Story 1.男になりました
私、澤田 有紀檸は、学校に行く途中、電車の中で恋をした。
相手は同じ学校で隣のクラスに居る黒田 新一。
最初はただ見ているだけで良かった。でも、そうも行かなくなった。
彼を向かい側の席に座って眺めていると、途中から乗ってきた長髪でつり目の女と仲良くお喋りを始めたのだ。
ムカ付いた私は、彼を手に入れる為、彼に接触する事を試みたのだが……。
キンコンカンコンとチャイムが鳴り、放課後を迎えた私は、階段の前で双子の弟、澤田 有紀雄と彼を待ち伏せしていた。
何故この面子なのかを簡単に説明すると、有紀雄が彼と大親友だからである。
「姉貴、出て来たぞ」
私は角に隠れて教室の方を見た。
その先には教室から出て来たばかりの彼の姿が在った。
隣には今朝見た女が居る。
「おっ、夏奈子ちゃん、今日も可愛いなぁ」
真田 夏奈子。有紀雄の情報によると、新一の彼女らしい。
私はスッと前に出て態と新一にぶつかろうとした。
だがぶつかったのは、隣に居た彼女の方だった。
その瞬間、私は凍りついた。
何故なら、ぶつかった拍子に私の唇と彼女の唇が重なっていたからだ。
「夏奈子、そっちだったのかお前?」
言って後退る新一。
「悪い、夏奈子。俺、もうお前と付き合えない」
新一は踵を返して駆け出した。
「え、一寸新一!?」
我に返った夏奈子は振り向いたが、既に新一はいなかった。
「ああ、もう! どうしてくれんのよ!?」
怒った夏奈子が私に向き直り、物凄い剣幕で睨む。
「スマン。まさかこうなるとは思ってもいなかった。許してくれ」
私はそう言って頭を下げた。
「はぁ」
夏奈子は溜め息を吐いた。
「顔上げて頂戴」
私は恐る恐る顔を上げた。
まじまじと見つめる夏奈子。
「あんた、意外と可愛いのね。決めた。あんた、私と付き合いなさい」
夏奈子はバイセクシュアルだった。
「否、私は黒田くんと……」
「あんなどうしようも無い奴どうだって良いのよ。だから私と付き合いなさい、ね?」
「助けて有紀雄」
私は振り向き様にそう言った。
すると有紀雄が顔を出して「ごゆっくり」と手を振って去る。
「薄情者!」
「ねえ、返事聞かせてよ」
どうしたら良いんだ私は。
「ねえ、返事」
「ああっ、五月蝿えなもう! 解ったよ、付き合えば良いんだろ、付き合えば!」
その時、私は後悔した。言ってはいけない禁断の言葉を口にしてしまった事に。
「あら、別に男口調真似なくても良いのよ?」
「否、真似てる訳じゃなくて、元々がこう言う口調なんだ」
「ふうん。まあ良いわ。私、真田 夏奈子。宜しくね」
「澤田 有紀檸だ」
何自己紹介してんだ私は!?
「え、あんたが澤田 有紀檸?」
「知ってんの?」
「知ってるわよ。だってあんた巷じゃ有名だもん。夜な夜な町を徘徊しては不良共に喧嘩を売ってボコボコにしている不良女子高生ってね」
「飽くまで噂だろ?」
「そうだけどね。所で、もう帰り?」
私は持っていた鞄を見せた。
「じゃあさ、これから何処か遊びに行こうよ。デートよ、デート」
行かざるを得ないのか私は。
「別に構わないけど……」
他に選択肢が見付からなかった私はそう答えていた。
「じゃあ決まり。何処に行く?」
何処でも良い。勝手に決めてくれ。
「そうだ、商店街なんかどうお? あそこに新しい洋服屋が出来たから行ってみたいのよね」
「ああ、良いけど」
「じゃあ決まり。レッツゴー!」
言って夏奈子は私の手を掴んで歩き出した。
商店街に着くと、新しく出来たと言う洋服屋に私たちは入店した。
「ねえねえ、これ可愛いと思わない?」
夏奈子が私にそう訊ねた。
手にしていてるのは水玉柄のワンピース。
「着てみれば? 似合うんじゃねえか?」
って、私は何を答えているのだろうか。
「そうお? じゃあ試着してみるね」
言って試着室に入っていく夏奈子。
暫くして、着替え終えた夏奈子が試着室のカーテン開けた。
「有紀檸、どうお?」
「可愛いと思うぞ」
「本当? じゃあこれにしよ。有紀檸」
「私が払うのか?」
「当然でしょ。有紀檸は私の彼氏? 否、彼女? どっちだ」
夏奈子の頭がショートした。今なら逃げられるだろうが、何故かそうしなかった。
「どっちでも良いけどさ、買ってやるから早く着替えろよ」
「うん」
夏奈子はカーテンをして制服に戻し、再びカーテンを開けた。
「次はあんたね」
「え、私も買うの?」
「そうよ。だから選んで来なさいよ」
「あ、ああ」
私はそう返事をすると、男性用の服が有る所に移動して物色を始めた。
背中にドクロのマークが入った革ジャンにジーンズ、それと適当なTシャツを選んで手に取る。
「それ、巷でよく不良が着てるよね」
いつの間にか側に居た夏奈子がそう言った。
「変か?」
夏奈子は首を横に振るって答える。
「有紀檸なら何着ても似合うよ。ほら」
と背中を押されて試着室に入れられる。
私はカーテンを閉めて着替えると、カーテンをオープンした。
「似合うよ、有紀檸」
「お世辞有り難う」
「お世辞じゃなくて率直な感想だよ」
私は試着室の鏡で確認した。格好良い。
「これ買おう」
気に入った私はそう口にしていた。
私はカーテンをすると、制服に戻してカーテンを開けた。
「次下着コーナーね」
「あ、ああ」
私はそう返事して夏奈子と共に下着コーナーへ移動した。
「あ、これ可愛い」
と夏奈子が手にしたのは、お尻にたれパンダの絵が描かれた女性用のパンツだった。
「欲しいのか?」
「なっ、そんな訳無いでしょ!」
夏奈子は頬を赤くしながら慌てて戻した。
「欲しいなら買ってやるが」
「要らないわよ!」
「あ、そ」
私は夏奈子が置いたパンツを手にした。
「へえ、あんたもそう言う所あるんだ?」
「否、私はスパッツ派だから」
「スパッツ?」
「あれ穿いてると動きやすいんだ」
言って私はスパッツを手に取った。
「ふうん。私はスパッツは穿かないなぁ」
「どうでも良いけど、早く買おうぜ」
「一寸待って」
言って夏奈子はブラジャーのある所へ行ってそれを手にすると戻って来た。
「はい、これ。あんたの分」
と渡されたのは、白いブラジャーだった。
「私、未だノーブラなんだ」
「うーん、よーく見たらあんた俎板ね」
グサッ!
心に矢が突き刺さった。
「ごめん、気にしてた?」
「否、そんな事無いけど」
と言っては100%嘘になる。
「……あんた、本当は男なんじゃない? じゃなかったら俎板って言われた時点で傷付くものね」
否、傷付いてます。ただそれを表に出さないだけだ。
「何言ってんだよ。私は正真正銘女だ」
言って私は夏奈子の手の平を自分の股間に当てがった。
「なっ、何処触らせてんのよ!?」
夏奈子は頬を赤くした。
「同性なんだから良いだろ」
「それもそうね」
と納得して冷静になる夏奈子。懐柔に成功した様だ。
「それより早く買おうぜ」
「そうだったわね」
私たちはレジまで行き、会計を済ませる。勿論、払ったのは私だ。
「有紀檸」
と店から出て少し歩いた所で夏奈子が声を掛ける。
「何だ?」
「恋愛公園寄って行かない?」
恋愛公園か。あそこには確か、桜の木があったな。その木の下でお互いが口付けを交わすと永遠に結ばれると言う伝説がある公園。って、待て。私は女だぞ。大丈夫なのか?
「ねえ、行こうよ」
「そうだな」
私たちは商店街を離れ、恋愛公園にやって来た。
「ねえ、知ってる? あの桜の木の下でキスをすると永遠に結ばれるって噂」
そう言って公園内にある大きな桜の木を指差す夏奈子。
「知ってるが、それがどうした?」
「試してみない?」
「えっ?」
私は目が点になった。
「同性がキスをしたらどうなるか試すのよ」
伝説が真実だとして、同性がキスをしたらどうなるんだろうか。
「それ、興味あるな」
興味津々な私はそう答えた。
「じゃあやってみようよ」
言って夏奈子は私の手を掴み、桜の木の下まで駆けた。
「本当にやるのか?」
「当然でしょ。私たち付き合ってんだから、キスぐらいしなくちゃね」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。そしてゆっくり、夏奈子の唇に自分の唇を近付け、重ねた。
その瞬間、光りに包まれたのと同時に私の体に異変が起きた。
何と、股間から何かが生えてきたのだ。
私は慌てて接吻を止め、後ろを向いて股間に手を当てた。
生えていた。男にしか無い息子と言う奴が。
「どうしたの?」
私が体の異変に驚いていると、夏奈子が心配そうな顔で私を見つめてきた。
「有紀雄?」
え、有紀雄? 有紀雄は私の弟だが。
「一寸待って。私は有紀檸だ。恋人の名前間違えないで欲しいな」
「何言ってんのよ。あんた、頭大丈夫?」
「私は女で有紀檸と言う名だ。有紀雄じゃ男だろ」
そう言うと夏奈子に可哀想な者を見る目で見つめられた。
「あんた、何か悪い物でも食べた? そこにあるトイレで鏡見てきなさいよ」
私は辺りを見回し、男女共用の公衆トイレを見付けるとそこに駆け込んで鏡を覗いた。
鏡に写ったのは、有紀雄の姿だった。
どういう事だこれは?
私はトイレを飛び出して桜の木の下に戻り、荷物を手にすると入り口に向かって駆け出した。
「有紀雄!」
「悪い、確かめたい事があるんだ!」
そう言って公園を出た後、私は自宅まで猛ダッシュした。
「ただいま!」
家に上がり、そう言う。
すると洗面所から「おかえり」と言う声が返ってきて全裸の女が姿を現した。
私だった。
「あ、姉貴……?」
「どうした?」
「服……着てくれないか?」
「何だ。お前、そんな事気にして顔赤くしてんのか。姉弟なんだから気にする事無いぞ」
そうだ。私は家の中ではいつもこうだった。
「俺、男だぜ? 全裸で居られると襲っちまうぞ」
「ああ、大丈夫だ。もし襲ってきたら問答無用で打っ殺すからな」
そんな物騒事を言うのも私だ。
「所で、夏奈子ちゃんとのデートはどうだったんだ?」
「最悪だ」
「何か遭ったのか?」
「ああ。帰りに恋愛公園で伝説を確かめたんだ。そしたら女から男になっちまった」
何を言ってるんだ私は? 夏奈子の記憶には私では無く有紀雄として刻まれていたんだ。目の前に居る私が信じる訳が無いのに。
「姉貴……なのか?」
目の前の私がそう訊ねた。
「お前、有紀雄か?」
「そうだけど。つーかどうなってんだよこれ? 風呂に入ってたらいきなり姉貴の体になっちまったんだ。ま、それなりに楽しめたけどな」
「お前……私の体で弄んでんじゃねえよ!」
私は目の前の私に思いっ切り殴り掛かった。
しかし、目の前の私はひらりと身をかわした。
バカな。スピードには自信有ったのに。
「今の俺、姉貴だから動体視力と身体能力が有紀雄の時より飛躍的に上がってるんだ」
「絶対殴ってやる」
言って私は再び殴り掛かるが、またもや避けられて空振りに終わる。
「糞!」
私は癖で胸倉を掴もうとしたが、服が無かった。
「姉貴、これはこの前のおかえしな」
ガスン!
私は顔面を思いっ切り殴られた。
ショックで鼻血が垂れる。
「お前の体だぞこれ」
「関係無え」
ガスン!
再び殴られた。
「やめてくれ有紀雄」
「じゃあ謝ってくれないか? 俺を殴った事」
「あれはお前が殴られる様な事するからだろ」
「不可抗力だろ」
ガスン!
殴られた。
「えいっ」
私は有紀雄の股間を蹴ってやった。
しまった。女は平気なんだ。と言う事は……。
私はこれから起こる事を想像して冷や汗を掻いた。
「そうだ。この際、姉貴にも男にしか味わえない苦痛ってもんを教えてやるよ」
言って有紀雄が私の股間を蹴った。
「うっ!」
私はあまりの痛みに呻き声を上げて股間を押さえた。
「痛いか? 俺がいつも姉貴にやられて味わってた痛みだ」
「お前、元に戻ったら覚えとけよ」
そう捨てゼリフを吐いて部屋に行こうとしたが、あまりにも痛くて動けなかった。
「この痛みは何時静まるんだ?」
「5分から10分くらい。長いと30分くらい痛みが残る」
「マジかよ……」
「姉貴が悪いんだからな」
「ごめんなさい、もうしません」
嘘だが。
「目が笑ってるぞ」
「…………」
返す言葉が見付からない。
「あ、そうだ。先刻、剛田って人から姉貴宛てに電話が来たぜ。何でも、今夜リベンジするとか何とかって言ってたけど、何の話し?」
「何て返事したんだ?」
「何だか分からないから取り敢えずOK出した」
「バカ。お前、それ喧嘩のリベンジだ」
「マジかよ。どうすりゃ良いんだ?」
「行ってこい。そんで死ね」
「俺が死んだら姉貴、元に戻れないじゃん」
「それは嫌だ。けど受けてしまった以上、行かざるを得ない」
「解ったよ。行ってくる」
「ああ、気を付けろよ。それと服着とけ」
「服? ああ。それ着て良いか?」
そう言って指を差したのは、私が買ってきた服だった。
「駄目だこれは」
「けどそれ、姉貴が着るんだろ? だったら俺が姉貴として着ても同じじゃないか」
「……しょうがねえな。勝手に着ろ」
言って私は階段を上って行く。
「痛みは大丈夫なのか?」
「ああ、もう落ち着いてる」
「そうか」
有紀雄はそう言って服を取り出した。
「あ、一寸待った!」
私は階段を駆け降りて袋の中から夏奈子が欲しがってたパンツを取り出した。
「パンダ?」
とよく改めて腹を押さえて笑い出す有紀雄。
「お前勘違いしてるから教えとくけど、これは夏奈子にあげる物だ」
「あれ、姉貴が穿くんじゃねえの?」
「私はスパッツ派だ」
「ふうん。じゃあこれを穿けば良いんだな?」
言ってスパッツを取り出す有紀雄。
「つーか、何だこれ? 男物じゃん。しかも巷で不良が着てる様なもんだぞ」
「お前もそう思うのか」
「夏奈子ちゃんにも言われたのか?」
私はコクリと頷いた。
「姉貴らしくて良いけどな」
「フォローになってないからな、お前」
「そうだな。それより姉貴、ブラは買ってねえの?」
「要らねえからな」
「確かに、姉貴は俎板だもんな」
グサッ!
心に二本目の矢が突き刺さった。
「悪い、気にしてたか? 俎板」
グサッ!
また刺さった。
「お前、これ以上言うな」
「俎板をか?」
グサグサッ!
二本の矢が同時に刺さった。
「凄えな、俎板」
完全に落ち込んだ私はリビングに入って隅で小さくなった。
「どうせ私は俎板さ。幾ら栄養取っても出ないんだ」
「姉貴の場合、全部攻撃力に行くからな。じゃあ俺、もう行くな」
有紀雄はそう言って服を着ると家を出ていった。
それから一時間程経った頃、有紀雄が帰ってきた。
私は直ぐ様玄関へ向かった。
そこにはボロボロになった私の姿が在った。
「なっ、どうしたんだよそれ!?」
「敗けた。まさか10人で来るとは思わなかった」
「お前、ヘタレな」
「そう言う姉貴は勝てるのかよ?」
「私は何十人掛かって来ようが返り打ちに出来る」
「凄え……な……」
その言葉を最後に、有紀雄は意識を失って倒れた。
私は有紀雄を抱えて自分の部屋に運び、ベッドに寝かせて有紀雄の部屋に移動した。
「散らかってるな、有紀雄の部屋」
私は思わずそう口にした。
「掃除でもするかな」
掃除用具を用意して掃除を開始した。
「ん?」
掃除をしていると、ベッドの下にエロ本を発見した。
私はキョロキョロと辺りを見回してからエロ本に目を下ろした。
パラパラとページを捲って一通り見る。
何だこれは。息子の様子が変だ。
「姉貴、勃ったの?」
いつの間にか側に居た有紀雄がそう訊ねた。
「うわっ!」
私は慌ててエロ本をベッドの下に戻して有紀雄の方を向いた。
「そりゃまあ、健全な男の子の体だからな」
「あのさ、隠したんだから答えるのもどうかと思うぞ」
「てかお前、寝てた筈だろ。何でこんな所に」
「目が覚めたんだ。そしたら俺の部屋から『うぉっ』とか『うはっ』とか聞こえたから来てみたら姉貴が楽しそうにエロ本見てたんだ。近付いて声掛けても気付かねえぐらい集中してたぞ」
「マジかよ」
「中身が女でも男の本能には逆らえないか」
「みたいだな。つーか、お前の部屋汚いからな」
「五月蝿えな。良いんだよ」
「否、良くない」
言って私は掃除を再開した。
そしてピカピカと光る程綺麗になった所で、掃除を終わらせた。
「うぉー、マイルームがぁ!」
「悪いが今は私の部屋だ」
「こうなったら姉貴の部屋を汚してやる!」
言って有紀雄は部屋を出て行った。
一人残された私は、掃除用具を片付け、ベッドの下からエロ本を取り出して閲覧再開。どうやら填ってしまったらしい。
「……………………」
何か物足りない。今度、夏奈子に裸を見せて貰うか。
そう思うと私はエロ本を仕舞ってベッドに横になった。