第63話「土の迷宮、大いなる悪意」
土をくり抜いたような迷宮を路地には目もくれず真っ直ぐに突き進み、ついに階段を発見した。
十人は余裕で並べる程の大きな石の階段だ。
こういった物を見ると、途端に現実味が薄れてしまう。
此処に辿り着くまでにゴブリンを数体撃破したが、ヴァリスタのレベルは上がらなかった。
格下の相手を倒した際の経験値減衰は随分酷いようだ。
これまで経験値量なんて考えてもいなかったが、いざ迷宮に入ってみるとそれが見れないのは意外と不便なものだ。
シュウは此処に来るまでのゴブリン全てを相手させた結果――
シュウ 人族 Lv.17
クラス 聖騎士
HP 260/260
MP 20/20
SP 7
筋力 260
体力 260
魔力 260
精神 260
敏捷 260
幸運 260
スキル 盾術 剣術
剣術まで習得していた。
レベルこそ上がっていないが、その成長は目覚ましい。
「これから二階層に入るけど、恐らくモンスターが強くなる。一階層はゴブリンだらけで楽勝だったが、ここから先は未知の領域だ。気を引き締めて行こう」
全員が応じた所で、シュウと俺が前衛、ヴァリスタとオルガが後衛の隊列で階段を降る。
およそ十分――ゆっくりと降った先はしかし随分と様相が違っていた。
土のくり抜かれた空間ではなく、何やら石造りの建造なのだ。
まず大通りの一本道が無い。
やはり迷宮というだけあって、複雑怪奇な構造をしているのだろうか。
その道はまず階段から降りて目前に壁があり、閉鎖的であった。
そこから左右へと伸びる道は幅が狭く、横並びに立てるのは三人程である。
見ればその長い一本道の先はこれまた壁で、どうやら壁伝いにぐるりと回る構造をしていそうだ。
途端に人為的なものを感じる。
「嫌な感じだな」
「そうですか?」
「構造的に挟み撃ちにでも遭ったらまずい」
「な、なるほど」
「くれぐれも警戒して行こう」
俺のマップには迷宮の地形は表示されていないが、ふたつの赤点――つまり敵が表示されている。
それは壁の向こう側、しかし動きを見せないのだ。
ゴブリンの様に動物的ではない、気味が悪い。
「オルガ、精霊魔法で偵察出来るか?」
「やってみるよ……。んん? 何も居ないみたいだけど」
「迷宮内では使えないとかではなくて、何も居ないのか?」
「上の階層では探知出来たはずなんだけどなあ……」
ますます気味が悪い。
どうする、行くか、引くか。
「シュウさん、これ渡しておきますね」
「ポーチですか?」
「回復薬が入っています、何かあったら迷わず飲んでください」
「わかりました」
俺は進行を決定した。
俺のポーチと回復薬をシュウに渡し、隊列を変更する。
前にシュウ、後ろに俺で、壁となれる者でヴァリスタとオルガを挟み込む形だ。
シュウが前なのは、防衛のし易さからだ。
まず後ろというのは注意深い警戒も必要だから、神経も磨り減る。
その点俺はマップで敵の位置だけはわかるから向いているだろう。
まずは左へと進むことにして、恐る恐ると進み出す。
何事も起きず、マップ上の赤点も微動だにせず、辿り着いた最初の突き当たり。
――何も居ない。
次は右へと道が続いており、その道の先にもまた何もおらず、突き当たる。
そこから更に右を見れば、道の中程に左右への道が続いていた。
その十字路を見るに、やはり正方形の外周を回る様に移動していたのだ。
恐らく右のルートを通っても此処に辿り着くのだろう。
問題なのは赤点が微動だにしない事だ。
悪意を感じる。
左が下の階層への階段だろう。
何故なら右――つまり正方形の外周の中央にこそ、ふたつの赤点があるからである。
まるで機械的に並べられているようで、俺は得も言われぬ悪寒にロングソードを握り締めて隊列の最前列に出た。
「この先、右に行った所にモンスターがいるようだ」
「ええ? でも精霊魔法では……」
「前に言っただろ、俺は小規模だが位置がわかるんだ」
「じゃあぶっ潰しちゃいましょう!」
「いやいや、敵の能力もわからないので無茶は出来ません。ただ……行かない訳にもいきません」
土の迷宮のモンスターの強さを知っておく必要があるからだ。
だがこんな単純な道程で果たして他の冒険者達が一階層しか利用しない理由は何だ。
例えばこのふたつの赤点がとんでもない強敵であるとか――しかしそれをグレイディアが知らせないというのはないだろう。
あのロリババアは俺を警戒しているが、特別邪険に扱うようなひねた性格はしていない。
であれば何か、理由があるはずだ。
シュウがハイテンションなのはちょっと調子に乗らせ過ぎた弊害だが、ローテンションよりは良いだろう。
「見るだけ見よう。ばれないように慎重に」
音を立てないようにゆっくりと前進を始め、あと数メートルで十字路といった所で一旦止まり全員の状態を再確認する。
今までバタフライエッジアグリアスで強引に回復していたから気付かなかったが、MPは時間経過で少しずつ回復するようで、オルガのMPは全快だ。
全員のHPも全回復させてあるので問題ない。
状態を確認し終わり、いざという所で赤点がゆっくりと動き出した。
おかしい、探知したのは聴覚か、嗅覚か――いや、違うだろう。
ふたつの赤点は同時に動き出し、やたら曲がるのが遅く、また鏡写しの様に正確に動いている。
まるで機械的に、ゆっくりと前進、方向転換、前進を繰り返しているのではないだろうか。
俺はその機械的な動きにますますの気味の悪さを感じて、全員に指示を出す。
「一旦引き返すぞ、出来るだけ足音は立てないように」
全員が軽装備で良かったかもしれない。
素早く後退して曲がり角まで引き返すと、そこから顔だけ覗かせて敵が現れるのを待つ。
見えた。
巨大ないしのようなものが見えた瞬間、そのステータスを盗み見た。
ゴーレム 人形 Lv.5
クラス ロックゴーレム
HP 5000/5000
MP 0/0
筋力 500
体力 500
魔力 0
精神 0
敏捷 50
幸運 0
スキル 格闘術 重撃
ゴーレム――それは石造りの巨大な人型モンスターだった。




