つまようじ
「ぷはーっ。食った食ったー!」
空になった皿たちの残骸を視界に入れつつ、我ながら良い食いっぷりだと自画自賛したのは二十代後半ほどに見える蒼髪の青年。名をショウと言う。
「……おやじくさー」
ぼそりと呟いたのは同じテーブルについていた十歳ほどの青みがかった黒髪の少年。名はユーウ。小柄な部類に入るであろう彼の前に皿はない。とっくの昔に給仕が来て片してしまった。
「何言ってんだ。人ってのはなオヤジになったと思った時からオヤジなんだよ」
「でも、オヤジくさい仕草したらオヤジ扱いされても文句は言えないと思うよー」
ショウは行商で生計を立てる商人。そして、ユーウはとある事情でショウに引き取られた訳ありの子どもだった。つまり二人は義理ではあるが親子ということになる。
「——っと、ユーウ。そこのつまようじ取ってくれ」
コクンとうなずくと不満げな様子も無く、ユーウは目の前にあった楊子入れの中から適当に一本抜き出して手渡す。が、ショウはじっと楊枝を凝視したまま微動だにしない。長く続く沈黙。
「……使わないの?」
養父の様子はあまりにも真剣だったのだが凝視しているモノがモノなだけにかなり滑稽だった。そんな状態で静止されたままというのも気になるだけなので、とりあえず声だけでもかけてみたのだが。
「……なあ、コレ曲がってねーか?」
視線はそのままに聞き返してきた。答えてやらないと会話が途切れるので養父に習ってじーっと凝視してみる……と、曲がっている。
——確かに曲がっている。
折れそうで折れていないその曲がり具合はとても絶妙。
「曲がってるねぇ」
「だろ? 気になって使えやしねぇ」
「気にしなくてよろしー。とっとと使う!」
じゃなきゃ、いつまで経っても出発できないじゃないのさ。今日中に目的地まで行かなきゃならないのに。つまようじの曲がり具合が気になったから予定より遅れましたーっ…なんて正直に言ったらいい笑いモノだよ。まぁ、馴染みの仲間たちなら彼らしいと苦笑いを浮かべるかもしれないけれども。
……などなど、ユーウの頭の中には不満ばかりが浮かんでくる。たっぷりと時間を浪費するハメになったのはショウの大食いが原因。期日が押しているという今の状況を考えれば、楊枝の曲がり具合など気にして更に時間を浪費している場合ではない。
「ったく。最近はすっかり口うるさくなっちまって……」
「ショウがしっかりしてないから、僕がしっかりするしかないのっ」
そんなにしっかりしてないか? と、今までの自分の行いを思い返してみる。
…………思った以上にしっかりしていなかった。
「……ま、まぁ、腹ごしらえも済んだ事だし行くか」
「そだね、どこかのダレかのせいで約束の時間にギリギリっぽいしー」
二人は席を立ち店の入り口へと向かう。
「————!?」
店を出るか出ないかというところで、ユーウは何かの気配を感じた。
どこからどう見てもお子様なユーウだが、何かと物騒な世の中を旅しているだけあって勘はするどいし護身の術も長けている。一瞬の油断で命を落とす可能性がある街の外で行動することが多いので、警戒する癖がついているのだ。そんな訳で今度は注意深く辺りの気配を探ってみる……が、何も感じない。
「ユーウどうした?」
「んー、気のせいみたい」
この時、もう少し注意していれば……。後に心底そう思う羽目になるのだが、この時点で彼らが気づくことはなかった。
*
——結局、ショウたちは期日までに目的地へ到達することは出来なかった。
「ツイてねぇ……」
期日に間に合わなかったとして違約金を取られ、さらには相手がここら一帯の名士であったために仕事を干されるなど散々な目に遭ってしまったのだ。
「ま、気を取りなおそ? 生きてればいつかイイコトあるよ」
などと、口やかましくショウを急かしていたユーウが怒りもせず逆に慰めているのは、遅れた原因がショウには無いから。唐突に発生した魔物の大移動やら突発的に発生した竜巻など……諸々の自然災害で足止めされた鬱憤をショウにぶつけるのは酷だろうと思っての事だ。
だがそんな心遣いもこの男には無駄だった。
「いつかじゃなく今ツイてないと嫌だーッ!」
じたばたと手足を動かしつつわめき散らす駄々っ子以外の何者でもない。少なくとも二十代の成人男性がするような仕草ではない。
「いい年こいた大人が駄々こねんな」
……ぼそり。
今の台詞言ったのダレデスカッ!?
ショウは四方を見回すが、見えたのはいつもの五割り増しな笑顔でたたずむユーウしかいない。
……つまりはそういうことらしい。
「——本性っ!? 本性なのかっ、ソレはっ!?」
「にゅ? 何のことー?」
「とっ、とぼける気かっ!?」
「……なんか文句でもあんのか?」
ぼそっ。
「あ、ありません……」
「それなら、よろしい」
「…………こ、今度からお前だけは怒らせねぇようにする」
「で、これからどーするの?」
「んー。ここらの仕事は干されちまったからなぁ」
だからといってほとぼりが冷めるまで滞在しようものなら、間違いなくその前に一文無しになってしまう。
「別の町にでも移動するか……」
「それが賢明かもねー」
*
——が。
再び起こった魔物の大移動、そして街を囲むようにして発生した竜巻の為に街へ留まる事を余儀なくされた。
「な・ん・で・だあぁぁぁぁーーッ!?」
「落ち着いてっ、こんな所で暴れたって竜巻は収まらないし魔物さんたちだって移動やめたりしないよっ」
御者台の上で頭を抱つつ今にも暴れだしそうなショウを、懸命にユーウが抑える。
「つーか、なんで奴らは俺らが街を出ようとした瞬間に鼻先で移動を始めやがるんだよっ!?」
目の前では、普段なら滅多に人の目に触れることは無いとされる象型の魔物——通称マンモス——が、ドドドォォーーっと砂煙をあげつつどこかへと猛ダッシュしているという光景が繰り広げられている。その列が途切れる様子は全く無い。
「そういう気分だった……トカ?」
「だからって、何だって一生に一度でもナマで拝めたら幸運って言われてるよーな奴らが!! よりにもよってなんで俺らが使おうとした街道をふさぐようにして移動してんだぁーーっ!!」
「みゅー……何百年かに一度の奇跡……だったりして?」
「んな奇跡なら俺はいらんッ!!」
そんなこんなで大移動に関して叫びたい事は叫びつくしたので、今度は大移動とは反対の方角をびしぃっと指差す。
「お・ま・け・にっ、あの竜巻は思いっきし不自然だッ!!」
「魔物さんのいない場所の穴を埋めるよーに発生してるもんねぇ」
なんかもー別のイミでいたれりつくせり? なんて感想まで浮かんでくるほど、二つの現象には隙が無かった。さすがにコレの突破を試みる勇気は無い。運悪く竜巻に巻き込まれたらしい旅人の悲鳴が聞こえてくるが、幸い竜巻の向こう側には森がある。旅人に運があるならば木に引っかかって助かることもあるだろう。
「くそっ、一度ならず二度までもっ!!」
「むぅー……さすがに何か悪意を感じるよーな気が」
「気がするんじゃないっ、間違いなく悪意を感じるッ!」
「……もしかして」
「ん? 何か心当たりでもあるのか?」
心当たりってわけじゃぁ無いけど……と、少々口ごもりつつ。
「……僕ら何かに祟られてる?」
それを聞いた瞬間、ショウはサァーっと血の気が引いていくのを感じた。
——彼は祟りだの呪いだのといった漠然としたものを最も苦手としていたのだ。
*
——————……。
——誰かに呼ばれた?
そんな気がしたのは、泣く泣く馬車を預け宿に戻ろうとした矢先のことだった。だがこの場で人語を話せそうなのはユーウとショウしか居ない上に、声には聞き覚えがない。
「……むぅー」
最近は幻聴が多いからなぁ…と、苦笑するユーウ。……しかし。
『……いい加減さっさと気付けぇっ!』
そんなユーウの心情を悟ったか二度目の声はそう間を置かず響き渡った。
「にゅにゅっ!?」
声の出所はさっぱりわからない…が、間違いなく何かが――いる。しかも、ごく近くに。
「誰っ!?」
『…ふむ。やっと我が存在をみとめたか』
まぁ、いろいろちょっかいを出したのだから当然だがなっ。と、やけに弾んだ声。気付いてもらえたのがよっぽど嬉しかったに違いない。
ひっかかる単語があったが。
「……ちょっかい?」
『うむ! この辺りの気象を少々いじってみたり、動物などを呼び寄せたりなどしたな!』
「おーい、ユーウくーん? 一体何と話してるのかなぁー……?」
いきなり何も無い空間に向かって会話を始めたユーウが心配になって声をかけたショウだが思いっきり無視された。だいたい何が起こったのかは予想がついていた。なので本音を言えばこの先も無視されたい気分なのだが、怪奇現象を子供にまかせっきりで自分は現実逃避というのも保護者としてどうかと思われ……。いやでも見えないし聞こえないんだからしょうがないよなぁ。などなど、ショウが葛藤している間にも、彼を置きざりにして話は続いていた。
「……じゃあ、もしかして今までの僕らの不幸っぷりって……」
『貴様らが我を愚弄した報いだな』
——つまり、恨みからの犯行で相手は生きてる人間じゃない……と、いうことは。
「ホントに祟りーッ!?」
冗談で言ったのにまさか本当に?
そんなニュアンスでの叫びだったのだが、意味通りに取れない人物がここにいた。
「………た、たたたたた祟りぃ!?」
ひぃぃぃッ。
怯えながら全力ダッシュでユーウから遠ざかる保護者失格男。
『むぅ、この男。よほど怪奇現象が苦手と見えるな』
「まぁ、怪奇現象そのものに心配されても嬉しくないだろーけどー」
『なにを言うっ、我は怪奇現象などではないぞっ!』
「声しか聞こえないって時点で怪奇現象なんじゃー?」
『何を言っている。我ならば、お前の荷に紛れているではないか』
「………はいー?」
——数分後。
ユーウにしか声が聞こえなかったのは距離の問題であった上、声の主には実体があるらしい…という事が発覚したため、なんとか復活したショウ。
二人が怪奇現象(仮)の指示による捜索の末に発掘したのは……
「「………つまようじ……?」」
しかも曲がったつまようじ。
その絶妙な曲がり具合は、紛れも無く数日前に遭遇したつまようじだった。
『つまようじとか言うなっ!』
「「いや、どっからみてもつまようじだから」」
声が激昂するたびに勝手にブルブル震えるつまようじを見ていると、祟られた理由がなんとなく判ったような気がしてきた
「さっきの愚弄された……って、もしかして……」
『考えている通りだ人間。さんざん我をつまようじつまようじ言いおって……!』
そう。彼(?)は単純につまようじ扱いされたのが気にくわなかったのだ。これは本当の姿ではないのだとしきりに訴えている。
「……なら、なんでそんな姿になっちまったんだ……?」
『……こんな姿となってしまったのには深い訳があるのだ……』
そして、つまようじ(?)は語り始めた。
*
そんなこんなで街から1時間ほどの距離にある森の中。
「……で、ここが目的の遺跡……か?」
『うむ。ここで間違いない』
偉そうにふんぞり返るつまようじを見てショウは帰りたくなった。何故に、つまようじなんかの命令のもと危険だと思われる遺跡に潜らねばならないのか……。
「……ったく。俺は商人であってトレジャーハンターじゃ無いってのに」
「でも、つまようじさんのフウインを解かないと祟られ続けるんだよ?」
それでも良いの?
言葉にしなくともユーウの目はそう言っている。
「……とっとと封印解いて平和な日常を取り戻すか……」
「……そだね」
つまようじ曰く。
自分はとても強く偉い魔族だったのだが、数年ほど前にえらく卑怯な人間に罠をかけられ封印されてしまった。最後の抵抗として封印の鍵となったこの物体に自らの意識の一部を乗り移らせたは良いがそこで力尽き、これまで意識を失っていた。——とのこと。
魔族というと一般的に『悪』やら『残虐』というイメージが付きまとうが、ショウたちは実際にはそうでないのだと知っている数少ない人種だった。いい例は目の前のつまようじだろう。見た目や言動はアレだが魔物や気象を操るなどという絶大な力を、からかう為だけに全力行使するお茶目さ。本当に『残虐』な『悪』なら、こんなまだるっこしい真似はしない。
だが、何故よりにもよって自分たちが見つけた時に意識が戻ったのか。いくら考えても答えの出ない問題に頭を悩ませつつも、事前に打ち合わせていた道筋を歩いていく。
「……で、次は右…だったか?」
うむ。と肯定の返事が返ってきたのでショウは曲がり角を右に曲がる。その先に広がっていた光景は――
『このまま突っ走るが良かろう』
「そうか、このまま突っ走……って、ちょっと待てぇッ!!」
『ん? 何か不満でもあるのか?』
「アリアリじゃぁッ!」
『ぬしらが最短ルートを案内しろと言うから案内したというに』
「せ・め・て! 人間が安全に通行できるレベルの道を選べッ!」
『通れないのか?』
「当たり前だ! どこの誰がこんな通路を通れるってんだ!?」
まっすぐ伸びている通路。それはいい。
問題なのは、数歩先からはるか遠く先まで煮えたぎる溶岩が湛えられた通路が続いていること。長距離を飛べる者でなければ通行は不可能だろう。人間は当然、飛べはしない。
『我と交流のあった人間は苦もなく通過できるレベルなのだが……』
「どこの人外魔境だ!?」
『むぅ、てっきり彼らが標準だと思っておったが……』
「んな人間が標準であってたまるかっ!!」
*
——数十分後。
経過は省くが2人+αは巨大な石の扉の前に立っていた。
『子供よ。ここで我をかざせ』
「かざすだけで良いの?」
呪文とかはいらないの? と問うユーウに、必要ないと答えるつまようじ。彼(?)によればこの扉の向こう側にある部屋そのものが封印であり、鍵をかざせば扉が開き封印は解けるのだという。そして扉を開ける鍵こそ、つまようじに他ならない。
「じゃ、いっきまーす」
ユーウがつまようじをかざすと、弱弱しく光りだした。それに呼応するようにゴゴゴゴ……という音と共に扉が開閉していく。光はだんだんと強くなり、光の強さに比例して扉の開く速度も上がる。
そして、扉が完全に開いた時。部屋の中に居たのは——人よりも一回りほど大きな鷲のような存在。その魔族は自らを『翼の王』と名乗った。
帰りは『翼の王』の背に乗せてもらったため、最短ルートを突っ切って楽々と脱出に成功。行きの苦労は何だったんだとショウが不貞腐れたりもしたが、ユーウになだめられた。どちらが子供なのかわからない。
『何か困ったことがあれば遠慮なく呼ぶがいい。此度の借りを返そう』
「んな気遣いはいらんっ。俺たちの幸せを願うなら一生かかわるなーーーッ!!」
意外と気さくな魔族だ……などとは欠片も思わなかった。
『ふむ。ならば忘れた頃に顔を出すとしよう』
「そりゃ嫌がらせか!? 嫌がらせなんだな!?」
「ショウ、落ち着いてって。でなきゃ血管切れちゃうよー」
なだめてくれるユーウの肩越しに、元つまようじの口の端がニヤリとつりあがっているのが確かに見えた。明らかに遊ばれている。
『まぁ、少なくともあと一度はまみえることになるだろうがな』
「は?!」
『ではな』
「——ちょっと待てッ、そりゃどういう————ッ!?」
元つまようじこと『翼の王』の姿はすでに無く、新たな謎に答えられるものは誰一人いなかった。
そうしてはた迷惑な騒動は終わりを告げたのだった。
——とりあえずは。
*
——数日後。
天気は快晴。数日前の出来事など忘却の彼方な二人はのんきに昼食を取っていた。
——ショウがとある事に気がつくまでは。
「………なぁ、このスプーンちょっと曲がってない……か?」
既視感を感じる上に、とっても嫌な予感。
「……曲がってる……ねぇ……」
双方とも顔に浮かべた笑顔が引きつっているのを感じていた。
「しかも、この曲がり具合が絶妙だったりする……よなぁ……?」
「おまけに、この……意味ありげな文字の掘り込まれた持ち手が……なんとゆー……か」
ユーウは言ってから気がついてしまった。
この文字は——まさか。
「そういや、この意味ありげな文字……」
「い、言っちゃダメッ、言っちゃったら——ッ」
——絶対に巻き込まれる!!
ユーウは後に降りかかるであろう災難に費やされる労力を想像しつつ、この瞬間だけ体育系な養父を心底呪った。
「——遺跡に掘り込まれてたのとソックリ……だよなぁ……?」
その瞬間、キラリとスプーンが怪しげな光を帯びた。
『妾を呼び覚ますのは誰ぞ?』
——ビンゴ。




