第97話「冒険者ギルドにて」
ひとつの鐘が鳴った時、俺達は冒険者ギルドに来ていた。
ヴァリスタとオルガには布に包まれた大量の魔石を持たせてある。
時刻は六時を過ぎた程度で、ギルド内は相変わらず飲んだくれが居た。
いつもと変わらないギルド、しかし奥から飛ばされる真っ赤な視線に気づいてしまう。
「どうも、グレイディアさん」
「やあ、昨日はどうも」
俺は引き攣った笑みを浮かべて差し出された紺藍のマントを受け取った。
さすがにわきまえている様で特に何もされなかったが、その赤い瞳が寸分も違わず俺の黒い瞳に直撃している。
気を紛らわす意味も込めてマントを羽織って、話を切り出す。
「とりあえず、換金をお願いします」
魔石を包み事カウンターに載せると、それをいつもの受付嬢が開いて数え出す。
その間にマッピングした地図をグレイディアへ差し出し、そちらについても話を進めておく。
「それで、こちらがマッピングした地図なのですが」
「ふむ、よく出来ているな。だが買取はひとつ銀貨五枚、四層分で銀貨二十枚だ」
「えらく安いですね」
「土の迷宮自体が無くなったからな。他の迷宮であればまた違ったろうが、これが真かを知っているのはお前達だけだ」
「そうですか」
まぁこれは投資の様なものだ。
俺という冒険者の成果として評価されればそれでいい。
「それ、間違ってないわ」
突然横合いから出て来た長大な斧槍を担いだ赤い髪の少女。
グレイディアに訝しげに見られ、少女は肩を竦めて言葉を続けた。
「昨日魔石を換金したでしょう? 土の迷宮に入ったのよ、彼等に助けられたわ」
「ああ、血塗れの小娘か」
「まぁ、三層までしか知らないけどね」
「ふむ、まぁ多少は信憑性も高まるだろうな。だがもう出血状態では来るなよ」
赤い……ヨウだった。
「安心なさい、他の街へ行く事にしたから。じゃあ私はこれで、また会いましょう!」
「あ、おい」
良い笑顔で駆けて行ってしまった。
ヨウが立ち去って、魔石の換金も終わった。
銀貨八十枚近くになった。
地図と併せておよそ銀貨百枚か。
それらを受け取った所でグレイディアが次の話を持ちかけて来た。
「それで、これからはどうするつもりだ」
「それなんですが、火の迷宮ってどうなんでしょうか」
「火の迷宮だと? 何故そうなった?」
眉を顰めて睨む様に見上げられる。
また何かミスっただろうか。
「昨日教えてもらいまして」
「誰に?」
「ジャスティンという神官です」
「ジャスティンか……。よし、お前らちょっと上に行くぞ」
「え?」
「いいからついて来い」
そうしてグレイディアを追って受付に入り、その奥にある廊下へと向かった。
廊下の中腹にある階段を上がり、二階の一室の前に辿り着く。
特別何かある訳でもなく、グレイディアがその扉をノックして入室した。
「入るぞ小僧」
「何か用か婆さん」
中に居たのは血管の浮かんだ筋骨隆々なスキンヘッド。
毛の一切の無いタコ親父。
ギルドマスターだった。
タコ親父が幼女の外見のグレイディアを婆さん呼ばわりとか、異様な光景である。
机の向こうに腰かけたタコ親父は俺を見つけると読んでいた資料を放り、睨む様に全身を見る。
「そいつがライか」
「そうだ、色々話すべき事があるから連れて来た。とりあえずこれがライの今回の成果だ」
そう言ってグレイディアは四枚の地図をタコ親父に差し出した。
タコ親父はそれを一枚一枚見て、確認した。
よく見れば先程放った資料は以前グレイディアに買い取ってもらった雑な地図だ。
ギルドマスター、一応見ておくか。
ヴァン 人族 Lv.35
クラス 用心棒
HP 1400/1400
MP 160/160
SP 35
筋力 800
体力 800
魔力 160
精神 360
敏捷 800
幸運 360
スキル 剣術 格闘術 光魔法
クラス用心棒だ。
習得条件は強敵を排除する事だったはずだ。
冒険者として活躍していたとグレイディアが言っていたし、何かしら功績があったからこそのギルドマスターなのだろう。
地図を見終えたタコ親父ヴァンは、俺を見て、グレイディアを見て、開口した。
「それで、話ってのは何だ」
「まず、以前言った通り……」
「わあってるよ、少なくとも今はライの情報は売ってねえ」
グレイディアが口止めしてくれていたらしい。
ありがたい。
「わざわざその確認に来たんじゃねえんだろ?」
「ジャスティンが来ているそうだな」
「あの怪力変態野郎が? こっちに情報が回って来てないって事は、街に入ってそんな経ってねえな。しかし何故今更?」
「知らん、このライが出会ったそうだ」
「はあ? せっかく婆さんがミクトランから庇ったのに、今度はあっちに首突っ込んだのか?」
何だ怪力変態野郎って。
いかんな、よくわからないが何かやっちまった様だ。
「まぁ、問題はそこではない」
「そうなのか?」
「火の迷宮を勧められたらしい」
「ほう」
グレイディアとヴァンは腕を組み、揃って俺を睨み据えた。
冒険者としては問題は無いはずだが、俺が何をしたというのだ。
モンスターが強すぎるだとか、そういった理由だろうか。
「……で、お前さんは行くのか?」
「私は特に迷宮にこだわりはありませんので、適正なレベル帯……強さの迷宮があればと思い、グレイディアさんに伺いに来たのです」
「つまり火の迷宮が適当な強さだったら行くって事か?」
「まあそういう事ですね。冒険者ですし」
「ふうん」
「ほう」
何だその反応は。
ヴァンが溜め息をついて話し出す。
「まず、火の迷宮は北方にある」
「そうなんですか」
「お前が以前征伐した魔族が根城とした開拓地の、もっと北だ」
魔族征伐戦の舞台となった地は此処から二時間程北上した位置にある。
そこから更に北という事は結構遠いのだろうか。
もう少し手近な迷宮があると良いが。
「北だ」
「はい、北ですか」
「先王領域だ。意味はわかるか、勇者」
俺はまた口をすっ転ばせたのだろうか。




