夜釣り少女
加奈と出会ったのは、3年前のとある夏の日の夕暮れだった。
仕事帰り、スーパーで酒でも買って帰ろうと、俺が土手沿いを歩いていたところに、ふとすれ違ったのが彼女だった。手には釣竿、そして大きなスポーツバッグとバケツ。しかも釣竿といっても竹竿のような簡素なものじゃない。太さからして、伸ばしたらおそらく4mくらいはあるだろう、海釣り用の投げ竿を1本。それから、こちらは細身の、伸ばして2mくらいになると思われる延竿が1本。
そんな大荷物を持った少女は、もうこれから暗くなっていくであろう夕暮れの時刻に、事もあろうか川へ向かって悠々と歩いていく。
普通に考えてそんなの珍百景以外の何物でもないだろう。俺も含め、通りすがる人が二度見していた。
まあ暗くなって危ないし、早々に切り上げるだろう。なんて、甘っちょろいことを考えていた当時の俺を今ぶん殴ってやりたい。
結果から言って、俺の予想は外れた。スーパーに買い出しに行って、帰ってくるときにまた同じ土手沿いを歩いていたのだが、如何せん夏といえど時刻は8時をまわっている。さすがに釣竿ガールは帰っただろうと川辺りに目を凝らすと。
いました。
いたんだよな、まだ。
もう何かよくわかんないけど心配だし、とりあえず帰るよう促しておこうと、彼女のいる川の淵まで歩いた。
「なぁ、そんなところでこんな時間に釣りとか危ないよ、オネーサン」
一応言っておく。これはナンパじゃない、注意喚起だ。決して下心あっての声掛けではないんだ。そこを読者の皆様にはご理解願いたい。
俺が話しかけると、彼女がこちらを振り向いたことがランタンの明かりで何となくわかった。
「こんな時間じゃないと釣れないんですよ、こいつら」
彼女はそう言って、足元にあるレジ袋を指さした。
ここからだと何が入ってるのかわからないが、大きくて黒いものが、袋の中に放り込まれている。
「お兄さんも涼みながら一緒に釣りますか?」
なんて言われても。
近くに行ってそのレジ袋を覗くと、中のヤツと目が合った。
「うっ!うわぁ!」
男のくせに情けない声を出してしまった。我ながら恥ずかしい。
中に放り込まれていた物体の正体は、鯰だった。
おい、鯰って、こんな非力そうな女子が釣るもんじゃねーだろ!
しかも、体長は目算で60cm以上はある。
思わず少女の腕と鯰を見比べた。あの細腕でこんなデカい鯰釣れるもんなのか?
「これ、君が釣ったの?」
「えぇ、もちろん」
即答された。当たり前じゃないですかと言わんばかりの真顔で。
このとき俺は多分、人生のターニングポイントにいたんだと思う。
この少女と関わるべきか、否か。
その選択肢によって今後の人生がどう変わっていくかも、まだ当時の俺には知る由もなかったのだけれど。