第65話「土の迷宮、絶対退路」
物理ダメージが十全に通らないゴーレム。
そのスキルにはしかし攻撃的な物しか存在していない。
石造りのゴーレムとはいえ、ダメージが減衰するのはおかしい。
鱗を持つドラゴン相手ですら逆鱗状態になるまではダメージはしっかりと通っていたのだから。
逆鱗――待て、待て。
何かあったはずだ、このステータスの中で見落として――
――そうだ、どうして気付かなかったのか。
人族の俺に、人間の異世界人に、モンスターのゴーレムに、そして吸血鬼たるグレイディアにさえ等しく存在していたもの。
いや、当たり前であった故に見過ごしていたもの。
クラスだ。
石造りのこいつのクラスはロックゴーレム。
物理に対して尖った能力値を有しており、その体力値を余裕で突破する俺の攻撃力でさえ弾き返す。
よもやと思えば、しかしやはりモンスターのクラスにもまた特殊効果が存在していたのだろう。
ともすればそのクラスの特殊効果は――
――硬質化。
嫌な予感にぶわりと脂汗が浮かんで、俺は一瞬で次の行動に移った。
「撤退だ! 脱出するぞ!」
ついに拳を振りかぶったゴーレムの目前で身を翻した俺は、曲がり角に待つ仲間達へ指示を出しつつ駆け出した。
勝てない訳ではない。
ゴリ押せばいけるだろう。
しかし瞬殺とはいかない。
だとしてその先に待っているのは、二体の壁のようなモンスターによる前後からの挟撃――圧殺だ。
それだけは避けなければならない。
何故なら俺以外のメンバーは二度三度とゴーレムの攻撃を凌げる能力値ではないから。
今は逃げ帰って、準備を整えてまた来れば良い。
命の伴わないゲームでさえそれは基本であり、一番賢い選択だ。
それは恥ずべき行為ではない、生きるための戦略。
俺の言葉を聞いて、ヴァリスタとオルガは即座に行動に移していた。
シュウは戸惑いに溢れた表情で俺とゴーレムをしきりに見る。
シュウの背中を叩いて正気に戻してやると、しかしその表出した困惑は深まるばかりのようであった。
「シュウさん、逃げますよ!」
「で、でも……! 私達あんなに戦えていたじゃないですか!」
「俺達は伝説の勇者や物語の英雄じゃない、ただの人です! 殺されれば、死ぬんです!」
「う……。わ、かり……ました……」
シュウは眉間にシワを寄せて、目を細めて、俺を一瞥した。
眉尻が下がって、何処か物悲しく――。
それは撤退を指示した俺への憤怒や軽蔑ではなく、ただただ無念の籠った声色と共に表された心情であった。
シュウという女は紛れもなく勇士だった。
それは驚異的な生存本能からの奇跡的な転化なのかもしれない。
人生初となるであろうモンスターとの戦いで臆せず盾受けし、剣で薙ぎ、トドメを刺した。
自身へ向けられた殺意を踏み越え、その命を奪ったという事実。
それは実に、彼女にとって痛感であり快感だったに違いない。
そして勝利の余韻に浸る中、俺は褒め続け煽て続けて実戦と実績を積ませた。
短期的に、圧倒的に――強者として命を奪い続けた彼女は自身に絶対の自信を抱いただろう。
俺がそう仕向けたのだ。
だからこそ英雄的な行動を取ろうとした。
だがそれは認められない。
ここでシュウが突撃すれば、ごくあっさりと死ぬ。
一撃目でHPの大半を持って行かれ、二撃目で戦闘不能となり、三撃目で命を絶たれる。
この世界の命は実に軽い。
だから、逃げの一手。
誇りなんてものは腐った塔の上に住まう天界の王族様にでもくれてやればいい。
俺達冒険者の仕事は命のやり取り。
だから、逃げる。
ようやくと動き出したシュウが暴挙に出ないようその後ろにぴたりとついて殿となる。
突き当たりを曲がって、この道の中腹が一階層への階段だ。
しかしそこに呆然と立ち尽くす紺藍の少女と白緑の少女を見た。
ヴァリスタとオルガは“出入口だったもの”に手をかざして立ち竦んでいた。
「冗談だろ……」
そこには靄が掛かっていた。
塔の六十階層――ドラゴンの部屋で見たあれのような濃い靄だ。
嫌な予感の正体にようやく気付いた。
このモンスターの気配のしなかった二階層自体が、盛大な罠だったのだ。
既に退路は断たれている。
このまま待てば、ゴーレムに挟撃されて圧殺だ。
であればやはり片方を潰すしかない。
一応、俺の攻撃は通る。
オルガの魔法も通るが、どうやらMP消費は一発20と燃費が悪い。
回復薬は三つあるが、回復量は知れない。
金欠故に安い物しか買えなかったから、数百程度と予想する。
回復薬だけで三撃分は耐えられると見て良い。
俺がゴーレムから受けるダメージは一発200だが、盾受けすれば更に減らせる。
そしてブラッドソードで多少の回復も得られるだろう。
まず挟撃になる前にゴーレムを一体倒さなければいけない。
ゴーレムが一体となれば外周を逃げ周る事が可能になる。
そうなれば逃げ続けてMPの回復を待ちつつ削っていけばいい。
侵入者に反応して作動する仕組みであったのだから、明らかに命を奪いに来ている。
であればゴーレム以外に何かしらモンスターが追加されている可能性もある。
念のためマップを見たが、ゴーレム以外の赤点はないようだ。
つまりとにかく一体を削り切れば俺達の勝ちだ。
その後はどうとでもなる、いける。
「引き返すぞ! 挟み撃ちになる前にゴーレムを片付ける!」
「はい!」
一際大きく返事をしたのはシュウだ。
しかし今回は俺が全ての攻撃を受ける。
シュウのタンク訓練はゴーレムが一体になってからだ。
来た道を引き返しながら今回の戦略を聞かせる。
「俺が攻撃を引き受ける。他全員は攻撃だ。くれぐれもゴーレムの攻撃の合間を狙えよ。オルガは俺の回復を優先しつつ、余力を残して魔法攻撃を」
「任せてよ!」
「シュウさん、ブラッドソードとカイトシールドは一旦俺が使います。それと回復薬を全部俺に」
シュウとブラッドソードとロングソードを交換し、カイトシールドを装備し、各々に持たせておいた回復薬を受け取り謎空間に収納する。
全員で攻撃とは言ったが、恐らくヴァリスタとシュウの攻撃の通りは最悪だ。
1ダメージ通るかどうかだろう。
しかし塵も積もればという奴で、俺が全ての攻撃を引き受けるという事は他全員は攻撃に集中出来る。
微々たるダメージとはいえ、この戦いでその塵を利用しない手は無い。
最初の角を曲がると、ゴーレムもまた角を曲がった所だった。
鈍足だが確実に前進している。
これ以上の思考は邪魔だ、今はただこの石人形のHPを削り切る。
「一体潰せば俺達の勝ちだ! 全力で削り切るぞ!」
「うん!」
「いくよ!」
「ぶっ潰しちゃいましょう!」
俺がゴーレムの懐へと斬り込んだのを皮切りに、二階層にして突然の総力戦が開幕した。




