第9話「いかれる勇者、おちる勇者」
「もう話はいいかしら」
冷たい声が聞こえて俺はその声の主を睨み付けた。
暗がりに佇んでいた、金色の髪に、赤い瞳――ナナティンだろうか。
「ナナティン……なのか? お前、たぶらかしたな」
「失礼しちゃうわ、正当な契約よ」
「他の連中はどうするつもりだ」
「見かけによらず仲間思いなのね。安心なさい、勇者は貴重よ。彼の手駒としてしっかり働いてもらうわ」
「手駒だと!? そんな言い方をするな! 皆は僕の仲間だ!」
「あー、はいはい。それより、貴方自身の心配をした方が良いのではなくて?」
話し方も、目付きも嫌な感じだ。
こっちがナナティンの素なのだろうか。
「それにしても、当てが外れちゃったわ。せっかく伝説の勇者の剣が手に入ったと思ったのに、ただの鉄の塊だったなんて」
溜め息をついて、ナナティンは俺を見下した。
「何故、俺だけ隷属させなかった」
「あら、知っていたの?」
「れいぞく? 何だ、何の事だ?」
「いいから貴方は黙ってなさい、大人の話よ」
「クソッ! 馬鹿にして!」
イケメンは忌々しそうに壁を蹴りつけた。
ナナティンは滑るように俺の下に来て、耳元で囁く。
「貴方はレベルこそ低いけれど、下手に頭が切れるみたいよね。専属でメイドを付けた理由、思い当たらない?」
「色仕掛け……か?」
「そう、貴方に付けたあの村娘を探すのは大変だったのよ。失敗しちゃったみたいだけどね」
「その色仕掛けも隷属でさせるとは良い趣味してるな、お姫様」
「お褒めに預かり光栄よ、勇者様」
頬に口付をかまし、笑みを浮かべて離れていった。
その先には腕を組み苛立ちを隠せていないイケメンがいた。
「憐れだな」
「何っ!?」
「お前じゃゴリくんほどの指揮は出来ないだろう。このままお山の大将でいれば、一階層も突破出来ずに死人が出るぞ」
「負け惜しみを……!」
「ほらほら、もういいでしょう。この伝説の勇者様だった村人は私が城から叩き出しておくから、頭を冷やして来なさい」
ナナティンになだめられたイケメンは俺を一瞥して去って行った。
ナナティンはそれを見送って、俺に向き直った。
「レベルが上がれば飼い殺してあげたのに、その中途半端に切れる頭は邪魔でしかないのよ」
俺は睨み据えて、半ば癖となっていたのかステータスを確認していた。
ナナティン・ミクトラン 人族(魔族) Lv.15
クラス 王族
HP 300/300
MP 50/300
SP 15
筋力 225
体力 225
魔力 300
精神 300
敏捷 225
幸運 300
スキル 風魔法 光魔法 闇魔法 魔の法
「魔族……」
「へえ、よくわかったわね。さすがは伝説の勇者様。もしかすれば、神の加護でも受けていたのかしらね。まぁレベルが上がらない上に剣も使い物にならない貴方ではどう転んでも堕ちるだけでしょうけど」
「何を今更」
「手遅れだったわね。貴方も、私も」
ふっと眉尻を下げたナナティンは、腰の裏で手を組んで、にっこりと微笑む。
「グッバイ、伝説の勇者様。残念だけれど、そろそろ魔力が切れそうなのよね。だからもう、夢の時間はおしまいよ」
操られた勇者達が動き出す。
HP切れで逃げる事もままならない俺を捕まえて、引きずって、暗い部屋の更に暗がりへと連れて行かれた。
俺は宙に投げ出されて、俺に何かを呟いたナナティンが見えた――気がした。
「キリサキ様!」
そんな声が最後に聞こえて、そのまま床を貫通して――いや、床は無かった。
そこは恐らく、人を処分するための場だったのかもしれない。
ぽっかりと空いた床を見上げて、そこには覗き込むナナティンが微かに見える。
俺は着地もせず、延々と暗い空を落ち続けた。
叫び声を上げる暇もなく、呆気にとられて。
どれほど落ちたか、ふと首を傾けると、下方からの微かな光を帯びる巨大な塔が見えた。
釣られて下を見ると建物が見えて、絶望した。
地面が、迫っていたのだ。
「くっそおおおおおお」
ようやく叫んだ俺は、そのまま目を覆った。
まだ俺はおちていない。
そう確信して、目を開いた。
目と鼻の先に地面があって、何故だか微風に身体が浮上した後――
「いでっ」
落ちた。