第84話「土の迷宮、土竜潜伏」
盛大に砂埃を巻き上げて跳び出して来たのは土色の肌を持つ何か。
特筆すべきはずんぐりと横に膨らむ体と、その体に勝るとも劣らない肥大化を見せる両の手。
そこから生えた鋭い五本の爪は強暴な印象を刻み込む。
しかし先細りの貧弱な口とあまりに小さな目、そして続くずんぐりとした上半身だけを地中から覗かせるその姿は、さながら露天風呂にくつろぐ肥満の中年親父。
動物であれば毛が生えていない巨大鼠とでも言おうか。
いや、恐らくこれは、間違いなく――
「土竜だな」
「ラ、ライ様、この化け物を知っているんですか」
「いや、うん、まあ」
とはいえ大きさは俺の知る土竜とは比べものにならないが、その造形たるやそのままスケールアップさせただけのような気の抜ける容姿。
一応は存在している目は、しかし俺達を見据えている訳ではないようだ。
何処か散漫に周囲を警戒するその様は、恐らく視覚以外の何かで感知しているのだろう。
先程の地震はあの土竜が地中を掘り進んで来た事で起きたものだろうか。
震動が収まった事でシュウらもどうにか平常心を取り戻したようで、再度臨戦態勢についた。
盾を構えると同時に地面に文様が浮かんでいる事に気付く。
それを考えるよりも早く、ピクリと一瞬動きを止めた土竜に俺の意識は集中した。
その強暴な両腕を地面に押し付け、どうやらその手でもって自身の体を地中より引き上げるようである。
「ぐっ……!?」
その肥えた上半身に反して貧弱な下半身が見えたか見えないかといった瞬間――先程までの肥満中年の様相とは裏腹に、まるで銃弾の様に一直線に飛び掛かって来た。
右の五本の爪を俺達へ向けて一点に――まるで突撃槍の如く集束させ、先制の一撃を放って来たのだ。
俺は咄嗟に前進しカイトシールドでもって受け止めたが、その突撃はまるでゴーレムの一撃と紛う程の重圧を持ち、たまらず勢いを後方へと逃しノックバックした。
盾を下げて前方を見直すと、しかしそこには既に遠く離れてその強靭な前腕で地面を掘り返す土竜の姿があった。
先程の攻撃は幻覚か――いや、そんなはずはない。
確かにこの左腕にはカイトシールドすら貫くような一点突破の凄まじい衝撃が、その痺れが残っている。
四階層。
枯渇したはずのモンスター。
見る限り、この土くれの大広間に先はないようだ。
ともすれば――
アースイーター 魔獣 Lv.15
クラス ガーディアン
HP 30000/30000
MP 0/0
筋力 400
体力 0
魔力 0
精神 0
敏捷 3000
幸運 1500
スキル 心眼 迅速 剛腕
――地面へと潜ろうとする土竜の貧弱な足腰をしかと見て、そのステータスを表示した。
まず目に留まるのは膨大なHPだ。
そして塔の六十階層で戦ったあのドラゴンと同じクラス。
あまり強そうではないが、これこそがこの土の迷宮のボスなのではないだろうか。
こちらでは守護者というのだったか。
スキルもまた興味深い。
心眼 急所を狙いやすくなる。
迅速 後退速度が上昇する。
剛腕 腕力が強化され、脚力が弱化する。
心眼は勇者の一人、九蘇が持っていたスキルだ。
急所を狙いやすくなるとは、致命的な部位を的確に判断出来るようになるという事だろうか。
例えば動物には首の動脈やそこに続く心臓などのわかりやすい弱点部位があるが、それはあくまで動物だからこそ理解出来る事だ。
それにゴブリンを見た限り、少なくとも低級のモンスターにそういった区別がついているとは思えない。
ましてやこの土竜――アースイーターは、恐らく目がほとんど見えていない。
それでもこの土の迷宮最下層のモンスター――ボスであるから、心眼によって狙い澄ました致命の一撃を仕掛けて来るという想定で動くべきだろう。
先程受けた突撃も反射的に頭部から胸部をカイトシールドで守ったが、思えばそれも急所を狙ったものだったのだろう。
迅速はバタフライエッジアグリアスにある神速の逆転された効果といえる。
これだ、このスキルの効果で俺への攻撃の直後に距離を取れたのだろう。
攻撃速度の上昇が無い事から本質的には神速の下位互換となるのだろうが、その迅速でさえ敵が持つと厄介だ。
剛腕は能力値補正のスキルではなさそうだ。
クラス龍撃の特殊効果に不運という幸運低下があるくらいだからこのスキル剛腕も筋力上昇かと思ったのだが、能力値に変化は見られない。
それどころかアースイーターは敏捷特化の様だ。
とすると考えられるのは肉体的な変化か。
ゴーレムの攻撃を盾受けしてもノックバックが発生する様に、攻撃には能力値だけでなく肉体的な影響もある。
そもそも人とモンスターは根本的に作りが違う。
骨格、体格、肉質。
そういった部分はいくら鍛えても覆せないが、それを補うスキルという事だろう。
例えば筋力値2250という一般人を大きく抜きん出た能力値が今の俺にはあるが、この数値ですら鉄塊を殴ったとしてもそれを叩き割る事は出来ないだろう。
肉と包丁がぶつかって、肉が勝てる訳が無いのだ。
それを覆すのがこの剛腕スキル、なのかもしれない。
しかし効果を見る限り、アースイーターの様に両腕が肥大し足腰が貧弱になりそうだ。
どれもスキル取得に存在しない、いわゆる固有スキルの様なものだろう。
「奴はアースイーターというらしい。後退が恐ろしい速度なのはさっきの通りだ。後は見た目通り腕力が強いから気を付ける事と、急所を突かれない様に注意」
「ご主人様、あの一撃でそこまで見破ったの?」
「見破るというか見えるというか、まぁそんな感じだ。とにかく狙われたら急所は守れ。あの鋭い爪で頭でも貫かれたら……って、もう潜ってしまったな」
アースイーターが潜った後、マップからその位置を示す赤点も消えている。
マップは上下には強い判定を持っているはずだが、そもそも迷宮ではマップに地形も表示されないし、そういった機能が遮断されてもおかしくはない。
下へと潜ってしまった事で、アースイーターの潜む地中は別階層という扱いなのかもしれない。
となればやはり頼りになるのはオルガの精霊魔法だろうか。
「ライ、またあれが出てる」
ヴァリスタの忌々しげな声に盾を構えたまま横目でそちらを見てみると、階段への道には濃い靄が掛かっていた。
地面の文様もまたドラゴン戦で見たそれと同様のものだろう。
なるほど、やはり此処はボス部屋だったようだ。
「ど、どうしましょう!?」
「大丈夫ですシュウさん、落ち着いて」
アースイーターの攻撃はスキル剛腕により一撃は重いが、筋力値自体は大したものではない。
オルガ以外は耐えられるから、今の俺達ならば持久戦も可能だろう。
そして奴はHPこそ膨大だが防御能力に乏しい。
一度捕まえてしまえば一気に削れるはずだ。
それに塔と同じなら、もし勝ち筋が見えずとも十分間耐え切れば退出可能になるはずだ。
だから今回はセオリー通り、とにかくアースイーターの動きを見切る。
全てはそこからだ。




