第8話「逆行」
「ライ様、朝ですよー」
「どうもシュウさん、おはようございます」
「あれ、口調……」
俺が丁寧な言葉遣いをしている事に、何故か残念な表情を見せるシュウ。
「さて、ナナはどう動くかな」
「ナナティン姫ですか?」
「はい、昨日話をしておいたので」
「お姫様に文句を言えるなんて、勇気有りますね。さすが勇者様です」
苦笑してしまった。
波風立てないようにと振る舞っていたのに、ああして行動を起こしてしまったからだ。
もっと考えて穏便に済ませばよかったのだろうが、シュウが操られていたという事実がどうにも胸糞悪くて動いてしまった。
部屋から出ると、九蘇が向かって来ていた。
「九蘇さん……? どうしたんだ?」
「……」
俺の声が届いていないのか、ぼうっと俺を見て、腰に視線を落とした。
「まさか……!?」
九蘇美値 人間 Lv.44
クラス 勇者
HP 2440/2440
MP 0/0
SP 4
筋力 4440
体力 0
魔力 0
精神 0
敏捷 2440
幸運 2440
スキル 達人 抜刀術 剣術 心眼 必殺
状態 隷属
最悪だ。
シュウはまだしも、このステータス相手に取っ組み合いで勝てるわけがない。
というか首輪をはめるだけで操れるとか、チートってレベルじゃな――
「首輪が、無い?」
どういう事だ。
何か魔法的なものなのか、だとしたら俺には解除出来ない。
そしていつの間にか、辺りには他の勇者も集合して居た。
そのどれもが、瞳に生気を感じられない。
勇者の大半が倒れたのでこれ幸いにと隷属化させたのか?
いや、平和な国の、未成熟な精神、それを狙って、はなからこれを目的としていたのかもしれない。
「くっそ!」
数人に取りつかれて、俺はすぐに身動きが取れなくなった。
力が十全に発揮される訳ではないのか、こちらがダメージを負う事も無いが、俺が殴っても勇者にダメージは与えられない。
ステータス差が、酷い。
シュウが助けてくれようとしたが、すぐに妨害され、既に近寄れなくなっていた。
そのまま引きずられるようにして何処かへ連れて行かれた。
恐らく俺も隷属化させるために、操っている者の下へ向かっているのだろう。
しばらく城内を進み、どうやら階段を下りているようだった。
どんどん下る階段は暗がりで、未だそれらしき者は見えない。
「なんだってんだ」
前方に居た勇者達がさっと離れると、その先にはイケメンが居た。
真っ直ぐに俺の下に来たイケメンは、迷わず俺の腰にある剣鞘からバタフライエッジアグリアスを抜くと、振り上げた。
その筋力で攻撃されれば、俺は確実に――
「ぐっ……!」
恐る恐る目を開くと、俺は生きていたようだった。
それから二度、三度と剣を振るわれ、俺は驚愕した。
俺にひとつもダメージが通らないのだ。
勇者の超人的なステータスから繰り出されているはずだ。
それが、ノーダメージ。
イケメンはため息交じりに話し出した。
「剛力くんにはこの剣でドラゴンを斬ったと聞かされたけど、どうやら見間違いだったようだね。なまくらどころじゃない」
「どういう事だよ」
俺は衝撃を受けた。
イケメンのステータスを見ると、隷属状態ではなかったからだ。
「初めから気に入らなかった。あの子が召喚されず、貴方が居た事が」
「あの子……? 召喚されなかったというお前のクラスの子か?」
「そうだ。そしてレベル1でありながら、勇者でもない貴方が……お前がまるでリーダーのように振る舞っていた事が!」
「それは勘違いだ。確かに指揮は執っていたが、それは集団戦の経験があったのが俺とゴリくんだけだったからだ。何より指揮に集中出来る司令塔が居た方が安定するだろう」
イケメンは苦虫を噛み潰したような表情をして、俺に剣を投げ付けた。
ダメージは、無い。
俺はそれを受け止めて掴むと、後ろ手にイケメンから隠し、そのまま思考でメニューを操作して謎空間に収納した。
「力も無いのに司令塔だと? お前のミスで、僕らがどんな目にあったと思っている! 死にかけたんだぞ!」
「ドラゴンの逆鱗の事か。判断が遅れた事は謝るよ。だがな、屁理屈になるが真っ先にボス部屋へ突入しようと提案したのは君だったろう。腰を据えてレベリングをしたり、一度塔から出て情報収集してからでも良かったわけだし、俺とゴリくんはそうする事も視野に入れていた」
「うるさい! 結局戦闘ではお前は後方で悠々と観戦しているだけだろ! ドラゴンを斬ったというのも、大方九蘇さんが斬ったのを勘違いしたのだろうなあ!?」
イケメンは苛立ち交じりに俺を見下げる。
「何とでも言ってくれ。戦闘では皆の力に頼り切りだったのは確かだからな。最後に大損害を被ったのも俺の責任だ。だが指揮に注力する人間が必要なのは事実だろう、集団戦ってのはそういうもんだ」
「お前は僕が盾で護らなければ最初の炎で死んでいたんだ!」
「俺が指示を出さなければ盾受けも出来ずにヒーラーは死に全滅だったろうがな」
「その態度が……、気に入らないんだよっ!」
そう叫んで、俺は腹を蹴り上げられた。
まさか蹴られて宙を浮くなんて経験をするとは思わなかった。
吐きそうになりながらもうずくまって堪えた。
なんとか呼吸を整えてステータスを開くと、一撃でHPが0になっており戦闘不能状態だった。
「どういうつもりだ……」
「ナナティン姫から聞いたぞ。お前塔から降りてもレベル1だったんだろ? 剣のおかげで伝説の勇者だとか持てはやされていたが、その剣もただの玩具だった」
「だったら、どうした」
「お前みたいな雑魚が、勇者を名乗って良いはずがないだろう!」
そもそも俺を伝説の勇者と言い始めたのはそのナナティンなのだが。
「これからは僕が皆を率いて戦う! お前はもう、いらない!」
「率いる……ね。ゴリくんはどうしたんだ」
「何を言っている? お前の隣に居るだろうが」
俺は隣にゴリくんがいる事に気付かなかった。
あのゴリくんに覇気がなかったからだ。
イケメン以外の勇者は全員、隷属状態だった。
「猪突猛進な誰かさんより、指揮ならゴリくんの方がよっぽど有能だろうにな」
「うるさい! ナナティン姫と共にこの国に平和をもたらすのは僕だ!」
何が目的なんだ。
「それで、伝説の勇者様としてもてはやされたいってのか?」
「違う! 召喚するんだよ!」
「は?」
「僕は塔を登り切り、あの子を召喚する!」
イケメンは鼻を鳴らし、顎を上げる。
「召喚は多大な犠牲を払って行うものらしい。しかしナナティン姫が約束してくれたのさ、塔攻略の暁には僕の願いも叶えるとね」
「昨日、そんな話をしていたのか……」
「この世界でなら僕は勇者だ! だから――」
「だから勇者様のご威光で女を落とすって?」
「お前に何がわかる! あの子は凄く素敵な女性なのに、いつも孤独で……。お前が召喚されたせいで、彼女はクラスでただ一人この世界に来れなかった! 独りぼっちなんだ! だから僕が救ってあげるんだ!」
イケメンのクラスで召喚されなかったという子は、確かこちらの世界に来て初日にゴリくんが「人を寄せ付けない雰囲気」と評していた。
俺と同じくボッチ気味だったのだろう。
しかし救うというのは些か驕りが過ぎる。
一人静かに過ごすのが好きな者だっているのだ。
その子がそうした手合いであったのならば、迷惑千万だろう。
「何様だよ」
「勇者様だよ!」
「……」
「お前とは違う、僕は本物の勇者だ! この国を救って、彼女も救うんだ!」
イケメンがこんなぶっ飛んだナルシスト野郎だとは思わなかった。