第67話「土の迷宮、騎士解聖」
「皆、次が来たぞ」
曲がり角からのっそりとゴーレムが現れた事で俺はすぐに臨戦態勢を整えた。
前衛が俺、中衛がヴァリスタとシュウ、後衛がオルガの先程と同様の隊列だ。
まだまだ遠方のゴーレムから意識が逸れ、先程の態度が気になりちらとシュウを見る。
「シュウさん、何か策でも?」
俺の疑問に対し、シュウは自慢げにその青い瞳を細めて意味深な笑みを浮かべた。
「ふふーん、まぁ見ていてください」
そうしてシュウは俺の横合いを通り抜けようとした。
咄嗟にその肩を掴んで、引き戻す。
「待ってください! 一体何を……」
「閃いたんですって!」
「だから、何を……」
「ええと、説明は出来ませんけど……」
シュウは首を傾げて唸る。
説明出来ない閃きとは一体何なのか。
何にしてもその閃きに命を預ける訳にはいかない。
「それはまた後で聞きますから、今はあれを倒しましょう。閃きに任せて此処で死ぬ訳にはいかないでしょう?」
「そ、それは、そうですね……」
「それに今回はシュウさんには私に代わって盾役をやってもらいます」
「え!? 良いんですか?」
「ただし指示をよく聞いてくださいね」
「わっかりました!」
一体となったゴーレムはもはや脅威ではない。
シュウと俺――メインタンクとサブタンクの練習台になってもらう。
シュウにブラッドソードとカイトシールドを渡し、俺はロングソードに持ち替えた。
「いいですかシュウさん。シュウさんと私はそれぞれメインタンクとサブタンクという役割となります。シュウさんが攻撃を受け止める要です」
「なるほど、私が最前線って事ですね!」
「そうです。仲間の命を預かる一番重要な役割です」
「わ、わかりました……」
若干の不安はあるか。
最前線での活躍には興味があるようだが、仲間の命を預かるというのはやはり重責だ。
であればその責任の一端を俺が担ってしまえばいい。
「緊張する必要はないです。実は私は他者の能力値が見えているんです。ですから私の指揮を信じてください。勝てない相手にシュウさんをぶつける事はありません」
「は、はい!」
「ライ……」
「能力値が見えるって……どういう事?」
意気込むシュウとは裏腹にヴァリスタとオルガは驚きの表情を浮かべていた。
「そのままの意味だ。俺は能力値が見える」
「それも、ご主人様の能力なの?」
「そうだ、俺にも何で見えるかは知らないが」
メニューのシステムが云々と説明した所でこちらの世界では通じないだろう。
しかしただ能力値が見えるだけ、それだけでも強力である事は伝わる。
何せ能力値が見えるという事は、勝敗を高精度で予測出来るという事なのだから。
だから恐らくそれに気付いて、驚愕した。
ヴァリスタは無口だが聡い子だ、オルガは変態だが理解力がある。
シュウはそういったものとは無縁であっただろうから、反応が薄いのは妥当だ。
ここから見えるのは、やはりメニューが使えるというのは大衆に知られない方が良いという事だ。
これは反則的に強力なのだ。
勝てる相手に仕合を仕掛けられる力であり、戦う前に勝敗が決しているようなものだ。
勿論今回のゴーレムのように身体能力の差で誤差は生じるが、それでも尚強すぎる。
であるから、今後魔族征伐戦で指揮を執るなどで目立ったり、怪しまれどこからかばれてしまえば利用しようとする者が現れる可能性がある。
この場合単純に強いから仲間になってくれ等の物理的な理由ではなく戦略的なものであるので、寄って来るのもまた頭の切れる腹黒共であるのが問題だ。
それならばいっそ龍撃という特殊クラスにより圧倒的な力で捻じ伏せて攻略している冒険者である、と名を上げた方が幾分かましだろう。
迷宮を攻略して名を上げる。
計らずも迷宮攻略は地下で潤滑な戦力増強を行う上で重要なファクターであったと言える。
まずはゴーレムでシュウに連携を覚え込ませ、この迷宮攻略の下地を作る。
シュウを先頭に、鈍足に迫るゴーレムとの交戦を開始した。
「シュウさん、まずは一撃、受け止めてください! ゴーレムの攻撃は重いですから気を引き締めて!」
「はい!」
上方から落とされるゴーレムの右の拳。
シュウは盾でもって受け止め、堪える。
HPが一気に危険域にまで達する。
「交代! メインタンクのHPが回復するまではサブタンクが凌ぎます!」
現在のシュウではゴーレムの攻撃は一撃しか耐えられない。
反して俺は急所にさえ受けなければその攻撃を数発凌げる。
本来の意味であればメインとサブの役割が逆転しているが、これは練習だ。
ゴーレムの殴打をロングソードで受け止めると、盾受けよりも更に大きくノックバックが発生した。
これはきつい、しかし耐えられない威力ではない。
そうしてシュウが回復したら再び交代。
次は俺が回復を受け、すぐさま交代。
それを数回繰り返してシュウの動きに迷いが無くなった所で次のステップに移る。
「良い動きですよシュウさん、ここからは手も出していきましょう。ただしHP管理が第一です」
「攻撃して、いいんですね!」
「自分の脅威を知らしめるのもタンクの役割です」
「まっかせてください!」
タンクが反撃をしなければ、それはただのサンドバッグに過ぎない。
敵としては脅威ではなく、それは無視していい存在となる。
タンクがスルーされ中衛や後衛が狙われれば、パーティは瓦解する。
ここがタンクの難しいところで、味方を守りつつ攻撃にも参加しなければならないのだ。
シュウは好戦的なきらいがあるのがどうかと思ったが、そういった面では意外とタンクには向いているかもしれない。
といっても今の能力値では一撃離脱になってしまうから、こういった基本を知ってもらうだけでも構わないだろう。
タンク同士が交代してダメージの蓄積を分散させるという連携を覚えただけでも当初の目的は達している。
ここからは倒すつもりで攻撃を仕掛けてしまっていいだろう。
そう思った時だった――。
深く腰を落とした防御態勢を解除したシュウは、おもむろに直立しゴーレムの前で無防備に半身を晒した。
カイトシールドを装備した左腕は前方ではなく横合いに、胸元に緩く構え、右のブラッドソードはゴーレムへと真っ直ぐに向けられた。
まるで決闘を申し込むようなその立ち姿は元村人のシュウらしくない凛とした佇まいで、しかし無防備過ぎた。
「やっぱり……」
「シュウさん防御!」
「これが、私の閃きです!」
何やら自信ありげに言葉を発したシュウ。
その黒髪が揺らいだと思うと、血のこびり付いたような赤刃のブラッドソードは白く淡く輝いていた。




