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第94話「旋風一夜 上」

 街の北側から引き返し、南の高級宿に入る。

 二部屋を取って一緒に食事を済ませた後は男女に別れて一日の終わりとなる。


 時刻は二十一時。

 ヴァリスタなどは肉の夢を見ている頃だろう。

 風呂にも入りさっさと寝てしまいたいが、今日はやる事がある。


 マッピングの確認と書き込みだ。

 一人掛けには大き過ぎる中央の机に地図を広げ、インクと羽ペンを用意する。

 街灯は消える事が無いから、カーテンを閉めなければそれなりに明るい。


 いざ始めようという時、扉がノックされる。


「どちら様ですか」

「ライ様、私です」


 やたら股間に響く猫撫での声色から女性であるとはわかるが、この作った声はオルガではあるまい。

 ましてやシュウもこういった声を出す人柄ではないし、誰かと約束した覚えもない。

 マップを見てみると、ドアの向こうには一人だけの様だ。


「こほん……フローラです」

「フローラ姫ですか。これは失礼しました」


 鍵を開けると、そこにはプラチナブロンドに碧眼。

 兜代わりの軽装バイザーは付けておらず、肩当や籠手といった物も無い。

 胸当てとノースリーブなワンピースを着ているだけだ。


 プラチナの髪と白い肌に白いワンピース、胸当てもまた白銀で、まさに白一色と言っていい。

 さて、何故此処に居るのか、嫌な予感しかしないが――。




「ライ様、ご寝室に入ってもよろしいですか?」

「……」


 何だよご寝室って。

 俺は今、多分黒い瞳を更に暗く落として眼下のフローラを見下げている訳だが、フローラがあからさまに挙動不審になり始めて俺は更に警戒を強めた。

 フローラのその胸の前で握った右手がどうにも姫の決意を秘めていそうで、やはり嫌な予感しかしない。


 腰にはエニュオと同様幅広の刃を持つ剣を帯びており、どうにも入室の許可を躊躇われる。

 冒険者ギルドを通して俺の尾行を咎められたから報復に来たとかだったりしないだろうか。

 暗殺なんてされたらたまったものではない。


「どういったご用向きでしょうか」

「ライ様とお話したく……」

「こちらでお聞きするのではいけませんか」

「ええ! い、いえ、そうですね。大切なお話故、出来れば人目につかぬよう、耳に入らぬよう、ご寝室へ入れて頂ければと」

「……わかりました」


 ぱっと赤くなったフローラは、廊下へと視線を移して二度三度と小刻みに頷いた。


「エニュオさんもいらっしゃるんですか」

「い、いえ! 居ませんわ! 私一人です!」

「はあ……」


 マップを見てみると廊下の隅辺りに白点があった。

 これ絶対エニュオだろ、何やってんだこいつら。


「では、お邪魔します……です」

「お掛けください」

「ありがとうございます」


 椅子を引いてフローラの着席を促す。

 ミクトランの姫だから、下手な真似は出来ない。

 さっさと話を聞いて追い返すべきだろう。


 椅子の手前まで来たフローラは、立ち止まって横合いから俺を覗き込む。

 プラチナ縦ロールが揺れて、ふわりと垂れた。


「あ、熱いですわね」

「いえ、別に」

「そ、そうですか……。あの、ライ様」

「何でしょうか」

「この胸当て、外して頂けませんか」


 脱衣プレイかな。


 フローラは赤らめた頬で流し見ながら左手で髪を軽く退かすと、右腕を上げてその腋を晒した。

 その綺麗な窪みは色々擦りつけて握らせたくなるレベルだが、ここでマップ上に変化が起きた事で俺は警戒を取り戻す。

 廊下の隅にあった白点がこの部屋の前に移動した事で、俺は確信した。


「恥ずかしながら普段鎧など付けませんので、そういった事には不慣れなのです」

「構いませんわ。どうぞライ様、お願いいたします」

「それにフローラ姫にもしもの事があればボレアス王に顔向け出来ません。やはりエニュオさんをお呼びしましょう」

「え!? い、いえ! お気遣いなく!」

「私の様な素性も知れない男と二人きりというのは些か以上に危険かと存じ上げますが」

「ああ、後生ですから! 外しますわ! 自分で外しますから!」


 フローラは俺の体を狙っている。

 いや、もしかすれば俺を懐柔する為か、まさか姫を尖兵に送り出すとは。

 これに手を出した時点で俺はミクトランに縛られる事になるだろう。


 エニュオらしき白点が部屋の前に居るのは、近衛騎士は見たとか言って王に告げ口する為だろう、異世界恐るべし。

 だが俺にはシュウという煩悩の塊を具現した存在がある。

 フローラはそれはもう見目麗しい美腋美尻の少女だが、残念だったな、シュウのパンツァー事件を前に生き残った今の俺は鋼の精神を得ていると言っても過言ではない。




 フローラが胸当てを外し、剣と共に机へ置いた所で俺は話を再開する。


「それで、どういったご用向きでしょうか」

「ええと……。そう! これ、これは何なのですか?」


 フローラは机の上の地図を指差す。


「土の迷宮のマッピング――地図の確認と、仕上げをするところだったのです」

「そうなのですか……。あの、作業に戻って頂いても構いませんわ」

「しかし何か私に話があったのでは」

「い、いえ。それが終わってからで構いません」

「では少々お待ちください」


 俺が対面の椅子へと向かうと、フローラはついて来た。


「あの、そちらに腰掛けられては……」

「是非近くで見せてください」

「そうですか。では失礼して」


 椅子へと腰掛け羽ペンを手に取ると、隣に立ったフローラは地図を覗き込んだ。

 どうやら本当に興味津々らしく、釘付けになっている。

 窓から入る街灯に浮かぶ姿は、横合いから射す光に少し逆光気味に映える。


 その胸当てを外した事で露わになったワンピースは、穢れの無い白で、微かに刺繍がある程度のシンプルなデザインだが美しい物だ。

 俺にはわからないが、材質も高級なのだろう。

 腰のすぐ下辺りまでしかないそれが揺れると、中腹までをロングブーツに覆われた太股が微かに見える。


 どうにもチラリズムが刺激されるが、無自覚なのが困ったものだ。


 というか土の迷宮前の雑木林で尻丸出しだったし、ワンピースの下は、ブーツの下は、生足なんだよな……。


 やばい、これ以上はいけない。




 俺は心を鎮めてマッピングの確認に移った。

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