4限目 それ、死ぬわね
アルルーシュカという金髪幼女はエルフである。
もちろんいすゞのトラックであるところのエルフではないし、往年のエロゲメーカーでもない。異世界で生まれた正真正銘ハイエルフである。
ダークエルフに殺されかけた際に、父親に命を触媒とした絶対防御魔法『妖精の甲冑』をエンチャントされ、この世界に転移させられた過去をもつ。
見た目は小学生低学年程度だが、実年齢は割りといっている。しかし寿命すらないと言われる長寿種ハイエルフの中では、そのまんま見た目どおりの幼生だ。
その辺りのお話はぜひ『めぞん異世界荘の管理人』を読んでほしい。
読んでほしい。
いつも眠そうな目でぼやっとしていることが多いが、この日は怒りに震えていた。夕食の大好きなフルーツも口にしなかった。
部屋の片隅で、全身エメラルドグリーンの甲冑をまとってちんまりと膝を抱えている様は愛らしい。しかしそんな姿をサキは心配そうに見つめていた。
身の危険や不貞腐れた時に妖精の甲冑は具現化する。つまるところネガティヴな状況を何よりも物語るのだ。
「学校で何かあった?」
サキは優しく声をかけた。
学校からめぞん異世界荘に帰ってくるなり、管理人室(サキの部屋)に駆け込んでずっとこの有様だ。母親がわりであり、姉がわりのサキとしては放っておけない。
「へんなやつがセンセーになったの」
ぶっきらぼうに答える。
それを見てサキは思わず笑ってしまった。
懐かしいと思ったのだ。かつて自分が前異世界管理人と出会った時のことを。ファーストコンタクトはワーストコンタクトだった。今のアルルーシュカと同じように怒りに肩を震わせていたものだ。
「そうなの? どんな先生?」
「あのね、えとね、カフカをね、むぎゅとしたの! 血がいっぱいでたの!」
「そう。カフカを」
状況がわからずサキは部屋の隅で捕食しているカフカを見る。
頭らしい器官が花が咲いたようにパックリと割れ、体内から人間のような腕がヌルヌルと突出している。
その腕が目の前の鶏肉を引っ掴むと、ヒュッと音を立てて再び体内に戻る。後にはバリバリと骨を砕く音が部屋にこだました。
正直キモい。
数年も同じ屋根の下に住んでいるが、サキにしても不気味だった。
「ええと、その先生がカフカに何かしたの?」
「うん! けったの!」
サキはうへぇと顔をしかめた。
薄気味の悪いカフカを蹴り上げるとか、どんな神経をした人間だろう。
「だからね、アルルがしかえしするの」
すくっと立ち上がり胸を張る。するととたんにエメラルドグリーンの妖精の甲冑は大気へと霧散した。
「仕返しって?」
幼いながらも憤った表情をしているアルルーシュカを可愛らしいと思った。きっと仕返しの方法も可愛らしいのだろう。
「火の精霊にたのんで火あぶりにするの!」
「……それ、死ぬわね」
「うん!」
「うん! じゃないから! ダメよそんなことしたら」
目を輝かせているアルルーシュカを諌める。
異世界人が地球人を殺しでもしたら大変なことになる。きっと元の世界に強制送還されるだろう。
「ええ〜〜そうなの? じゃあ水の精霊にお願いして溺死させるの!」
「それも死ぬ……というか溺死って言っちゃってるわよね?」
「うん!」
「だからダメだって!」
「ええ〜〜? じゃあ風の精霊にたのんで木っ端微塵……」
「ダメダメ! というか何で殺し方だけ難しい言葉知ってるのよ! まったく誰に似たのか……」
サキはため息をつく。誰というか、間違いなく父親似だ。
「とにかくダメよ。まともな人間はもろいんだから。分かった? あと土の精霊で圧死とか、闇の精霊で存在の消滅とかもダメだからね!」
サキはぶーーと頬を膨らますアルルーシュカにこんこんと言い聞かす。
しぶしぶといった感じでコクリと頷くアルルーシュカの口元は、しかし子供特有の無邪気な邪気が見え隠れしていた。