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84°33’  作者: ・△
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 おれの名前は日という、妙な名前だということは知っている。母はなぜだか子供が生まれたら晶という名前をつけると昔から決めてたようで、まさかその子供が双子だというのをまるで考えていなかったから片方には望み通り晶とつけてもう片方には日とつけた。安直。おれたちの父親の名は柘植といい、ツゲアキラは語呂がいいがツゲニチはどうにも収まりが悪い。音のせいで子供のころはツゲグチと稀にからかわれたが、もともと二分の一な上に晶と日で三分の一、都合六分の一の存在なのでとくになにも思わなかった。おまけの息子、それがおれだった。 おれたちの家は東京の真ん中と端っこの中間にあって、人に言わせるといいところらしかったが、子供には関係のないことだ。おれの家は広くも狭くもない古い二階建ての普通の家で、とくに金持ちなどではなかったが、たしかに周りの家の子供たちは静かに笑っているような人間がやたらと多くて、物心つく前からやれ塾だ、ピアノだという話は普通に聞こえてくるようなところだった。おれは何もしていなかったが晶のほうはエレクトーンをやっていた。おれ自身はなにかをしろなんて言われたことはなかった。放り出されて関与も期待もされずぼんやりとそこに立っている子供。それがおれだった。

 こんなことを言うと恨み節のように思われるかもしれないが、おれ自身にも問題があるということは知っていた。おれと晶がまったく同じタイミングでなにかを始めたとすると、ほぼすべての事柄でかれのほうが先に上達し、習得するのだった。歩くことや、言葉の使い方などという生きていくのに基礎的な事象ですら晶はおれより早く身に着けた。漢字の読み方、縄跳びの仕方、楽器の弾きかたに至るまで一事が万事その調子で、おれが唯一かれより上手に学んだものは諦めだったと思う。

 おれ自身は、晶のことは好きだった。というか、かれにはどこか不思議な魅力があって、それを嫌う人というのは見たことがなかった。それでいて、かれの好ましさについて話すとみな口々に違うことを喋るのだった。まだ歳若いのに人に合わせられる柔軟さがあるという意見があれば、自分をしっかり持っているという人もいた。とにかくやさしい子供だという声もあれば、なかなか猛々しいところがあるというふうに、対極の評価をもらうこともよくあることだった。どこか鏡のように、かけられた期待をそのまま跳ね返すようなところがある子供、それが晶だった。父も母もそれに気がついていないように見えた。かれの本質は鏡であるということを、おれだけが知っていて、おれはそれだけがたよりだった。かれがとても静かな眼差しを持っていることを人は知らない。名前の通り澄んだ水晶のような感情の混ざらない眼差し。覗き込んだものがそのままかえる鉱石の目線。

 かれのことについては、思い出すのは些細なことばかりだ。水を飲むときの喉の動き方だとか、走っていたそのかたちだとか。 小学六年生のときの運動会で、他の子供たちよりすこし早めに伸びた身長にいまひとつ似合わない白い運動服を着て、地面から五センチ浮いたような雰囲気でグラウンドに立っていたかれのことを、おれは多分忘れることはないんだと思う。花形競技の学年対抗リレーだったか。おれとおなじ遺伝子で形作られたなんて思えない、どこかウソみたいな感じで骨の浮いた脚をさらけ出していたこと。それでいてスタートの前にぎゅっと屈伸の動きをしただけで押さえつけられたばねのように目が髪が関節のひとつひとつがぎらり、ぎらりと輝いて、渡されたバトンを握りはじかれたように走っていく、四肢がしなやかに動く。すべての運動がまっすぐ進む力になる。今手元を離れた矢のように滑走していく!

 そのまままっすぐゴールに飛び込んで、すでに出番を終えていたまわりの子供達がわっとかれを取り囲む。かれはにこやかに微笑みながら、すこし照れたようにしていた。おれといえば次の団体競技のためにごちゃっと集められたその他大勢のなかに埋没していて。かれは走るのは早かった。それが好きだったかどうかは知らないし、晶がおれのことをどう思っていたかはわからない。今となっては聞くすべもない。かれは十五歳で死んだ。

 健康でうつくしい子供だったはずの晶が不意に高熱を出したのは十四歳のときだった。夏休みが終わってまだ一月も経っていないのに急に冷え込んだ後、酷く高い熱を出して寝込み、それからは朝には微熱まで下がるが、夜になるとまた高い熱を出すようになった。完全な平熱までは下がらずに、学校をしばらく休んでいた。おれたちはまだ中学校に通っていて、当然のように人気のあった晶の不在はかれのクラスに奇妙なさざなみを起こしているように見えた。双子でややこしいからか、おれと晶は同じクラスになることはなく、四組ほどあったそれが隣同士になることもほぼなかった。ばかげた話だと思う。おれたちはたしかに容貌はよく似ていたが、口を開き立ち振る舞えばまさかおれとかれを間違う人間なんていなかっただろう。最初から半分以下しか持たされていない人間をより多いほうと比べるのはなんとも酷い話だろうから、隔離されていてよかったのかもしれない。おれはバカだったから、とくに気にしてはいなかったが。おれと同じ素材でできているはずなのにおれより整った身体を持ち、静かな瞳を薄いまぶたの裏に隠し、夏の名残の微かな日焼けの跡がある頬を熱のせいでばら色に染めているかれが、二段ベッドの下の段で白いシーツと布団に埋もれながら熱い息を吐いているのは、痛々しさや、哀れさよりも、おれにはただ不思議に思えた。いつもおれよりうんと高いところを飛んでいる鳥が、地に伏しているような違和感。微かに異音が混じる呼気は口から吐き出されてすぐに空気に混ざるが、子供部屋には隠しきれない病の匂いが濃密に漂うようになった。もともとそのベッドの下の段に寝ていたのはおれだったのだが、看病の問題から発熱が三日を越すと上下が入れ替えられることになり、医者に通えど原因がよくわからないまま一週間を越したころには、晶は客間に寝かされることになった。初めて下が空っぽのベッドで眠ったおれは、その日、ものすごく透明なぬるい海で泳ぐ夢を見た。

 浅い海だった。足がついて、砂ではなく丸い石が敷き詰められているので、ああこれはおれたちのいなかだ、母の故郷の島の海だとわかる。おれたちを生んだ母は南のほうの離島の出身で、そこへはたどり着くのに飛行機やら船やらを乗り継いで、かなりの時間をかけてしか行けないので、おれは物心ついてから数回しか行ったことがなかった。おれが行ったのは一家四人で動くときで、母は法事などで一人で帰ることもあったが、小学校の中学年くらいからそのような機会に晶を同行させることが多くなり、かれはおれの倍ほどの回数その島に行っていたかと思う。

 島はいくつかの小さい島がかたまっているようなところで、母の故郷のそこには数千人くらいの人が住んでいるとの事だった。スーパーが一軒しかないようなそこは、都会育ちのおれたちには見るものすべて珍しく、めまいのするほど青い海に毎日出かけていって泳いでいた。晶は遠泳も得意だったので、いつも一人で足のつかない遠くまで泳いでいって、おれはそれをぼんやりと波打ち際から見ていた。浜は干潮時にだけつながる島を持っていて、その近い島影までずうっと泳いでいく晶はとても自由なものに見えた。その島まで延びる橋のような浜を、砂嘴と呼ぶのだというのは晶が教えてくれたことだ。かれは、運動だけではなく賢くてそういったこともよく知っていた。砂のくちばしって、かくんだよ。と言う唇が、日焼けをした肌となじんで、まるでナイフで切りつけた痕のような奇妙な質感に見える。おれは、なにも言えなくてただかれをみていた。逆光が黒い髪にきらきら透けて。きれいだと思った。

 あれはいつの夏休みだったか。晶がまだ元気だったから、小学生のころだ。かれが死んでからおれは海でなんか泳いでいない。

 晶は確実におれなどより家族全員に好かれていた。父母はもちろん、両の祖父母にもヤバいレベルの溺愛を受けていて、かれが島に行ったときには信じられないいなかだというのになにか贈り物をもらって帰ってくることが多かった。おれにはそんなものはないか、たまに一緒に行ったときに思い出したように小遣いをもらえるか、せいぜいそのどちらかだった。さすがに子供でも、金をポンと渡されるとそうですねおれなんかに興味はないですよね、すみません。という気持ちになる。それは別に悪いことではなくて、なぜなら祖父母が考える子供への贈り物というのは大体ずれているので、うらやましくなどはなかったのだ。大体、小学生の子供に図鑑はまだわかるとして、天体望遠鏡や、万年筆などを渡してなにをさせるつもりだったのか。びっくりするほど高い空が夜でもしんしんと透き通って星が零れ落ちて夜の海にまで散らばる南の島ならともかく、東京の空は夜でもぼんやりと明るいし、おれの家から望遠鏡を突き出したとして、見えるものはせいぜい近所のマンションの外壁だ。おれは、天の川の実在をあの島がなければ信じなかったと思う。

 万年筆も万年筆で、大人が使うような黒い軸のものではなく、水のように透き通ったもので、中のインクが見えるところが、まあ若干は子供向けかと思うがそんなものを使う機会もなく、子供部屋に並んだおれたちの机のペン立てに刺されたまま手を触れられたことはなかった。狭い子供部屋に、それでもなんとか突っ込まれた二台の机にだけはおれと晶の不平等はなにひとつなく、まったく同じ形の、棚と椅子までがひとそろえのよくある勉強机で、おれはそれが並んでいるのを見るのが好きだった。それは、晶が死んでからも片付けられることはなくずっと部屋に鎮座していた。

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