく感銘を受けられた。
よって、双方は、手打ち、ということになり、わが 故郷は、どうにか戦争を免れた。準属国としてだが、独立は守られた。
・・・・・・・・・・
わしは、いま、死後300年の後、こうして、伝記の主人公として子孫の前に蘇った。
確かにわしは、あのとき、殺されててしまったのたが、決してそれは、わしの・・運命・・ではなかったのだと信じている。
・・・・・・・
そう、敢えて言うのならば、使命・・・天より授かりし、わしの尊大な、使命に他ならなかったのだ・・・
おわり
伝承されている、歴史が、果たして本当に事実なのか、ホントのところはわかりません。
歴史などというものは、ことほど左様に、都合よく、後世の政権によって、塗りかえられたりするものだからです。しかし、結果オーライということは、多くの史実で、実際にあることでしょうし、それをとやかく、ごちゃごちゃいうことは、ありません。歴史の結果の上に、現在がノッカっていることは、紛れもない事実ですから、いいえ、もしかするとまったく別の歴史が、現在にパラドキシカルに存在しているのかも知れません。そう、真顔で訴える物理学者がいるのも事実なのですから・・・