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1 魔王陛下の他愛のない優雅な日常

 ここは魔界。数多の魔族たちが生まれ、そして死んでいく世界。そんな魔界の中心部には、魔族たちの住む街、魔都が存在する。そしてそんな魔都のそのさらに中心部には、魔王の住む城、魔王城がそびえ立っている。

 かの悪しき魔王の城だ。きっとそこは血に塗れた忌まわしき城なのだろう――




「って、期待して行くみたいですよ~勇者たち。そしたら意外に普通でつまんないって」

「何を期待しているんだ何を…というかどこ情報だそれ」

「アンケート調査です」

「勇者相手に何やっているんだお前は…とにかく門番、仕事に戻れ。俺たちは陛下のところに行く」

「はいはーい、朝から大変ですねえ、お二方」


 青黒い光が瞬いて、魔界への門の番を預かる悪魔の姿が忽然と消えた。

 部屋に残されたのは大男の悪魔と、その肩に乗る小さな蝙蝠の悪魔だけだ。


「さて、今日の業務を開始しますか、なあジャン」蝙蝠の悪魔が大きいため息と共に呟く。

「…そうだな。そういえばブラム、ルゥはどうした」ツギハギだらけの大男の悪魔は、肩に乗った蝙蝠に言葉を返す。

「ルゥなら朝食の準備してるよ。コックにやらせりゃいいのに、世話ないねえ」

「…あれか。こないだコックが誤ってドクヤモリの毒を抜かずに料理を出したことをまだ根に持っているのだろう」

「あのコックならミンチにして新しい奴手配しただろ。あれだけじゃ飽き足らないのか。あの陛下馬鹿」

「…ブラム、自覚してないかもしれないがお前も相当な陛下馬鹿だぞ」

「なん…だと…?」


 そんなとりとめのない会話をしながら、彼らは部屋を出て廊下を進んでいく。

 広い城内をしばらく歩き、いくつかの扉をくぐると、やがて彼らは大きな黒い扉の前に辿り着いた。


「入りますよ、陛下」


 ジャンがノックしてブラムが声を掛ける。

 中から返事はない。

 ジャンはそのまま扉を開けた。

 真っ黒な装飾品に彩られた煌びやかな部屋。しかしそこはかとなくクッションなどが散らかっているところを見ると、この部屋の主の性格を伺うことができる。

 部屋の奥にさらに寝室への扉がある。ジャンは真っ直ぐにその扉に向かって歩いて行き、再びノックをした。


「陛下?起きてます?陛下?」


 ブラムは声を掛けるが、やはり返事はない。小さくため息を吐いてから、ジャンが扉を開けた。

 先程と同じように黒を基調とした部屋。大きな天蓋付きベッドの上で――。


「お…お戯れはおよし下さい陛下…っ」

「よいではないかよいではないか。口では拒んでいても、体は素直なようだなルゥよ」

「そんなことは…あ…っ」

「ふふふ、よいぞよいぞ」


 二人の女性が、仲睦まじくしているじゃあありませんか。

 それを見たブラムとジャンは――


「起きてるんなら返事してくださいよ陛下」

「…陛下、おはようございます」


 淡々としていた。


「な…っ先輩方!見ていたのなら止めて下さい!」

「いやあ、楽しそうだからいいかなって」

「楽しくなんか…あっ…!」

「ふふふ、いい反応をするではないか。我も楽しくなってきたぞ」

「…誰も止めないから俺が止めますけどね、その辺にしてやって下さい陛下。ルゥが使いものにならなくなる」

「むう、そう言われたら仕方あるまい」


 ジャンに言われ、魔王はルゥを開放する。彼女は上半身がだいぶひん剥かれていた。

 金髪の小柄な女性の悪魔、ルゥは涙目になりながら服を直す。


「朝食ができたから陛下をお呼びしに行っただけなのに…何でこんなことに…」

「いつものことだろ」

「ブラム先輩の薄情者…助平…」

「そりゃそうだろ魔族なんだから…って誰がスケベだ誰が」

 ブラムはじろりとルゥを睨んだが、ルゥは思い切りそっぽを向いた。

 そんなやり取りを見ながら、魔王はベッドから立ち上がる。


「さて、皆おはよう。いい朝を迎えたところで、張り切っていこうではないか。今日の予定はどうなっている、ジャン」

「…は。本日は朝食の後1時間後に勇者の訪問、昼過ぎには大臣たちとの会議、午後にもう一件勇者の訪問、そして再び会議、最後に今週末の視察予定地の資料確認です」

「言っときますけど、書類も溜まってますからね」

「分かっておる。今日もほどほどに忙しいな」


 魔王は大きくため息を吐く。

 予定を聞いている間にルゥの手助けでドレスに着替えた魔王は、髪を後ろに流して前を向く。


「では、行こう」


 魔王は無邪気な笑みを浮かべた。




「今度こそ討ち取ったり魔王…ぎゃー!」

「またかよ!」

「爆発オチってないよ~!」


 レオモンドたち勇者一行は一瞬で爆撃を受け、魔界の門の向こうへと吹っ飛ばされていった。


「次」


 どん、と魔王の机の上に山のような書類が積み上げられる。


「今日の業務はざっとこんなもんですけど、東の砦からの報告書にも目を通してもらいます。あとは来週の視察の予定について変更がありますので――」


 ブラムの話に耳を傾けながら、魔王は書類仕事を片付けて行く。

 そして、山のような書類は片付いた。


「次」


 会談の席で、大臣が声を上げる。


「ですから陛下。最近魔都近郊で暴れている魔獣のせいで商業人たちが自粛している状況です。ただちに討伐隊を立ち上げ――」

「そんなことより陛下。南の方では最近税の徴収が上手くいっていないようではありませんか。ここは村一つ見せしめにしてはいかがでしょう」

「陛下。そちらの件もいいですが魔術院からの研究報告が上がっています。目は通されましたでしょうか。魔術院と魔技研の予算につきましても不満の声が上がっており――」


 大臣たちの声一つ一つに、魔王は耳を傾けている。

 そして午前の業務の終わりを告げる鐘が鳴る。


「次」


 魔王の前に皿が差し出される。


「本日のメインはリド竜のポワレにタタスの実のジュレを添えました」

「うむ、うまい」


 皿はあっという間に空になった。


「次」


 魔界の扉から再び訪問者が現れる。


「今度こそ貴様をたおぐわーー!!」

「だから言ったでしょーがー!!」

「一日に二度も爆発オチなんて~!」


 レオモンドたちは再びふっ飛ばされた。


「次」


 魔王の机の上に山のような書類が積み上げられる。


「これが午後の分です。さっきの会議でも出てきた報告書がいくつかあるんで目を通して下さい。それから次の会議の資料もあるんで。あと魔術院の研究報告ですが院長が早く目を通してくれとうるさいので――」


 ブラムが話している間に魔王は黙々と書類を片付けて行く。

 山のような書類はなんとかなくなった。


「……次」


 場所は会議室へと戻る。


「ですから陛下。討伐隊の組織を――」

「税の徴収を――」

「研究報告を――」

「お茶を――」

「我もうやだ…」

「…陛下?お茶ですよ?」

「ん、ああ。ありがとう、ルゥ」


 魔王はソファにぐったりと腰掛けながらお茶を受け取り、一気に煽る。お茶はいつも適温だ。今日もきっとうまいのだろうが、今は味が分からない、と魔王は思った。

 その様子を見ていたジャンが心配そうに口を開く。


「…陛下。お疲れのようですね。少し休まれては?」

「疲れてはいる。だが問題はない」

「…は、しかし、そうは見えませんが…」

「そうですよ陛下。なんなら、このあとの予定キャンセルしますか?」


 ブラムが心配そうにそう言うと、魔王は眉間に皺を寄せる。


「問題ないと言っているだろう。別に大して疲れてはいないのだ。いつものことだからな。そう、問題なのは――」


 だん、と拳をテーブルに叩きつけて、魔王は叫ぶ。


「つまらんのだ!毎日毎日同じことの繰り返し!我は飽きた!飽きたぞ!」


 始まった、と、側近の三怪人は思った。

 魔王は普段の業務を淡々とこなす。淡々とこなしてしまうが故に、積もり積もるとこうして時々爆発する。まあ何百年も同じことを繰り返しているのだから無理もない。

 それに、たまの我儘ならかわいいものだ、と側近たちは思った。


「では、何か息抜きでもしましょうか。何します?ドラゴンに乗って血海にドライブでも行きますか?」ブラムは尋ねる。

「…暴れたいんなら付き合いますよ、陛下」ジャンは淡々と言う。

「何か食べたいものがあるならお任せを!このルゥ、腕によりをかけて陛下のためにお作り致します!」ルゥは張り切って腕を捲る。

「むう、そうだな…何か面白いことがしたい」

「面白いことって何です?」


 ブラムは尋ねる。

 魔王は顎に手を当てて考え込んだ。


「そうだな、何か、予想外の何かが――」

「伝令!伝令!」


 突然、金切り声が部屋に響いた。

 皆がそちらを振り返ると、窓際にぎょろりとした目つきの禍々しい怪鳥が降り立ち、叫んでいた。


「伝令!魔都東部地区にて、リド竜が暴れています!食材にするため捕獲したリド竜が逃げ出し、東部地区で暴れています!暗黒騎士団のほとんどは任務で魔都を離れており、現在被害拡大中!繰り返します――」

「これだ!」


 魔王は目を輝かせて立ち上がった。

 ブラムはやれやれといった様子でため息を吐く。


「こんな些末な事でいちいち陛下が出てどうするんですか。それに騎士団がいないうちに活躍したらまた団長が泣きますよ」

「いない奴らが悪いのだ!知ったことではないな!」

「いやアンタの任務で出払ってるんでしょうが!」

「む、そうであったか。しかし、ともすれば我が出るのは道理であろう?」

「…それもそうですが」

「陛下が出撃するなら、私にお供させて下さい」

「うむ!では出るぞ!」

「マジか…」

「…諦めろ」


 魔王はテラスに出る。城下の様子はここからは見えない。


「では、現地集合だぞ、お前たち」


 魔王がそう言って笑い、側近たちを振り返る。


「は?」


 誰かの声が落ちた次の瞬間、魔王の背中に禍々しい光の魔法陣が瞬いたかと思うと、魔王の背中には羽が生えていた。それは、漆黒の竜のような邪悪な翼。

 魔王はその翼を羽ばたかせ、あっという間に宙に飛び上がった。


「ちょ、陛下ああぁぁ!?」


 側近の叫びを無視して、魔王は城下へと飛び去る。

 恐るべき速さで魔王は空を翔けた。魔王城は魔都の中心に位置するとはいえ、魔王城から魔都東部地区までは決して近くはない。だが、その翼は瞬く間に魔王を運んでいった。

 そこに、一柱の炎が上がる。魔王がそちらに目を向けると、街で暴れている竜が見えた。邪悪な竜は口から炎を上げ、その鋭利な爪で、民家や塔などの建物を、魔族が逃げ惑う石畳の道を、次々と破壊していく。

 魔王は背高い民家の屋根の上に降り立ち、翼を消した。そして竜に向かって仁王立ちをしながら、高らかに声を上げる。


「リド竜よ!昼食に頂いたそなたの仲間は美味であったぞ!貴様の肉もさぞ生きがいいと見える!」


 竜はその声に反応し、魔王の方を振り返る。竜は今にも食い殺しそうな目つきで魔王を睨んでいた。


「――それでは早速、一狩り行こうか!」


 魔王が手をかざすと、巨大な剣が現れる。それは禍々しくも荘厳さを感じさせる大剣。魔王はその細い腕で軽々と剣を持ち上げる。


「行くぞ!」


 魔王が今にも竜に飛び込むかという瞬間。竜は大きく口を開けた。炎の塊は竜の口の中で徐々に大きくなっていく。

 構えたままの魔王はそのまま直撃を――


「陛下!」


 すんでのところで、魔王はそれを逃れていた。

 彼女を抱きかかえて庇ったのは、側近のルゥである。


「おお、ルゥよ。早かったな」

「そんなことを言っている場合ではありません!心の臓が止まるかと思いました!お戯れもほどほどにして下さい!」

「むう、大袈裟だな。あれくらい問題ないというのに」


 そんなやり取りをしながらルゥは魔王を丁重に降ろす。

 魔王は地に立つと、再び剣を構える。


「さて、改めてモンスターをハントといこうではな…」

「いえ、陛下の手を煩わせる必要はありません」


 す、と。ルゥの周りの温度が一気に下がったかのようだった。彼女を見ると、今にも敵を焼き殺さんばかりの眼光で竜を睨みつけている。


「陛下を殺そうとしたということは、貴様は私の敵だ。この狼男の末裔が相手をしよう」


 めきり、と音を立て、ルゥの手足が徐々に形を変えていく。灰色の体毛、鋭利な爪。変化したのは手足のみであるが、それは屈強な獣のそれだった。

 そして、手足が変化を終えた途端、彼女は竜に飛びかかっていた。

 竜はそれを見てすかさず炎を吐く。

 しかし、ルゥの方が速い。

 ルゥは軽々とそれを躱すと、竜の懐に飛び込んでいく。

 ガ、と何かが削れるような音が聞こえた。

 竜の胸元は、ルゥの鋭い爪によって大きく切り裂かれていた。

 竜が苦しむように叫び声を上げる。


「あーあ、ルゥの奴、スイッチ入っちゃってますね」


 魔王がその声のした方を見ると、ジャンと、肩に乗ったブラムが到着したところだった。


「我が狩ろうとしてたのに、先を越されてしまった」魔王は口を尖らせる。

「でも実際、陛下が出るまでもないでしょう。大人しく見てて下さい」

「それではつまらぬと言って――」


 その時。

 暴れだした竜の尾が、魔王目がけて振り払われる。


「陛下!」


 間に合わない、ルゥは思った。

 魔王に向かって巨大な尾が叩きつけられる。

 潰された――かのように見えた。しかし、魔王は無事だった。

 巨大な竜の尾を片手で受け止めていたのは、ジャンだった。


「…思っていたより大したことないな。陛下、こいつ筋力不足ですよ。脂が乗っていてうまいかもしれない」

「何、本当か」

「…ええ」


 ジャンはそのまま竜の尾を掴む。


「おおぉぉ!!」


 ジャンは自慢の怪力で軽々と振り回すと、空高く放り投げてしまった。


「…陛下!」

「うむ!」


 ジャンが声を掛けると、魔王は無邪気に笑った。

 そして大剣を振りかぶる。

 空高く放り投げられた竜は翼を広げて体制を整え、炎を吐くかというところだ。

 魔王は静かにその一瞬を見極め――


「――必殺!魔王斬り!」


 ぶん、と剣を振りぬく。

 魔王に向かって放たれた炎は斬り裂かれ。

 竜のその巨大な体さえも、真っ二つに斬り裂かれていた。

 斬り裂かれた竜の体は大地に落ちる。

 魔王は、土埃を背に受けながら、剣を腰に差すフリをし、満足げに笑った。


「ふっ…つまらぬものを斬ってしまったようだな」

「何ドヤ顔してんですか。何ですか魔王斬りって。センス無いにも程がある」

「む、悪かったな」


 魔王は不機嫌そうに頬を膨らませた。

 そんなやり取りをしているうちに、周囲がざわめき立ってきた。

 様子を見に来た魔族たちがその光景を見て、驚きの声を上げる。


「あれは…陛下じゃないか?」

「本当だ、魔王陛下じゃないか。何でこんなところに…」

「何だ、竜をやったのは騎士団じゃあなかったのか」

「陛下なら仕方ない」

「うん」


 周囲の驚きと奇異の眼差しを受け、魔王はにこやかに手を振る。

 おお、と周囲は歓声を上げた。


「陛下が城下に出てくるのは珍しいな」

「私、久しぶりにお姿を見たわ」

「噂通り、やっぱり強いんだなあ」

「そうか?大したことなさそうじゃないか」


 一つの声にざわ、と周囲に動揺の色が広がる。

 男の魔族は、にやにやと笑みを浮かべながら魔王を見ていた。


「たかがリド竜相手に何を大騒ぎしているのやら。魔王が倒したって言っても、トドメを刺しただけだろう。あの狼女が瀕死まで追い込んでいたじゃないか。それをトドメ刺しただけで大騒ぎ。魔王の底も知れたもんだな」


 男はにやにやと言葉を続ける。

 その言葉に、魔王はただ静かに黙っているだけだった。

 隣に控えていたジャンが、ぽつりと呟く。


「…あーあ」


 その肩には、ブラムの姿はない。

 次の瞬間。

 男の首を、がしりと掴んでいる悪魔の姿があった。

 黒い短髪の男は、その鋭い眼光を男に向け、低く、静かに、声を出す。


「――貴様、今、陛下を侮辱したな?」

「……え」

「取り消せ、今の発言を」


 眼光の鋭い男は掴んだ首をそのまま持ち上げる。

 その時既に、異変が起きていた。

 掴み上げられている男の体が、みるみるうちに干上がっていく。

 男は苦しそうにうめき声を上げる。


「が…っ、あ…」

「取り消せと言ったんだ」


 そう言いながらその男は目を見開き、睨む。

 それはまさしく、情の欠片も持ち合わせてはいない、悪魔の眼光だった。


「ひっ…」


 掴み上げられている男は震えあがった。


「わ、悪かった…取り消す、取り消すよ…!」


 その言葉を聞き、短髪の男は一拍の後、男を開放した。干上がりかけていた男は、地面にへたり込みながらせき込む。

 そんな男を気にも留めた様子もなく、短髪の男は踵を返した。


「た、助かっ…」


 ぱちり、と。

 短髪の男が指を鳴らすと、男は次の瞬間、体が爆ぜていた。

 辺り一面に血と肉が転がる。

 その凄惨な光景を見て、魔王はふ、と息を吐いた。


「全く…やりすぎだぞ、ブラム」

「は。失礼致しました、陛下」

「反省してないな?」

「滅相もございません」

「…まあよい」


 魔王は呆れたような笑みを浮かべる。

 その光景を見ていた民衆たちはひそひそと話し始める。


「なんて愚かな奴だ。三怪人を知らないのか?」

「魔王を侮辱すると三怪人の怒りを買うというのに」

「それにしても、実力は噂通りだな。吸血鬼にフランケンシュタインの怪物に狼男…いや、狼女か。それに、彼らを従えている陛下というのは…」

「やはり陛下は恐ろしいけれど素晴らしいお方だ。さすが魔界をお一人で統べるだけのことはある」


 周囲がざわめく。それを見て、ブラムが、魔王の方を振り返る。


「陛下。面倒が広がる前にそろそろ城に戻りましょう」

「うむ、そうするか」


 魔王は再び背に邪悪な翼を生やす。

 そして、魔王は民衆の方を振り返った。


「ではな、愛すべき民たちよ」


 魔王は穏やかな笑みを浮かべると、城へ向かって飛び去った。

 民衆はそれを呆然と見送る。


「…愛?愛だって?」

「陛下はおかしなことを言うなあ」

「そんなの、まるで人間じゃあないか」


 民衆はそんなことをささやきながら、魔王の去っていく後姿を眺めていた。




「と、いうわけで、陛下が仕留めたリド竜の肉を貰ってきましたよ」

「昼にもう食べた」

「いやまあ、そうですけど」

「お前たちにくれてやろう。好きにするとよい」


 狩りが終わって興味がすっかり失せたのか、魔王は一瞥もくれず手元の本に目を落としている。

 蝙蝠の姿に戻ったブラムは小さくため息を吐いた。


「どうやら、今回のことでは満足頂けなかったようですね」

「まあな。やはりたかがリド竜であった。誰だ、あれを狩りに行くなどと言ったのは」

「アンタですよ」

「何…だと…」

「…面白いことと言えば、明日はカネダが来る日ではないですか」

「何!真か!」

 ジャンの言葉に、魔王は本を放り投げて立ち上がった。

「ふむ、では明日はカネダと色々と話すこととしよう。よし、明日が楽しみになってきたな」

「……陛下は奴のことが気に入っているのですね」

「どうしたルゥ。顔をむくれさせて。――そうだな。奴には期待しているが故な」

「陛下、あいつで遊ぶのもほどほどにしてくださいよ」

「分かっておる」

「…心配だ」


 魔王は期待に胸を膨らませている少女のように顔を輝かせた。


「今日もよい日であったが故、明日も期待できそうだな」


 魔王は笑う。明日の来訪者に心躍るような期待を抱きながら。




 そう、こんな他愛のない日常が、魔界で繰り返されているのである。

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