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時間が何故か巻き戻って

「……?」


 何が起こったのか理解できない。ひとまず時計を見る。時間は朝。いつもより少し寝坊。


「あ、夢か」


 そしてすぐに理解した。さっきのは夢だ。親友が轢かれるなんて、嫌な夢を見た。それより学校に行かなくちゃ、と私は制服に着替えてリビングに降りる。


「……?」

「おはよ、レオ。どうしたの、変なニュースでもあった?」

「……いや……」


 リビングではいつものように、レオがソファに座ってニュースを見ている。いつもと違うところがあるとすれば、レオがとても不思議そうな顔をしていることだろうか。どんなニュースがあったのか気になるが、今はそれどころではない。このままだといつもの時間に間に合わない、私は家を出て早歩きで学校へ向かう。しばらくすると、前方にナナミの姿。


「あ、レナ! おーい!」


 私に気付いたナナミが、いつものように笑顔を見せて、こちらにダッシュでやってくる。そういえば夢の中では、彼女はこの後トラックに轢かれていたんだっけか。時間も夢の時とぴったしだ、嫌な夢を見たな、なんて思い出し吐き気を患っていると、


『プァーーーーーーーーーー』


 なんて音が響いて、既視感を感じる暇もなく、トラックと彼女がぶつかって、


「……え?」


 私はベッドの上に寝転がっていて。






「……夢? 夢中夢?」


 時計を確認する。朝だ。さっきのは夢だったんだ、と安心できる程私は馬鹿ではないつもりで、でもすぐに結論が出せる程賢くも無くて、


「学校……」


 頭はぐるぐる混乱しているのに、学校に行かなくちゃ、リュウくんに会わなくちゃ、なんて想いもあって、無意識に私は制服に着替えていて、


「……? なんだ……何が起こった……?」

「レオ……」


 リビングに降りると、レオがただでさえ病弱そうな顔を更に蒼白にさせていた。


「何で時間が……さっきまで星座占いが……」

「……! もしかして……」


 目の前の何の変哲もないニュースを眺めながら、信じられないといった表情をするレオ。彼の呟いた時間というフレーズに、私は珍しくピンときて、自分達の状況を少しずつ理解し始める。


「レオも……なの?」

「……姉さんも、なのかい? さっきまで、40分だったはずなのに。慌てて学校に行ったのを見送ったはずなのに」

「夢じゃ……ないのよね?」

「姉さんは寝てたのかもしれないけれど、僕はずっとニュースを見ていたんだ。夢じゃないよ。時間が、巻き戻ってる。ほら、次は星座占い。やぎ座が一位だ」


 レオが指さす先、ニュースでは星座占いのコーナーが始まって、彼の言った通り一位はやぎ座だと表示されて。本当に、時間が巻き戻っている。巻き戻る?


「……! それじゃあ、このままだとナナミが……!」


 巻き戻る、つまりナナミがトラックに轢かれたあの光景は、夢でも何でもなくて。これから起こる事象で。


「ナナミ!」

「待て、姉さん!」


 レオの制止なんて気にも留めずに、私はダッシュで家を出る。レオと話をしていた分と、走った分とで相殺されて、目の前にナナミが見えてくる時間は、さっきと変わりなくて。


「あ、レナ! おーい!」


 さっきと同じように、ナナミがこっちにダッシュで向かってきて。


「……! ダメ! ナナミ、こっちに来ちゃ」

「何々ー? そっちに面白いものがあるのー?」


 私は必至でナナミを止めようとするけど、ナナミは全然止まらなくて、このままじゃ、さっきみたいにまた『プァーーーーーーーーーー』






「レオ! どうしよう、ナナミが……ナナミが……」

「落ち着いてくれ姉さん、何があったんだ」


 トラックのクラクションが頭の中でガンガンと響く。私はパジャマ姿のまま、慌ててリビングに降りる。そのままヒスを起こしていた私を、レオが冷静に嗜める。


「ナナミが、トラックに轢かれて、ベッドにいて……どうしよう、このままじゃまたナナミが」

「姉さん、落ち着くんだ。トラックに轢かれた過程は?」

「私を、見たナナミが、こっちに走ってきて、交差点で、トラックが……」


 喘息患者のように、半泣き状態でレオにさっきまでの光景を伝える私。レオはそれだけ聞くと、やけに落ち着いた表情になって、


「姉さん、大丈夫だ。友達がトラックにぶつかったのは、姉さんを見つけた友達が走ってきて、そこに偶然トラックが走っていたから。つまり、姉さんが時間を調整すればいい。単純に時間が巻き戻っているだけなら、それだけで事故は回避できるはずだ」


 気が動転してパジャマ姿のまま学校に出かけようとする私に、そんな答えを告げる。そうだ、考えてみればさっきの時も、そのまたさっきの時も、最初の時とほぼ同じ時間にあの場所にたどり着いて、ナナミが同じスピードでこっちに走ってきて、トラックも同じ時間帯にあの交差点を通過して、だから彼女が轢かれて。


「……そう、よね? もうナナミは轢かれないよね?」

「さあね。とりあえず、制服に着替えたらどうだい」

「うん……」


 レオの言葉で落ち着いた私は、自分の部屋に戻って制服に着替える。着替え終わると同時に、私のスマートフォンがブルブルと震える。


『遅いから一人で学校行ってきマウス』


 その一文を見た瞬間、安心しきったのか、疲れがどっときたのか、その場に崩れ落ちる。よかった、ナナミはトラックに轢かれないんだ。私はスマートフォンを手にリビングに降り、レオにそれを見せてやる。


「レオの言う通りだったよ、本当によかった……」

「よかったね姉さん。……とりあえず学校に行こう。僕もかなり混乱しているんだ、学校から帰ったら、詳しい話をしよう」


 歓喜する私を見て微笑み、学校に行く準備をすると言って自分の部屋に向かうレオ。双子仲良く登校するような年でもないし、恋人だと勘違いされたら困るしと、私は一人先に学校へ。


「今日は遅かったじゃん、寝坊?」

「うん、昨日漫画読みすぎちゃって」


 タイムリープなんて無かったかのように、周りの皆は振る舞っていて。ひょっとしたら本当に夢だったんじゃないかとすら思えて。でも、夢じゃないよね。ナナミは轢かれて、時間が巻き戻って、ナナミは助かったんだよね。



「おかえり、姉さん」

「ただいま、レオ。お母さんも、お父さんも、仕事だよね」

「ああ。何も知らない人からすれば気が狂っているとしか思えない会話も存分にできる。……一応聞いておくけど、誰も姉さんのような体験をした人、いないよね?」

「うん。こんな話、人に聞けるわけがないから聞いてないけどさ、私以外皆平常運転だったよ。時間が巻き戻っていることに気づいてるのは、きっと私達だけ。演技派でもなければだけど」

「だろうね。……で、時間が巻き戻った理由だけど、僕の仮定が正しければ」


 何事も無く一日が終わって、寄り道なんてしている暇はなくて、家に帰るとレオも帰っていて。時間が巻き戻っていて、その記憶があるのは多分私とレオだけ。その謎について頭をぐるぐるさせていると、レオはポケットから指輪を取り出した。


「指輪?」

「そう、指輪。小学校の頃、姉さんがリュウに貰ったおもちゃの指輪。姉さんが『えへへ、将来はリュウくんのお嫁さんになるんだ』ってデレデレしながら僕に見せつけてきて、その後も大事にしていた指輪」

「……ちょっと、人の宝物を勝手に、ていうか部屋入ったの!? 最低、返してよ」

「まあ落ち着いてよ姉さん。これをね……こうするわけだ」


 悪びれることなく、人の思い出の品を持ち出すレオ。奪い返そうと指輪に手を伸ばすが、レオにひょいと避けられる。そのままレオは指輪を床に落として、スリッパでそれを踏みつけて、バキッという音がして。



「……え?」


 思い出の品が壊れてしまった悲しみと、肉親に対する殺意がこみ上げて来る暇もなく、私はベッドに横たわっていた。時計を見ると、朝。少し寝坊してしまった、何度か体験したあの朝。しばらく呆然としていると、コンコンと部屋のドアがノックされ、返事も聞かずにレオが姿を現した。


「……というわけだよ、姉さん。姉さんに都合の悪い出来事が起こったら、時間が巻き戻ってしまうみたいだ。現時点ではその日の姉さんが目覚めた時間、なのかな。ちなみにさっきの指輪は学校帰りに買った偽物だよ、時間が巻き戻らなくてもいいようにね」


 告げられるタイムリープの謎。レオの言っていることは正しいのだろう、ナナミがトラックに轢かれた瞬間、私の大切なモノが壊されたと思った瞬間、この時間に巻き戻ったのだから。またこの日を一からやり直さないといけないのか、なんていう倦怠感よりも、運命を変えることができるなんていう夢のような状況に、面倒くさそうな表情のレオとは対照的に、嬉しさを隠せないままそっか、と私は呟いた。




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