第7話「逆向」
ドラゴンを打倒すると、ドロップアイテムの龍の鱗と魔石を回収し、残ったメンバーで塔の一階へと駆け戻って騎士に事情を話し、ボス部屋に倒れた全員を回収し城へと帰還した。
戦闘不能状態は動くには動けるのだが、足取りもおぼつかないし、何より回復魔法は効かなかった。
これはガッツリ休むことでHPを自然回復させるしかないようだった。
「随分と早い帰還でしたね。ご苦労様です」
動けるメンバーで応接間に向かい、椅子に座ってナナティンと対面した。
報告を済ませると、彼女は口角を吊り上げて笑みを浮かべて称える。
「どれほど成長したか、見てみましょう」
衛兵から渡されたプレートを、ゴリくんが受け取る。
剛力武 Lv.44
クラス 勇者
スキル 達人 全魔法 魔法耐性 全属性耐性 MP自動回復
勇者達は随分またレベルがあがっていたようだ。
ナナティンは先程までの表情を驚愕に染めて、顔を上げた。
「このレベルで……ドラゴンを倒したのですか?」
「まぁ、なんとか。最後はかなり厳しかったですが」
「キリサキさんの機転がなければ全滅していたかもしれないすね」
ナナティンが訝しげに俺達を見る。
「勇者様がどうされたのです?」
「キリサキさんが指揮を取ってたおかげで何とか生き延びられたんすよ。最後なんて即死ゲーだったもんなあ。もし一歩遅れていたらと思うと……」
「そうですか、指揮を……。それでこのレベルで突破出来たと……」
ゴリくんは二度三度と頷く。
そして肝心の俺のレベルはというと――
霧咲未来 Lv.1
クラス 村人
スキル スキル?
これである。
「……」
ナナティンは暗い瞳でプレートを覗き込み、動かなくなった。
「しかしキリサキさんの最後の一撃、凄かったすね」
「あ、ああ。俺も驚いたが、急所を狙うと良いんじゃないか」
「それはそうですけど、キリサキさんって一応クラス村人じゃないすか。伝説の勇者ってのもあながち間違ってないのでは?」
「いや、剣が強いだけなんじゃないかな」
「レベル1ですもんね」
「レベル1だからな」
変な笑いが出てしまう。
俺は、ドラゴンにトドメを刺してもレベル1だった。
もはや何も言うまい。
「最後の一撃とは?」
訝しげに聞いて来たナナティンは、訝しげに俺を見る。
静かにしていたクソミネが頬を染めて話し出す。
「ドラゴンの首を叩き落としたのよ」
「ドラゴンの……首を? あの剣で?」
「そう!」
ナナティンは俺の腰にある剣を見る。
俺は無理を言ってこの剣、バタフライエッジアグリアスを常に携帯している。
俺にはこれしかないからだ。
「キリサキさん……私を助けてくれたんです……よね?」
「体が勝手に動いたというか、そんな感じかな」
「ありがとうございました!」
クソミネは俺の手を取って、キラキラと目を輝かせる。
これが吊り橋効果というやつか、突然に俺の手を握って来て、さすがに驚く。
「ちょ、ちょっとクソミネさん」
「クソミネ!?」
「あれ、クソミネって読むんじゃないの?」
「キュウソミネです!」
そうだったのか、ずっとクソミネだと思っていた。
九蘇美値と読むのか。
「そうですか、よくわかりました。今日はもう休みなさい」
ナナティンが突然話を締めた。
ナナティンの様子がおかしかったが、俺はもう色々疲れたので考えるのをやめて部屋に戻ると、いつものようにシュウが居た。
「お帰りなさいませ、ライ様」
「ただいま」
「お召し替えは……」
「ああ、いいや。今日はかなり疲れたので、もういいですよ」
茶化す余裕も無く、俺は剣を抱きかかえてベッドに倒れ込んだ。
そうしてそのまま、眠りについた。
ふと目覚めると、俺の剣に手を伸ばす不届きな輩の手が見えた。
「誰だ」
眠気眼で見上げると、シュウが居た。
すると突然俺に馬乗りになり、掴みかかって来た。
「シュウさん? おい!? シュウ!」
ステータス的には俺の方が遥かに弱いのに、シュウの力はどこか抜けているように感じられた。
まるで何かに操られているように――操る?
隷属
その単語が、頭に浮かんだ。
俺は剣を引き抜いて、シュウの喉元に宛がった。
「悪い」
聞こえているかもわからないが、そうして俺は、切った。
カランとひとつ、音がなる。
「あれ? 私……うわあ!? ライ様何してるんですか! よ、夜這い!?」
「うるせえ、いいから退け」
「うわっ、口悪い!」
「こっちが素だ」
俺はシュウの首輪を切った。
まさか切れるとは、いや切れたとして、もっと抵抗があると思ったが。
バタフライエッジアグリアスの持つ貫通効果のおかげかもしれない。
「それで、私はどうして正座させられているのでしょうか」
「お前が夜這いを掛けたからだ」
「してませんよ! だいたい私、ライ様が眠ってしまった後呼び出されて……呼び出されて、どうしたんでしたっけ?」
どうやらそうして、操られたようだ。
いや、というより、いつでも操れたのかもしれない。
その為のあの首輪なのだろうか。
「命令を出せるのは誰だ?」
「王族の方ですね」
「王族か……。ナナにでも聞いてみるか」
俺は単身ナナティンの部屋へと向かう。
衛兵も敬礼して通してくれる辺り、伝説の勇者というのは凄いものだ。
ナナティンの部屋に辿り着くと、扉をノックして返答を待つ。
「どなたですか」
「キリサキです。聞きたい事があって参りました」
「……どうぞ」
ナナティンの部屋は、白を基調とした広い部屋だった。
部屋の奥に天蓋付きのベッド、中央にテーブルと椅子。
無駄な物の無い、まるで生活感を感じられないほどの。
椅子にはナナティンと、茶髪で整った顔立ちの男――イケメンが腰かけていた。
「それでは僕はこれで……」
「もう起き上がって平気なのか? 体は大丈夫なのか?」
「……ええ、大丈夫ですよ。おかげさまで」
イケメンは俺に目を合わせず、表情を見せずに立ち去った。
彼にはHP自動回復スキルがあるからもしかしたらそのおかげで治癒が早いのかもしれないが、あの様子はどうにも心配だ。
「それで、どのようなご用向きで、勇者様」
「ああ、そうでした。私の専属メイドに何か命令を出しましたか?」
「さて、どうでしょうか」
「どういう意味です?」
「メイドですから、命令のひとつも出しましょう」
どういうことだ。
「本人は行動していた際の記憶が無いと言っていました。私には何らかの影響で“動かされていた”ように思えたのですが」
「それは恐ろしいですね。今夜はもう遅いですから、明日にでも調べさせましょう」
「しかし」
「勇者様はこの世界についてまだまだ未知の部分も多いでしょう? 明日にはきっと、色々と知ることが出来ますよ」
これで正面切って仕掛けて来たら、俺はどうしようか。
逃げた所で行き先もない。
とりあえず明日のナナティンの行動次第か。