私はか弱い女の子で
「んっ……ふぁあ」
朝。目が覚めた私ことレナはブルブルと震えているスマートフォンをスワイプして起き上がる。寝ぼけ眼のまま洗面所に向かう途中、リビングのソファに一人座ってぼーっとテレビのニュースを眺めている弟の姿を見つけた。
「レオ」
「……おはよう、姉さん」
少しだけ私に目配せをして首をコクリを振ると、再びテレビを眺め始める。私の双子の弟のレオ。女の私と大して背丈の変わらない、ひょろっとした弱弱しい男の子。最近はその弱弱しさに磨きがかかってきた。無理もない、レオは半年前に恋人が自殺してしまい、未だそのショックから立ち直ることができないのだ。時間が彼を癒してくれると信じるしかない。私は顔を洗い、時間に余裕があるのでシャワーを浴びて、制服に着替えてパンをかじり、お弁当を作った後に寝てしまった母親に聞こえないくらいの挨拶をして家を出た。
「おっはよー」
「おはよ、ナナミ」
家を出て学校へとのんびり歩いていると、後ろから声をかけられる。親友のナナミ。明るくて、おっちょこちょいで、テンションが高くて、明朗闊達という言葉がよく似合う女の子。しばらくナナミと話をしていたが、突然ナナミがニヤニヤと笑い出す。
「おっと、もうすぐ愛しの王子様がやってくるね。あっしはこれで」
「もう、からかわないでよ」
私を置いてナナミはたったったと学校へダッシュ。見えなくなる親友にため息をつくと、私は気持ちゆっくりと歩き出す。少し前にある家から男の子が出てきた時に、自然な形で出会えるように。
「いってきまーす」
「あ、リュウくん。おはよ」
「ようレナ」
リュウくん。幼馴染の男の子。私の好きな男の子。ストーカーみたいで気持ち悪いよと弟に呆れられても、毎日のようにこうして朝の一時を過ごしたがるくらいに好きな男の子。
「……レオは、相変わらずか」
「うん。学校には、ちゃんと行ってるんだけどね。昔は私よりも早く家を出てたのに、今じゃいつもギリギリで。教室でもいつもぼーっとしてるみたいで、成績も下がっちゃって」
「もう半年経つんだから、いい加減立ち直れ……とは言えねえよなぁ。恋人亡くした事なんてねーし。恋人自体できたことねーし」
「……そうだね」
レオには悪いけれど、今の私の心の中は、レオへの同情よりも、リュウくんが恋愛の話題を出したことによる意識でいっぱい。私の前でこういうセリフを吐くってことは、私の事好きなのかな? なんて少し自意識過剰になってみたりして、少しムフフとしながら、比較的明るい気持ちで学校へ到着した。
「それじゃ、またね」
「ああ」
昇降口で彼と別れて、ナナミの待つ自分の教室へ。残念ながら今年は彼とは教室が違う。けれどこれでいいのだろう、年を重ねる度に彼への恋心が増してしまっている現状、彼と同じクラスになってしまうと色々と醜態を晒してしまいそうだし。授業を受けて、お昼休憩になって、ナナミと席をくっつける。コンビニ袋からパンやら飲み物やらを机の上に広げながら、ナナミがわざとらしく私を見てため息をつく。
「てかいつになったら告白すんの。どんだけウブなの」
「私はナナミみたいにアクティブじゃないんだよ~」
「大和撫子ってやつですかい」
彼女の言うことは尤もだ。リュウくんとはもう10年以上の付き合いになるというのに、恋心を抱き始めた時から数えても結構なものなのに、毎朝一緒の登校を試みたり、たまにメールをしたり、私の取った行動はそれくらい。
「告っちゃえよ~、レナ可愛いんだからさ~、いけるって。てか男子なんてフリーだったら多少ブスに告白されてもOKするって。だよね~男子?」
「なになにナナミちゃん、そのフリはアチキと付き合ってくださいってこと? 勿論いつでも彼女募集中っすよ」
「レナちゃんも誰が好きなのかは知らねーけど、玉砕したら、俺の胸に飛び込んできていいんだぜ……フッ」
「も、もう……」
心配しているのかからかっているのか、近くにいたお調子者の男子グループに話題を振って、私を赤面させるナナミ。自分でもいい加減告白するなりデートに誘うなりするべきだとわかっているのに、いざ肝心なところで勇気が出ない。女の子ってそういうものなんです、と自分に言い聞かせながら、彼女の執拗な告白煽りをかわすのだった。
「……おかえり、姉さん。幸せそうだね」
学校が終わり、帰りにナナミとファストフード店でお喋りをして解散し、家に帰ると朝からずっといたかのようにリビングのソファに座ったレオがテレビを見ていた。
「ただいま。……告白もしてない私が言っちゃいけないんだろうけど、いい加減前を向きなさいよ」
弟に直接こんな事を言うのはタブーなのだろうけど、それでも誰かが言わないといけないのだろう。その役目は姉である私なのかもしれないと、告白する勇気をつける練習といえば聞こえは悪いけれど、少しだけ勇気を出して、この日ついに彼に言ってやる。彼は悲しそうな顔をすることもなく、泣き出すこともなく、少しだけフッと笑って天井を見やる。
「わかってるよ。そんなこと、わかってる。起こってしまったことは受け入れないといけない。過去ばかり見てはいけない。前に進まないといけない。でも、僕は普通の人間だよ。普通の人間ってのは、脆いんだ。もう少しだけ、もう少しだけ時間が欲しいんだ……」
恋人の事を思い出してしまったのか、天井を見たまますすり泣き始めるレオ。失敗しちゃったかな、と心の中で彼に謝りながら自分の部屋へ私は戻る。
「……私も、普通の人間だって知ってるから。脆いってわかってるから。拒絶された時の事を考えると、何もできないんだよね……レオより遥かに性質が悪いのかな」
制服のままベッドに寝っ転がって、誰に聞かせるともなく呟く。起こってしまったことは変えられない。受け入れないといけない。だから人は慎重にならざるを得ない。お話の世界みたいに、過去を変えることでもできたらな、と私は投げ散らかされていた少女漫画を手に取ってパラパラとめくり、一日を終えた。
「おはよう、姉さん」
「おはよう。髪跳ねてない? それじゃ、もう私行くね」
翌日、私は少し寝坊して、このままじゃいつもの時間に間に合わないと慌てて支度をして家を出る。気持速めに歩いていると、前方にナナミの姿。いつもはナナミが後ろから走ってきて私に追いつくが、今日は私が寝坊したので彼女の方が前だ。
「あ、レナ! おーい!」
私に気付いたナナミが、いつものように笑顔を見せて、こちらにダッシュでやってくる。
『プァーーーーーーーーーー』
その時、私とナナミの間にあった交差点、私の右側から、大きなクラクションと共にトラックがやってきて。
「……え?」
気づいた時、私はベッドに寝転がっていて。