第71話「迷宮を考える」
「それでは私はこれで……」
「いや待て」
換金した魔石の報酬を受け取りつつ離れようとすると、グレイディアに呼び止められる。
「お前二層の地形を覚えているか?」
「覚えていますが」
「よし、では書け」
「え? どうしてです?」
「いいから。資料だ資料」
俺が首を傾げると、グレイディアは食い気味に続ける。
妙に知りたがっているが、現在の冒険者の状況では資料としての価値は低いはずだ。
個人的に気になるという事なのだろうか。
「それ義務なんですか?」
「では金貨一枚でどうだ、損は無いだろう」
「それなら……」
あの四角形の地形を書くだけで金貨一枚とは破格である。
若干怪しいが、書いて損する物でもない。
そんなやり取りをしつつ出された粗い紙と羽ペンで筆を進め始めると、受付嬢が困惑気味にグレイディアを諌める。
「グ、グレイディアさん、資料の買い取りはギルドマスターを通して行いませんと……」
「私が買い上げてギルドに譲渡すれば良いだろう。小僧には私から話しておく、気にするな」
「一体どうされたんですか、突然」
「必要な物だ」
俺としては買い手がグレイディアだろうがギルドだろうが構わないので、二人の会話を聞きつつゴリゴリと四角い部屋を書き起こす。
そこに開けた出入口から続く狭い外周を書き足し、階段と宝箱は適当にそれっぽい記号で記して完成だ。
静観していたシュウとオルガが地図の完成に反応を示した。
「ライ様、絵がお上手ですね」
「そうですか?」
「本当だね、地図で商売出来るんじゃない?」
「地図っていっても簡単な図形を書いただけだしな」
実際複雑な地形を書けと言われたらガタガタになってしまうだろう。
こういったものはある程度の絵の心得か方眼紙でも無ければ酷い事になる。
「そういえばグレイディアさん、昔はマッピングは珍しくなかったらしいですが……」
「そうだな」
「方眼紙は無いんですか? あればかなり楽になると思いますが」
「ほーがんし?」
言語補正が掛かっていないようだ。
という事は存在しないのか。
この粗い紙が主流なくらいだし、加工は厳しいのかもしれない。
「等間隔に何本も線を引いた紙ですね。地形を記す際に絵心が無い者でも簡単に、綺麗に記録する事が出来ます」
「ほう、面白い発想だな。だが線を引いてどう使うのだ?」
「ああ、この黒インクしかないのか……」
「ところでそれは何処の知識なのだ」
「……遠い故郷の知識ですね」
「ふうん……」
俺は引き攣った笑みを浮かべて地図を差し出した。
魔石で街灯や水を作り出すそこそこの生活水準の世界だからあまり深く考えていなかったが、方眼紙を作るには肝心の線を引く機械が無い。
何よりインクも一色しか存在していないようだから、線をなぞって地形を記すという手法は取れないのか。
いや、重要なのは上層への階段と下層への階段だろうし、線を基準としたマス目をインクで塗り潰していく形にするだけでも道程を記すのはぐっと楽になる。
ギルドである程度名を上げるのも目標だし、何よりこの先複雑怪奇な地形になった場合が怖い。
以前購入した紙とインクは余っているし、これからは思考錯誤しつつマッピングも行っていく事にしよう。
話し終えて俺の書いた地図へ視線を移していたグレイディアは、地図の中央を指差し再び俺を見上げる。
「この中央の箱は?」
「宝箱ですね。私の場合は慎重に行動し過ぎて時間が掛かったせいか付近で待機しているだけでもゴーレムが起動しましたが、本来はそれで釣って袋叩きにする設計になっているんじゃないでしょうか」
「なるほど……。低階層にしては随分狡猾だな」
「こういう階層は珍しいのですか?」
「そうだな。といっても私は迷宮には入らないから人伝の知識しかないが」
知識だけとはいえこの世界でどれほど生きているか知れないロリババアだから、当てに出来る。
以前に聞いた話とも合わせ、迷宮というのが自壊する存在ならば、人の様な意思があるのかはさておいて侵入者を餌としているものと思われる。
迷宮が生み出したモンスターは倒されると迷宮に溶けて還元されているようだが、しかし魔石が遺る。
この魔石というのが残留した迷宮のエネルギーだとするならば、迷宮で倒されたモンスターは100%の効率で還元されているものではないと見える。
つまりモンスターが倒されるほど迷宮の貯蓄エネルギーが減少していき、供給がままならなくなった末に自壊するのではないだろうか。
この考えからいくと、人が魔石を得て暮らしているように、迷宮もまた侵入者を倒してエネルギーを補給しなければならない。
もしかすれば土の迷宮は、一階層での乱獲が原因で二階層に罠を仕込んだのかもしれない。
いや、そう簡単に地形を弄れるのならばそれこそあのゴーレムハウスを撤去すれば良いだけであるし、設置したのはあの何のうまみもない宝箱くらいだろうか。
そして攻略に見向きもしない塔の街の近隣という立地条件も仇となり、遂に二階層へと降りる者は居なくなり……完全に悪循環である。
もう少し下の階層にゴーレムハウスを仕込めばハマる者も多かっただろうに。
別にそのドジっ子な穴に同情する気はないが、ATMの如く一階層を蹂躙され続けたその暗い歴史を思い浮かべると言い知れぬ哀愁を感じさせる。




