飼い猫が悲惨なことになって
「……で、何で今回は巻き戻ったの?」
「授業中に先生に向かって『お母さん』って言っちゃって、クラス中の笑い者になって……気づいたら朝に」
「……神様もそんな下らないことで時間を巻き戻して欲しくは無かっただろうね。姉さんの精神状態とリンクしているんだろうけどさ、そんなことでいちいち時間巻き戻してたらいつまでたっても高校卒業できないよ」
「だ、だって~……レオも昔やったよね? 恥ずかしかったよね? 高校生にもなってよ? 憤死モノよ?」
この日の二度目の朝。時間が巻き戻った事を悟ってため息をつきながらニュースを見ているレオに、今回の原因を説明してやると、心底呆れたような表情を見せる。あれから何回か時間が巻き戻ってしまって。何せトリガーは私にとって嫌な事があったら、なんて曖昧なもので。自分の能力を自覚したからなのか、『あ~嫌なことあったなあ、そうだ朝に戻ろう』くらいの気軽な感覚で発動するようになっていて。
「……」
何も言わずに自分の部屋に向かうレオ。二度と先生をお母さんなんて呼ぶもんかと決意を固めながら家を出る。敷地内で、一匹の鈴をつけた茶トラが毛づくろいをしていた。
「おはよ、ロージー」
しゃがんでその猫を撫でてから学校へ。ロージーは我が家が飼っている外猫で、家族以外にも人懐っこい地域の人気者。レオは猫には興味がないし、お母さんもお父さんも日中はほとんど仕事だしで、現状世話をしているのは私くらいなものだけど、それでも立派な家族なのであります。
「おはよ、リュウくん」
「よお。こないだお前のとこの猫がこの辺うろついてたぜ。行動範囲広いよな」
「猫は気まぐれだからねー」
いつものように途中までナナミと一緒に歩いて、リュウくんの家が見えてくるとナナミは先に走って行って、リュウくんとの甘い甘い一時がやってきて。できることなら、この喜びを猫語で表現すべく『うにゃ~』なんて言ってリュウくんに甘えたい。先生をお母さん呼ばわりすることよりも遥かに恥ずかしいから、そんなことはしないけど。
「お……先生、質問があるんですけど」
危なかったけれどこの日の私の危機も回避して、無事に一日が終わって。それから数日間は何事も無く日々を謳歌する事が出来たんだけど、ある日の朝、学校に向かうために家を出たところで違和感を覚える。
「……ロージー、もう4日も見かけない」
ロージーは飼い猫とはいえ気ままな外猫なので一日見かけないこともあるけれど、それでも朝は敷地内でゴロゴロしているし、自分で餌をとれる賢い子だけど、お腹が空いたら餌をくれと、家の前でにゃーにゃー鳴いているのに。
「ねえリュウくん。ロージー最近見なかった?」
「お前の猫か? 見てないなあ……いなくなったのか?」
「うん……猫って死期を悟るといなくなるって言うけど、あの子まだ2歳くらいだし」
「そのうちひょっこり帰ってくるんじゃねーの? 猫だし」
「うん……」
リュウくんとの一時も、今日はアンニュイで。いつものことだけど学校の授業は頭に入らなくて。不安になった私は、家に帰るとすぐに猫缶を開けて家の前に置いた。いつロージーが帰ってきてもいいように。
「ねえレオ……ロージー見なかった?」
「いや、ここ数日見てないね。事件にでも巻き込まれたのかな」
「……何よ、どうでもよさそうな顔して。私は心配で心配で」
「姉さんと母さんが猫飼いたいから飼ってるだけで、僕は別に猫好きじゃないし。大体、事件に巻き込まれたとしても、姉さんがそのご自慢の能力を使うんだから大丈夫でしょ」
「……」
いつものように定位置でテレビを眺めるレオにもロージーについて聞いてみるが、案の定情報は入ってこない。私の心配を他所に、レオは本当にどうでもよさそうな顔で淡々とテレビを眺める。けれども、彼の言う通りかもしれない。私も口では心配だ心配だと言っているけれど、心のどこかで、どうせ過去に戻れるし、なんて思いがあって。そんな考えで適当に人生歩んで、いつかこの能力が無くなって、後悔する時が来るのかな。今が、その時なのかな。
「後悔、したくないよ。いつこの能力が無くなるかわからないし。ロージー、探してくる」
「……」
制服姿のまま、夕方の街をがむしゃらに駆け巡る。いくら行動範囲が広いと言ったって猫は猫、そう行動範囲は広くないはず。ご近所さんに聞いてみたり、野良猫がよくいる場所を探してみたり。
「そういえば、最近よく見る野良猫の数、減ってる気がするのよねぇ。保健所にでも連れていかれたのかしら……?」
結局手に入れることができた情報はこれくらい。まさか鈴のついている猫を保健所に連れては行かないだろうし、この日は特に収穫は無しということに。その次の日も、そのまた次の日もロージーは見つからなくて、私は毎日のように学校から帰るとロージーを探しに出かけに行って。
「……本当だ、野良猫、減ってる」
野良猫がよく猫会議をしているスポットに向かったけれど、いつもは10匹くらい集まっていたのに、今はたったの2匹しかいない。念のために私は保健所にも向かってみて、間違ってロージーが処分されてないかなんて恐ろしい事を確認してみたけれど、そもそもここ1ヵ月くらい、猫は保護もしてなければ処分もしてないという返答で。
「ただいま……今日もロージーは見つからなかったよ。もう1週間……」
「……おかえり姉さん。これ」
くたくたな身体で家に帰ると、レオが神妙そうな顔でテレビを指さす。やっていたのは、心理学者が動物虐待をする人の心理について語る、そんな感じの番組だった。
「許せないよね、こういうの。……虐待」
「姉さんも、ピンと来たみたいだね。野良猫も減ってるんだろう? 誘拐、されたんじゃないかな」
「……」
卑劣な犯罪者に、ロージーは誘拐されてしまった。きっとレオの言う通り、野良猫がいなくなった原因もそれで辻褄が合う。ロージーは檻の中に閉じ込められているのだろうか、それとも既に。
「まだ犯人、捕まってないよね。そんなニュース、聞いてないし。野良猫の近くで見張っていたら、犯人捕まえられるかも」
「何考えているんだ姉さん、危ないよ。警察にでも情報提供してさ、大人しく吉報を待とうよ」
焦った私はおとり捜査をしようとするけれど、レオに窘められる。悔しいけれど、レオの言う通り。私にできるのは時間を巻き戻すことくらい。犯人を捕まえる力なんてこれっぽっちもない。警察に飼い猫が行方不明になった事を告げ、それから数日間、ロージーの安心を祈りながら過ごす。
「ロージー、まだ見つかってないのか?」
「うん。……もう、見つからないのかな」
「……飼い主のお前が諦めてどうすんだよ」
「そう、だよね……うん」
リュウくんに有り難い言葉を頂くけれど、それでも私の心は晴れなくて、楽しくなくて。もしも自分の意志で自由に能力が使えるならば、今すぐにでも過去に戻ってロージーと再会するのに。ロージーは生きているかもしれない、死んでいるかもしれない。まさにシュレディンガーの猫。
「ただいま……」
「おかえり姉さん。まだロージーは見つかって……ん?」
そしてこの日、家に戻っていつものようにレオと会話をしようとしたけれど、レオは突然テレビの方を向く。私もつられてテレビの方を向くと、地元のニュース番組をやっていて、そこに表示されていたニュースのタイトルは、自分達の住んでる街の地名と『猫の惨殺死体見つかる』なんていう見たくもない文章で。
「……ねえ、これ」
「だろうね。見つかったのは野良数匹に、鈴つきの茶色いトラ猫……ゲームオーバーってやつだよ姉さん。セーブ地点に戻ろうか」
「……」
そして気づけばベッドの上で。飼い猫が殺されたというのに、良かった、まだ能力は消えていなかったんだ、なんて安堵の気持ちでいっぱいな自分がいた。




