失恋の味を吐き出して
「聞いたよレナ~、こないだ愛しの彼と一緒にペットショップに行ったんだって?」
「えへへ……そうなのそうなの。家が猫飼いたいらしくてさ、思い切って一緒に見に行こうって話になってさ。『生き物を飼うって大変な事だから、慎重になるべきだよ』ってそれっぽいこと言って、次のデートもこぎつけちゃいました!」
「きゃ~」
私、今、幸せです。色々、うまく行ってます。休憩時間にナナミにデートの事を聞かれて、よくわからないテンションで一昔前に流行ったアスキーアートのようにシュババババと右手でシャドーボクシングをかまして。それを見た男子に『そんなキャラでしたっけ?』なんて突っ込まれても笑顔でそうでーすと答えて。
「今日結構恥ずかしいことあったんだけど、能力発動しなかったよ。精神的に余裕ができたからなのかな」
「それはよかったね」
「このままリュウくんとうまくいって、ハッピーエンドになって、きっとその時に能力が消えるんだよ、きっとそう」
「そっか。姉さんの恋愛が成就することを祈っているよ」
猫の事件が解決してからも何度も能力は発動したけれど、明らかに頻度は減っていて。やり直したいっていう気持ちよりも、早く明日にならないかな、またリュウくんと会えないかな、なんて思いの方が強いのかもしれない。家の中でゴロゴロしているロージーの喉元をゴロゴロしながら、幸せオーラをレオにもお裾分け。巻き込まれたのがいい刺激になったのか、レオは随分と立ち直っているように思える。余裕のある表情でテレビを眺めるレオを見て微笑ましい気持ちになりながら、私は明日のリュウくんとのデートに着ていく服を選ぶ。この服がいいかな、でもペットショップって匂いがきついから、あんまりいい服着るのもどうかと思うし、でもデートだし、最高のパフォーマンスがいいに決まってるし……そんな幸せな悩みを謳歌している時の私は、本当に神様にでもなったような気分で、何もかもがうまくいくって確信していて。
「……? どこ行くんだろ」
ある日の放課後、今日は思い切ってリュウくんと一緒に帰ろうと決意して、見つけたリュウくんに声をかけようとしたけれど、どうやら様子がおかしくて。こっそりと後をついて行くと、体育館の裏だなんて、いかにもな場所にたどり着いて。リュウくんより先に、そこには女の子がいて。
「あれって……告白……だよね」
気づかれないように遠巻きに眺めることしかできないから、何を言っているのかはわからないけど、こんな場所に人を呼んでする事と言えば、果し合いか告白くらいなもので。
「大丈夫……だよね。振られるよね。いや、振られる。振られろ、振られろ、振られろ」
毎日のように一緒に登校しているし。最近はデートだってしてるし。あんな女の子知らないし。負ける気せぇへん、幼馴染やし。余裕ぶろうとするけれど、口では醜い言葉をぶつぶつと呟いていて。
「……え?」
そんな私の目の前で、二人が抱き合って。そして二人でどこかに消えて行って。振られたのは私だったんだって気づくまでに、かなり時間がかかって。この世に絶望するまでに、かなり時間がかかって。
「おかえり、姉さ……どうしたんだい?」
「ごめん、レオ」
家に帰って、恐らくは悲惨な状態になっているであろう私のぐしゃぐしゃな顔を見て驚くレオに先に謝ってから、私は朝に戻るのだった。
「……リュウくんが、リュウくんが……どうして……なんで……」
「……」
レオに今回の出来事を説明する私。失恋のショックでヒスを起こしている私を、レオは軽蔑の眼差しで見つめてくる。
「何よ、何なのよその目は……」
「今回ばかりは、協力したくないね」
「え……」
突然突き放すような態度をとるレオ。今までは、悪態をつきながらもアドバイスをしてくれたのに。体を張ってくれたのに。親友が轢かれたことよりも、飼い猫が殺された事よりも、私にとってはずっとずっと大きな問題なのに。
「トラックに轢かれない方がいい……うん、わかるよ、その通りだ。事故はない方がいいに決まってる。動物虐待なんて許せない……そうだね。犯罪は未然に防ぐべきだよ。好きな人と付き合えないと嫌だ……はっ、ふざけるなよ。何でそんな個人的な問題のために、世界をやり直さないといけないんだ」
「……だって、このままだと何度も」
「言い訳しないでよ、原因は姉さんなのに。姉さんがね、諦めればいい話なのに。失恋しちゃったな、こんなことならもっと積極的になっておけばよかったなって納得すればいいのに。何度も何度も今日を繰り返そうよ姉さん。何度も何度も失恋する現場を目撃すればさ、踏ん切りもつくんじゃないの?」
「嫌……そんなの嫌……」
今回の私の行動には、大義なんてない。世界が滅ぶのを防ぐために過去を変えようとする勇者は肯定されても、好きな人と一緒にいたいなんて理由で過去を変えようとする身勝手な女は、猫型ロボットに説教を受けるだろう。でも、それでも、諦めたくない。だって、しょうがないじゃない。私、神様でも、勇者でもない。力を手に入れたら好き放題してしまう、そんな弱さを持った、女の子でしかないんだから。
「勝手にすれば?」
そう吐き捨てて、先に学校へと向かうレオ。結局この日、私は学校に行くことができなかった。一日中部屋でびーびー泣いて、翌日になって。私が学校に行かなくなった事でリュウくんの心境に変化があって、告白が失敗して欲しいなんて腐った願いも虚しく、
「……俺、付き合うことになったんだ。だから悪い、もう一緒に学校行くのやめよう。誤解されるとまずいし、俺としてもけじめはつけねーといけねーからさ」
昨日よりも遥かに悲惨な、好きな人に死刑判決のような言葉を突き付けられて。瞬時に世界に絶望して。数日くらい前に逆行して。
「……」
「そうだ、先に告白しよう。ねえレオ、高校生の男の人って、彼女募集中だし最初に告白してくる人と付き合うってスタンスの人多いよね? だから私が告白したらうまくいくよね?」
「……」
私の問いかけに何も答えずに一人家を出ていくレオ。それでも私は幸せになりたいから、その場でラブレターを書いてリュウくんよりも早く学校について下駄箱にラブレターを入れて。放課後になって。やってきたリュウくんに、
「……リュウくん! 私、リュウくんが好きなの! 付き合って!」
直球勝負で告白して。キスされる覚悟も、抱きしめられる覚悟もできていたのに、リュウくんは申し訳なさそうな顔を私に見せて。
「ごめ」
それ以上聞きたくなくて、最初の二文字で世界が戻って。
「私の知らないところで、リュウくんはあの女の子を好きになってたなんて……もっと、アプローチしなくちゃ。好感度を、逆転させなくちゃ」
「……」
怒りを通り越して憐みの表情をこちらに寄越して、一人家を出るレオを見送りながら、次の作戦を考えて。でも、どれもこれもうまくいかなくて。その度に、巻き戻る時間が伸びていって。1ヵ月前に戻ってその場で告白しても駄目で。1ヵ月前からアプローチを仕掛け続けて、相手より先に告白してみても駄目で。その度に、私の今までの人生が否定されるような気分になって。
「はは……とうとうやらかしたね、姉さん。ここまで過去に戻るなんて、流石に思わなかったよ。これくらい戻らないといけないくらい、恋愛に負けているのにさ。諦めの悪い女だね」
累計で半年くらいは前に進まない日常を送ってついに、半年くらい前に巻き戻った。
「……! ちょっと、ちょっと待って。ねえ、半年前……この日ってまだ」
「……!」
今まで黙って同じ日々を送っていたレオも、ついに私を罵る。彼に弁解するより先に、ある重要な事実に気が付く。私に言われて、レオも遅れて気が付いてパクパクと口を動かす。
「レオ……恋人さん、救えるのよ! よかったじゃない!」
そう、この時点では、まだレオの恋人は生きている。変えられるのだ。ついにレオは、やり直せるのだ。自分の恋愛のことは棚にあげて、レオを祝福する私。勿論日にちに余裕はなく、恋人の自殺を止められるかはレオの行動次第だけど、今の私なら、レオのためにもこの能力を使うことができるだろう。何度だってやり直せるだろう。レオは私に感謝して、そして私に協力してくれて、恋人を失わずに済んで、レオの協力のおかげで私はリュウくんと結ばれて、それで全てがハッピーエンド。そう思っていた。そう思っていたのに。
「……僕は、恋人を救わない。このまま自殺させる」
彼の口から飛び出したのは、そんなふざけた台詞で。