第57話「全力で村娘」
シュウを救出出来てヴァリスタも追い付けたのは良いが、オルガはどうしたのだろう。
「ヴァリー、オルガはどうした」
「置いて行けって、後で行くって」
「全く、世話になっちまったな」
俺はふっと一息ついてシュウへと視線を戻す。
今すぐ地上の状況を問い質したかったが……この若干のやつれ顔は、何かしらあったのだろう。
というかあの高さの紐無しバンジーの時点で寿命が光速で削られるのは俺も体感済みであるから、話を聞きだす前に休ませる必要がありそうだ。
「とりあえず、街へ行きましょう」
「地獄にも街はあるんですか……ってうわあ、亜人! 亜人ですよ!」
シュウはヴァリスタを指差して慄く。
足が激しくもがいて、しかし動けておらず腰が抜けているようだ。
「この子は獣人で、私の奴隷です。だから大丈夫」
「そ、そうなんですか、奴隷なら食べられたりしませんよね」
「一体どんな想像しているんですか」
「肉は好きよ」
「ヒィッ!?」
どうやら地上での地下生命体の扱いはそれはもう恐ろしいもののようだ。
思えば地上では王城から出た事も無かったため、俺に地上の一般常識はない。
獣人が居るだなんて聞いた時点でゴリくん辺りは問答無用で飛び降りそうだから、勇者を繋ぎ止めるために情報を与えないという選択を取ったのだろう。
いや、そんなピンポイントな理由ではないとは思うが。
「しかしあじ……獣人を奴隷にするなんて、やはり凄い方ですね……。こちらの金髪の方とねじくれた銀髪の方もライ様の奴隷ですか」
「ちょっと貴女、失礼ではなくて!?」
「奴隷とは些か……」
プラチナ縦ロールが奴隷とはまた突飛な発想が出て来たな。
とにかくシュウがこれ以上話すのは俺にとってマイナスになりそうだ、退散しよう。
「この方は記憶が混濁しているようです、落ち着いた方がいいですね。ではフローラ姫、お世話になりました」
「姫!? この方が地獄のお姫様なんですか!? し、失礼致しました! どうか食べないで!」
「食べませんわ!」
「ヒィッ!? すいませんすいません」
ずしゃりと頭を地面につけて芋虫の如く下がりつつ平謝りをするシュウ。
目上のものにはこれでもかという低姿勢、村人の鏡だろう。
シュウを立たせようとした所でフローラに呼び止められてしまう。
「ちょっと待ってくださる、ライ様!」
「何でしょう。ところでフローラ姫、髪型はもとより言葉も別人ですね」
「え、ええ。あの時は勇者に舐められないようにと……って、そんな事はいいのです! 上に知人が居るという事は、ライ様は上で暮らしていたのですよね。どうして此処に?」
どうしたものかな。
いや、元々半分ばれていたようなものだから事態が急速に展開しただけではあるのだが、ともあれいつかの口上を使うとしよう。
「色々行き違いがありまして、おとされてしまったのです。犯罪者とかではないのですよ、決して」
「そうですの……。征伐戦では尽力して頂いたわけですし、そ、それに! 貴方が悪人ではないという事は私も身をもって知っておりますわ!」
「そ、そうですか。それではこれで……」
身をもってとは一体、俺がフローラに何かをした覚えはないが。
ともあれ俺が虐げられて捨てられたみたいな、そんな解釈をしているのかもしれない。
あながち間違いではない気もするが。
「では行きましょうシュウさん。一旦休んで、それから色々聞かせてください」
「は、はい。でも腰が抜けてしまって……」
「背負いますから、どうぞ」
背を向けて身を屈めると、しかしシュウは抱き付いてこない。
虚しい。
よくよく見れば、もじもじと足を擦っている。
その服には僅かな湿りが見え――ああ、なるほど、あの高さから落ち続けてダムが決壊したのだろう。
「服など洗えば良いのです、さあ」
「う、うう。ありがとうございます、本当に、優しいのですね」
シュウが首元に手を回してきて、その腰が背中に押し当てられ、俺は太ももを抱えて立ち上がる。
このシュウという女性は、それはもう俺好みの体型であるからして、ほどほどのバストに痩せすぎていない腹部、安産型の腰つきはそれはもうそれは――。
これまた良い具合の太股に俺の指がもちりと合致し、俺の股間に魔力転化。
前かがみになって歩く俺は、しかしヴァリスタに鋭い視線を投げられている事に気付きはっとする。
いかんいかん、こんな不埒な考えを抱いて救助活動など愚の骨頂である。
臨戦態勢を保ちつつ、俺は歩き出した。




