第68話「土の迷宮、砕き細氷」
俺の言葉は耳には入らないようで、その黒髪は宙に踊った。
青い瞳は真っ直ぐに石人形を捉え、離さなかった。
一歩前進し、剣を握った手首を返す。
もはや赤錆びとは似ても似つかない白の剣は軌跡を残し、光を纏って携えられた。
二歩目に一層、踏み込んだ。
右足が着地すると同時に発光した剣が振り下ろされ、石造りを叩き斬った。
気丈にして流麗な動作を追って、その周囲には白銀の残光が無数に煌めいていた。
まるでダイヤモンドダストの如く――たった一振りの剣は、確かにゴーレムを傷付けていた。
これがシュウの閃き。
それは何か、俺の知識から言えば魔法剣とでも言おうか。
反射的にゴーレムのステータスを見て、俺は確信する。
ゴーレム 人形 Lv.5
クラス ロックゴーレム
HP 4674/5000
MP 0/0
筋力 500
体力 500
魔力 0
精神 0
敏捷 50
幸運 0
スキル 格闘術 重撃
与えたダメージは326だ。
シュウの能力値はMP以外全て260だが、筋力と魔力の合わせ技として、筋力分はロックゴーレムの特殊効果であろう硬質化に弾かれ、魔力分のみが減衰せずに通ったといった所だろうか。
だとして数値に誤差が見られるが……何にしても強力な一撃だった。
シュウが使いたがる訳である。
とはいえオルガがそうであったように――いや、この場合いつかのギ・グウのようにシュウはMPの使い方すら知らなかったはずである。
であればこれはシュウにとってただの強力な剣技のつもりだったのではないだろうか。
つまり――MPを消費するという事実に気付いていないのかもしれない。
MP枯渇は非常に危険な症状だ。
それはギ・グウでも、オルガでも見られた一種の衰弱状態。
あれは、危険過ぎる。
咄嗟に飛び出そうとして、しかし踏み留まる。
シュウはその左腕に装着した盾をしっかりと上げていたのだ。
俺は一瞬の安堵と共に振り返り、ヴァリスタとオルガへ視線を向ける。
それだけで二人は軽く頷いて見せ、俺は信じてゴーレムへと向き直る。
俺はどうにも良い仲間に巡り合えたようである。
「うっ……!」
向き直ると同時に、シュウは盾受けしたにも関わらず吹き飛ばされ、壁に叩き付けられていた。
脚に力が入っていないのかもしれない。
すぐさまに回復魔法が飛んで行き、HP的には一時凌ぎとなるが、しかし危険な状態だ。
あの盾受けも空元気だったのだろうか、だとすればやはり魔力枯渇状態に陥っているようだ。
「ヴァリー、シュウさんを!」
「うん!」
ゴーレムの追い打ちを剣で受け、ヴァリスタがシュウを回収する時間を稼ぐ。
相変わらずとんでもない重さの殴打に地を擦るが、構わない。
背後の二人に目をやると、しかしその移動はあまりに悠長だった。
「シュウ、重い……」
うかつだった。
引きずって移動してみせるも、盾自体が敏捷性を奪う装備であるようだし、剣も握ったままのシュウは小柄なヴァリスタには重すぎたのだ。
その二人目掛けた追撃を飛び掛かるようにして受け、吹き飛ばされて壁に激突する。
衝撃に息が漏れ、一瞬呼吸が出来なかった。
恐ろしい怪力、しかし引く訳にはいかない。
すぐさまに立て直してロングソードを向ける。
とにかく時間を稼がなければ。
「はぁ……はぁ……。だ、大丈夫。もう、動けますから……」
「すぐに下がってください!」
吐きだすように喋ったシュウは、小さなヴァリスタを肩を借りて離れて行った。
シュウが十分に離れた所で俺も後退し、ゴーレムは再び鈍足に追跡を開始する。
これでしばらく追い付かれる事は無い。
ゴーレムを遠方に見据え、シュウの装備を解除させて俺が装備する。
魔力枯渇は回復までが長い。
だからこそオルガが魔力枯渇に陥らないようMP自動回復効果を持つバタフライエッジアグリアスを持たせている訳で、この症状が治まるまで待機というのは得策ではない。
何せゴーレムは鈍足ながら延々と追って来る。
これが普通の状態であれば引き撃ちで一方的に圧倒出来るのだが、状態の悪い仲間が居ては厳しい。
以前魔力枯渇でぶっ倒れたギ・グウから察するに、シュウもまたいつリバースしてもおかしくない状態であるはずだ。
「ヴァリーはシュウさんを出来るだけ遠くに」
「うん」
「シュウさん、あれを倒すまで少し辛抱してくださいね」
「ラ、ライ様……ごめんなさい、私……」
「話はまた後で、行くぞオルガ」
「任せてよ」
前衛の俺、後衛のオルガ。
こうなってしまっては戦略もクソもない。
シュウの元に辿り着く前に、オルガのMPが尽きる前に、ゴーレムを削り切る。
少しでもシュウに近寄らせないよう全速力で接敵する。
しかしやはり、速度が出ない。
左腕に装備したこれが大盾であったらもっと酷かったのではないだろうか、少なくともアタッカーが持つものではない。
それでも速度を出して接近し、ブラッドソードで殴りつける。
反撃に盾を合わせ、押し潰されそうなところをノックバックで緩和する。
痺れる左腕を下ろさず踏み込み、右の剣で殴りつけ、受け、殴り――。
それはもう、ただの殴り合いであった。
最後の一撃を叩き込んだ俺は息も絶え絶えにゴーレムから離れ、崩れ落ちたその石人形が迷宮に溶けたのを確認して座り込んだ。
疲れた。
肉体的にもだが、恐らく精神的なものが大きい。
背水の陣という奴である。
再三のマップ確認をすると、赤点は見当たらない。
危なげなくとはいかなかったが、ともあれ土の迷宮二層攻略である。
「凄い剣技だったよ、ご主人様」
「からかうなよ」
「まさか一人で倒しちゃうとは思わなかったよ」
「オルガも攻撃していただろう、助かったよ」
「えへへ」
オルガは俺の指示が無くとも攻撃と回復を切り替えていた。
それも闇雲に撃ちまくるのではなく、ある程度のMP残量を確保しつつ、である。
やはりオルガは変態だが、理解力がある。
「はい、魔石」
「ありがとう」
オルガがおもむろに拾ってきた魔石。
一体目もそうだったが、小さい。
これがこの強敵から取れる魔石だというのか。
割に合わないとはこういう事を言うのだろう。
いや、レベルでのみ判断すれば強敵とはならないのだろうが、あのレベルであのHPと体力は反則的である。
これほど苦戦して、しかしあの能力値からしてキャスタータイプであれば瞬殺も可能だったという事実がまた物悲しくあるのだが。




