7 大陸王会議
魔界には5つの大陸が存在する。
魔獣たちが住まう地、魔獣大陸。
冥府が存在する、シェーオール大陸。
地獄が存在する、煉獄大陸。
戦士たちの集う地、ヴァルハラ大陸。
そして、魔王が住まう地、真魔大陸。
大陸王会議とは、これらの大陸を治める王たちが一堂に会する会議である――
「――ってちょっと待って下さい。魔王様の他にも王がいたんですか?」
「…ああ。便宜上は王だが、実際は陛下に仕える領主みたいなものだ。魔界全体を統べているのは、魔王陛下只お一人だ」
「そうだったんですか…」
カネダの質問に答えるジャンは、淡々と前を歩く。
今日は、その大陸王会議当日である。カネダは件の会議の取材のため、魔王城の中をジャンに案内されていた。
「ところで、魔王様とブラムさん、ルゥさんは?」
「会議の準備をしているから後から来る。まずはお前だけ案内しろとの命令だったからな」
「はあ…」
「それよりもカネダ、覚悟を決めておいたほうがいいぞ」
ジャンは立ち止まり、振り返る。
「大陸王たちは曲者揃いだ。普通の魔族じゃない。…うっかり怒りを買って、殺されないようにな」
淡々と語るジャンの表情は、冗談で言っているように見えなかった。
カネダは思わず背筋が凍り付く。
一体、大陸王たちとは、どのような人物なのだろうか――
「…さて、もうすぐ着くぞ。王たちも集まっている頃だ」
「え、もう、ですか?あの、心の準備が…」
「今決めろ」
そっけなく言い放つと、ジャンはとある扉の前で足を止めた。
それは、絢爛な装飾が施された、漆黒の大きな扉の前。
ジャンはためらいなくその扉を開く。
広い部屋の中、中心に大きな円卓が据えられている。
そして、既に三人…いや、四人の人物がそこにいるのを、カネダは見た。
「……ああ?おいジャン。何だそこの人間は。オレぁ聞いてねえぞ」
逆立った赤髪にサングラス、テーブルに足を掛ける尊大な態度の少年は、カネダを見るなり眉を寄せた。
「確かに、こんなところに人間連れてきはるなんて、初めてやないですか?」
紺色の長髪に糸目の、喋り方になまりのある男性は、愉快そうに口を歪める。
「ほう、もしや貢ぎ物か?喰ろうてよいのかの?」
頭からは猫のような耳が生え、背には鳥のような翼を生やした緋色の長髪の妖艶な女性は、牙を見せながらカネダを見て笑う。
カネダは、思わず足が竦んだ。
〝違う〟、と感じたのだ。
これまで見てきたどの魔族とも違う、そう、まるで、魔王が三人いるような――そんな圧迫感を、カネダは感じていた。
そんなカネダを気にも留めず、ジャンは淡々と口を開く。
「…貢ぎ物ではありません。彼は人間界のジャーナリストです。今回の大陸王会議の取材許可を陛下より頂いた人間です。…聞いておられませんでしたか」
「はあ!?聞いてねえよ!何だそれ!」
真っ先に赤髪の少年が食ってかかる。
すると、彼の後ろに控えていた白い髪の女性が一歩前に出る。
「いえ、その話は聞いておりましたエンマ様。貴方が忘れていただけかと」
「あんだと!?そうなのか!?…なら、仕方ねえな」
白い女性の言葉を案外あっさり聞き分けた少年は、大人しく椅子に座り直した。
それを見て、糸目の男性がくすくすと笑う。
「相変わらず、エンマとユキちゃんは仲良しやなあ。いつでも一緒にいてはるもんなあ」
「うるせえ。側近連れてきて何が悪いんだよ。そっちこそ誰も連れてねえのがおかしいだろ」
「ボクはホラ、部下にはお仕事全部任せてきてるから」
「儂には側近などおらぬ」
「知ってるわババア。やっぱおかしいわお前ら」
赤髪の少年はため息を吐く。
その様子をカネダが呆然と眺めていると、糸目の男性がカネダを見て口を開く。
「…んで?キミのことも聞きたいんやけどな?えーと…」
「…あ、その、すいません。自分は、人間界でジャーナリストをやっております、カネダと申します。その、いつもは魔界のことを取材させてもらってるんですが…今日はご縁があって、魔王様より今回の会議の取材許可を頂きまして…」
カネダがしどろもどろで答えると、糸目の男性は愉快そうに笑う。
「ああ。陛下の気まぐれかあ。だったらしゃあないなあ」
「いやしょうがないことねえだろ。何なんだそれ」
「ふむ、では自己紹介でもするかのう。ほれ、お主らからするがよい」
「聞けよババア」
「じゃあ、ボクから」
糸目の男性は手を挙げると、こほんとひとつ咳をする。
「えー、ボクはシェーオール大陸で冥府を治めてます、ハデス言います。よろしゅうな。そこの赤いのとララはんと違って何でも答えたるさかい、分からんことがあったら気軽にきいたってや」
「は、はあ…よろしくお願いします」
「オイてめえ!赤いのって何だ赤いのって!」
「ホラ、次はキミの番やで」
「…ちっ」
赤髪の少年は顰め面で思い切り舌打ちすると、どかりと円卓に足を掛ける。
「煉獄大陸のエンマだ。精々無礼な態度を取るなよ、人間」
「ちなみに、後ろのカワイイ白い女の子がエンマの側近、雪女のユキちゃんや」
「…我が主が失礼を働くかと思いますが、よろしくお願い致します」
そう言ってユキは涼しげな顔で頭を下げる。カネダもそれにつられて頭を下げた。
「ふむ、次は儂の番じゃな」
そう言って、角と邪竜のような翼の生えた女性は――
「…ん?」
「儂は魔獣大陸の王、ララじゃ。よろしく頼むぞ、人間」
そう言って、腕に龍の鱗のようなものが生え、頭から兎の耳のようなものが生えた女性は――
「……あれ?」
「ははは、びっくりしたやろ」
自身の目を擦るカネダを見て、糸目の男性、ハデスは笑う。
「ララはんはな、簡単に言うと魔獣版アカシックレコードみたいなもんなんや」
「あ、アカ...?ど、どういうことです?」
「ララはんはな、魔界で一番最初に生まれた魔獣や」
ハデスは口元だけで笑う。
「魔獣の始祖であるが故に、その後に生まれた全ての魔獣の要素を引き出せる。全てや。鳥にも獣にも竜にもなれる。それらを組み合わせたキメラにもなれる。…それで、全部の要素の引き出しを持ってるから、色々と溢れ出て、見るたびに姿が変わってる、って訳や」
「そ、それって、とんでもないんじゃ…」
「とんでもないよなあ。だからこそ、〝魔獣王〟なんて呼ばれてるんや」
ハデスは愉快そうに笑う。
魔獣王、ララは満足そうに牙を見せて笑った。
「愛い反応をするのう、人間。そんなに見つめられると、喰ろうてやりたくなるぞ」
「え、あ、その」
「ふふ、冗談じゃ」
ララはそう言って妖艶な笑みを見せる。カネダはどっと汗が噴き出した。
ここにいる王たちは、とんでもない。一人一人がまさに魔王級の化け物だ。彼らが大陸を治めているのも納得がいく――
「……ん?」
カネダは、ふと顔を上げた。
「あの、今日いらっしゃる王様たちは、これで全員なんですか?」
「うん、足らんなあ」
ハデスは苦笑いをする。
「ヴァルハラ大陸の王、オーディーン。あの爺さんは神出鬼没でいっつも連絡とれへんからなあ。今日の会議のことも知らんやろうね」
「来なくてよかっただろあのジジイは。またいつかの時みたいに大暴れしたら誰が止めるんだよ」
エンマがそう言って吐き捨てると、ハデスも困ったように笑う。
「まだまだ元気やからねえ、あの爺さんは。…ちなみにカネダクンのために補足すると、オーディーンはんは〝凶王〟の異名を持ってて、陛下とやりあったらそこそこいい勝負するくらいの強さやで」
「…魔王様と互角、ですか…!?」
ハデスの言葉にカネダは目を剥く。
人間界ができてから未だに誰も一度も倒せていない魔王と、ほぼ互角の腕前。そんなの、一体誰が倒せるのだろうか。
魔界には、まだまだこんなにも強い魔族が存在する。カネダはそれを実感した。
「おい、それにしても魔王の奴はいつまで待たせる気だ?」
苛立ち始めたエンマを見て、ジャンが口を開く。
「…間もなくいらっしゃるかと。もう少々お待ち下さい」
「ったく、急に呼び出しておいて散々待たせるとか、相変わらずだなマオーサマは」
「ジャンクンに怒ったってしゃあないやろ。エンマはカルシウムでもとったほうがええで。背ぇ伸びるし」
「…テメエ、やんのか?」
「まさかあ。やらへんよこんなところで。陛下に怒られたくないしなあ」
「なんじゃ、やらんのか。遊びなら、儂も混ざろうかと思ったのじゃが」
「…上等だババアに糸目。今日こそテメエらに引導を渡してやろうか」
エンマはそういって立ち上がった。
どう見ても冗談の雰囲気ではない。本当にこのまま、戦いが始まってしまうのか。
カネダが思った、その時。
ズゴン、と、物凄い音が響く。
見ると、エンマの頭上にはゲンコツが落とされていた。
「失礼、我が主。今は戦闘をしている場合ではないかと」
エンマ側近のユキは、涼しい顔でエンマにゲンコツを降り下ろしていた。
涙が滲んだエンマは勢いよく振り返る。
「お前な!急に殴るんじゃねえ馬鹿野郎!どう見ても今そんな空気じゃなかっただろうが!」
「と、仰られましても。主のエンマ様の暴挙を止めるのが私の役目。今がその時、と思いましたので」
「お前はいつもいつもオレを殴るがな!そういう時は言葉で諫めるもんだ!主を殴る馬鹿がいるか!」
「えい」
「いでえ!?」
「馬鹿とは何です馬鹿とは。せめて阿呆と言いなさい我が主」
「お前本当にオレのこと主だと思ってる!?」
「見てみいカネダクン。これが夫婦漫才やで」
「は、はあ…」
「誰が漫才だ糸目テメエ!!」
「主、ハデス様に向かって失礼ですよ」
「いててて頬をつねるな頬を!!」
さっきまでの一触即発の空気はどこへやら、既に漫才空間と化したこの状況を見て、カネダは呆然とした。
エンマという、見た目が少年の王も、どうやら側近には頭が上がらないらしい。そう考えると微笑ましい気がしないでもないな…とカネダは思った。
その時である。
入口の扉が音を立てて開く。
皆の視線がそちらに集まった。
「待たせたな」
凛とした声が響く。
そこには、いつもより絢爛なドレスに身を包んだ魔王と、二人の側近の姿があった。
魔王の歩く靴音が、室内によく響く。
「よく来たな。我が魔界が誇る大陸の王たちよ。皆、息災であったか」
魔王がそう声を掛けると、ハデスは立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。
「お久しゅうございます、陛下。陛下もお変わりないようで、何よりですわ」
にこやかな笑みと共にハデスが挨拶すると、魔王も満足そうに笑む。
「うむ、そなたも息災そうでなによりだ、ハデス。冥界も変わりはないか」
「は。まあ相変わらずですわ。陛下にご報告できるようなことがなくて、残念です」
「うむ、それでよい。そなたのことは信頼しておる故」
「有り難いお言葉です、陛下」
そう言いながら魔王に近づいたハデスは魔王の手を取り、その手の甲に口づけを――
パン、と音が響く。
見ると、魔王の手をとったハデスの手を、ブラムがふり払っていた。
「――汚い手で、おほん、失礼。……陛下には、気安く触らないで貰えますかね、ハデス殿」
「――相変わらず手厳しいなあ、ブラムクンは。まるで番犬のようやわ」
ハデスはそう言うと、す、と目を開く。
二人の間で視線が交わされる。
カネダはその空気に気圧され、冷や汗が止まらなかった。
「――そこまでにしろ、二人とも。毎度同じやり取りを繰り返さんでもよい」
「――は」
「……は」
二人は胸に手を当て、一歩下がった。
魔王は改めて歩を進め、一番絢爛な席に傍寄る。
「ハデス、エンマ、ララ――む、オーディーンが来ておらぬな。またか」
「あいつは来なくていいだろ。それより魔王、一つ言いたいんだが」
「何だ。申してみろエンマ」
エンマはハデスとは違い、魔王が来ても席を立たなかった。
その椅子にふんぞり返って座っていたエンマは体を起こし――だん、とテーブルに拳を叩きつける。
「なんっでいつもいつも会議開く直前になってから連絡するんだよアンタは!?三日前だぞ三日前!こっちに大陸の業務任せておいて突然『三日後来れる?』じゃねえよ!!いい加減最低一カ月前に連絡しやがれ!!」
「ははは、すまぬな。唐突に思いついた故」
「思い付きで呼び出すんじゃねえ!!こっちは業務ほっといて来てんだぞ!!少しは考えろ!!」
「うむ、相変わらず真面目よな、そなたは。息災そうで何よりだ」
「笑ってんじゃねえ!」
憤りを露わにするエンマであったが、魔王はどこ吹く風である。
怒れるエンマから目線を外した魔王は、ララへと目線を移す。
「そなたも息災であったか、ララ」
「ふむ、儂にそれを聞くのか、王よ?」
「……いや、言葉は不要であったな。まあいつも通りで何よりだ。――では」
魔王は絢爛な装飾が施された席に座る。
そして席に着いたそれぞれの大陸王を見渡し――満足そうに、口の端を上げた。
「大陸王会議を、始めようではないか」
「……と、いう訳なのだ」
魔王が一通りの話を終えると、部屋の中はしんと静まり返った。
誰も、何も、言葉を発しない。
最初に声を落としたのは、ハデスだった。
「……そんな」
震える声で、ハデスは声を落とす。
そして、握りしめた拳を円卓に叩きつけた。
「魔王陛下が…SNSをしていたなんて…ッ!!」
心底悔しそうな声で、ハデスは呻いた。
「ボクとしたことが、陛下がそんな楽しげなことをしていたなんて知らんかったわ…!!」
「まあ、始めたの最近であるしな。しょーがない、であるぞハデス」
「しょーがないことあらへんですわ!このハデス、一生の不覚…!あとでアカウント教えて下さい!」
「うむ、構わぬぞ」
「ありがとうございます!ボクもあとでジルダちゃんにスマホ作ってもらいますわ!」
「おお、ではハデスもトゥイッターのアカウントを作るがよい。我がフォローする故」
「ホンマですか!?何と言う僥倖…感謝の言葉もございませんわ!」
「オイ」
和気あいあいとした会話の中に、一つ低い声が落ちる。
そちらの方を振り返ると、その声の主は、エンマだった。
エンマはプルプルと肩を震わせて俯いている。
「…確認なんだが、魔王。今日俺たちを呼び出した理由ってのは――」
「うむ、では改めて言おうか!」
魔王は腕を組み、ふんぞり返る。
「色々あるが、今日のメインのお題は『みんなもSNSをやろう!』であるぞ!」
ブチリ、と何かが音を立てた気がした。
エンマはゆらりと立ち上がる。
「――――燃やす」
目を見開いて額に青筋を浮かべるエンマの手からは、炎が噴き出していた。
「なんじゃ?やるのか?遊ぶのか?儂も参加しようかの」
ララが立ちあがり、腕から竜のような鋭い爪を生やす。
「ちょっとちょっと、みんな落ち着いたってや。部屋が壊れてしまうやろ」
ハデスが立ち上がって皆を制止する。
「うむ、今日の議題から外れる故、戯れはなしであるぞ」
魔王は涼しげな顔で笑う。
それがさらにエンマの怒りに火をつけた。
「ふざっけんな何が今日の議題だ!!ただのアンタの雑談じゃねえか!!」
「陛下の大事な話を雑談扱いなんて、あきまへんなあエンマ」
「雑談じゃねえか!!手紙で十分事足りるだろうが!!オイ魔王馬鹿はともかくババアも何か言え!!」
「ふむ、えすえぬえすとは何者じゃ?」
「使えねえなこのババア!!」
もはや会議ではなく混沌とした何かになったこの場に、怒号やらヤジやらが飛び交う。
カネダは、隣に立つジャンに話しかけた。
「あの、ジャンさん」
「…どうしたカネダ」
「大陸王会議って、何なんですか?」
「…そういえば、ちゃんとした説明はまだだったな」
ジャンは小さくため息を吐く。
「魔界の大陸王が一堂に会し、魔界の現在の情勢と今後について話し合う会議――というのが表向きな言い訳で、その実態は、陛下が暇なときに開催する、数年に一回のお茶会、みたいなものだ」
「……大陸の王様たちを?」
「大陸の王たちを」
「気まぐれで呼び出して?」
「気まぐれで呼び出して」
「――お茶会」
「そうだ」
「ええ…」
「びっくりだろ」
ジャンも呆れたようなため息を吐く。
ジャンの隣に控えていたルゥも複雑そうな顔をした。
「もちろん、大事な話をする時もあるのですが…まあ数回に一回程度ですね。だいたい今日のような流れになります」
「でも、こういう会議って大事なものなんじゃないんですか?それぞれの情勢とかを知るためにも…」
カネダの質問に、ブラムが補足する。
「それはだいたいいつもやってんだよ、魔術を使った通信でな。だから互いの事情はだいたい分かってるってわけ。それでも陛下が直接呼び出す時は、火急の案件か――今回みたいにヒマな時か。それを大陸王たちもわかってるはずだけど…特にあのエンマ殿は真面目な方だからな。だいたいこうなる」
「なるほど…?」
カネダは目の前で今だ繰り広げられている言い争いを眺めながら呟く。
大陸の王たちがせっかく集ったのに、こんなことでいいのだろうか――とカネダは思った。
「ふざっけんな!今日という今日は許さねえ!帰らせてもらう!」
「まあ待てエンマ。ホラ、人数分のスマホをジルダに作ってもらったのだ。これを持っていくがよい」
「ああ?何の役に立つんだそれが!?」
「これはすごいぞ。人間界の情勢があっという間に分かる!いつでもどこでも検索すれば調べ事ができる!あと人間たちと言葉を交わせる!」
「んなもん興味ねえよ!」
「でも、通信手段としては便利であるぞ?リャインでグループ作ればいつでも皆と会話できるし」
ピクリ、とエンマが反応する。
「…じゃあ、それを持っていれば、今日みたいな無駄な呼び出しも減るか?」
「うむ、そうだな。リャインで済む要件はリャインで済ませるようにしよう」
「……」
エンマは考え込むように腕を組んだ。
意外と慎重派だな、とカネダは胸の内で呟く。
「あ、あとアプリでゲームとかもできるぞ」
「よこせ」
すっ…とエンマは真顔になり、食い気味に魔王に詰め寄った。
――この人、案外ちょろいのでは…?
カネダはふとそんなことを思った。
「――よし、これでグループ作成完了である!何かあれば、ここに書き込むとよいぞ!」
「それはいいが、どうでもいい要件はこっちだけにしろよな」
「うむ、心得た!」
「ボクは個人的にも陛下にメッセージ送らせて頂きますわあ」
「……陛下は貴方ほど暇じゃないので、謹んで下さいねハデス殿」
「――ホンマ、ブラムクンは手厳しいなあ?」
「のう、この板、反応せんのじゃが?」
「うむ、ララ。その爪では反応しない故、人の指に戻すがよい」
「むう…難しいのじゃなすまほとやらは」
和気あいあいとスマホ片手に集まる大陸王たちの絵面は、何だか面白いな、と思いながらカネダは写真を撮った。
しばらくして、エンマが真っ先に顔を上げる。
「それじゃ、用件は済んだな。オレらはそろそろ帰らせてもらうわ」
「うむ、楽しかったぞ、エンマ!また会う機会を楽しみにしておる故」
「……ふん。それはいいがな、さっきのゲームの対戦の約束、忘れんなよ」
エンマはそうそっけなく言い放つと、さっさと部屋を後にした。後ろに続くユキは、一礼してから部屋を出る。
「じゃあ、ボクもそろそろ。またいつでも呼んで下さい。待ってますんで」
「うむ、またな、ハデス。トゥイッターのアカウントを作ったらDMを送るがよい。待っているぞ」
ハデスは穏やかに笑い、胸に手を当てて一礼すると、青い炎を纏ってその場から消えた。
「では儂も帰るとしようかの――と、言いたいところじゃが」
「どうした、ララ?」
ララは立ち止まり、目を細めて笑う。
「毎度毎度、王が儂を呼び出す時は時期がよい。さすがは魔王といったところじゃな」
「――何かあったようだな」
す、と魔王が目を細め、真剣な顔つきになる。
ララは愉快そうに目を細める。
「凶鳥共がな、騒いでおる。それも物凄い数じゃ。あんなものを見たのは、四大悪魔が暴れる前触れの時ぐらいじゃった」
「――そうか」
「…おや、存外に落ち着いておるな」
「我を誰だと思っている」
魔王は、ララの言葉を聞いて、取り乱すでもなく、落ち着くでもなく――笑った。
邪悪な笑みで。冷酷な笑みで。
「我は魔王だ。魔界を統べる王だ。その魔界に危機が訪れると知って――楽しみにせずにいられる訳がないであろう?」
そう言って魔王は笑った。
どんな魔物よりも邪悪に、冷酷に。
その魔王の笑みを見て、ララは満足そうに目を細める。
「――これだから、お主は面白い。何千年も前から変わりはせぬ。……いいだろう。その時が来たら、儂も力を貸そうではないか」
ララはそういって妖艶に笑うと、背に翼を生やした。
「ではな。魔界の王よ」
ララは一つ笑み、翼を閉じる。羽が舞い上がり、視界を覆う。やがて、瞬きをしている間に、ララの姿は消えていた。
カネダは、たった今繰り広げられたやり取りに呆然と立ち尽くしていた。
「い、今の言葉は、…一体…」
「ふむ、カネダよ。よかったな」
「な、何です」
「うむ!」
魔王は無邪気に笑う。
「運が良ければ、お主が生きている間に、面白いことが起こるやもしれぬぞ?」
カネダは、少女のような無邪気な笑顔を見て思った。
間違いなく、何か、よくないことが起こる。
それはきっと、人間界にとっても。
その予感は、暗く、重く、カネダの内に渦巻いたのであった。




