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第78話「土の迷宮、円熱の始線」

「あの石人形があんなに強いなんて、不覚だったわ。でも……とにかく助かったわ、ありがとう」

「無事で何より、俺は冒険者のライ。そっちの彼女らは俺の仲間達だ。君は?」


 冒険者を強調して言う。


 何故勇者と思われたのかは……、まぁ、黒髪黒目だからなのだろう。

 地上で貰った俺の愛用防具である勇者服一式も黒と紺藍を基調としているから、そう思われない方が不思議ではある。

 だが今はシュウという黒髪の存在もいるし、正直緩和出来ているのではないかと思っていた。


「私はヨウ、これでも――これでも冒険者よ」

「そうか、ヨウ。ところで俺達は冒険者として此処に居る訳だが、何故勇者と思ったんだ?」

「だって黒髪黒目だし、ギルドでも話題になっていたし」


 冒険者に絡まれる事は無かったが、俺は勇者として知られていたらしい。

 噂というのは広まりやすいから――ああ、そもそもヴァリスタを買ったあの日、奴隷商人のレオパルドが俺を知っていた時点で有名人だった訳だ。

 ともあれそれの払拭も兼ねてヨウを救出した。


 勿論目の前で少女が死ぬのを見たくなかったという未だ抜けない生温い考えもあるが、どうせこの容姿では勇者としての知名度が消える事はないのだから、冒険者としての活躍に上書きしてしまいたい。

 この地下にどれだけの国があるのかは知れないが、組織の枠組みがある以上勇者を利用しようとする者は必ず現れるだろう。

 であればまだ見ぬ他国には勇者ライより冒険者ライとしての第一印象を与えた方が良いに決まっている。




「この迷宮はモンスターが強い、ソロはお勧め出来ない」

「そう、そうね!」


 俺の助言にヨウは赤い髪を跳ねさせて嬉しそうに応えた。

 こうしていると普通の少女にしか見えない。

 無邪気な表情は何処か気品も感じる程で、鋭い目つきも猛獣とはまた違うものに見えて来る。


 そんな赤い少女はバルディッシュを胸に抱いて、一歩二歩と近寄って来て――そうして不審に見下ろす俺を覗き込んだ。


「だから貴方、ライ! 私の仲間になりなさい!」

「無理」

「ふふん、そうね。私ほどの腕前なら当然……って、どうしてよ!?」

「どうもこうも、俺には仲間が居る」

「そんな……。まだまだ私が弱いって事……?」


 ヨウが俺の仲間になるならまだしも、俺がヨウの仲間になるというのはまずあり得ない。

 そしてどれだけ強くとも素性の知れない者を仲間に引き入れては邪魔にしかならないのだ。


 ヨウ・クレイという名前。

 苗字持ちであり、大量のスキルも持つ。

 貴族である可能性が高い。


 貴族という事は何やらに利用しよう……という感じではないか。

 ノースリーブのシャツにスカートで戦うというちょっとぶっ飛んだ思考回路の持ち主のようだし。

 冒険者をやっているという事はギ・グウの様に騎士と冒険者を兼業していたり没落貴族だったりするのかもしれないが、これはさほど重要ではない。


 問題なのは俺の秘密を厳守出来るかという一点だ。


 ヴァリスタは俺が金を出してその命を買い上げた奴隷で、オルガもこれまた一年という期間を買い取った奴隷だ。

 二人とも基本俺には逆らえない。

 シュウは俺の庇護下にある以上下手は打てないし、一応塔を登って地上に戻りたいという俺の道程にも沿う淡い目標がある。


 ヨウにはそういったある種の“弱み”が存在しないのだ。




 それにしても何故こんなラフな服装で戦闘していたのか。

 戦闘技術はあるのだから、どういった服装がベターなのかを知らないはずはない。

 せめて長袖だろうに、やはり猛獣みたいな奴だ。


「ところでどうしてそんな恰好で迷宮に潜っているんだ」

「これしかなかったのよ……」

「獣か何かかな」

「よくわかったわね」


 意外とノリが良いな。

 いや、そんな事はどうでもいい。

 ヨウが自身の血で濡れているのを見て感じたデジャヴ。

 先程の戦闘でヨウがゴーレムに弾き飛ばされた際――バルディッシュを杖代わりに立ち上がった時、ようやく思い出した事があった。


「ヨウは魔族征伐戦で残党狩りをしていたよな?」


 魔族征伐戦の後、王城から塔の街へと戻ってグレイディアと話していた時に現れた血塗れの女、あれこそがヨウ――だったはずだ。

 数奇な廻り合わせ……とは言わないか。

 あの時点で猪突猛進だったからこその血塗れなのだろうし、俺が土の迷宮二層を突破した事を知って仲間に引き入れる為に突入して来たのかもしれない。


「そうだけど……何で知っているのよ。貴方も私をドブ攫いとか言う気?」

「逆だ。罵声を浴びても魔族へ立ち向かえる者を、俺は称賛するよ」

「お、お金が欲しかっただけよ」

「ヨウの様な者のおかげで地下は成り立っているはずだ。生き残った魔族が力を付ければ巡り巡って俺達冒険者にもダメージが来る。だからその行為は本来褒められるべきものなんだよ」

「あ、ありがとう。でも、だったら、どうして……どうして仲間になってくれないの!? 魔族だって一人で仕留めたのよ! その子達より戦える自信があるわ!」

「それは――」


 ヴァリスタ達を指差して、ヨウは吠える。

 実際ヨウは強い。

 それは能力面や技術面から来る純粋な強さであるし、その猛獣の様な攻撃性も含めての評価でもある。

 だが仲間には出来ない。


「――俺と彼女らがパーティだからだ」

「どういう意味? パーティなら私と組めば問題ないでしょう?」

「いくら個人が強くとも、強力な相手には協力しないと打ち勝てない。だからだよ」

「私は強い、貴方も強い。なら私と貴方が組めば誰にも負けないじゃない」


 赤い髪を振り乱して熱弁するが、しかしそれは俺には届かない。

 俺はレイゼイを脳筋と評価していたが、あれは間違いだった。

 本物の脳筋、此処に現る。




「ライ、この女うるさい」

「待て待て、煽るなヴァリー」

「何よ! だいたいそんな小さい身体で何が出来るっていうの!?」

「貴女よりは頭が使えるわ」

「はぁ!?」


 ヴァリスタは聡い子だが、嘘がつけない口の持ち主なのだ。

 最近成長してちょっと大人しくなったと思ったが、挑発には弱いようだ。

 ヨウとの相性は最悪と言っていいい。


「悪意は無いみたいだけど、ちょっとね」

「先に進みましょうよライ様」


 他の仲間達もお冠だ。

 間接的に弱いと言われたのだから仕方ないか。

 睨み合うヴァリスタとヨウの間に割って入り、なだめる。


「悪いなヨウ。俺はこのパーティを気に入っているんだ。塔の街には冒険者が星の数ほど――じゃなかった、無数に居る。ヨウも気の合う仲間を見つければ良い」

「居ないわよ、私と並び立てる仲間なんて……」

「そうか? これでも俺は色々なパーティを見て来ている。パーティメンバーに強さの差はあっても互いに理解し上手くやっているみたいだぞ」

「駄目なのよ、そんなんじゃ駄目。土の迷宮を攻略している貴方が一番わかっているでしょう?」


 要するに塔の街の腑抜けた冒険者では釣り合わないという事か。

 ヨウにとって仲間というのはすなわち力ある者、もしくは向上心のある者。

 だから塔や土の迷宮の低階層で魔石拾いをする冒険者では駄目なのだろう。


 この赤い少女が目指す所は知れないが、俺が塔の頂きを目指すように、彼女もまた高みを目指しているのだ。


「だから私は勇者である貴方と――」

「俺は、冒険者ライだ。勇者じゃない」

「――貴方と、ライじゃなきゃ駄目なのよ……」


 しょんぼりとしたヨウに、俺も物悲しくはある。

 とはいえ自ら火種を呼び込む訳にはいかない。

 心を鬼にするしかないのだ。




 俺がネガティブな考えを巡らせていると、ヨウはバルディッシュを胸に預け、右の拳を左の掌へと叩き付けた。

 気合を入れるように打ち鳴らしたヨウは、俺を見上げて微かに笑む。


「そうか、そうよね。貴方あんなに強いんだもの、まだまだ私が弱いって事よね! なら勇者――じゃなくて、ライに認められるくらい強くなる!」

「いや、そういう話ではなく」

「貴方が納得出来る強さを手に入れてみせるわ!」


 ヨウは一人納得し、バルディッシュを肩に大部屋の奥から続く通路へと向かい歩き出した。

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