第93話「聖職パンチャー」
シュウの服装も整え、次に向かったのは教会だ。
場所は街の北側。
俺達は冒険者ギルドや高級宿がある南側で活動しているから、北の施設に入るのは初めてだ。
教会と言えば、冒険者としては神様にお願いしてパーティ編成してもらう場所という認識が強い様なのだが、今回は解呪だ。
北の一角、純白の巨大な建物がそれだ。
街灯で照らされた石造りの建造は実に見事で、これが日光の下であれば更に壮観だったであろう。
入り口は高い位置にあり、長い石段を登り厳かな雰囲気を持つ教会へと入ろうという時、中から出て来た牧師風の服を着た男に声を掛けられた。
「これはこれは……エルフ連れとは珍しい。それにその髪と目、勇者ですな?」
「……私は冒険者ライです、勇者ではありません。失礼ですが貴方は?」
「おや、そうですか。私旅の神官のジャスティンと申します。これでも神官としては名が通っているつもりだったのですが、以後お見知りおきを」
「そうでしたか。何分冒険者として常日頃戦闘に身を置いておりまして、俗世には疎く」
茶色に近いくすんだ金髪の左右ががっつり剃られている。
顎のラインに髭を蓄えた、紳士的な風を装ってはいるが厳つい男だ。
体格も良く、着込んだ牧師風の服が窮屈そうに張っており、拳にはグローブがはめられている。
服の上からでもわかる逞しい腕には分厚い本が抱えられている。
その外見から、歳は少なくとも三十は越えているだろう。
ジャスティン 人族 Lv.40
クラス 神官
HP 1195/1200
MP 265/1200
SP 40
筋力 400
体力 400
魔力 1200
精神 1200
敏捷 400
幸運 1200
スキル 剛腕 格闘術 光魔法 神聖魔法
HPの減少は不明だが、旅の神官と言っているくらいだからMPが減っているのは治療で消費した為だろう。
しかしアースイーターの持っていたあのスキル剛腕を保有しているとは。
これは固有スキルといっていい物だろうから、先天的な物か。
牧師服の下には細い下半身があるのだろうか。
格闘術持ちという事はあのグローブも武器だろうか、気になったのでターゲットしてみる。
カイザーナックル 格闘
追加効果 武器防御
武器防御付きとは、中々良い武器の様だ。
しかし剣の二刀流とは違い、格闘武器は両手に装備しても大丈夫なのだろうか。
見た目的には重量も無さそうだし妥当だが、だとすれば格闘武器はかなり有利……でもないか。
リーチがまるで違うから、やはり普通は長物の方が圧倒的に有利だろう。
ジャスティンの場合は剛腕の恩恵があるのかもしれないが、拳で戦うというのは中々、正気ではない。
腕に抱える分厚い本もターゲット表示してみる。
魔法の書 魔導書
MPを消費して魔法を発動する。
魔導書、こういった物もあるのか。
ジャスティンは光魔法と神聖魔法が使えるから、わざわざこれを持つのは見栄えの問題だろうか。
もしかすれば魔導書限定の魔法攻撃なんかもあるのかもしれない。
こうして話しかけられる事は少なかった為警戒して色々と盗み見てしまったが、特別怪しい点はない。
強いて言えばレベルが高い、やたらに高い。
戦闘が得意そうな外見だし、魔族征伐戦で蓄積されたのかはたまた――。
レベルが上げられるに越した事はない、聞いてみるか。
「見た所ジャスティンさんは戦闘にも精通している様ですが」
「ハッハッハ。精通とまでは行きませんが、それなりには」
「出会って間もなく大変不躾なお願いなのですが、よろしければレベルを上げるコツと言いますか、お勧めの場所何かがありましたら教えて頂ければと」
「コツというのは特にありませんが、場所といえばやはり火の迷宮ですな」
「火の迷宮ですか、ありがとうございます」
「お役に立てて幸いです」
火の迷宮か。
土の迷宮、火の迷宮と来て、やはり水と風もあるのだろうか。
しかしジャスティンのレベルを見る限り、火の迷宮は相当手強いモンスターが相手となるだろう。
今の俺達でレベル40のモンスター相手にレベリングは自殺行為に近い。
せっかく地下での地盤を固めたのに、ここで急いて失敗しては元も子もないから、他でレベルを上げてから行くべきか。
とりあえず地下ではレベル40までは上げられるとわかったから、そこまで上げてから塔攻略へ移行するのが妥当といえる。
塔は地上――六十階層まで突破しなければならないから、中途半端な状態で突入して途中で撤退ともなろうものなら、行きと帰りで消耗して潰れてしまうだろう。
「ところでライさんは教会にどういったご用で?」
「こちらの装備がどうにもおかしいので、呪われていたりしないかと思い」
「ふむ……」
ジャスティンは爪盾パンツァーを見たまましばらく、ふと振り返って答えた。
「どうやら呪いの類は掛かっていない様ですな」
「そうですか……って、見てくださったんですか。お代は?」
「いえ、結構ですよ。魔力は回復しますし、これも何かの縁でしょうから。それでは私はこの辺で……」
「銀貨十枚、お支払いします」
俺はジャスティンの手を取って、銀貨を握らせた。
確か以前僧侶エティアが呪いの有無の判定に提示した金額がそれであったはずだ。
ジャスティンはその厳つい顔を困らせ、遂に折れて受け取ると去って行った。
しかし爪盾パンツァー恐るべし。
呪いというよりは、装備枠の限定だとか圧迫なのだろうか。
脚の着衣が不可能になる代わりに盾攻撃が使える様になるというのは、スキル剛腕の脚力弱化という副次効果とも似ている気がする。
代償も大きいが使い様によっては強力だからこそと考えておこう。
「やっぱりメイド服を着る必要があるようですね、シュウさん」
「でもよく考えてみたらこのスカートでも……」
「いえ、メイド服の方が良いです。絶対」
「そ、そうですか?」
やはりメイド服でなければならない。
シュウへゴリ押す中、白緑の髪を揺らして近付くオルガ。
穢れなき深緑の瞳は、また穢れた事を考えていそうだ。
「ご主人様、ボクもメイド服着てあげようか」
「オルガはそのままで良いだろう」
「えええ、どうして」
「ほら、オルガはスレンダーだし、今の服装も良く似合ってるぞ。それにメイド服はスカート状の部分が弓には邪魔だろう」
「むむ……」
オルガは何故こうも変な所で積極性を出すのか。
あの奴隷商で初めて会った時の彼女はもう居ない。
「ライ、私は?」
「ヴァリーがお洒落をするのはもうちょっと大きくなったらだな」
「もう大きくなったよ!」
「そうだな、大きくなったな」
ヴァリスタもまた張り合っているが、こちらは可愛いものだ。
その紺藍の髪を撫でてやると、尻尾を震わせて破顔する。
安心しきってだらけたこの表情もまた、奴隷商で買い上げた時には想像もつかなかったものだ。
「さて、今日はもう疲れただろう。宿で休むとしよう」
土の迷宮攻略を終えて、ようやくの休息だ。
火の迷宮はまだ早いだろうから、次に向かうのは何処になるか。
パンツァーの件で気は進まないが、明日にグレイディアへと相談するべきだろう。




