第61話「すべてのはじまり」
本日複数投稿となっております、ご注意ください。
俺はシュウと共にフローラの部屋を訪ねていた。
中央の机を挟んで座り、対談。
エニュオはフローラの横に立ち、静かに流れを見守っている。
「ライ様からお姫様……フローラ様に助けて頂いた事を聞きました。本当に、ありがとうございました」
「いいのです、私は当然の事をしたまでです」
シュウの恐る恐るの言葉に、フローラは優しく笑いかけた。
地獄の姫だとか散々言っていたからどうかと思ったが、王族なだけあって寛容さも持ち合わせているのだろうか。
王の器という言葉があるが、地上と地下のミクトラン王家が逆であったならそもそも俺達は――いや、この考えは意味が無いな。
「フローラ姫、昨日はシュウさんの救出にご助力頂きまして――」
「いいのです! 私は私のしたいようにしただけですので」
「――ありがとうございます。とはいえ恩を受けたままでは忍びなく……」
「ですから私はそういった考えで手伝った訳ではありませんわ!」
頑なであり、随分と純真な性格をしていると知った。
ナナティンという姫のせいで、穿った見方をしていたからな。
今回の件、フローラとしては正しい行いであり、そこに意味など無いのだろう。
勿論俺も助かったし、感謝している。
しかしこれを切っ掛けとして何かに利用されるのは、少々怖い。
心配し過ぎなのだろうが、先手を打っておく必要がある。
だから俺は腰元からボロンとそれを曝け出した。
「こちら、心ばかりのお礼です」
「なっ!?」
「何なのです、この大きさは……!?」
俺が取り出したのは、特大の魔石。
鈍い赤色で、人の頭ほどもある大きさの魔石だ。
これはドラゴン討伐で得た魔石であり、換金せずに取っておいたのだ。
「地上……天蓋の上に居た頃に拾いました魔石でして」
「こ、こんな魔石が落ちているだなんて……。ち、地上とは斯くも恐ろしい世界なのね……」
「姫様、そんな事はありませんよ。地上は美しい空の見渡せる世界です。ライ殿もあまりからかわないでほしい」
そういえばエニュオは地上に居た事があったのだったか。
明らかに怪しんだ目を向けて来るが、俺は嘘はついていない。
拾ったのだ、皆で倒したドラゴンから。
いや、苦しいが。
「フローラ姫、この度は本当にお世話になりました」
「あ、あの、この魔石は私にくださるのですか」
「どうぞ換金するなり好きに使ってやってください」
「換金だなんてとんでもない! 私の宝物にしますわ!」
「そ、そうですか……」
「ではライ様、またお会いしましょう」
魔石を大事そうに抱えたフローラに会釈して、俺達は部屋を出た。
またって何だ。
フローラ達の部屋を出て、ほっと一息つく。
シュウもまた俺と同様に気張っていたのだろう、同じく息を吐いて自身を落ち着けているようだった。
「ライ様、フローラ姫はとても優しい方でしたね」
「そうですね、此処は地上とは随分違いますから。しかしシュウさん、油断はいけませんよ」
「そう、ですね……。地上に戻れる日は来るのでしょうか」
「……」
俺はシュウの言葉に応えられなかった。
シュウの戻るというのは単純に地上に出る事ではない。
俺であれば地上に出たら下剋上を叩き付けて戦って、そこを足掛かりに塔を攻略するだけだが、シュウの言う戻るというのはすなわち地上での日常に戻れるか、という問いだ。
俺にはそれは、答えられなかった。
シュウを仲間に加えてついに四人パーティとなった訳だが、迷宮の検問を楽に通過するためにはギルドカードが必要だ。
という事で冒険者ギルドで登録する。
代金は一人銀貨一枚で、ヴァリスタ、オルガ、シュウの三人で銀貨三枚。
からっけつの今の俺にはキツい金額であるが、今後も円滑に活動をするためには必要経費だ。
四人でギルドへと入ると、いつも通りに飲んだくれが俺へと視線を投げ、オルガを見て目を逸らした。
いや、身体ごと逸らした。
これがエルフパワーか。
いや、俺を貴族のボンボンと勘違いして関わり合いにならないようにしたのだろうが、なかなか異様な光景だ。
ふと隅に目をやると、今日も僧侶エティアは居なかった。
別に友人ではないのだが、見知った者の姿が消えるのは何だか物悲しい。
パーティ編成という天職を教えてもらった訳であるし。
それはそれとして、冒険者登録だ。
四人で受付へ向かうと、いつもの受付嬢が応対してくれる。
登録を申し出て、オルガとシュウが石版を受け取り、俺は背の小さなヴァリスタに代わって受け取って石版を手渡すと、各々ステータスを表示する。
手持無沙汰に視線を泳がせると奥でちょこんと椅子に座ったロリババア、グレイディアと目が合ってしまった。
会釈すると、良い笑顔で近寄って来た。
グレイディアはオルガを見て、シュウを見て、太陽の様な笑みを俺にくれた。
「なあ、お前よ。攻略成功か、なあ」
「ごめんなさい迷宮はこれから攻略に行くんです。新しい仲間が出来ただけなんです」
「何故女だらけなのだ、それもエルフまで居るが。お前冒険者になって未だまともに活動していないよな。資金は何処から出したんだ」
「彼女はハーフなので格安だったんです」
「ふむ……本当だな。しかしハーフとはいえそんな安くはないと思うが……」
「奴隷商人さんが融通してくれまして」
受付嬢が回収した石版をグレイディアが見て確認する。
今回はグレイディアに何を探られているのかと戦々恐々としつつ登録完了を待つ。
「餓狼……は知らんが。暗殺者、聖騎士。このふたつは近年では見られない強者のクラスな訳だが」
そういってグレイディアはちらと俺を見上げた。
「特に聖騎士なぞ、先王時代に一人見た程度だぞ」
「彼女はとても優秀なんですよ。そう、私には勿体無いくらいにね」
「……そうは見えんが」
呆れ顔のグレイディアの視線の先――シュウは挙動不審に辺りの冒険者を見ていた。
長めの黒い髪を揺らしながら青い瞳は泳ぎ、胸元に手を当ててじりじりと俺に寄って来ている。
完全にビビッている。
元村人、それも戦闘も知らない善良な民だからな。
嫌だな、もう吐いてしまおうかな。
というか吐かなくても俺が普通じゃないって気付いている気がするんだよな。
それはスキル取得能力のせいだけではなく、行動やら何やら、俺はグレイディアに口をすっ転ばせまくっている。
「よもや先王の縁者ではあるまいな」
「先王? それ、どういった方なんです?」
「ふむ……まぁいい。厄介事は呼び込むなよと、そういう話だ」
「は、はあ。私も厄介事は嫌いな性質なので」
どうにもグレイディアは俺が警戒していた事とは別の危惧を抱いていたようだ。
先王とやらは下着黄金時代を作り上げた、俺にとっては下着の神といってもいい存在だ。
いや、先王が作ったのかは知らないが、先王の時代にトランクスが発案されたという事は、先王のおかげで俺の息子の通気性が確保されたという事だ。
であれば危惧される理由は強力なクラスやスキルを持っていたという事ではないだろうか。
例えば先王が現在のボレアス王と犬猿の仲であったとか、そういった歴史があるのかもしれない。
その縁者、つまり子孫等であれば、受け継がれた力で反乱を起こしたりなんかも出来る訳だ。
興味が無いので調べるつもりはないし、調べて特になる事も無い。
それどころか下手に調べて藪から蛇なんてたまったものではない。
それにグレイディアが恐れているのは危険な輩が出てこないかという事だろう。
種族が吸血鬼だが、これでいて人の世に対して愛着を持っているようだし、何より俺に直接魔族戦線への参加を願い出たのも彼女なのだから、その心は本物と見える。
それで俺はそういった手合いではないという事をグレイディアは知ってくれている……というか俺が無知過ぎて呆れているようだから、やはり俺に対して牽制はすれど直接的な行動を起こすつもりはないのだろう。
そういった敵でも味方でもない、中途半端な関係が俺とグレイディアである。
すぐに発行されたギルドカードを受け取って、晴れて全員冒険者の仲間入りだ。
これで迷宮や街への出入りでいちいち袖の下を使う必要も無くなる。




