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第96話「嵐のあと」

「ふわあ……。すみません、ライ様。はしたない所を……」

「いえ、もう随分経ちましたから。そろそろお帰りになられた方が良いのでは?」

「エニュオが迎えに来るので、大丈夫……です」


 対面に座るフローラは欠伸をし、眠気眼に俺を見ていた。

 時刻は四時、もう早朝だ。


 フローラは戦いに興味がある様であれから延々話し続け、始めは目を輝かせて聞いていたフローラも途中からは舟を漕いでいた。

 それでも俺の冒険を聞かせてほしいとせがまれて、ただただ話していたのである。

 元の世界では生活習慣が崩壊していた現代っ子たる俺はこの程度は問題無いが、フローラはもう限界だろう。


「エニュオさんを呼んで来ますね」

「はあい……」


 多分意味も理解せず反射的に返した言葉だろうが、俺は立ち上がって扉へと向かった。

 扉を開けてすぐ横を見ると、金髪の近衛騎士……やはりエニュオが居た。

 ただし腕を組んで立ったまま器用に寝ており、放っておけばまだまだ夢の世界から迎えに来れそうもない。


「エニュオさん、朝ですよ」

「うーん、むにゃ……ん?」

「おはようございます」

「ライ……殿? はっ!? 何故貴殿が此処に?」

「それを聞きたいのはこちらなのですが。此処は私の借りた部屋の前ですよ」

「う……うむ。そうか、そうですね。ハッハッハ、どうやら寝違えた様です。私は寝相が悪い事で有名でして」


 寝違えて廊下に立っているとかどういう状況だよ。

 実直過ぎて絶望的に嘘が下手なのだろう。

 目を逸らしたエニュオを見ていると、部屋からふらふらとフローラが出て来た。


「うーん、エニュオ。私もう駄目……早く帰りましょう……」


 目の下に微かに隈を作って眠気にふらつくフローラを見て、エニュオは途端に表情を輝かせる。

 そうして俺と目を合わせたかと思うとおもむろに下半身へと目をやり、頬を染める。

 再び目を合わせたかと思うと、視線を泳がせつつ口元を緩めた。


「まさか一晩中とは……。ふふっ、生娘相手に容赦が無い。英雄色を好むとはまことですなッ!?」


 何だその何処ぞのおっさんみたいな台詞は。

 いつかのデジャヴで地上を思い出してしまい、反射的にエニュオの腹を拳で小突いてしまった。

 柔軟性のある良い腹筋だ。


「何をする突然!」

「何もしてませんよ」

「何ッ!?」

「何もしてません」

「え……?」

「一晩中冒険話をさせていただいただけですので」

「う、うわああああ!」


 躓きながら離れて行ったエニュオは、困惑の表情で俺へと振り返る。


「そ、それでは、ライ殿はもしやあちらの気が……? だから仲間も興味の無い女ばかりを連れて……。憐れ姫様……心中お察しします……」

「どちらの気か知りませんが、こちらの気しかありませんよ。それでもホイホイお姫様に手を出す訳ないでしょう。良いからさっさと帰してあげてください、道中くれぐれもお気を付けて」

「待ってほしい! で、では何が悪かったのだ!? 姫様と完璧に練ったのに!」


 フローラが王城を出られたのは間違いなくタヌキ親父ボレアスの差し金だろうが、昨日のあれは二人で考えた作戦だったのか。

 何を考えているのか。

 いや、特別王族の仲間入りを拒絶しない者であれば必殺だったかもしれない。


「あからさま過ぎるでしょう。もうちょっとこうラッキースケベ要素がないと」

「らっきいすけべえ? それは、一体……?」

「要するにもっと自然体で、でも見せる所で見せていけば良いんじゃないでしょうか。躓いて倒れたら見えちゃったみたいな、あくまで間接的に、沸々と欲情を煽る様に」

「おお、なるほど……。では次はその様にしよう」


 まだやる気なのか。

 本人の前で宣言するものではないだろう。

 二人はこの調子だし、留意すべきはタヌキ親父ボレアスという事になる。


 フローラは正義感が強いせいか正々堂々と来るし、エニュオは変な所で生真面目だ。

 この二人が回りくどい罠で俺をはめる事はないだろう。

 数日間尾行した挙句やっと行動したのがあれだし。


 ともあれ昨日の時点でも結構やばかった訳だが。


 あの腋見せなんかは狙ったものだとしても恐ろしい破壊力だった。

 狙ったものではないだろう太股チラ見えも素晴らしかった。

 タイミングが悪ければ俺のドラゴンがバスターしていたかもしれない。




 フローラがエニュオに支えられふらふらと帰って行ったのを見送って、うんと伸びをして部屋へと戻ろうとした時、黒い影が近付いていた。


「うお!?」

「ライ、おはよう!」

「ヴァリーか、おはよう」


 低位置からタックルの如き猛烈な抱擁を仕掛けられた。

 紺藍の猫娘ヴァリスタだ。

 突進の勢いを利用してそのまま抱き上げて部屋へと入る。


 少し重くなっただろうか、猫耳をあちこちに向けて肩口に頭を擦り付けて来るヴァリスタを撫でつつ着席する。

 相変わらず猫みたいな奴だと思いつつ撫でまわしていると、突然頭を引き離して臭いを嗅ぎ始めた。


 耳をピンと張って見る見るしかめっ面になっていくヴァリスタ。

 尻尾が不規則に揺れている。

 不機嫌アピールだ。


「ライ、メス臭い」

「メス……というと、やっぱりフローラが居たからか」

「フローラ? 何で?」

「ああ、お別れの挨拶に来たんだ。もう帰ったよ」

「そっか、じゃあいい」


 再びがばりと抱き付いて来たので、俺も撫でまわす。

 高級宿、愛猫と朝の一時。

 優雅な朝だ。


 この後の予定を考えると胃が痛くなりそうだが。

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