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第91話「ダンジョンバスター」

 いつもの受付嬢の下へ向かうと、彼女と話すより先にグレイディアの真っ赤な瞳が、視線が突き刺さった。

 奥の椅子からちょこんと下りて、金髪を揺らして寄って来る。

 黙っていればヴァリスタに勝るとも劣らない可愛さなのに。


「来たな」

「どうも」

「その顔、遂に攻略したか」

「おかげさまで」


 にっと俺は口元を歪めた。

 グレイディアも同様に口元を怪しく歪める。


「え? どういう事です?」

「土の迷宮は、俺達が潰しました」

「そうか、見事だ。迷宮攻略の話はまた今度ゆっくり聞かせてもらおう」

「え? え?」


 事態の読めていない受付嬢を置き去りに、俺とグレイディアは話を進める。


 マッピングについては四階層が未完成である事と、三階層の宝箱の配置やモンスターハウスなどを明記していなかったから、そこら辺を書き上げて明日に提出するべきだろう。

 既に迷宮は失われたが、完璧に仕上げて出した方が目立ちやすいはずだ。

 何よりトラップの配置などは資料としては価値があるだろう。


「マッピングした地図はまた明日にでも纏めて持って来ますね」

「良いだろう。ただし買い叩かれるだろうがギルドに直接買い取らせろ、お前の為にな」

「それは……?」

「お前、ミクトランに狙われていただろう」




 グレイディアは知っていた。


 どこまでかは不明だが、少なくとも国が俺を取り込もうとした事を。

 いや、そもそもとして冒険者ギルドと国というのは密接な関係なのではないだろうか。

 だからこそ俺という冒険者が迷宮で活躍する前に騎士達に知られていた訳で、例えば有益な冒険者の情報を国に売って利益を上げていても不思議ではない。


 街へ入る検問と、冒険者ギルドという無法者の職業所。

 ふたつの監視でもって塔の街の平和は守られているのかもしれない。

 そしてだからこそ、俺の様な奴でも街へ入れる。


 力ある者を雇用すれば、それは国に有益なものとなる。

 とはいえ人格に問題があれば、不利益も発生する。

 そんな選別が長い目で行えるのもまた、冒険者ギルドという組織なのではないだろうか。


「お前を嗅ぎまわっている連中がいる。気付かなかったか?」


 完全にフローラとエニュオの事だろう。


「別にミクトランに肩入れするのを否定する訳ではない。むしろ真っ当に生きるのであれば国に仕えるべきだろう」


 だがな、とグレイディアは腕を組んだ。

 小柄な幼女は、しかしたっぷりの貫録を持って俺を見上げた。


「私としてはお前には冒険者として活躍してもらいたい」

「それはまた、どうして」

「楽しいからさ」

「それだけですか?」

「お前は賢い、色々な意味でな」

「やめてくださいよ」

「褒めているんだよ。いつかの馬鹿者と違い、この停滞した世界でお前は何かを成してくれるんじゃないかと、私はそう感じたから」


 よく、わからない。

 グレイディアとしては、俺が冒険者として迷宮を踏破していくのが見ていて面白いという事か。

 いつかの馬鹿者とは、もしかすれば俺と同様、この地下に生きた先人の勇者かもしれない。

 グレイディアの事だから、それはもう遠い過去の話なのだろうか。




 ここまで話を理解していなかった受付嬢が突然声を上げた。


「ああーっ!? グレイディアさん! あの資料を買い取ったのってもしかして……!」

「資料? マッピングした地図ですか?」

「実に有効だったぞ。何せ塔の街の腑抜けた冒険者の中では突出した成果の証だからな。ギルドマスターの小僧にはこれを手放すようなら血祭りに上げるぞと諭しておいた」

「何やってるんですか」


 脅迫じゃねえか。

 ロリババアこわい、こうやってお局の地位に就いたのだろうか。

 敵対したくない女ナンバー1だな。


「まぁこれはそこまで重要ではない」

「えええ……」


 ギルドマスター脅され損か。

 確か魔族征伐戦で冒険者達を担ぎ上げたあのスキンヘッドのタコ親父がギルドマスターだったはずだ。

 グレイディアへの恐怖で禿げ上がったのだろうか。


「前回は未知の二層を攻略、今回で迷宮を踏破、破壊。龍を撃滅する者が、迷宮を撃滅だ。これだけの商売道具、もはやギルドとしては野放しには出来まい」

「商売道具って……」

「この街には先王時代より名のある冒険者が居ない。ここにライという冒険者を掲げる事で、ギルドとしてはひとつの看板となる」


 冒険者ギルドがミクトラン王家へ俺の情報を売る心配が無くなったという事だろうか。

 明確にどちらかへ肩入れするつもりはないが、ミクトラン王家と冒険者ギルドであれば無法なギルドの方が動きやすいだろう。

 それに何より、冒険者として名が上がるのは俺にとって願ったり叶ったりだ。





「此処のギルドマスターの小僧は実力はある。かつては冒険者として活躍し、荒くれ共の扇動も下手ではない。だがな、小僧がギルドマスターになったその時には時代も、環境も――全てが最悪の条件だったのだ」


 塔と土の迷宮。

 どちらも日銭稼ぎにしか使われない最悪の立地条件。

 いや、むしろ土の迷宮のせいなのだろう。


 グレイディアはひとつの層自体が罠である事は少ないと言っていたが、土の迷宮は二層、三層と続けてあれだ。

 迷宮は人との奪い奪われ――歪な共生関係にあるから、殺意を持ってモンスターを生み出していれば当然人は来なくなる。

 だから恐らく普通の迷宮は階層が深くなるにつれて徐々に強力なモンスターを出し、徐々に宝で釣り、人が来るように仕向ける。


 共存する為には表向きはフェアでなくてはならない。

 明確な悪意は悪評を広め、迷宮自身が損をするのだ。

 だから低階層であからさまな罠を張るのは悪手。


 それを、ある意味テンプレートの部分を全てぶち抜いて出来上がった塊こそが、土の迷宮だったのかもしれない。

 そうして此処に集う者は物好きか、はたまたその日暮らしの荒くれか。

 いつしかそうなっていったのだろう。




 ともすれば土の迷宮は弱っているどころではなく、風前の灯火だったのだ。

 やはり最後の力で俺達を倒し吸収するつもりで、それに失敗した。

 その害悪の根源たる土の迷宮が消失し、停滞していた街はこれからどう変貌していくのか。


 これこそがグレイディアの望んだ変革なのかもしれない。


 であれば俺は初めから上手い事使われていて――。

 自壊すると教えられたのもまた、さっさと壊してこいというお言葉だったのだろうか。

 もしかすればこの冒険者ギルドで目を付けられた時点で、このロリババアの中ではここまでの流れが出来上がって――やめよう、深読みすると胃が痛くなりそうだ。


 何よりどれだけ生きているのか知れないロリババアの考える事なんて、たった十八年生きただけの俺には理解出来そうもない。


 それでも結果として、冒険者としての評価は手に出来た。

 もう足元を掬われる心配はない、と思いたい。

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