弟はループから抜け出して
「……何言ってるの、救わないって、自殺させるって」
望んで止まなかった状況のはずなのに。未来を自分自身の手で変えられるのに。レオは何もアクションを起こさないだなんて、未来を変えるためにアクションを起こしている私を否定する。
「……中学で僕達は付き合うようになったけど、高校が離れてしまって、メールや電話で会話して、2週間に1回くらいはデートをするような、そんな関係で。でも、僕は彼女の事をちゃんと想っていたし、大丈夫だって思っていた。彼女は高校でいじめを受けていたけど、僕にばれないように気丈に振る舞っていた。それでも変化はあったはずなのに、僕は気づくことができなかった。……彼女の方から、最近忙しいから連絡取れそうにないってメールが来て、僕は素直にそれに従って彼女と連絡も取らず、次はどんなデートをしようかななんて考えているうちに、彼女は逝ってしまったよ。三日後かな」
「だから! 今すぐにでも彼女と連絡取って! 話し合うのよ!」
「僕は運命は受け入れるし、その上で成長するよ。姉さんと違ってね」
起きてしまったことは受け入れないといけない。失敗を糧に成長しないといけない。人生経験たっぷりな人間が好んで使いそうな言葉だけど、それは受け入れざるを得ないから。人間としての成長だなんて下らないもののために、恋人を犠牲にするだなんて、そっちの方が遥かに間違っているに決まっているのに。
「……私のやってる事はわがままかもしれないけれど、レオが恋人さんを救ったって、誰も損しないじゃない。なのにどうして……」
「それは姉さんの、人間の身勝手な判断だよ。……彼女が亡くなった後、それが原因で両親は離婚してね。母親は再婚して、今……僕たちの生きていた最新地点では、妊娠したそうだよ。……そんな新しい命を無かったことにして、恋人を助けることが、正しいことなのかな? 僕はそうは思わないよ。損だとか得だとかね、勝手に僕達が決めていいことじゃないんだよ。それこそ神様でもなければね。……姉さんは、神様なのかい? 神様だから、恋敵の気持ちなんて無視していいのかい? 自分の、僕のやることは正しいって一方的に決められるのかい? いいご身分だね」
「……おかしいわよ、アンタ」
「おかしいのは姉さんだろう。自分勝手な理論で、皆の運命滅茶苦茶にしてさ」
本当はレオは、恋人のことなんで好きでもなんでもないんじゃないか、そう思ってしまうくらいに彼の決意は狂っていた。恐怖すら覚えている私を置いて、同じ運命を辿るべくレオは家を出る。私がどうすればリュウくんと結ばれるのかあれこれ考えて時間を無駄にしている間、本当にレオは恋人と連絡を取り合おうせずに。三日が過ぎて。恋人が亡くなった報せを受けて。
「……あぁぁぁっ! うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!」
一晩中、大声で自分の部屋で泣きじゃくって。そんなレオに追い打ちをかけるように、また私は告白に失敗して。再びあの日に戻って。
「姉さんに慈悲の心があるなら、三日以内に決めてよ。そして二度と繰り返さないでよ」
彼自身が命を絶つんじゃないかと思ってしまうほど生気のない表情でそう呟いて、また同じ運命を辿ろうとして。言われた通りすぐに終わらせようと、その日のうちにリュウくんに告白するけど、この時点でも別の女の子が好きだってわかって絶望して、また時間が戻って、精神が不安定になって。結局何度も何度も時間を繰り返して。レオがどんどんおかしくなっていって。
「……そうですか。自殺したんですか。……え? やけに落ち着いている? 僕を疑っているんですか? 違いますよ」
自殺の報せを聞いても、淡々と受け答えするようになって。
「あいつ冷たいよな、恋人が死んだってのに平常運転でよ」
恋人が亡くなっても悲しむような表情ができなくなって。
「いつになったら結ばれるんだい姉さんは! そうだ、既成事実を作ろう! 今すぐにでも彼を拉致して、監禁して、犯そう! 子供を作ろう! 責任を取らせよう! いや、恋敵を殺した方がいい! ばれずに殺せるように何度も何度も繰り返してさ! そしたらリュウは悲しむだろう、そこに漬け込むんだ! 慰み者になるんだ!」
「そんなこと、できるわけないじゃない……」
「そんなこと!? 何を言っているんだよ、姉さんは! 姉さんがやろうとしているのはこういうことなんだよ! 自分の人生のために、他人の人生を台無しにしようとしているんだよ! 彼の気持ちを無視して! 恋敵の存在を否定して! 何度も何度も彼女を自殺させて! 僕の心を滅茶苦茶にして! 姉さんは、そういうやつなんだよ! 認めろよ! そして行動しろよ! なあ、教えてくれ姉さん、僕は何度、後何度彼女を失えばいいんだ!」
私にそんな提案をするようになって。そしてとうとう。
「……おはよう、姉さん。……何? 僕の顔に何かついてる?」
レオは、さっきまでのレオは、消えてしまって。
「……」
「姉さん? 何泣いてるんだい? ほら、髪がはねてるよ。今日もリュウと一緒に学校に行くんだろう?」
「ごめんね……ごめんね……」
私の目の前にいたのは、当時のレオ。三日後に恋人を失うなんて思ってもいない、心に余裕のあったレオ。さっきまでのレオは、何度も何度も恋人を失い、この世の全てを呪い、発狂してしまったレオは、とうとうその自我を崩壊させた。記憶を保持したまま時間を巻き戻るレオは自らの存在を消滅させた。
「おかしな姉さん。さて、僕はそろそろ学校に行こうかな」
「待って」
「どうしたのさ姉さん」
私よりも先に学校に行っていた当時のレオ。テレビのスイッチを消して学校へ行こうとする彼を引き留める。さっきまでのレオは、こんなこと望んでいなかったかもしれない。けれど、それでも私は。
「……アンタ、最近彼女さんと連絡取ってないでしょ。寂しがってるわよ」
「そうだね。でも、向こうが忙しいって言ってるからさ」
「男ならね……たまには強情になるべきよ! きっと彼女は待ってるのよ、向こうが距離を置こうとしても、気にせずにその距離をレオが詰めようとするのを」
「そんなものなのかなぁ……うん、でも確かに、最近すれ違ってる気がするんだよね。……よし、わかった。一度彼女としっかり話し合ってみるよ。ありがとう」
神様を気取るな、なんて本物の神様に罰を受けるかもしれない。未来を変えることによる責任だって取れない。それでも、それでも私はこれ以上レオが恋人を失うのを見たくなくて、そんなアドバイスを彼に送る。私にできるのは、私がしていいのはきっとここまで。『よし、学校から帰ったら電話してみよう』と決意して家を出ていくレオを見送りながら、ただただ只管に私は祈った。そして三日が経って、レオの恋人は亡くならなくて。それから更に数日が経って。
「姉さんのおかげだよ! あの後、彼女とじっくり話してみたらさ、実はいじめを受けていてさ。もしも連絡を取らないままだったら、自殺してたかもってさ。どうやったらいじめが無くなるかって二人で話し合ってさ、ようやく今日、彼女はクラスメイトと和解したんだ。全部、全部うまくいったよ。姉さんのアドバイスのおかげ」
「……うん……うん……ごめんね……おめでとう……」
「どうして謝るのさ……姉さんも、リュウと結ばれるといいね」
そこには悲劇を回避したレオの姿があって。私は何度も何度も目の前のレオを祝福して、何度も何度も、消えてしまったレオに謝った。