Story 7.女はキレると殺人マシーンになる
女はキレると何をするか解らない第7話。
「女がキレると平気で人殺すって本当ですか?
んな訳ありませんよね・・・」
2月14日、バレンタインデー。
今日は女の子が好きな男の子にチョコレートをプレゼントする特別な日である。
私はその前日、チョコレートを作ろうと買ってきたカカオを発酵させる為水に浸けておいた。
それを今、水から出してカカオ豆を取り出して焙煎している所である。
そこへ有紀雄がやって来て訊ねる。
「姉貴、何やってんの?」
「カカオからチョコレートを作ろうとしているんだ」
「マジかよ。て言うか出来てるの買ってきて溶かせば良いじゃん」
「それだと手作りの意味が無くなるだろ。そもそも手作りと言うのは一から作るものだ。途中まで出来てるのを買ってきたのでは手作りとは言えない」
「ふうん。で、誰にあげるんだ?」
「決まってるだろ。夏奈子だ」
私がそう答えると、有紀雄が「プッ」と吹き出した。
「今笑ったな」
「だってよ姉貴、バレンタインデーって女が男にプレゼントする日だろ?今の姉貴は男だ。される側がしてどうするんだよ?」
「それもそうだな。よし、それじゃあお前が彼にあげろ」
「え、俺が?」
「当然だ。今のお前は女で私が惚れた男と付き合っている。あげなきゃ拙いだろ」
「断る」
「そうか、それじゃ仕方ない。やはり夏奈子にあげよう」
そう言いながら私は焙煎が終わったカカオ豆を、皮と胚芽を除き、磨り潰して固形状に固めた。
その後、出来上がったカカオマスを溶かし、お砂糖を加えハート形に型を取って固め、I LOVE YOUとピンクの文字を書く。
「甘そうだな。味見していいか?」
私は有紀雄の言葉を黙殺して完成したチョコレートを箱に詰めて包装した。
「んじゃ、一寸行ってくるから留守番頼むな」
そう言って私は夏奈子の所に行く為チョコレートを持って家を出た。
「あ」
出た所で私は足を止めた。
門の向こうに夏奈子が立っている。
「あら、私が来た事よく分かったわね」
「偶然だよ。俺も今、お前ん家行こうと思ってた所だし。つーか、何の用だ?」
そう問いながら門を開けて夏奈子を中に入れてやる。
「有紀雄、今日は何の日?」
「バレンタインデー」
「そう。だから、チョコレートを持って来てあげたわ」
「有り難う」
私は夏奈子のチョコレートを受け取った。
「それはそうと、俺もお前の為に心を込めてカカオからチョコレートを作ったんだ。良かったら食べてくれないか?」
そう言って私は夏奈子に出来たてのチョコレートを渡した。
「有り難う。て言うか、バレンタインデーよね?」
「そうだけど?」
「女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日よね?」
「だから?」
「あんた、男よね」
夏奈子が可哀想な者を見る様な目で見詰める。
「何だよその目、何が言いたいんだ?」
「別に。何でもないわ」
「あ、そ。まあ良いや。折角来たんだし上がってけよ」
「そうね、そうさせて貰うわ。って言いたいけどこれからバイトなのよね」
「そうか。それは残念だ」
「うん、残念だね。変態行為が出来なくて」
「変態言うな!」
「別に良いじゃない、本当の事なんだから。それとも何?変態から足を洗ってまともな人間になったって言うの?」
「端から変態じゃねえし」
「あ、そ。まあ良いわ。それじゃ私、もう行くね」
そう言ってバイトに行こうとした夏奈子を、私は腕を掴んで引き留めた。
「何?」
と夏奈子は疑問の表情で振り向いた。
私はその彼女を家の中に連れ込んだ。
「ちょっ、何なのよ!?」
「バイトなんか行くな」
その言葉に夏奈子は「はあ!?」と素っ頓狂な声を上げる?
「何で行っちゃいけないのよ?」
「お前と一緒に居られる時間が減るから」
その言葉に夏奈子は頬を赤く染めた。
「あ、あんたそんなに、私の事を必要として・・・。解ったわ、行かない。今日はあんたと居る」
「良いのか?」
「良いのよ、別に。あんなバイト辞めようとしてたし」
「あんなバイト?お前、今すぐバイト行け」
「何でよ!?」
「バイトの内容が気になってな」
「気になるな!」
「恥ずかしいバイトなのか?」
「そ、そんな訳無いでしょ!?」
「そうか。じゃあ行け」
「だから何でそうなるのよ!?」
「恥ずかしいバイトなのか?」
「・・・・・・」
私の二度目の問いに夏奈子は言葉を失った。
図星らしい。
「夏奈子、行かないと遅刻するぞ」
「・・・・・・」
「夏奈子?」
応答無し。
「夏奈子?」
無反応。
「おーい」
目の前で手を振ってみる。
「ああっ、五月蝿いわね!行けば良いんでしょ、行けば!」
夏奈子は私に怒鳴りつけると、バイト先へ向かった。
私は少し間を開けてその後を追う。
そして辿り着いた先は、秋葉原のメイド喫茶だった。
お金、あるよな?
私は財布を取り出し、余裕がある事を確認すると店内に入った。
「お帰りなさいませ、ご主っ」
と言い掛けて固まるメイド服の少女。
「何であんたが来るのよ!?」
メイド服の少女は私を睨み付けた。
「いやあ、暇だったからね。それに、お前のバイトしてる所に興味あったから。それはそうと、俺は客で来てるんだから真面目にやってくれよ、夏奈子」
「・・・お、お帰りさないませ、ご主人様」
と夏奈子は俯いて言った。
「じゃないだろ?」
その言葉に夏奈子は「お帰りなさいませ、ご主人様!」と引き攣り笑いで頭を下げた。
「上出来だ。席に案内してくれ」
「こ、こちらです」
言って夏奈子は私を空席へと案内し、メニューを半ば投げる様に置いた。
「感じの悪い店員だな、お前」
「五月蝿いわね!あんまり文句言うと目ん玉刳り抜いて鼻の穴に詰めるわよ!?」
「おー、こわ。客に対してそう言う事言うのか、店員は」
「お決まりになりましたらお手元のボタンを押してお呼び下さい!」
そう言って夏奈子は私を睨みながら去って行った。
私はメニューを取り、何があるのか見てみる。
グゥ〜と腹の虫が鳴く。
そう言えばお昼未だだったな。
私はメニューの中にオムライスを見付けると、それを頼む事にした。
ピンポーン!
お手元のボタンを押す。
すると、夏奈子が慌ててやって来た。
「御注文はお決まりでしょうか?」
と引き攣り笑みで訊ねる夏奈子。
「オムライスとホットコーヒー」
夏奈子が機械にオーダーを打ち込む。
「御注文の確認を致します。オムライスがお一つとホットコーヒーがお一つ、以上で宜しいですね?」
「あとお前の裸な」
「殺すわよ!?」
「冗談だよ。注文はそれでオッケーだ」
「畏まりました。少々お待ち下さい!」
そう言って再度、私を睨みながら去って行く夏奈子。
それから暫くして、再び夏奈子が現れた。
手には私が注文した品を持っている。
夏奈子は態と音を立てながら皿をテーブルに置く。
「機嫌悪そうだな。何が遭った?」
「誰の所為よ!?」
「俺だ。て言うかまたお前なのな」
「店員が少ないのよ!別にあんたの為に持ってきた訳じゃないんだからね!?」
「夏奈子、此処はメイド喫茶であってツンデレ喫茶じゃないぞ」
「そんな事あんたに言われなくても知ってるわよ!」
夏奈子はそう言うとまたもや私を睨みながら去って行く。
私はその夏奈子の背中に「夏奈子、スマイルな!」と叫んでやる。
「五月蝿いわね!」
と言い返す夏奈子。
やべ、怒らせたかな。後で謝っておこう。
そう心に決めた私は、コーヒーを一口口に含んだ。
「ぶぶーーーーーっ!」
私は思いっ切り吹き出した。
何だこれは!?
「ご主人様、どうかなさいましたか?」
と夏奈子がやって来て心配そうな顔で訊ねる。
「何でしょっぱいんだ、これ?」
「え、そんな筈は」
とコーヒーを一口口に含む夏奈子。
「ぶぶーーーーーっ!」
夏奈子も私と同様にコーヒーを吹き出した。
「何よこれ!?しょっぱいじゃない!」
「塩入れたんだな、屹度」
「ごめん、有紀雄。直ぐに変えてくるわね」
そう言って夏奈子は塩入コーヒーを厨房へと持って行き、新しいのと交換して戻ってきた。
「今度はちゃんとしたやつよ」
とコーヒーをテーブルに置いて去ろうとする夏奈子。
私はその夏奈子の腕を掴んで引き留めた。
「何よ?忙しいんだから用があるんなら早くしてよね」
「お詫びに口移しな」
「・・・・・・」
言葉を失う夏奈子。
「どうした、出来ないのか?」
「・・・・・・」
「そうか、出来ないのか。残念だ。お前とはもう縁を切ろう」
「・・・よ」
「ああ?」
「やるわよ、やれば良いんでしょ?」
そう言って夏奈子はコーヒーを口に含み、それを私の口に近付けた。
そして、コーヒーが夏奈子の口から私の口の中へと移された。端から見ればただのキスに見えるだろう。
私は移し込まれたコーヒーをゴクッと飲み込んだ。
「何してるんですか、真田さん?」
と他の店員がやって来て夏奈子に訊ねた。
夏奈子は驚いて飛び退いた。
私は店員に向かってこう言った。
「お詫びにコーヒーを口移しで飲まして貰ってたんだ」
「く、口移しですって!?そんな破廉恥な事は許しませんよ、お客さん!」
そう言って店員が私を席から立たせてStaff onlyと書かれた扉の向こうへと無理矢理連れて行く。
このパターン、以前にも遭った様な・・・。
そんな事を考えていると、いつの間にか数人のメイドに囲まれて問い質されていた。
「お客さん、お名前と年齢、それから住所の方を教えて下さい」
「澤田 有紀雄、18歳です」
「住所は?」
「それは内緒だ」
私がそう言うと、夏奈子がやって来てこう言った。
「○○市の○○一丁目、五六の二です」
「何であんたが知ってるのよ?」
私を囲むメイド全員が夏奈子を見る。
「ひょっとして抜け駆け?」
その問いに夏奈子の頬が赤くなる。
「ふうん、そう言う事。あなた、契約違反ね」
「あの、どう言う事ですか?」
「この喫茶店で働く者は彼氏を作らない。それがルールなのよ。よって、あなたはクビ」
「なっ!?」
夏奈子が驚いて固まる。
「それはそうと、お客さん。店で破廉恥な行為をした事のケジメはしっかり付けないとね」
「ケジメ?」
私が訊ねると、メイドたちはニヤリと笑みを浮かべて一斉に殴り掛かってきた。
辺りに鈍い音が木霊する。
「ぬうぉっ!夏奈子、どうなってんだこれは!?」
しかし夏奈子は依然として固まったまま。
「痛っ!お前ら辞めんか!?」
「そんな言葉、私たちの辞書には載ってないわ」
どぐしっ!
メイドの一人がそう言って私の股間を蹴った。
「あうっ!」
私は激痛に股間を押さえる。
「あら、ごめんなさい。急所突いたみたいね」
その言葉に続いて今度は別のメイドが私の頬を殴る。
ガスンッ!
一体何時まで続くんだこれ?
どくしっ!
後ろからケツを蹴られた。
その衝撃で私の体は前に倒れて正面に居るメイドを押し倒した。
「きゃあっ、最低ですわ!」
残りのメイドたちが私を下敷になっているメイドから離し、強く踏み付ける。
「ちょっ、何やってんですか!?」
我に返った夏奈子が驚いて訊ねる。
「何って、ケジメよ」
「ケジメってそれただのイジメじゃないですか!」
「五月蝿いわね。何か文句あんの?」
その時、夏奈子はキレた。
「私の、私の有紀雄に手を出すなぁ!」
夏奈子がタックルで全員を吹っ飛ばした。
「ちょっ、あんた私たちに楯突く気!?」
「突くわ。だって目の前で彼がやられてるんですもん。見捨てられる訳無いじゃないですか」
「そう。それじゃあ、あんたもその男みたいにして欲しいって訳?」
「否、それは一寸勘弁して欲しいわね」
「じゃあその男が私たちにボコボコに熨されるのをそこで見てなさい」
「それは却下。有紀雄を虐めるなら私が相手になってあげるわ」
「おい、夏奈子」
「心配しないで、勝つから」
そう言って夏奈子は私に笑みを向けた。
「あなた一人でこの人数に勝てるのかしら?」
メイドたちが立ち上がり、夏奈子に薄ら笑いをした。
そして次の瞬間、夏奈子の姿が視界から消えた。
辺りを見回すと、夏奈子の体が宙を舞っていた。
メイドたちは驚いて戸惑っている。
ゴンッ!
降りてきた夏奈子が一人を倒す。
そして二人、三人、四人と次々に倒していく。
「あんたで最後よ!」
そう言って最後の一人に回し蹴りを放ち、ロッカーにぶつけてノックアウト。
「手応えないわね」
と手をパンパン払う。
「こ・・・この女・・・強い。グフッ」
メイドの一人がそう言って気絶した。
夏奈子、お前って一体?
「有紀雄、立てる?」
夏奈子が振り返り、私の下に来て手を差し出す。
「有り難う」
私は差し出された手を掴んで立ち上がった。
「夏奈子、お前って何かやってんの?」
「うん。空手と柔道と合気道とボクシングとムエタイとカポエラとテコンドーと形意拳を少しだけ」
その衝撃的発言を聞いた私は顔が引き攣り後退した。
「どうしたの?」
「い、今お前が初めて怖い生き物だと思ったよ」
ガンッ!
夏奈子がロッカーに拳を当てた。
横目でチラッと見るとそこだけ思いっ切り凹んでいた。
「私って怖いかしら?」
「こ、怖くないです。夏奈子はとっても優しいです。こんなに優しい彼女は俺には勿体無いなぁって思ったり」
あまりの恐ろしさに鳥肌が立った私はそう言っていた。
「て言うかさ、この有り様を見たら店長が怒るんじゃ?」
「大丈夫よ。最後に倒したのが店長だから」
「マジで?」
私は顔に大きな痣を作って倒れているメイドを眺めながらそう言った。
「大マジよ」
「そ、そうか。そんじゃあ俺、戻るな」
言って私はこの部屋を出て席に戻り、オムライスを平らげ、冷めきったコーヒーを飲み干し、お会計を済ませて自宅へ帰った。
その後、夏奈子がクビになったのは言うまでも無い。




