第62話「土の迷宮、小手調べ」
ついに俺達は土の迷宮へと舞い戻った。
シュウの服装はシャツとズボン、メイド服は洗ってしまったし、戦闘で破れたりしては俺の心が大ダメージを負うので謎空間で大切に仕舞ってある。
俺はいつもの勇者防具に、オルガ用に購入しておいたロングソードを装備している。
ヴァリスタは鉢金と鋭いロングソード――裂傷効果付きの剣だ。
オルガは弓での狙撃と回復に専念してもらう。
シュウはブラッドソードとカイトシールドでがっちりタンク装備をさせているため、万一にも倒される事は無いだろう。
さて、今回は土の迷宮のモンスターの強さを見つつ、どこまで潜れるかを検証しながら実戦を積みつつ連携を整えて行く。
それにあたり、ひとつ気になる事があったので検証してみようと思う。
長い一本道を歩いて左右、路地を確認しながら進んでいく。
隊列はシュウと俺が前衛、ヴァリスタとオルガが後ろに控えている形だ。
本来なら俺とヴァリスタが中衛に位置取りシュウに攻撃を引き受けてもらうのだが、初戦闘では危険も多い。
ミスをカバーしやすいよう、俺がシュウの隣につくことにした。
俺は龍撃というクラスによってこの世界でのタンククラスに相当するであろう騎士の三倍――良成長込みで四倍以上――というHP量を手に入れているため、防御能力は薄いもののアタッカーと兼任してのサブタンクとして立ち回れる。
なのでもしもの事態にはシュウを下げて俺が攻撃を受けるという手が使えるのだ。
良成長を取っておいて良かった。
路地のひとつ、奥にお馴染みの緑のアレが見えた。
「ライ様、な、何か居ますよ」
「ゴブリンですね。シュウさんは初めてですから、一旦下がって見学していてください」
ゴブリンは俺達に気付いて路地から跳び出して来た。
以前にも遭ったレベル1ゴブリンと全く同性能の雑魚であるが、今回はこいつでまた検証を行う。
「ヴァリー一旦パーティを外すぞ」
「うん?」
ヴァリスタをパーティから除外して、俺は一歩前に出る。
「一撃こいつに加えてくれ」
「うん」
ヴァリスタの筋力値は良成長で伸びているから一撃でゴブリンを瀕死にまで追い込めるのだが、さて、ここからだ。
ヴァリスタに斬り付けられてHPを失い倒れたゴブリンに、躊躇なく俺はトドメを刺す。
ヴァリスタを見てみると――レベルが上がっていた。
ヴァリスタ 獣人 Lv.2
クラス 餓狼
HP 60/60
MP 0/0
SP 2
筋力 180
体力 30
魔力 0
精神 30
敏捷 180
幸運 180
スキル 良成長
状態 隷属
凄まじい成長率だが、体力精神の低さが顕著だ。
さて、ここでの検証は経験値の分配についてだ。
まずヴァリスタをパーティから除外した事で、恐らくパーティに均一に入っていたであろう経験値分配からも除外された。
その状態でヴァリスタがゴブリンに攻撃を加えて、その上で俺がトドメを刺すとどうなるか。
結果は経験値が分配されるようであった。
恐らく戦闘に参加した時点で経験値が分配されるから、良成長を使い回して全員で能力値底上げしまくりだとか、そういうのはやりにくい。
俺とヴァリスタは元の成長値がぶっ飛んだ高さであるため良成長の影響があまりに大きい。
万が一でも良成長を外した状態でレベルが上がる可能性があるという事態は避けたいので、良成長の使い回しは避けるべきだ。
それにあわよくば後にレイゼイと再会した際に達人を使いたいと考えているので、特化型の俺とヴァリスタのSPは出来るだけ温存しておきたい。
さて、検証も終わった所でひとつ下の階層を目指す。
さすがに即死する相手では連携は練習出来ない。
中央の大空洞を真っ直ぐ突っ切りつつ、脇道から再び俺達を補足したゴブリンが出て来たので今度はシュウに戦闘を経験してもらう事にした。
「シュウさん、いけそうですか」
「は、はい、やってみます」
「腰を落として、どっしり構えてください。脇は閉めて、くれぐれも盾で急所を守る様に」
「はい!」
シュウはカイトシールドを装着した左手で身を守りつつ、ゴブリンの襲撃に備える。
飛び掛かって来たゴブリンを盾で受け、しかしシュウには1ダメージが虚しく入っただけであった。
レベル差があるからまず負ける事は無いのだが、実戦経験を積むという意味では良い相手だろう。
「上手いですね、大丈夫そうですか」
「はい! いけます!」
良い返事だ。
盾で防げる事を知って、ただの村人から冒険者となって戦っている事を体感して、シュウは調子が出てきている。
元々ノリやすい性質なのかもしれないが、このモチベーションを維持したままシュウには経験を積ませる。
それはシステム的な経験値とかではなく、身体に刻み込む実戦経験だ。
自分が戦えて、守れて、トドメを刺せる。
その実績を得れば自信もつく。
「とにかく攻撃を凌ぎ切ってください」
「はい!」
それから数分、ゴブリンの1ダメージの攻撃を受け続けてシュウのHPが100ほど減った所で回復を指示する。
「オルガ、シュウさんに回復魔法を」
「わかったよ」
シュウのHPが回復した所で、俺は次の段階へと移行させる。
「シュウさん、見事な盾使いです。次は攻撃を」
「攻撃……」
「大丈夫、シュウさんならやれます」
「い、いきます!」
するとシュウは腰を一層に落として踏み込みつつ盾で殴りあげた。
教えてもいないシールドバッシュ――それでもってゴブリンを怯ませ、右手のブラッドソードを握り込んで真一文字に横へと振かぶった。
それは切れのあるシールドバッシュとは違い隙だらけの攻撃だったが、ゴブリンの身体に綺麗に入って一撃でHPを持って行った。
「良い一撃です。でももう少し脇を締めて、コンパクトに振ると良いですよ」
「わ、わかりました!」
シュウは戦闘経験こそないが、戦闘に大きな忌避感は感じていないようだ。
むしろ生きる為に必死になるようだから、教えれば吸収していくだろう。
だが次は、結構キツい。
「では最後にトドメを」
「トドメ、ですか」
「刺さなければ、戦いは終わりません」
「……」
力を失って倒れたゴブリンに、シュウはブラッドソードを向ける。
その剣に震えはない、ただ少しばかりの迷いが伺える。
俺などは必死の状況で初戦闘を経験したものだから迷いなど吹っ切れていたが、シュウにはモンスター相手とはいえさすがに命を絶つというのは厳しいだろうか。
「シュウさん、初めてですし無理はしなくとも――」
「やります!」
言葉と共に、一気に振り下ろした。
ブラッドソードはゴブリンの首を断ち切って、肉塊と化したそれは迷宮の土へと溶けるように消えた。
その後には魔石だけが残り、シュウの初戦闘は無事に終了した。
随分思い切りが良い。
「見事です。しかし、大丈夫ですか?」
「私、頑張りますから」
シュウはその宣言と共に、風切り音を立ててブラッドソードを振るのであった。
その澄んだ青の瞳に迷いは無かった。
もしかすれば、平穏な暮らしで気付いていなかっただけで、戦闘にはかなりの適正があるのかもしれない。
それに何より突然のシールドバッシュ、もしやと思ってステータスを開いて見て、俺は唸った。
シュウ 人族 Lv.17
クラス 聖騎士
HP 260/260
MP 20/20
SP 7
筋力 260
体力 260
魔力 260
精神 260
敏捷 260
幸運 260
スキル 盾術
あの数分の防御劇で盾術を習得しているのである。
俺が一週間剣を振り続けて剣術を得られなかったのとは違い、武の才能の片鱗が伺える。
いや、俺に関してはどこかバグっているのだろうし、そもそも自力でスキルは習得出来ないのだろうが。
しかしこれを見ると、聖騎士を受け継ぐだけはあるという事だろうか。




