第99話「予定」
塔の街のライ。
それが俺の肩書らしい。
何だかこっぱずかしいが、今後はこれで通って行くのだろう。
さて、次に向かうのは水の迷宮か風の迷宮だ。
どちらを選ぶか、というとゴーレムの核という素材から土属性武器を作れる可能性から、弱点属性的には水の迷宮がベターだ。
しかし俺以外の者にモンスターのレベルは見えない。
ここが問題で、偏にレベル上げといっても俺自身が迷宮に入らなければモンスターのレベルはわからない。
そして攻略が盛んでない塔の街でも高レベル者がそれなりに居る。
つまりヨウが他所の街へ向かった様に、やはり冒険者は流民というか、好き勝手に放浪しているようだ。
なので街の住民から迷宮のおおよそのレベルを把握する、というのも出来ない。
土の迷宮でアースイーターを倒した事で、俺以外の三人は1レベルずつ上昇している。
アースイーターはレベル15だったから、レベル10だったヴァリスタとレベル15だったオルガのレベルが上がるのは妥当だ。
しかしレベル17のシュウもまたレベルアップしていたのだ。
この事から敵のレベルが低い場合経験値の減衰はあれどやはりいくらかの加算がされている様だ。
そういえば、塔の街を中心として北に火の迷宮、南に土の迷宮ときて、水の迷宮と風の迷宮は何処に存在するのだろうか。
ここまでの流れ的に、やはり地下に住んでいて知らないというのはおかしいのだろうが、二人を信じて聞いてしまおう。
「ところで、水と風の迷宮は何処にあるんですか?」
「この街を中心とするなら水の迷宮は西、風の迷宮は東だな」
「最も水の迷宮はミクトラン領ではないから少々面倒かもしれんが」
ヴァンが答え、付け加える様にグレイディアが続けた。
「敵対国という事ですか?」
「いや、特別敵対はしていないし、入国するのは問題無い。ただ獣人の国だからな。血の気の多い奴ばかりだから、行くなら覚悟しておいた方が良い」
「どういう事です?」
「お前の外見だと確実に絡まれるぞ」
うわあ、めんどくせえ。
勇者っぽいから絡まれるという事か。
ローブとか買って頭を隠して……も国や街に入る際に調べられるだろうな。
思えば武装刻印に使うハーピーの羽が普通に輸入されていたのも、風の迷宮がミクトラン領に在るからなのかもしれない。
とすると先王領域の火の迷宮で手に入るであろう火属性付与の素材と、獣人の国の水の迷宮で手に入るであろう水属性付与の素材は手に入りにくいという事か。
以前炎のロングソードが馬鹿高い値段で売っていたのは見ているから、武器自体のドロップでなければ何処かに輸入ルートが存在している可能性は高い。
ただそれを見付けて利用するというのは些か危険だろう。
これが裏ルートだったりすれば、それこそライが先王と内通しているぞ、などと訳の分からない噂が立つ恐れもある。
情報が売り物になるというのは痛感している。
やはり地道にレベル上げが常道だ。
火力が潤沢な今であれば乱獲も容易だし、金稼ぎにも支障はない。
そして例え土属性武器を作れたとして、弱点属性武器だとしてもあまりに高レベルの相手では太刀打ち出来ないから、ここは慎重に選ぶ必要がある。
「水の迷宮と風の迷宮、どちらの方が強いモンスターが出るでしょうか?」
「強いモンスターっつうのもまた難しい話だな。俺的には風の迷宮の方が嫌いだ。魔法使う奴が多いからな」
やはりそうなるか。
体感でどちらの迷宮の方がレベルが上、なんてのはわからない。
まして迷宮は自分の限界まで進んで行く挑戦的な作りになっているから、明確な判断はつかないだろう。
限界を越えると撤退か死亡かしかないのだから。
塔と土の迷宮を参考にするならば、やはり一層は低レベルで徐々にレベルが上がって行く構造という認識で良いのだが……。
しかし教会前で会った神官ジャスティンの言葉通りなら火の迷宮はかなり高レベルであるはずだ。
これは例えば一層がレベル20で、二層がレベル25で、といった感じになっていると思われる。
そしてヴァンによれば属性の名を冠した迷宮であればドロップ品が出やすい様だし、何よりボスを倒せば爪盾パンツァーの様な装備が手に入る可能性もある。
だから出来るなら最下層まで攻略したい。
悩む俺に、グレイディアが提案する。
「水の迷宮と言えば、獣人の冒険者は死亡率が高い」
「ほう、つまり……」
「息の長い迷宮だな」
獣人は猪突猛進という事だろうか。
つまり獣人の国に在る水の迷宮は力を蓄え易い環境にある。
土の迷宮の様に乱獲されている可能性は低く、高レベルモンスターの迷宮なのかもしれない。
「それと獣人は強者を敬う者が多いな。絡まれた所で片っ端から殴り飛ばせば問題無いと思うが」
「いや、さすがにそれは……」
声を掛けられた瞬間に殴り倒せば確かにその瞬間の面倒事はワンパンチで解決だが、絵面がやばい。
通り魔のライとか呼ばれたくないし、さすがに暴力沙汰で肩書を汚したくはない。
「であれば更に名を上げるとか。格下の者は絡んで来なくなるかもしれん」
「逆に、下手に自信のある奴に絡まれそうですね」
「まぁ、一長一短だな」
駄目だ、獣人面倒過ぎる。
猫耳娘のヴァリスタはこんなに素直で可愛いのに。
だいたい何故絡まれるのか、勇者というのは困ったものだ。
獣人の国、水の迷宮は後回しにするのが吉か。
レベルが高そうという雑な考察は置いておいて、殴って解決出来る俺が狙われるだけならいざ知らず、オルガなどが狙われると厄介だ。
風の迷宮でレベルを上げて、いざという時に備えてから乗り込むべきだろう。
「では風の迷宮に向かおうと思います」
「そうか。風の街はずっと東にあるから、城下町を経由して行くのが良いだろうな」
王城の城下町か。
まぁさすがにフローラやボレアスに会う事は無いだろうから、問題は無いだろう。
いや、万全を期して突っ切って行こう。
万が一フローラへ情報が渡ると夜這いを掛けられる恐れがある。
一国の姫相手に馬鹿な話だが、あちらが仕掛けて来るのだから恐ろしい事この上ない。
俺の暴れん棒勇者はシュウを背負った際の太股ダイレクトタッチは元より、目視のパンツァー事件ですらそそり立った乱暴者だ。
見え見えの罠でも過激化するといつ暴発してもおかしくない。
だが城下町を経由せずに向かうという事は泊まる場所が無い。
しかし幸いにして俺には謎空間があるから、食料を収納しておけば飢え死にはしないだろう。
最終的には塔という長大な迷宮攻略を控えているのだから、この機会に野宿も経験しておくべきだろう。
そういえばあの神官ジャスティンについては聞いておいた方が良いか。
怪力変態野郎とか呼ばれていたし、無自覚のまま再会してしまうと俺の貞操が危ぶまれる。
俺は尻をきゅっと締めて、ヴァンを見た。
「あの、ジャスティンという男についてですが……」
「何だ?」
「いえ、どういった人物なのかなと」
「旅の神官――ただし先王領域を根城としている、な」
「ああ、そういう」
なるほど、だから俺が迷宮について聞いた際にジャスティンは火の迷宮を勧めて来たのだろう。
先王は嫌われているらしいから、普通であれば先王領域に在る火の迷宮を挙げる事は無い。
しかしその先王に近しい者であったのなら……そういう事だろう。
ボレアスと先王の関係上、当然領域の間には警戒網が在るはずだ。
しかしジャスティンという男が放浪している以上、そして炎のロングソードが流通している以上、その網を潜り抜ける手立てはあるのだろう。
また神官という立場で治療をして回る旅路であれば、少なくとも一般人からすればジャスティンは善人である。
俺もまた無料で呪いを見て貰った訳で――強引に金は支払ったが――これを明確に咎める事は難しいのだろう。
となると、今後は出来るだけジャスティンという男には関わらない方が良い。
俺という存在もまた爆弾だから、何かの間違いで先王領域に与する形となってはまずいし、深く関わっていると思われるだけでもマイナスとなる。
厄介な事に、例えジャスティンに悪意が無かったとしても関わる事自体が危険なのだ。
「その、怪力変態野郎というのは一体」
「そのまんまだ。奴は神官の癖にとんでもなく力がつええ、訳のわからねえ野郎だ。昔殴り合ったら負けた」
何やってんだ。
いや、しかし神官なのにやはりあのカイザーナックルで戦うのか。
確かにぶっ飛んでんな、変態だ。
「とにかく、関わらない方が良いということですね」
「お前がミクトランで活動するならな」
「わかりました」
一通り聞きたい事は聞けただろう。
向かうべき迷宮も決まった。
適当に挨拶を済ませて部屋を出て、グレイディアとも別れる。
「では、旅支度をしたいと思いますのでこの辺で。長らくお世話になりました」
「ああ、また来い。どうにもお前は忙しそうだからな、暇が出来たら迷宮攻略の話を聞かせてくれ」
「はい……そうします」
「ふむ……」
恐らくグレイディアに土産話を聞かせる機会は来ないだろう。
風の迷宮を攻略したら、次は水の迷宮だ。
適時仲間を増やしつつ、戦力を拡充していく事になる。
塔の街に舞い戻るのは、他の街への経由か、最終決戦か。
少なくとも長期滞在は無いだろう。
とすると、他の街の奴隷商の存在も聞いておいた方がいいか。
シュウのメイド服が出来るまでの五日間、やる事は目白押しだ。




