第6話「逆光」
真っ暗な部屋に全員が踏み込むと、奥の壁際にある燭台から次々と青い炎が灯り出した。
炎に彩られ描き出された影は、巨大な――トカゲが居た。
ただしそれは、二足歩行の、翼を有した超大型のシルエット。
ドラゴン 龍族 Lv.70
クラス ガーディアン
HP 65535/65535
MP 255/255
筋力 2800
体力 2100
魔力 2800
精神 2100
敏捷 350
幸運 350
スキル 火炎 竜巻 逆鱗
「ドラゴンかよ……」
「何という大きさ」
「勇者としては感無量っすけど、最初に戦うボスにしちゃあ……」
「こっわ……」
燭台が点ききった頃には、床には巨大な文様が浮かび上がり、一気に視界が明るくなった。
はっとして振り返ると、入口には靄が掛かり、恐らく既に退出は出来なくなっている。
呆然と見上げる勇者にはお構いなしに、ドラゴンは口をあんぐりと開けた。
その喉奥には、微かに赤い光が見えた。
「ブレス! 炎攻撃だ! タンクは全員前に出て防御態勢! 隙間を作るなよ! 他は出来るだけ盾の後ろに引っ付け!」
「バッファーは火耐性上げろ! ヒーラーはドラゴンの攻撃と同時に回復連打!」
俺とゴリくんの言葉にワンテンポ遅れて動き出す。
俺は指示を出しながらタンク集団の中央を陣取るイケメンの盾に隠れる。
だってこれ俺に炎かすったら即死じゃん。
何このクソゲー、ちびりそう。
しかしドラゴンにMPがあるという事は――。
「来ます!」
イケメンの声の直後、周囲は凄まじい熱量に包まれた。
その間は五秒も無かったのだろう、しかし俺にはとても長く感じられて、びびりながら顔を上げた。
ドラゴン 龍族 Lv.70
クラス ガーディアン
HP 65535/65535
MP 205/255
筋力 2800
体力 2100
魔力 2800
精神 2100
敏捷 350
幸運 2100
スキル 火炎 竜巻 逆鱗
予想通りだ、ドラゴンのMPが減っている。
ブレス……火炎は魔法攻撃に準ずるスキルのようだ。
タンク連中のHPバーは軒並み半減といったところか。
火耐性アップのバフが掛けられたのは大きい。
「タンクは防御に専念、立て直すぞ! アタッカーは俺の指示まで手を出すな、敵の行動をよく観察して攻撃のタイミングを計っておいてくれ!」
「回復の手は休めるな! オーバーヒールになっても構わないからHPMAXを維持しろ! バフは掛けられるだけ掛けろ! デバフは手が空いてからだ!」
ゴリくんはかなり的確だ。
デバフ、つまり状態異常はボス格に効くかはわからないし、単純に効きにくく連打するはめになる可能性もある。
ともすればこのような土壇場で優先すべき順序は明白だ。
ドラゴンの圧倒的な火力と、勇者の尖り過ぎた能力、一手のミスが命取りとなる。
そして今更になってボス部屋入室前にバフを掛けておくべきだったと後悔するが、先に立たずというやつだ。
ゲームなら状態を簡単に確認出来て気付いたのだろうが、第三者視点で見れない弊害か、感覚が違い過ぎる。
俺の思考を掻き消すようにひと咆えしたドラゴンは、横を向いたと思うとそのまま一回転した。
「ぐっ……!」
タンク陣の重い苦痛、ドラゴンの尻尾攻撃を受け止めてしかし脱落する者は居ない。
尻尾攻撃を終え再びこちらへ向き直ったドラゴンは、姿勢を低くして羽ばたき始めた。
目前に風の渦が見えて、すぐに指示を飛ばす。
「竜巻が来るぞ! タンクに密着しろ!」
タンク十人の盾の裏や腰に縋り付くと、風の渦は膨大な圧と刃を生み出し、台風と言ってもいいレベルの現象を引き起こしていた。
聞こえる風の音は恐怖に他ならない。
どうにか竜巻を耐え抜いて、すぐさまヒーラーの仕事が始まる。
俺は盾の上部から頭だけを出し、ドラゴンのステータスを盗み見る。
ドラゴン 龍族 Lv.70
クラス ガーディアン
HP 65535/65535
MP 105/255
筋力 2800
体力 2100
魔力 2800
精神 2100
敏捷 350
幸運 2100
スキル 火炎 竜巻 逆鱗
竜巻は随分燃費が悪いみたいだ。
どうにかここまで耐え抜いたが、不穏なのは逆鱗か。
ドラゴンといえば、逆鱗に触れるとブチ切れるというのが定説だが……。
その後もギリギリのデッドラインをいったりきたりしながら、ドラゴンの攻撃を凌ぎ切る。
俺と同様に盾に隠れるクソミネが、剣を握り締めて嘆く。
「キリサキさん、持たないんじゃ……!」
「まだだ、もう少し……!」
火炎を二度耐えたところで遂にドラゴンのMPが5となる。
こういった持久戦では地味にイケメンの回復魔法が役に立つ、さすがは勇者様タイプのステータスだ。
これでもう大技は使えまい。
一転攻勢だ。
「ここからは反撃に出るぞ! 俺の合図でタンク同士に間隔を作り、アタッカーは隙間を縫って斬り込んでくれ! ただし一撃離脱だ、欲張るなよ!」
「後衛も同じタイミングで魔法をぶっ放すぞ! フレンドリーファイ……味方に当たらないようにだ!」
恐怖を上書きするかの如く雄叫びのように返答したアタッカー達は、各々武器を握り締めて突撃準備を完了する、
その時ドラゴンが尻尾攻撃を繰り出した。
調度良い、かなり緩慢な挙動だから攻撃チャンスは大きい。
盾にずしりと重みが伝わった瞬間、号令をかける。
「突撃!」
「撃て!」
十枚の盾がそれぞれの間にざっと一人通れるだけの隙間を作り、そこから放たれる魔法と共に勇ましき者達が駆けだす。
その十人はほぼほぼ筋力と敏捷に極振りされた超火力特化の精鋭アタッカー。
一気にドラゴンの足元まで接近し、一撃を浴びせるとタンクの下へとんぼ返りし、タンクは再び集合し隙間を閉じる。
これでいい、勇者といえども結局俺達は個々が小さな人間、無様な戦い方だろうが勝てば良いのだ。
「よし、気を抜くなよ!」
これを三度繰り返すと、勇者の超火力のおかげか、もはや勝利は目前だった。
ドラゴン 龍族 Lv.70
クラス ガーディアン
HP 14715/65535
MP 0/255
筋力 4200
体力 2100
魔力 0
精神 2100
敏捷 525
幸運 0
スキル 火炎 竜巻 逆鱗
状態 狂暴化 硬質化 魔力転化 悪運
近接アタッカー10名と、遠隔アタッカー4名による総攻撃で、一度に16940ものダメージを叩き出していたのだ。
これがMMOだったらバランスもクソもない。
その気になれば入室と同時に突撃ゴリ押し瞬殺も可能だろうが、そんな博打に出る事はまずないだろう。
死ねば、死ぬ。
これはゲームではないのだ。
いや、待て、ドラゴンの目が据わり、口元から炎が零れ、四つん這いになろうとしていた。
能力値が――変動している。
「逆鱗状態だ! タンクでも凌ぎ切れない! 突っ込め! 削り切るぞ!」
「なっ!? た、確かに挙動がおかしい……! 撃て! 撃てぇ!」
まずった、完全に、ミスった。
いや、ミスじゃ済まない。
とにかく削り切って、被害が出ない内に始末するしかない。
その場の一瞬の動揺を断ち切ってくれたのは、指示を聞いて真っ先に動いてくれたイケメンだ。
イケメンを筆頭に一斉に魔法が射出され、それを追うようにタンクが続く。
アタッカー連中も突撃する中で、クソミネは呆然としていた。
その視線の先では、それまで定位置で戦っていたドラゴンがこちらへうねる様に猛進して来る様が見れた。
そしてその足元でイケメンが剣を叩き込んでいるのだが、その光景に俺も目を剥いた。
「何だこれは!? 僕の攻撃が、通じないっ!?」
イケメンは必死に剣を振るうが、龍鱗を通る事は無い。
それは他のタンク部隊も同様で、どうやら攻撃力が足りていないという問題だけでなく、逆鱗状態による追加効果で硬質化しているようであった。
しかしアタッカーが斬り込んだ事で猛進するドラゴンが一瞬怯んだ。
そしてその長い首をもたげると、斬りかかったアタッカーに、噛み付いた。
「ぎゃあああ!」
断末魔――。
噛み付かれた者はそのまま投げ捨てられ、べちゃりと生々しい音を立てて着地すると、そのまま動かなくなった。
それからは接近を許さず、四足でもって這いずるようにして次の獲物を追い、噛み付き、投げ捨て、そうして着実に数が減らされていく。
その歯牙は当然、イケメンにも及んだ。
出遅れたクソミネとヒーラーは震えており、俺は思わず怒鳴る。
「何突っ立ってる、回復かけろ!」
「で、でも……」
「いいからやれ!」
慌てて魔法を使い始めたヒーラーを見届けて、状況を確認する。
池綿聡 人間 Lv.31
クラス 勇者
HP 0/1810
MP 110/310
SP 1
筋力 1810
体力 1810
魔力 310
精神 1810
敏捷 310
幸運 1810
スキル 達人 剣術 盾術 光魔法 全属性耐性 HP自動回復
状態 戦闘不能
死んでいるわけではない……のか。
良かった。
もしかすれば、この戦闘不能という状態はいわゆる“HPという壁”が無くなってしまった状態なのではないだろうか。
逆鱗状態となったドラゴンは、動く者にしか攻撃を仕掛けないようだ。
つまり全滅せずに倒し切れば、生還の見込みはある。
対してドラゴンは――。
ドラゴン 龍族 Lv.70
クラス ガーディアン
HP 9069/65535
MP 0/255
筋力 4200
体力 2100
魔力 0
精神 2100
敏捷 525
幸運 0
スキル 火炎 竜巻 逆鱗
状態 狂暴化 硬質化 魔力転化 悪運
HPは削れている、削れているが、魔法によるダメージだ。
勇敢にも一撃を届かせた近接アタッカーの攻撃は微かにダメージを与えていたが、物理攻撃はリターンが無さすぎる。
全壊したタンクと近接アタッカー、立ち竦むクソミネ。
まともにダメージが入っているのは魔法を放つ遠隔アタッカーのみ。
物理が通りにくいらしい硬質化の中、遠隔四人の魔法は減衰されずに一度に4840を与えている。
四人の魔法が二回ずつ放たれれば、倒せる。
それは、つまり――。
「俺が時間を稼ぐ」
「え!? 本気っすか!?」
「後は任せるぞゴリくん!」
「う、うっす!」
驚いているが、ゴリくんなら理解したはずだ。
今この場において、何を取って、何を捨てるか。
接近すればしこたま殴れる近接武器と違い、魔法というのは強力だけれども意外と万能ではなくて、リキャストタイムと詠唱硬直との二重のラグがある。
逆に言えばこれによって遠隔から安全に攻撃が出来るのだが、だからこそ――
俺はバタフライエッジアグリアスを抜いて、走った。
今一番勝機がある行動は、少しでも魔法を多く撃てるよう囮を出す事。
自分でも驚く速度で距離を詰めると、それだけでドラゴンのターゲットは俺へと移ったようである。
首をもたげて――噛み付きがくる、とそう先読みして横へ移動を始める。
遅い、遅すぎる。
俺の速度は、敏捷10は、あまりに遅すぎた。
今回は事前予測して動いていたため辛うじて噛み付きを避ける事に成功する。
そのままターゲットを持ったまま逃げ続ける。
どうやらバタフライエッジアグリアスの神速という特殊効果は敵に向かう時のみに効果を発揮するようで、このままでは次の噛み付きは直撃だろうなと身震いを堪えながら走る事を止めずに目線だけをちらとドラゴンへ向ける。
「やらなきゃ、やらなきゃ……!」
そう呟きながらドラゴンへ突っ込むクソミネが見えて、俺は身を翻した。
「戻れ!」
後一回、メイジ達が魔法を撃てば倒せるのだ。
それはつまり、囮になって逃げ切ればいい。
なのに、何故、このタイミングで。
神速の効果で増した速度で距離を詰める。
ドラゴンが首をもたげたのが見えて、倒れるのではないかというほどに前傾になり加速させる。
「グオオオオ!」
間に合わなかった。
吠えながらの鋭い噛み付きはクソミネを――捉えなかった。
ギリギリで回避したクソミネは、深く腰を落とすと瞬間、跳び上がるようにして剣を掬い上げ、ドラゴンを顎下から叩き上げる。
発光――クリティカルだ。
このまま倒し切れる、そう思ったのも束の間、ドラゴンはぶちあがった頭が落下する速度を上乗せしてクソミネに食って掛かった。
俺はバタフライエッジアグリアスを握り締めるとその顎下に斬り込んだ。
刃の当たった部位が発光を見せ、すれ違い様に凄まじい量の血しぶきがあがる。
「す、すげえ……」
ゴリくんの言葉を聞いて振り返ると、そこには斬れ落ちたドラゴンの頭があった。