第79話「土の迷宮、炎熱の死線」
ヨウはどうにも激しく誤解をしているようで、これは正しておかなければならない。
俺はその後を追って、語りかける。
「待ってくれ、いくら強くなってもヨウを仲間に入れるつもりはないぞ」
「ふふん、そんな口を聞けなくなるくらい強くなってみせるわ」
ついに通路へと辿り着き、ふとマップを確認して絶句する。
この通路の奥には大量の赤点が見えていた。
そのどれもが動きを見せない。
嫌な予感がする。
予感というのは経験則に近い物らしい。
というか、知っている。
明確に、これは罠だと。
「待て、ヨウ!」
「何、仲間になる気になった?」
「違う! この奥はまずい、絶対に行くな。引き返すぞ」
「何言ってるのよ。ああ、エルフの精霊魔法って奴?」
「そ、そうだ。なあ、オルガ?」
「え? あ、うん。そうだね」
一瞬の沈黙――。
「さてはこの奥にお宝でもあるのね」
「違う! モンスターが居るんだよ」
「それは当たり前でしょう、迷宮なんだから」
「大量にだ! お前じゃ捌き切れない!」
「望む所よ! 私は強くならなきゃいけないんだから!」
ヨウは通路へと一歩踏み込んだ。
俺は手を伸ばして、その左腕を掴み取る。
迷宮での冒険者としての俺を知る数少ない生き証人、みすみす死地へ向かわせる訳にはいかない。
ヨウを引き戻そうという時、重い音が辺りから鳴り響いた。
全員が周囲へと目を向けて、しかしそれを把握出来ていなかった。
「あれ? ご主人様、この先にモンスターが居るみたい! でも一体何処から――」
オルガの言葉と共に、俺のマップにも異変が生じていた。
赤点が、動き出したのだ。
音が大きくなる。
まるで――そう、踏み均すようなそれは、次第に大きく騒がしくなる。
震動が起きているのではないかという程の轟音になりつつあった。
この通路に踏み込んだせいか、はたまたこの部屋に長く居たせいか。
二層のゴーレムハウスから考えてみると、どちらの可能性もある。
目前の通路の先に突入して来るゴブリンが見えた。
横幅三人分の狭い通路に大挙したものだから詰まって前進が止まり、それをしかと見たヨウを引き戻す。
「わかっただろヨウ! ここはやばい、引くぞ!」
「え、ええ」
「オルガ、精霊魔法はもういい! 何が起こるかわからないから回復に専念しろ!」
「任せて!」
「ヴァリーはシュウさんに付け! シュウさんは最後尾!」
「うん!」
「はい!」
「撤退するぞ!」
こんな馬鹿げた数とやり合えるはずがない、カイトシールドを拾い上げ、俺を先頭に走り出す。
二層への上り階段のある大通りに続く通路まで引き返したが、その中程でマップの異常がこの先にも発生している事に気付く。
少量だが通路の目前に赤点が出現しており――理解した。
モンスターだらけの部屋、いわゆる――
モンスターハウスだ。
マップの状況からするとこの三層自体がそうなのか。
どちらにしても四層への降り階段へ向かうにはモンスターハウスにぶち当たる設計なのかもしれない。
そしてそのトリガーがあの大部屋。
つまりヨウが踏み入らなくとも、いずれ俺達が発動させていた罠。
この層においてはこれこそが狙いで、道理でゴブリンが散開している一層よりモンスターとのエンカウントが少ない訳だ。
迷宮内ではモンスターを出すのもまた迷宮自身だろう。
つまりモンスターが出現させる為に何処かで生成しているはずだが、今回は奥地に最初から配置されていた。
これは二層のゴーレムハウスのように、最初から仕込まれていた罠のはずだ。
「ライ、後ろから来てる!」
「くそ、早いな」
正直、どうするべきかわからない。
先へ向かってももう間に合わない、かと言って引き返しても大量のモンスター。
囲まれれば袋叩きで、俺とシュウ以外は一瞬で殺されるだろう。
であればむしろこの通路の方がモンスターが詰まって安全と言える。
目を背ける訳にはいかない。
この状況において、何とか切り抜ける手段を見つけるしかない。
大部屋の奥の通路から躍り出て来るモンスター達を見て、俺は一瞬目を疑った。
ゴブリン、ゴーレム、エレメント。
そうそうたる面子だが、しかしそのどれもがレベル5だったのだ。
もしかすれば弱いモンスターを大量に配置する罠なのかもしれない。
いや、そもそもこれほどの量のモンスターをひとつの階層で一気に生み出すのは普通ではないはずだ。
だからこそ魔石拾いには塔だけでは足りず土の迷宮へと流れる冒険者が居る訳だし、この階層に合わせたレベル10で出現させるにはキャパシティを越えているのだ。
だとすれば、勝機はある。
「いける!」
「ちょっと待ってご主人様! 戦うの!?」
「ああ、この通路で迎え撃つぞ!」
「勝てるかなあ」
「後で何か買ってやるからやる気出せ! オルガは回復とエレメントの始末も頼む、奴だけは絶対に近づけるな!」
「わかったよ!」
物で釣ってやる気を出すとも知れないが、とにかく今は全力で戦えるメンタルを持たせる事が必要だ。
ビビッていては勝てるものも勝てなくなる。
とにかくエレメントは危険だ。
前回戦ったように先手を打てるなら別だが、今回は発見状態で向かって来るから、魔法の射程範囲に入る前に潰す必要がある。
エレメント一体ならまだしも、複数が固定砲台と化すとその瞬間火力は計り知れない。
そしてただでさえジリ貧なのに、最悪ヴァリスタやオルガを狙って来る可能性まである。
そうすると、耐え切れなくなる。
「シュウさん、大部屋から来るモンスターは任せます!」
「え!?」
「大丈夫、シュウさんならいけます!」
「わ、わかりました!」
俺がいけるという事は、つまりそういう事だ。
シュウはそれに気付いて、通路の中程から大部屋に向かって盾を構える。
通路は三人が通れる程度の幅だからシュウを抜いて数体は漏れるだろうが、それはヴァリスタに始末してもらう。
「ど、どういう事!? この狭い通路で戦うつもりなの!?」
「ヨウにも働いてもらうぞ!」
「戦うのは望むところだけど、動きやすい大部屋に戻った方が良いんじゃ……」
「馬鹿言え! 俺達は大丈夫だろうが、それで体力と火力のある前衛が生き残っても後衛は死ぬ事になるんだぞ! そもそも俺達じゃあの量は捌けない、これは個人戦じゃないんだ!」
「そ、そう。わかったわ……って、さっきの石人形も居るじゃない!」
「もう挟み撃ちになってるんだ! 前見ろ!」
「うわ!?」
ヨウが俺の横合いから顔を覗かせて、素っ頓狂な声を上げる。
大通りへと続く通路の先には既にゴーレムが立ち塞がっていた。
ヨウはどうにもゴーレムに少なからず苦手意識を覚えてしまったようだが、そんな事を言ってもいられない。
その図体によって封鎖された事で、俺達は強行突破は出来ない。
このゴーレムのレベルは10で、恐らく大通りから侵入して来る三体の赤点はどれもが後から生成されたレベル10のモンスターだ。
まずはゴーレムを削り切り、その後に控える二体を打ち倒す。
そうすれば後は大部屋から来るレベル5だけとなり、この通路で迎え撃てば後衛が危険に晒されるリスクも低くなる。
重要なのはヒーラーのオルガに攻撃を通さない事、俺がレベル10部隊を倒してすぐに安全確保してしまう事。
そしてこの場においてキーとなるのはメインタンクとなるシュウのガードから漏れるモンスターをいかに処理出来るかだ。
「ヴァリー、ゴブリン一匹たりともオルガまで通すなよ!」
「うん!」
ヴァリスタは嵐のロングソードを構え、シュウの背後につく。
その後ろにオルガ、更に後ろにヨウと俺。
シュウとヴァリスタとオルガで大部屋からのレベル5部隊を捌いてもらう内に、俺はヨウと共にこの大通りから突入して来るレベル10部隊を相手にする。
いや――
「ヨウ、お前は大部屋のゴーレムを潰してくれ」
「でも私の攻撃は弾かれて……」
「火魔法があるだろ。ゴーレムは物理特化だ、魔法なら通る。だから撃てるだけ撃って、突出してる奴が辿り着く前に潰せ!」
「なるほど!」
「抜けて来た奴の処理も頼むぞ! オルガ……あのエルフがヒーラーだ、死守してくれ! ヒーラーである彼女が戦闘不能になった時点で戦線が崩れて押し潰される、わかったな!」
「は、はい!」
ゴーレムは鈍足だが強力だ。
あれが此処まで辿り着くと面倒な事になる。
さすがにヨウもこの事態は想定していなかったのだろう、すごすごと引き返してバツが悪そうにヴァリスタの隣につく。
「さっきは、ごめん」
「今は戦闘、仲間割れは要らない」
「ありがとう……」
そう、今この瞬間だけは仲間だ。
「悪いな、ヨウもパーティに入ってもらうぞ」
「うわっ!? こ、これが特殊パーティって奴?」
「HPMP表示に気を付けて動いてくれ」
あたふたするヨウがパーティ申請を許諾し、即席の五人パーティとする。
これでHPMPが見れて戦闘も円滑に運べるだろう。
各自戦闘準備を完了したのを確認して、俺は大通り側のゴーレムへと斬り込んだ。




