私は運命を受け入れて
「……という感じで、まあとにかく彼女が可愛くて仕方がないんだよ」
「幸せそうね」
毎日のように惚気話を聞かせてくるレオ。私の恋は成就していないけれど、彼の幸せそうな顔を見て嫉妬するなんて気持ちは湧いて来ないし、あの時行動して良かったと思う。
「姉さんも、早くリュウとくっつきなよ。協力するからさ」
「……リュウくん、好きな人がいるらしいんだよね」
「へえ、知らなかったよ。でも気にすることはないよ、姉さん。恋愛に手段なんて選んじゃいけないよ。今からでも頑張ろうよ、必死でアプローチするんだ。多少卑怯な手を使ったってね、勝てば官軍だよ。流石に言い過ぎかな、ごめん、今かなり浮かれているから、適当な事言ってるや」
「……うん」
ついこの前までは私の行動を否定してばかりだったレオが、今では私を純粋に応援してくれて、肯定してくれて。私は、どうしたらいいのだろう。レオの問題が解決したことで、私も少し精神的に余裕が出来て、冷静になった。卑怯なことをしてリュウくんと結ばれて、私はそれで幸せになれるのかな。いつか後悔する時が来て、その時にはもう過去には戻れなくて。
「何々、花占いならぬプチプチ占いですかい? あれですか、恋ですか」
「……飽きた。ナナミ、これいる?」
「うんいる。潰すの楽しくてさー」
簡単に決断することはできなくて、学校の授業中にひたすらプチプチを潰して、私の今後を占って、でも途中で飽きちゃって。
「それで、レオが毎日毎日惚気話を聞かせてきてさ~」
「はは……大変だな、お前も」
当時はレオがあんな状態だったこともあり、全体的に私とリュウくんを取り巻くムードは暗かったけど、今は全然そんなことはなくて、話も弾んで。更にはあの頃よりも私は積極的になっていて。このまま半年が経てば、あの日までこのペースで続いていけば、あの女の子が危機感を抱いて予定より先に告白しない限り、きっと私の恋は叶う。そんな確信めいたものがあった。けれども。楽しいのに。楽しいし、順調なのに。胸が苦しくて。
「……レオも、こんな気持ちだったのかな」
今更ながら、罪悪感をひしひしと覚えるようになって。自分の部屋で、ベッドの上をゴロゴロしながらもやもやした心と格闘して。どれだけ悩んだのだろうか、私はついに答えを出して。
「……諦めよう。現実を、受け入れよう。レオ、私、普通の女の子だったよ。神様みたいに、一方的な存在じゃないから、傲慢じゃないから、人間だから、何でも思い通りにはできないし、しちゃいけないって、わかったから」
決心がついた。幸せになるために、私は運命を受け入れるんだ。翌日の放課後、私はラブレターを書いて、リュウくんの下駄箱に入れる。呼び出す場所は、私の家の近くにある公園。公園でブランコをキコキコと漕いでいると、やがてリュウくんがやってきて。静かに私の隣のブランコに座って。
「……レナだったのか」
「わかってた癖に。それともここの公園に呼び出すような女の子、他にいたの?」
「いや……」
しばらく二人無言でブランコに座って、私は少し余裕めいた笑みを浮かべながらゆらゆらと漕いで。対照的にリュウくんは困ったような表情で。わかってる。リュウくんは他に好きな人がいるから、今告白したって無駄だって。リュウくんは必死で、どう断ればいいのか悩んでるんだ。
「リュウくん」
「お、おう」
「好き……な人、いるよね」
リュウくんを悩ませるわけにはいかない。逆にリュウくんの悩みを解消してあげないと。それが私がすべきことだから。告白すると見せかけてリュウくんの心の内を読むと、リュウくんが面食らった表情になって、参ったな、と言わんばかりにポリポリと頭をかく。
「……知ってたのか」
「うん。私、リュウくん好きだから。気づいちゃった」
「……ごめん」
「ねえ、聞かせてよ。リュウくんの好きな人のこと」
私の最後のわがままで、リュウくんに自分の口で想いを吐き出して貰うことにした。馴れ初めや、好きになった理由を、嬉しそうに、それでいて申し訳なさそうに語り始める。その話を聞いている最中の私の心は不思議と晴れやかで。好きな人の気持ちがわかるって、素敵な事だななんて馬鹿らしい事考えていて。
「そっか。うん、そっか。頑張ってね、リュウくん」
「レナ」
「応援してるよ。絶対、絶対幸せになってね」
全てを語り終えたリュウくんに微笑んで応援して、私はダメージなんて受けていないかのようにじゃあねとその場を離れて家に戻って。
「おかえり、姉さん」
「……ただ、いま……うっ、ううっ、うわあああああああん」
家に到着して、すぐにびーびー泣き出して。嘘でした。心が晴れやかとか、好きな人の気持ちがわかるって素敵な事だなとか、虚勢張ってました。何度も何度も私は振られたけれど、今までで一番辛くて。でも、乗り越えないと駄目で。
「……」
私に何があったのかを察したレオが、ティッシュを一箱開けてこちらに投げて寄越す。それを受け取った私は、自分の部屋に戻って、制服姿のままベッドにダイブして、歯で布団をギリギリと噛みながら、枕も布団も涙で滲ませて。このどうしようもない感情をどうにかしたくてベッドの上で暴れて。制服もぐちゃぐちゃにして。
「……朝だ」
気が付いたら疲れ果てて寝てしまったらしくて。朝になっていて。日にちを見たけど、ちゃんと翌日になっていて。もう時間は巻き戻らないんだって、私が運命を受け入れたからだって理解して。
「おはよう、姉さん」
「おはよう、レオ。さて、学校行かなくちゃ」
それから私は、できるだけ未来を変えないように、リュウくんがちゃんと好きな人と結ばれる未来になるように日常を謳歌して。あっという間に時間は過ぎて、半年が経って。
「レナ。俺、好きな子に告白したんだ。そしたら相思相愛だった。……お前のおかげで、勇気が出たよ。ありがとう、そして……ごめん」
「そっか。よかった。本当によかった。お幸せにね。あ、私忘れ物に気付いたから家に戻るね。ばいばい」
ちょっとだけ未来は変わってリュウくんの方から告白してしまったみたいだけど、無事に二人は結ばれて。私はリュウくんを祝福すると家に戻って、やっぱり自分の部屋のベッドにダイブして。
「うっ……ううううっ……ひぐっ」
半年前と同じようにビービー泣いて。私も弱い人間だから、やっぱりそんなに簡単には立ち直れなくて。一日、一日だけ時間を頂戴と神様に言い訳して、おねしょでもしたんじゃないかって思ってしまうくらいにベッドをぐしょぐしょにして。
『おーい、風邪?』
スマートフォンに表示される親友からのメッセージに、『恋の病のリハビリです』なんて我ながら洒落た文章をチョイスして。親友に心配されて少しだけ心が安らいだけどやっぱりまだ駄目で。半年前と同じく泣きつかれて寝てしまって。夢の中にはレオがいて。
『姉さん。これからの未来は、姉さんが切り開くんだ。これからの未来は、受け入れないといけない、同じように動かないといけない運命じゃない。姉さんのものなんだ。姉さんの好きに動いて、姉さんの望む結果にできるんだ』
『レオ……』
『さよなら、姉さん』
かつて消えてしまったレオだと悟った私ににっこりと笑いかけて、そしてまた消えてしまって。気づいたら朝になっていて。やっぱり日にちは翌日になっていて。
「……学校に行こう」
替えの制服を出しながら、私はやっと前に進めると自覚した。




