CROW
一人の警部が緊急の呼び出しを受けて現場に向かっていた。都心の繁華街、多くの人々が行き交っている。ふと彼の目の前を黒いものが素早く通り過ぎる。上を見上げると鳥が飛んでいた。カラスだ。回収前のごみを漁るために地上と上空を行ったり来たりしていた。おかげでゴミ置き場と周辺は散らかっている。しかし、それでも以前より状況はマシになった方だ。なぜなら鷹を使ったカラスの駆除が行われようになったのだ。まだ試験段階だったが、ゴミ出し方法の改善と合わせて少しずつ状況は良くなっていた。そのようなことを思っているうちに彼は現場に着いた。繁華街の通りから少し脇へそれた路地のゴミ捨て場が現場だった。
「警部!こちらです!」
部下の一人が声をかけてきた。警部は現場を仕切る黄色いテープをくぐり現場に入った。
「他に人がいないもので、今日は非番なのに申し訳ないです」
部下がそう言った。
「まあ、しょうがないさ。それで、状況はどうだ?」
警部が言うと部下はメモ帳を取出して話し始めた。
「まったく、ひどい状況です。第一発見者は現場近くの飲食店経営者で、今朝早くにゴミ出しをしようとしたところ、遺体を発見したそうです。しかもネズミやカラスが遺体を漁っていたそうです」
「動物が遺体を漁っていたって!?」
警部は驚きの表情を隠せなかった。
「ええ、それで遺体の方は損傷が…」
「分かった。まあ、それより身元はどうだ?」
「まだ不明です。それと死因の方も遺体の損傷が激しいので検死解剖を待たなければならないかと…」
現場を見た警部は「確かにこれは酷いな」と小さくつぶやいた。大きなゴミ捨て場の中は血の海の呈をしていた。
「ただ現場に大量の血痕があるのでおそらく発見された現場が犯行場所と思われます」
部下は付け加えて言った。
「そうか、じゃあ身元確認と周辺への聞き込みだな」
そして警部とその部下は現場を後にした。
警部が現場周辺の防犯カメラの映像を見ていた時、聞き込みから部下が戻って来た。部下は戻ってくると早速「警部。被害者の身元が分かりました。驚きですよ」と言った。
「何が驚きなんだ?」
「なんとカラス駆除をしていた鷹飼いですよ。被害者は。それに被害者の鷹飼いですが、カラス駆除の職員や住民との間で多少のトラブルもあったようです。死亡推定時刻の直前にも口論していたところが目撃されています。しかもですよ。その相手というのがなんと第一発見者の飲食店経営者なんです」
それを聞いた警部の表情が少しばかり明るくなった。
「つまり容疑者の見当がついたということだな。防犯カメラにはこれと言ったものもなかったし、早速行くとするか」
ちょうどその時、検死官がやってきた。
「検死が終わったが、どうだ、ちょっと見てくかい?」
「そうだな。先にそっちを見てからにするか」
警部は検死官の言葉に応じた。
台の上には被害者の遺体が横たわってた。検死官は遺体のそれぞれを示しながら言う。
「頭部に鈍器による傷がみられるが、これは直接の死因ではない。死因は首の動脈を切られたことによる失血多量だな。正確には何かで複数回刺されたことによる」
「凶器は特定できましたか?」
警部の部下が尋ねた。
「いや、まだ凶器の特定までにはいたらないね。先が尖っていて鋭利でなく、長さの短いものだ。なんだか分かるかね?」
検死官は警部の方を見ながら問いかけた。
「分かりませんね。それを調べるのがおたくの仕事じゃなんですか?」
「わかっとるよ。もうしばらく時間がかりそうだ。それにしても都会に潜む動物が人間の肉の味を覚えたんじゃないかと思うとゾッとするね」
「まさか!そんなことあり得ないだろう」
「いや、世の中なにがあるか分からないぞ」
「それよりこれから第一発見者の飲食店経営者のとこに行かなくてはな」
警部たちが出ていく時、検死官は、
「何か分かったらすぐに知らせるよ」
と言った。
取調室には飲食店経営者と警部が向かい合っていた。
「俺はやってねえって!何度言えば分かるんだ」
経営者が語気を荒げて言った。
「だが、あんたと被害者が揉めてるとこを見たという情報があるんだ。口論が殺しに発展したんじゃないのか」
その時、部下から新たな情報を持って部屋に入って来た。
「警部!同じ手口でまた殺人です」
「何だって。つまりは連続殺人か」
「しかも、今度の被害者はカラス駆除の職員です」
飲食店経営者の方を見ると彼はこう言った。
「言ったろ。俺じゃねえって」
しかし、警部は部下に、
「俺もすぐ現場に向かう。それとアリバイの裏が取れるまでは、彼をここから出すなよ」
と言い放った。
警部が二つ目の殺人現場から戻ると部下が言った。
「検死官からの報告ですが、凶器が特定できたそうです」
「一体なんだったんだ?」
「それが…」
「何だ!はっきり言わんか」
「なんと、鳥のくちばしだそうです」
警部は驚きで一瞬、目が点になった。
「おいおい、それは本当か?」
そこに検死官本人がやってきて話に割り込んできた。
「ああそうだとも。大変だったよ。しかも、おそらくはカラスのものじゃないかな」
「それって被害者はカラスに殺されたってことですか」
部下が言った。
「まさか、そんなわけないだろう。これはおそらく犯人によるメッセージに違いない。もしかするとカラスに鷹を嗾けていると見ている動物保護団体が犯行に及んだ線も考えられる」
警部はそう言うと捜査に戻っていった。
この不可解な連続殺人の捜査はすっかり行き詰ってしまった。現場に残された証拠から犯人に繋がる手掛かりも得られなかった。頭を抱えていると部下が血相を変えて飛んで来るなりこう叫んだ。
「け、警部!大変です!て、テレビを見てください」
急いでテレビをつけると、そこには速報でカラスが人々を襲い始めたというニュースが…。