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5 一方その頃人間界では

 人間界に平和はない。ここでの生活には常に影が付き纏う。

 闇に紛れる悪魔たち。彼らは常に、人間たちの生活を脅かさんとしている。

 そんな悪魔を討伐する者たちこそ、勇者。

 世界各地の勇者ギルド支部に所属する彼らは、いついかなる時でも、悪魔たちとの戦いを余儀なくされるのである――




「でりゃああぁぁ!!」


 とある路地裏に一人の勇者の雄たけびが響いた。

 その声と共に、レオモンドが剣を一閃する。

 角の生えた巨大な狼のような魔獣はその攻撃を受け、呻き声を上げながら大きくよろめいた。


「ハルト!」

「よしきた!」


 ハルトが勢いよく飛び出す。振りかぶった拳を、魔獣の顔面に思い切り叩き込む。

 右目を直撃したハルトの攻撃に、魔獣は苦しみ、のたうち回る。


「エミィ頼んだ!」

「任せて!」


 エミィは杖を構える。その瞬間、足元に魔法陣が浮かび上がる。


「〝炎よ、風よ――〟」


 彼女が呪文を唱えた瞬間、炎と風が渦を巻く。

 魔獣の周りを回り始めたそれは、一瞬の間を置いて一気に収束し――大きな爆発を引き起こした。

 爆発は周りの物を破壊していく。

 路地裏のパイプから出た煙が辺りを覆う。

 次第に煙が晴れると、そこには、既に息絶えた魔獣の姿があった。


「…うっし、任務完了だな、お疲れさん」


 ハルトがほっと胸を撫で下ろしながら二人に話しかける。

 レオモンドは涼しい顔をしながら剣を腰に納めた。


「まあこの程度、俺たちなら問題ないだろう」

「もう、油断してるとまた痛い目見るよレオ君」


 エミィは額の汗を拭いながら二人に駆け寄った。


「そうそう、この前のチビドラゴン退治の時なんか傑作だったもんな。油断して突っ込んだらレオモンドだけドカン!だったもんよ」


 ハルトがそう言ってレオモンドを茶化すと、レオモンドもさすがに苦い思い出だったのか、眉を寄せる。


「…確かにあれは俺の未熟さが招いた結果だったが、もうその話はいいだろう…」

「でもなー、あれはさすがに芸術的すぎて笑えたもんなー」

「もう、ハルト君もその辺にしてあげて!レオ君がかわいそうでしょ!」

「はは、悪かったよ。あとエミィ、スカート捲れてる」

「きゃあ!?」


 エミィは慌ててスカートを直す。

 そんないつものやり取りをしているうちに、レオモンドは倒した魔獣へと近づく。

 そして彼はナイフを取り出すと、魔獣の角を丁寧に剥ぎ取った。


「それにしても、路地裏とはいえ、こんな街中にこんなデカい魔獣が現れるなんてな」

「確かに、珍しいよね。大丈夫なのかな…」

「だからこそ、俺たちがいるのだろう」


 レオモンドは立ち上がり、二人を振り返る。


「よし、ではギルドに戻ろうか」

「へーい」

「うん!」




 勇者ギルドの支部は人間界の各地に点在している。レオモンドたちが所属しているここ、極東支部もそのうちの一つである。


「お帰りなさい、勇者さん!」


 若い女性が出迎えるここ、勇者ギルド極東支部は、まるで中世西洋の酒場を思わせるような場所――ではなく、巨大なビルが立ち並ぶオフィス街にあるビルの一つだった。

 レオモンドたちは迷わず建物内のとある窓口に向かう。


「クエスト完了報告をしたいのだが」

「はい、確認致します。…確かに、魔獣の角一本、確認いたしました。受注したクエストは完了です。おめでとうございます。それでは、勇者登録カードをご提示下さい」


 窓口の受付嬢が事務的な対応で促すと、レオモンドたち三人はカードを差し出した。受付嬢はそれを受け取ると、機械にセットし、カードをスキャニングする。


「…はい。これで報酬の送金手続きが完了致しました。――それと、おめでとうございます!今回のクエスト達成により、昇格条件を満たしましたので、勇者ランクがCからBに昇格致しました!カードに記載されているランクも変わっていますので確認して下さいね!」

「おお!ついに!」


 ハルトが真っ先に嬉しそうな顔でカードを受け取る。


「長かったなあ…ランクDからのスタートから早数カ月…ようやくランクBに上がれる時が来たとは…」

「これくらい当然だ。俺たちはいずれランクSに上がるんだぞ」

「レオ君…それはさすがに早いんじゃないかな…」


 三人がカードを受け取り談笑していると、そこへ二人の人物が近づいた。


「おお、レオたちじゃん、お帰り!」


 槍を背に差す一人の男性と、身の丈ほどある銃を携える一人の女性は、レオモンドたちに歩み寄る。


「リーにナタリア!お前たちも今戻ってきたところか?」

「まあ、そんなところだ。どうだい、情報交換も兼ねてメシでも一緒に」

「お、じゃあおごってくれよ。俺たちさっきBランクに上がったんだ」

「マジで!?やるじゃんアンタら!いいね、ここはリーがおごるよ!」

「僕の財布かいナタリア。まあ構わないけどね。じゃ、食堂に行こうか」


 レオモンドたち三人とリーたち二人はギルド内の食堂に移動する。

 ここではギルド内職員や勇者たちが食事をし、情報交換する場でもある。


「へえ、じゃあリーたちはランクCの魔獣を狩りに行ってたのか」


 ハルトは食事を進めながら尋ねる。

 リーとナタリアは軽いため息を吐いて答えた。


「まあね。最近街中にも魔獣がよく出るようになっただろう?よく駆り出されるのはいいんだけれど、ランクCの魔獣ばかりでね。市民にも影響が及ばないか、心配になるよ」

「確かに、ここのところ魔獣が街中に出現することが多いな。ギルドの調査班から何か聞いていないか?」


 レオモンドが尋ねると、ナタリアが渋い顔で答える。


「全っ然ダメ。現在調査中です~の繰り返しよ。仕事してんのかしらねあいつら」

「まあまあナタリアちゃん。調査班の人たちだって大変みたいだし…」

「はあ~ホントエミィは人を思いやれるいい子よね。かわいいったらないわ!」

「わ、ちょっと、ナタリアちゃん!くすぐったいよ!」

「ハイハイじゃれあわないそこ。注目集めちゃうから」


 ハルトの冷静なツッコミに、ナタリアは渋々エミィを解放する。撫でくり回された髪の毛はぐしゃぐしゃになっていたが、それを直しながらエミィは口を開く。


「でも本当にどうしたんだろう?何か原因があるのかな?」

「例の雑誌の記者とか、何か掴んでないかねえ」


 ハルトが零すと、リーがそれに反応する。


「ああ、例の。その魔界に取材しに行くっていう妙な記者が出て以来、例の雑誌、売り上げが伸びてるらしいじゃないか」

「みーんな面白がって買うもんな。なんでも魔王公認の記者らしいぜ?ホント訳わかんねえよ」


 ハルトの言葉に、レオモンドが眉を寄せる。


「その魔王公認というのが、どうも怪しい。やはり魔王と通じ合っているのではないか?」

「でもホラ、俺たち勇者にとって有利な情報流してくれてるし、別にいんじゃね?」

「しかし――」

「レオモンドはおカタく考えすぎなんだよ。もっと柔軟にいこうぜ?」


 ハルトがそう言うと、レオモンドは考え込むように黙り込んだ。

 そこに、ナタリアが口を開く。


「そうだ!じゃあレオも魔王のトゥイッターのアカウントフォローしたりしようよ!」

「誰がするか!あれは魔王が俺たち勇者を舐めている証拠に他ならんだろう!」


 レオモンドは勢いよく拳をテーブルに叩きつける。

 その言葉にエミィも苦笑いをした。


「まあ確かに…でも、勇者ギルドも好意的だよ?魔王の状況が分かるって」

「魔王軍の情報を流すならまだいい!だが!実際に呟かれている内容はどうだ!?今日の食事がどうだとか魔王の自撮り写真だとか魔都オススメのカフェがどうだとか!どうでもいい情報ばかりではないか!」


 レオモンドは興奮のあまり叫びながら立ち上がる。

 その言葉にリーが微妙な顔で口を開く。


「レオモンド君も一応チェックしてるんだね…でも、トゥイッターで呟かれる投稿ってみんなそんなものだから、仕方ないんじゃないかなあ」

「そうなのか。なら仕方あるまい」

「びっくりするほど素直」


 あっさりと納得して席に着いたレオモンドにハルトが冷静にツッコミを入れる。

 ふと、ナタリアは思い出したように口を開いた。


「そういえばレオたちは、どうして最近魔王のとこ行くのやめたの?まあ心配だったからいいんだけどさ」

「ああ、そのことね」


 ハルトはスプーンを咥えながら答え、レオモンドを見る。

 横にいるレオモンドは渋い顔をしていた。


「――俺たちは魔王を倒すつもりだった。奴を倒して人間界に平和を取り戻すつもりだった。…だが、甘かった。俺たちには足りないものがあった」

「足りないもの…?」

「――実力だ」

「いや本当にね、それに気付くまですごい時間かかったよね?俺何回も無茶だって言ったのにね?」

「私はいけると思ったんだけど…」

「ホント君たちの根拠のない自信どこから湧いてくるか知りたいわ」

「そして、現実を目の当たりにした俺たちは、まず奴の実力に追いつくため、こちら側で…人間界でレベルアップをはかることにしたのだ」


 レオモンドは悔しそうに呻く。よほど無念だったようだ、拳を強く握りしめている。

 ハルトは深くため息を吐く。


「理解してくれるまでえらいかかりましたよええ…。まあランクも上がったし、今度は魔界で実力つけようかって話してたんだけど」

「魔界で?それはまた危険な道を選ぶね。Aランクの勇者だって帰って来ない人も多いんだよ…って、あ…」


 リーは言い終わった後、しまったという顔でエミィを見た。

 エミィは慌てて手を振る。


「いいの!気にしないでリーくん!兄さんのことなら、その通りだし!」

「いや、すまない、配慮が足りなかった」

「もう、大丈夫だって!それに、きっとどこかで元気にしてるって、私は信じてるから」


 そう言ってエミィははにかんだ。その笑顔が無理をして出たものなのか、はたまたそうでないのか、ここにいる者には判断がつかなかった。

 そこへ、一人の女性のギルドスタッフが近づく。


「リーさん、ナタリアさん、お食事中すいません。クエスト依頼が来ているのですが…」

「そうかい、分かった、行くよ。じゃあ、僕たちはこれで失礼するよ」

「くれぐれも、魔界行くときは死なないように気を付けなさいよね!」


 リーとナタリアはレオモンドたちを心配そうに振り返りながら去っていった。

 それを見て、レオモンドも腰を上げる。


「では、俺たちもそろそろ行くか」

「クエストに?魔界に?」

「魔界に…と言いたいところだが、もう一つクエストを受けて様子を見よう」

「お、レオモンドがマトモなこと言ってる」

「レオ君がそう言うなら、そうしよっか」


 そうして三人は席を立ち、新たなクエストに赴いた。




 三人はとある街の外れにある森に来ていた。

 ここでのクエストは、魔獣の討伐である。

 三人は森の中を進んでいく。


「しっかし、こうして普通のクエストしてると、数カ月前のこと思い出すなあ」


 ハルトが伸びをしながら口を開く。

 レオモンドはその言葉に首を傾げた。


「どうしたんだ、突然?」

「いやあだってさ、最初は俺、こんな風に普通にクエスト受けると思ってたから。それなのに、二人して魔界に行くって言いだすんだもん。あの時は焦ったぜ」

「ご、ごめんねハルトくん。あの時は無茶言って」

「いいさ。結果的に命はあったんだからな。あとエミィ、スカート捲れてる」

「うわあ!?」

「数カ月前、か…」


 レオモンドはぽつりと呟き、あの日のことに思いを馳せる。




「お願いします!兄さんを探して下さい!」


 ギルドの受付で、悲痛な声を上げる女性を見た。

 クエストを受けに来ていたレオモンドは、そちらに歩み寄る。


「どうした」

「何々、どうしたの」


 レオモンドと同時に、腕に籠手を嵌めた、若干小柄な男性が女性に話しかけた。

 二人の男が顔を見合わせていると、女性が振り返る。


「あ…すいません、私…」


 女性の目には涙が浮かんでいた。

 レオモンドは驚きながらギルドスタッフに尋ねる。


「一体何があったんだ」

「いやあ、それが、いなくなった兄を探してくれってきかなくて…ギルドとしては協力できない、と言っているんですが…」


 女性はぐっと涙を堪えるように唇を噛んだ。

 それを見て、レオモンドは黙っていることなどできなかった。


「何か事情があるようだな。俺でよければ、詳しく話を聞こう」

「あ、じゃあ俺も。心配だし」


 隣にいた男も軽く手を上げる。レオモンドは快くそれを承諾した。

 三人は、ギルド内の食堂に場所を移す。


「あの、私、エミィって言います…」


 女性は俯きがちに名乗った。


「俺の名はレオモンドだ」

「俺はハルト。よろしく。…早速だけど、どうしたんだ?何かあったのか?」


 ハルトが優しい声音で尋ねると、エミィはぽつりぽつりと語りだす。


「…私には、兄さんがいるんです。兄さんはここのギルドに所属しているランクAの勇者なんです」

「ランクAとは、相当優秀な勇者なのだな」


 レオモンドは内心驚きながら答えた。ランクAに辿り着ける勇者など、全体の10%程度でしかないからだ。

 エミィは少し表情が明るくなる。


「はい、私にとって、自慢の兄さんなんです。そんな兄さんに憧れて、私も魔法の勉強を始めたりしました。…でも」


 エミィは暗い声を落とす。


「兄さんが、パーティの人たちと魔界に行くことになったんです。私は不安で止めたんですが…大丈夫だっていって聞かなくて…兄さんは出ていきました。それからもう、一年です」

「一年!?連絡も何もないのか?」


 ハルトが驚きながら尋ねると、エミィは小さく頷いた。


「兄さんは…世界が平和になったら帰ってくるからって…それっきりです。私は、兄さんがまだ無事だと信じているんです。だから、ギルドの人たちに探して欲しいとお願いしました。でも、さっきみたいに、取り合ってもらえなくて…」


 エミィは暗い顔で声を落とす。

 ハルトは心配そうに口を開いた。


「ギルドは魔界に行くような真似は推奨してないからな…捜索隊を出すのも厳しいかもしれないけど…いくらなんでも、そりゃあんまりだぜ」


 エミィはぐっと唇を噛む。

 彼女は、涙を堪えている。

 レオモンドは思う。

 ずっと不安だったのだろう。ずっと耐えてきたのだろう。

 それでも諦めていないのだ。この人は、強い女性だ。


「では、探しに行こう」


 レオモンドがそう言うと、二人は目を丸くしてレオモンドを見た。


「……は?」

「ギルドが協力してくれないのなら、自分たちで行動するしかあるまい。すなわち、君も勇者となり、魔界に乗り込むんだ」

「…私、が?」

「魔法の心得はあるのだろう?」

「え、ええ、まあ…」

「だったら不可能な話ではない」


 レオモンドは至って真面目な顔で続ける。


「君が魔界に行くというのなら、私も同行する。そもそも我々勇者の目的は、魔界の魔王を倒すことだからな。魔界で寄り道しても問題あるまい。…それに、君の兄は世界が平和になったら戻って来る、と言ったのだろう?その言葉の通りなら、君が戦い、世界を平和にしても、君の兄は戻って来るはずだ。違うか?」

「――――」


「ちょ、ちょっと待てよアンタ!」


 ハルトは慌てて立ち上がる。


「レオモンドとか言ったな、いくら何でも色々無茶過ぎだぞ!こんな女の子に戦えって言うのか!しかも魔界に行って魔王を倒す!?正気の沙汰じゃねえよ!!」

「私は正気だ」


 レオモンドは真っ直ぐにハルトを見た。


「私は必ず魔王を倒し、人間界に平和を取り戻す。そのために勇者になったのだ。…それに、これ以外方法があるのか?ギルドの助けはないんだ。君は彼女に、ただ大人しく待っていろと言うのか」

「…っそれは…!」


 ハルトは口をつぐんだ。そんなこと、言えるはずがなかった。

 しかし、危険な道だ。ハルトはそれを分かっていた。

 再び口を開こうとした、その時。


「…っ私…」


 エミィが小さく声を上げた。

 二人はエミィを見る。


「私、戦いたい、です」


 その手は小さく震えていた。


「怖いけど、でも…もう待ってるだけは、嫌だから…だから…私だって、戦えます。戦いたいです。――兄さんは、必ず帰ってくるって約束してくれました。だから、私は…私にできることをやりたい」


 その声は、次第に強くなっていく。

 エミィは、顔を上げる。


「私、なります。勇者に。そして、世界に平和を取り戻してみせます」


 その瞳は、真っ直ぐで。確かな光が宿っていた。

 レオモンドは、口元を緩める。


「分かった。ならば俺も力を貸そう。共に魔王を打ち倒そう」

「――はい!」


 エミィはこの時、初めて笑った。


「――って、ちょっと待て!!」


 二人のやり取りを聞いていたハルトが慌てて声を上げる。


「アンタらいくら何でも無茶過ぎだろ!!魔王だぞ魔王!そう簡単に倒せるわけがねーって!途中でくたばるのがオチだ!」

「何を。不可能なことなどない。それに、君にはもう関係のない話だろう」

「――いや、関係ある」

「何?」

「俺も連れていけ」


 ハルトは、睨み付けるようにレオモンドを見た。


「このままじゃアンタらは野垂れ死ぬ。間違いないね。だから、俺も行く。死にに行くような奴らを見過ごせるか」


 レオモンドはハルトを見る。

 真っ直ぐな、強い瞳だ、とレオモンドは思う。

 そして、お人好しだ。


「では、決まりだな」


 レオモンドはハルトとエミィを見た。


「たった今から、俺たちはパーティだ。よろしく頼む、ハルト、エミィ」


 二人はレオモンドを見る。


「――うん、よろしくね、レオモンドくん、ハルトくん」エミィは穏やかに笑って言った。

「はあ…泥船に乗った気分だぜ…とにかく、お前ら死なせねーからな、エミィ、レオモンド」ハルトは不安そうにため息を吐く。

「私は死なん。魔王を打ち倒すまではな」

「その自信どっから沸いてくるんだよ…」

「あ、レオモンドくん、その…名前長いからレオくんって呼んでいいかな?」

「ああ。構わない」

「ありがとう!」

「ねえねえ、俺は?」

「ハルトくんは呼びやすいからそのままがいいな」

「ちぇー」


 こうして、レオモンドたちはパーティを結成することになった。初めて魔王に戦いを挑む日の、前日の話である。




 だが、あれから結局エミィの兄は見つかっていないし、魔王も倒せていない。

 レオモンドは胸の内で一人呟く。

 エミィのためにも、早く魔王を打ち倒さなければならないのに、俺は無力だ。早く、早く強くならなければ――


「おい、レオモンド!何ぼーっとしてんだよ!」


 ハルトの声で、レオモンドは我に返る。

 目の前には、魔獣の群れが現れていた。


「ターゲットだ!行くぞレオモンド、エミィ!」

「レオ君、大丈夫!?」

「ああ…すまない、大丈夫だ」


 レオモンドは剣を抜く。

 ――今は、自分ができることをしろ。

 そう言い聞かせ、レオモンドは魔獣との戦いに身を投じていった。




「いやあ、今回もなんとかなったな~」


 ハルトは魔獣の角が入った袋を掲げながら言う。

 エミィもほっと胸を撫で下ろしていた。


「今日も無事に終わったけど…すっかり暗くなっちゃったね」


 夜の街。月が雲で隠されている今宵の街は薄暗く、どこか不気味さを孕んでいた。

 三人はクエストを終え、ギルドに報告に行く途中である。

 レオモンドはビルの間から覗く、雲に隠れた月を見ながら呟く。


「…早くギルドに報告を済ませて、今日は終わりにしよう」

「そうだね~。お腹すいたなあ」

「ギルドでメシ食ってから帰ろうぜ。あそこの食堂うまいし」

「そうそう!この前出たハンバーグ定食、和風ソースでおいしいんだよ!」

「マジかよ!じゃあ俺それにするわ!まだ残ってるといいけど」

「人気だからね~」

「……待て」


 ふと、レオモンドは足を止めた。

 前を歩いていた二人は振り返る。


「どうしたの、レオくん?」

「何かあったか?」


 レオモンドは、声を掛ける二人に目もくれず、とある路地裏に目を向けている。

 ビルが立ち並ぶ街の片隅。何の変哲もないとある路地裏が、レオモンドには気になった。

 レオモンドは黙って路地裏に入っていく。


「お、おい!?」

「待ってレオくん!」


 二人は慌ててレオモンドを追いかけた。

 レオモンドは路地裏を進んでいく。薄い月明かりしか届かない路地裏は、ことさら薄暗かった。

 ふと、レオモンドは足を止める。

 ハルトとエミィはようやくレオモンドに追いついた。


「も~どうしたのレオくん」

「何か気になることでも…って…」


 ハルトが何かに気づき、前に出る。

 ハルトは路地裏でしゃがみ込む。

 そこには、何かで切り裂いたような、大きな爪痕が残っていた。


「――魔獣の痕跡がある。こりゃ、近くにいるのは間違いなさそうだぞ」


 ハルトが腰を上げながら報告をする。その言葉に、レオモンドは考え込むように腕を組んだ。


「やはりか。こんな頻繁に街中に魔獣が現れるとは…誰かが呼び寄せているのか?」

「可能性はあるよね。とにかく、被害が広がる前にやっつけちゃおう」


 エミィの言葉に二人も頷き、魔獣の痕跡を追う。

 暗くうねった路地裏を三人は進んでいく。次第に空気は悪くなり、湿った空気が体に纏わりつく。

 しばらくして、三人は足を止める。

 そして、地面に落ちていたそれを発見した。


「血だ」


 それは赤黒い血だった。そして、その近くには女性ものの靴。

 三人に緊張感が走る。


「追うぞ!」

「ああ!」


 三人は駆け足で血の跡を追う。

 その痕跡はさらに奥へと続いていた。

 路地裏の角を曲がる。

 その瞬間、強烈な匂いが鼻を突いた。

 それは鉄の匂い――否、血の匂いだ。

 その匂いの先にいたのは、巨大なトカゲのような一匹の魔獣と――既に息絶えた女性の亡骸。


「――っおのれ!」

「――〝風よ〟…!」


 激昂したレオモンドが魔獣に突っ込む。エミィも既に呪文を唱え始めていた。


「バカ、お前ら少しは落ち着け…!」


 ハルトも一拍遅れて飛び出す。

 レオモンドは魔獣に一閃する。しかし、大振りのそれは躱されてしまう。

 魔獣の巨大な尻尾が降り払われ、レオモンドの腹を捉える。

 レオモンドは吹き飛ばされ、地面を転がる。


「レオモンド!」

「…っ問題ない!」


 レオモンドは腹を押さえながらすぐさま起き上がった。


「〝風よ、薙ぎ払え〟!」


 エミィの詠唱が終わり、術が発動する。轟々と音を立てた鎌鼬が魔獣の体を捉え、その体の一部を切り裂いた。

 だが、まだ魔獣は動く。

 魔獣の鋭い爪がエミィに向く。


「――っ!」

「エミィ!」


 咄嗟にハルトがエミィを庇う。

 腕に嵌めていた籠手で攻撃を受け止めたはよかったものの、その力の差に、ハルトも吹き飛ばされた。


「ハルトくん!」

「バカ、余所見すんな!」


 地面に膝をつくハルトが叫ぶ。

 エミィの背後に、その巨大な体が迫っていた。


「…っおおぉぉ!」


 雄たけびを上げてレオモンドが突っ込み、魔獣を斬り払う。間一髪、何とかエミィを庇うことができた。

 レオモンドはエミィを振り返る。


「エミィ!爆破魔法だ!」

「う、うん!」


 エミィが詠唱している間、レオモンドとハルトが時間を稼ぐ。

 大暴れする巨大な魔獣を二人は翻弄し――

 やがて、準備は整った。


「二人とも、離れて!」


 レオモンドとハルトは急いで離脱する。

 ダメージが蓄積した魔獣は動きが鈍り始めていた。


「――〝炎よ、風よ――爆ぜよ〟!」


 巻き起こった風と炎が一気に収束し、魔獣の近くで大爆発を引き起こす。

 土煙が舞い上がる。

 やがてそれが晴れると――力尽きた魔獣の姿が、そこにあった。


「…なんとかなったな」


 ハルトが大きく肩で息をする。

 レオモンドも涼しげな顔をしてはいたが、息が上がっていた。


「…ランクCといったところだろう。リーたちの報告と同じだ」


 エミィも杖を下ろし、大きく息を吐く。


「なんとかなった、けど……間に合わなかった、ね」


 エミィはそう言って俯く。視線の先には、女性の亡骸がある。


「……もっと早く、着けていれば」

「――――」


 レオモンドは拳を握り、ハルトも俯く。

 それぞれが、既に起きてしまった現実を受け止めていた。

 ハルトは深く息を吐くと、冷静に声を落とす。


「――とにかく、ギルドに報告だ。急いで調査班に来てもらって――」

「おや?これはこれは、どうしたことだろう」


 ずるり、と。不気味な声が響き渡る。

 三人は急いで辺りを見渡した。しかし、辺りには誰の姿もない。

 その時、三人の視界の端で影が動いた。

 三人がそちらを見ると、陰からずるり、と何かが出てきた。

 それは人の形をしていたが、三人には分かった。

 悪魔だ。

 黒いローブを身に纏ったその悪魔は、口元だけでケタケタと笑う。


「私のかわいいかわいい子供たちを。お前たちが殺してしまったのかい?おや、困った、困った。困ってしまったよ」


 まるで陰から這い出たような声を出すその悪魔に、三人はたじろいだ。

 ただ、レオモンド一人だけが一歩前へと出る。


「悪魔よ。この魔獣も、ここ最近魔獣たちが出没していたのも、貴様の仕業か?」

「そうとも。そうだ。私のかわいい子供たちだ。よくも、よくも殺してくれたな。よくもよくもよくも――」


 ローブの悪魔は虚ろな声を発する。

 夢中で喉を掻きむしり――やがて、顔を上げた。


「――お前たちの亡骸も、私の子供にしてやろう」


 虚ろな声で悪魔が言うと、手をかざす。

 地面に無数の魔法陣が現れる。

 その魔法陣から、わらわらと大量の魔獣が現れる。


「まさか…召喚士!?そんな、ランクA級の悪魔じゃない!!」

「オイオイ嘘だろどんだけいるんだ!?」


 エミィとハルトが悲鳴のような声を上げる。

 レオモンドは剣を構えた。


「――撤退だ!この数相手では埒が明かん!!」

「……逃がさない」


 悪魔が手を翳すと、唯一の退路であった道が魔法陣で塞がれる。

 三人は完全に包囲された。


「おいレオモンド!どうするこの状況!」

「とにかく斬り伏せていくしかあるまい!」

「うそ、この数相手に!?全部ランクCはあるよ!?」

「やらなきゃ死ぬだけだ!腹を括れ!」


 三人は互いに背を預け合って魔獣たちと対峙する。

 この絶望的な状況の中で、唯一生き残る道はそれしかない。

 ローブの悪魔はゆらりと立ち塞がる。そして緩やかに右手を挙げ――


「――やれ」


 その瞬間、光が瞬いた。

 それは、悪魔による攻撃――ではなかった。

 瞬いた光は次々と魔獣たちを斬り伏せていく。

 真っ二つになった魔獣の亡骸が次々と地面に落ちていく。


「……な、何だ!?」


 誰かが声を落とした瞬間、光の瞬きが止まる。

 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 銀の鎧に、銀の剣。

 さながら銀色の騎士のような出で立ちの男は、ローブの悪魔とレオモンドたちの中間に立っている。


「何者だ、貴様!?」


 悪魔が叫んだ、その瞬間。

 再び光が瞬き、悪魔の首は斬り飛ばされていた。

 飛ばされた首は建物の壁にぶつかって転がり落ち、叫んだままの表情で固まった空虚な瞳は空を見上げていた。

 その首を冷たい瞳で見つめ、銀の騎士は剣に付いた血を振り払う。

 その時、ハルトは気づいた。


「――オイ、あの剣、聖剣だ」


 その言葉にレオモンドはぴくりと反応する。


「…何だと?まさか、世界に数人しかいないという聖剣使いか?」

「聖剣使い…ってことは、Sランク勇者…!?」

「うそ、どうしてこんなところに?」


 銀の騎士はその会話が聞こえたのか、ゆっくりとレオモンドたちの方を振り向く。

 そして、思い切り眉間に皺を寄せる。


「君たちか。人通りがないところとはいえ、街中で爆発を起こしたのは」

「え、あ、そっすね…ハイ」

「ご…ごめんなさい!!」


 エミィは全力で頭を下げる。

 それを見て、銀の騎士がため息を零す。


「…まあいい。結果的にあの爆発が君たちの危機を知らせたんだ。今回ばかりは大目に見よう」

「あ…助けてくれて、ありがとうございました!!」

「礼などいい。君たちも勇者だろう?困った時はお互い様だ」


 仏頂面の銀の騎士はそう言って息を吐く。

 レオモンドは銀の騎士の方へ一歩近づく。


「助けていただき、本当に感謝する。俺はレオモンド。こっちはハルトとエミィ。貴方の名を聞かせてもらえないだろうか」

「…私の名はライだ。別に覚えなくていい」


 ライはそっけなく言い放つ。


「ライ殿。一つ尋ねたいのだが――」

「ライでいい」

「…分かった。では、ライ」

「うわあ~ホントお前素直すぎでしょ。相手Sランク勇者様だよ?」


 ハルトが横でツッコむが、レオモンドは気にせず淡々と続ける。


「何故、あの悪魔をそのまま殺してしまったのだ?あの悪魔はここ最近の魔獣の出現に関係していたはず。目的が何なのか、尋問する必要があったのではないか?」


 レオモンドが尋ねると、す、とライの周りの温度が下がった。

 その変わりように、思わずハルトとエミィは息を呑む。


「…レオモンドとか言ったな。君に一つ、教えてやろう」


 静かな、静かな声で、ライは言い放つ。


「悪魔に理由を求めるな。奴らは理由なく人を殺す。言葉を話すからといって意思の疎通ができると思ってはいけない。いいか、悪魔とは、存在するだけで人を殺す。そういうモノだ。そういう種族なのだ。そこに在るだけで、悪なのだ。理由を考えるな。殺せ。ただ殺せ。それが我らの――勇者の責務だ」


 感情のこもっていない、静かな声。

 その声は、その言葉は、三人を怯ませるには十分だった。

 ライはふ、と息を吐いて、緊張していた空気を解く。


「……君たちは、確か今日Bランクに上がった者たちだろう」

「え、何でそれを――」

「訳あってな。最近の勇者たちの状況は逐一把握している。Bランクの君たちになら、伝えておいて問題はあるまい」


 ライはそう言うと、レオモンドたちに向き直る。


「近々、大規模な作戦が行われる。君たちBランクの勇者も招集されるだろう。各自、それに備えておけ」

「それってどういう――」

「詳しい話は追って通達されるだろう。今、私に言えるのは――無茶をせず、体を休めておけということだけだ。……ではな」


 そう言い残すと、ライは踵を返してさっさと姿を消してしまった。

 残された三人は、呆然と、ライが去っていった方向を見つめる。


「何だったんだ、あの人は……」


 ハルトの声がぽつりと落ちる。

 エミィも複雑そうな顔でハルトと顔を見合わせた。

 ただ一人。レオモンドだけは。

 静かに睨み付けるように、ライが去った暗闇を見ていた。


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