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正義のヒーローになりたくて

「時間は……今日の朝……間に合うのかな。死体が見つかった場所とか、時間とか、わかる?」

「詳細な情報を見る前に姉さんが巻き戻っちゃったからわからないよ。学校もあるんだ、とりあえずは普通に過ごそう」

「……もしこの時点でロージーは殺されてて、私は今日の朝以外には戻れなかったら……」

「考えたくもないね」


 朝になったはいいけれど、私達にできる事は限られている。こうしている間にもロージーは助けを求めているかもしれない。私が早く解決しなければ、何度も何度も檻の中で怯えて、無残な姿になって。こんな気持ちで学校になんて行きたくなかったけれど、注意深く観察すれば新しい発見があるかもしれないと、藁にも縋るような気持ちで家を出る。敏感になっているからか、不審者がいただとか、猫が子供を産んだだとか、猫だましが決まっただとか、それっぽい情報から全く関係ないものまで拾い集めてしまう。けれども全然足りない。ファストフードに行こうよなんていつもなら快諾するような友達の誘いを断って、学校が終わるとそのまま外で情報収集。17時になり家路が流れてくる頃、『こわいわねー』を連呼している井戸端会議中の主婦達に出会う。何かあったんですかと尋ねる私に、返ってきたのは無情な返答。


「近くに野良猫がよく集う場所があるんだけどね、そこの猫が殺されたらしいのよ。私犬飼ってるんだけど、大丈夫かしら。早く犯人捕まって欲しいわねえ」


 遅かったか、と思うと同時に、時間が巻き戻って再び朝へ。制服ではなく私服に着替えて、弟の待つリビングへ向かう。


「場所は特定できた。時間は17時より前。私、今日は学校休んで張り込む」

「……わかった。くれぐれも気を付けてね、姉さん」


 止めても無駄だと悟ったのか、学校をサボって路地裏に張り込むだなんて、不審者丸出しな事をしようとしている私を快く見送るレオ。昔見たドラマに触発されたのか、コンビニでアンパンと牛乳を買い込んで、昔は野良猫がよくいた路地裏へ。お昼になっても、野良猫は一匹もやってこなくて。犯人が姿を現す気配もなくて、気づけば家路が流れてきて。失敗した、と悟った私は諦めて家路につく。


「犯人、出てこなかった。多分、気づかれた」

「仮に犯人見つけて捕まえることが出来ても、猫はもう死んでるだろうね。誘拐して、わざわざ現場に戻ってから殺すなんておかしいからね。殺した後に、現場に戻って捨てたんだろう」

「それじゃあ、もうロージーは……」


 今日を何度繰り返しても意味がない。そう理解してから小一時間後、テレビではニュースをやっていて。前回とは違う場所に猫の死体が捨てられていて。死んでから数日経っている、なんて情報を入手して。もっと、もっと過去に戻らないと、と強く意識して。



「……2週間前」


 次に意識を取り戻した時には、ついに私は2週間前に戻っていた。急いでリビングに降りて、2週間前のニュースを退屈そうに見ているレオに報告する。


「やったよレオ。その日の朝だけじゃない、2週間も前に戻れた」

「……まったく、2週間も同じ日々を繰り返さないといけないなんて。でも、これでもう解決だね」

「解決? そうだ、戻ったはいいけれど、どうすれば」


 対策を練ろうと無い知恵を絞ってうなっている私を、馬鹿かこいつとでも言いたげな目で見た後、レオは家の外に出る。そしてすぐに戻ってきた彼の手の中には、


「ロージー! そっか、2週間前はまだ誘拐されて無かったんだ」


 私がずっと会いたかったロージーの姿。すぐにレオからロージーを奪い取って、思い切り喉元をごろごろして、嬉しそうに鳴くロージーを眺めながら、再開を喜んで。


「親に『最近猫の誘拐犯がいるらしい』とでも説明してさ、しばらくは家の中で飼えばいい。時間が経てば犯人も捕まるだろう」

「うん、そうだね。ロージー、もう大丈夫だよ。ずっと一緒だからね。ふふ、学校帰りに、家飼い用の道具買わなくちゃ」


 それからしばらく、ロージーは家の中で飼うことに。やっぱりロージーは賢い子、外猫から家猫にいきなりシフトチェンジしても、暴れまわることなく家の中で大人しくしてくれる。


「最近、お前のとこの猫見かけないんだよな。何かあったのか?」

「あ、実は家の中で飼うことになったんだ。ごめんね、何も言わなくて、心配かけて」

「はは、そっか。寂しくなるな。実は母さんが、ウチも猫飼いたいって言いだしてさ」

「え、本当? それなら今度、一緒にペットショップに行かない? 色々アドバイスできるし」

「マジで? いやー、助かるわ」


 リュウくんとの会話も楽しくて、ロージーのおかげで念願のデートもこぎつけることができて。しばらくは私はとっても幸せで。ある日家に帰ると、レオが少し安心した表情でテレビのニュースを眺めていた。


「おかえり姉さん。犯人、捕まったよ」

「本当!?」


 私に気付いたレオがそう言って、私は玄関からリビングにダッシュして。テレビの方を向くと猫を誘拐して殺害し、死体を捨てた卑劣な犯人が捕まったという、ロージーに対する脅威が消えたことを意味するニュースが流れてて。


「これで、もう猫を家の中で保護する必要も無くなったってわけだ。母さんは、折角だしこのまま家で飼ってもいいんじゃない? って言ってるけどね」

「……そっか。野良猫、何匹も犠牲になったんだ」

「姉さん?」


 私にとっては嬉しいニュースのはずなのに。何の罪もない野良猫がたくさん殺されたんだな、って思うと、やりきれない気持ちになって。ロージーだけじゃなくて、この子達も何とかしてあげたいなって思って。気が付いたら、また前回と同じ時間に戻っていて。




「……姉さん! ふざけるな!」


 私がリビングに降りるよりも早く、レオが私の部屋までやってきて、物凄い形相で私を睨み付ける。


「レオ……ごめん、私……ロージーだけ無事ならいいや、って冷たい女の子には、なれないよ。可能ならさ、何とかしたいよ。世界は平和にはできないし、不況だってどうにもできないけどさ、これくらいなら、私にもできるし」

「正義のヒーローにでもなったつもりかい? 虫唾が走るね……ああわかったよ、犯人、捕まえに行こうじゃないか」


 苛立ちを全く隠さない、今の彼の方が余程動物を虐待しそうとまで思えるレオと共に、野良猫が集う場所へ。猫の集会を遠巻きに眺めながら、犯人がやってくるのを二人でただひたすらに待つ。結局この日は犯人は現れなかったけれど、レオは当たり前のように翌日も朝から張り込むと言い出して。学校には姉弟仲良く風邪にかかってしばらく来れないと嘘をついて。親にはさも学校に行ったかのように振る舞って。張り込んで三日目の昼。ついに奴が現れた。


「……あの人、だよね。猫を誘拐するのは、今日が初めてなのかな」

「ニュースでちらっと顔が出たけど、あいつだね。僕が捕まえる。姉さんは警察に連絡して」


 サングラスとマスクをかけて、猫を詰めることができそうな大きな袋を持っていて、手にはスタンガンを持った誘拐犯。餌で猫をおびき寄せて、今まさにスタンガンによる凶行が起きようとしたその時、レオが犯人に飛び蹴りを食らわせる。


「……!」

「悪いけど、逃がさないよ。御用になってもらうよ」


 起き上がり、レオを気絶させないと逃げられないと悟ったのか、迷いなくレオに向けてスタンガンをバチバチと鳴らす犯人。警察に連絡した私はレオの安全を祈りながら、隠れて様子を窺う。スタンガンにひるむことなく、レオは犯人に突進する。


「……!?」


 私の心配は杞憂に終わったらしく、恐れることなく向かってきたレオに怯んだ犯人のスキをついてレオはスタンガンを奪い取り、そのまま犯人に押し当てる。犯人のうめき声と倒れる音。しばらくして警察がやってきて、無事に犯人は連れていかれて。その後、犯行に及ぼうとしたのは今日からなので猫は犠牲になっていないという情報も入手することができて。


「……よかった……それにしてもレオ、スタンガン持った人に突進するなんて、危ないよ」

「仮に僕が大怪我したり死んだりしたら、姉さんが時間を巻き戻してくれるだろうって思ったから、無謀な行動に出たんだよ。頼むから、もうこれ以上過去に戻らないでくれよ。何度も何度も、こんな事したくない」


 結局家の中で飼うことになったロージーを可愛がっている私を睨みつけながら、正義のヒーローは忌々しそうに自分の部屋に戻るのだった。

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